美中の美
――2月に入り、少し悩んでいることがある。
我が日本では1月のセール時期が落ち着いてくる頃になると、海鳴の街にはレッドやブラウン、ハートマークの装飾が目立つ時期に入る。
これらはバレンタインデーに向けたデコレーションなのは言うまでもなく、日本の分際で西洋の風習を猛烈にプッシュしてくる嫌な時期となる。
伝統的な恋人と夫婦のための日。この一日がまた厄介なのだ。
「リョウスケ、おはよう。新年が明けたかと思えば、もう2月に入ったんだね」
「お、おう、おはよう……」
日本の風習では、バレンタインは「女性から男性にチョコレートをプレゼントして、愛を伝える日」とされている。
多くの人々が恋人とディナーなどを共にして、メッセージカードやチョコレート、花束を贈て愛を囁いている。
カップルにとっては一大イベントであり、恋や愛に乗じて各企業もバレンタインを祭り上げて贈り物を用意する。
男と女にとってとても楽しくて、幸せな日なのであろう。
「まだ寒さは続いているけど、何だか街中は明るい雰囲気に包まれているね」
「そ、そうかな、まあそうなんじゃないかな……」
しかし英国、イギリスでは意味合いが変わってくる。
なんとイギリスのバレンタインは、どちらかと言うと男性から女性へ愛を伝える日であるらしい。
海外に友人知人がいるので話を聞けば、チョコレートだけでなくお花やシャンパンなどを男性から女性へプレゼントすることが多いらしい。
イギリスでは、それほどロマンチックなバレンタイン事情があるのだ。
「どんな年齢の人も楽しめる幸せな日が近づいているんだよ、楽しみだね!」
「う、うむ、確かに町が賑やかなのはいいことだな」
そしてフィアッセ・クリステラは英国人であり――日本に住んでいる女性だ。
日本に住んでいる英国女性、バレンタインの習慣はどちらだと思っているのだろうか。
どっちかでしかないのだが、間逆すぎて間違えてしまうと一大事だった。
プレゼントを用意するのか、プレゼントを貰えるのか。心構えが違いすぎる。
「ちなみに何の他意もないんだけど、リョウスケは2月14日は予定あるかな?」
「俺ほどの男になると、スケジュールは秒単位だぞ」
バレンタインデーはイギリスでも一大イベントであるらしい、マジかよ……
男性からも思いを伝える愛の日だと決めてくれればいいのだが、違っていると完全な道化になってしまう。
1000年以上前から続く、伝統的な恋人と夫婦のための日。バレンタインデーは楽しいイベントであるのと同時に――
男と女にとっては戦いなのである。
「うんうん、じゃあ空けておいてね」
「お前を優先しないといけないのかよ!?」
日本のバレンタインデーと同じ点は、イギリスではチョコレートも欠かせないプレゼントなのだそうだ。
バレンタインデーにチョコレートを贈るという習わしの発祥は、何をかくそうイギリスが1800年代に発売したチョコレートボックスやキャンディボックスが人気を博した為とも言われている。
当時から企業戦線によるイベントだったのだと考えると、盛り上がる気分が失せてくるが、恋人達も結局はバレンタインに便乗していると言える。
そしてこの恋愛能天気女も同じだった。
「今から楽しみにしていてね、リョウスケ」
「全くもって不安しか感じないんだが」
楽しみにしているというのはどっちなんだ。
告白されるのを待っているのか、告白するその日を待っているのか。
ニコニコ笑顔な英国美人の表情はクールとは別の意味で読み取れない。感じられるのは愛なだけで、愛の色までは見えない。
お前は一体どっちを望んでいるんだ、はっきり言えよ。
「それじゃあ私は仕事だから、また電話するね。バイバイ、リョウスケ!」
「留守電にしておいてくれるわ」
バレンタインシーズンのロンドンでは 日本人が驚くほどに街中がハートやバラ、ピンク色のイルミネーションのキラキラした光で溢れるらしい。
当日は全ての席がカップルシートになるレストランも多く、カップルがバラやハート型のチョコレート、その他贈りものを渡して2人きりで愛を語り合う。
その日を夢見る女性は、軽やかに声をかけて立ち去っていった。恋や愛に満たされていると、その中身までは見えなくなってしまう。
気持ちは通じ合っている筈なのに、男と女ですれ違う――
俺とフィアッセの関係は、バレンタインでも空回りしている。
<終>
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