勝利のオラース
剣道には、「年越し稽古」と呼ばれる鍛錬がある。
特に難しい風習でもなんでもなく、大晦日の夜から稽古をして新年を迎えるという特別な稽古だった。
高町道場は経営すべき看板こそ持ち合わせていないが、いつの間にかこの家には年末年始に歴戦の戦士が集う慣わしが生まれていた。
何を隠そう最初にやろうといい出したのは道場主ではなく、当時居候として世話になっていたこの俺である。
「夏休みは山籠りとかしているんだろう、冬場もやろうぜ」
「冬場も怠けている訳ではないぞ。あくまで年越しは家族揃って過ごしていただけだ」
「元旦明けは稽古していたもんね、恭ちゃん」
高町恭也と高町美有希、高町道場で剣を振るう兄妹。どちらもなかなかの強者で、実戦経験も積んでいる剣士であった。
そんな彼らもクリスマスから大晦日、正月と続く冬休みの時期は、心身を労っていた。
身体を鈍らせているのではなく、心を休ませているといったところだろうか。
実際、日々剣を手放す真似はしていない。その点については素直に尊敬している。
「年越し稽古に異存はないのだが――」
「何だ、ずいぶんと歯切れが悪いじゃないか」
「お前は負けず嫌いだからな。剣士として正しい資質ではあるが、大晦日の夜に大暴れされて怪我でもされると困る」
「良ちゃんの場合、ありえそうだよね」
「……お前ら、言うようになったな」
高町恭也はともかくとして、高町美有希からも最近とことん気安く接せられている。
俺も日本を問わず、海外や異世界、異星に至るまで友人知人は多くできているが、俺を良ちゃんなんぞと気安く呼ぶのはこいつくらいである。
いつからそう呼ばれるようになったのか覚えていないが、少なくとも幾つかの事件や出来事を通じて知り合えるようになった。
勿論気安くなったとはいえ、恋愛関係は完全にない。こいつら血が繋がっていないから、普通に男女として付き合っているしな。
「大丈夫、俺が勝ったらそれで締め括りだ」
「理不尽にも程がある」
「この人、手を抜いたら怒るんだよね」
「お前らの実力は把握しているからな、イカサマは通じないぞ」
八百長なんぞ以ての外である。剣士としては当たり前のことを宣言したのに、兄弟揃って嫌な顔をする。
こいつら戦うのをいやがる素振りを見せているが、真剣勝負になると気が狂ったかのように攻め込んで来る。
俺も戦いとなれば真剣になるが、こいつらの鬼気迫る顔を見たら殺されるのではないかと思ってしまう。
その分熱が入るのでいいのだが……終わった後の疲労感は半端ない。
「分かった、そこまで言うなら年越し稽古に付き合おう。ただし条件がある」
「お前が条件を申し出るのは珍しいな」
「どれほど白熱しても11時58分に一旦稽古をやめる。
面をとって黙想し、除夜の鐘を聞きながら新年を迎えよう」
「恭ちゃんらしい姿勢だね」
師匠であり兄貴であり、そして恋人である恭也の条件を聞いて、美有希は深く頷いた。なんかムカつく。
正月は家族で迎えるという姿勢を、この男は徹底して崩さないらしい。
日本人にとって新年を迎える瞬間というのは、特別な意味と時間を持つ。
この瞬間だけはどんな日本人であろうとも、厳粛に迎えるのだろう。
「年が明けると新年の挨拶を交わして、また稽古を始めるんだ。それならかまわないぞ」
「年明けになったら、一緒に初日の出を見るのもいいよね」
「ロマンチックな約束をしようとしているが、俺も一緒にいるんだからな」
ハロウィンやクリスマスなどのように、パーティなど華やかにする必要はない。
新年を迎えるというのは、ただそれだけで大きな意味を持っている。
旅に出ていた時は一人寒空の下で新年を無感情に迎えていたが――
今年は、少しは温かくなりそうだった。
「――それが高町道場の年越し稽古だった」
「なるほど、さすが父上ですね。父上が祖であるからこそ、これほどの規模にまで拡大したのですか」
「やかましいわ。もう11時55分だから早く止めてこい、こいつら!?」
あれからどれほどの月日が経過したのか。
人間関係が広がっていくにつれて、高町道場の年越し稽古に参加する人達が増え続けた。
おかげで厳粛な稽古だったのに、今では魔法や兵器が飛び交う荒行に発展しまくっている。
シュテル達が今年最後とばかりに大暴れしまくるので、戦争規模の戦いにまで発展している。
「良ちゃんを家族に迎えたことが、色んな意味での始まりだったね……恭ちゃん」
「だから良介の提案に乗るのは反対だったんだ」
高町兄妹が頭を抱える中で、家族と呼ばれる人達は元気に過ごしている。
新年を迎えて――また新しい人が来るのだろう。
正月はいつも明るく賑やかで、騒がしい。
<終>
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