クレーの絵本







 結構意外に思われるのだが、俺は同人誌というものをよく知っている。

我が日本においては1873年、アメリカから帰国した森有礼という人物が創刊した『明六雑誌』というのがこの同人誌の先駆けとされている。

いわゆる文芸同人誌というやつで、孤児院時代にガリが日々の遊びとして創作活動を行っていたのである。


本を読んでもらい、対価という形でお菓子や小銭を得る。文芸は大人からは評判が良く、寓話は子供達から人気があった。


「本を作ろうと思うのです」

「またいきなりだな、こいつ」


 近代に入って漫画の同人誌も現れたが、1900年代までは安価に印刷する手段がなかったため、原稿を綴じて回覧する方法が主流だったとされる。

このやり方だと幼少の頃でも執筆が可能だった為、当時のガリが同人誌の歴史を知っていたのかどうかはしらないが、この方法で皆に読ませていた。

あいつは自分が得た対価を俺と分け与えて、共有していた。この時から作家としての才能を発揮していた訳だが、あいつは自分が役に立つ事を証明できればそれでよかったらしい。


子供の頃から物語を描けるということは、あいつ自身ガキの時分から苦難が多々あったという事だ。


「ミヤの大切な人達、マイスターやリョウスケ達は今まで数多くの人達を救いました」

「巻き込んだのも俺達という感じではあったけどな」

「けれどそれらの多くは思い出の中で閉ざされてしまい、人々から評価を得ることには繋がりませんでした」


 昔はいわゆる青焼きコピーの同人誌が殆どだったらしいが、昭和に入ってようやくオフセット印刷が普及し始めた。

この頃に開催されたのが「日本漫画大会」と呼ばれる催しで、オフセットのコミック同人誌が多かったそうだ。

日本近代文学史上最大の同人誌であったと評判であり、戦前の同人誌の中でも最長で最大の力を発揮したとされる程の評判が良かったらしい。


人々は、自ら自分の物語を描けるようになったのだ。


「考えすぎじゃないか。助けた人達からは、感謝されていたじゃないか」

「はい、だから思い出だと言いました。ミヤもとても良い思い出だと、自信を持って言えます。
けれど、リョウスケ達が頑張った物語はいずれ忘れ去られてしまいます」


 戦前から戦後にかけて同人誌は創作マンガやファンクラブ会誌類が中心であったが、アニメなどがブームになると、新しいジャンルの二次創作同人誌が急速に多くなっていった。

こうして現在に続くまでに同人誌の頒布の場として、同人誌即売会が誕生した。その中でもコミックマーケットはと呼ばれる催しは、年間100万人以上が来場する日本最大規模のものとなっている。


今年の夏も、世界最大の同人誌即売会が開催される。


「ミヤははやてちゃんの物語を綴りたいんです」

「肝心の本人が望まないだろう。誰かに褒められたくてやったんじゃないからな」

「それは分かっています。色々な事情で口止めされている事も多くありますし」


 ただ、この同人誌と表現規制を取り巻く問題が今生じている。今だからこそ、というべきか。

コミックを中心とする同人誌で性描写も表現されるようになり、青少年の健全な育成を主張する立場から表現規制を求める声は強くなっているのだ。

ミヤや俺が語っているのはこの点もあり、現代でも深刻な問題となっている。児童の保護を目的として、青少年の健全な育成に関する条例も規定されている。


日本だけではなく、異世界ミッドチルダでも表現は決して自由ではない。


「赤裸々に語るつもりはないんです。ただ、知ってほしい」

「ふむ」


「この世界の平和は皆さんの――ミヤの大切な人達の努力によって、成り立っているのだと」


 非実在青少年、青少年保護育成条例。児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰、そして児童の保護等に関する法律。

同人誌を含むコミックを規制しようとする運動があり、こういった法律が可決されるだけでも規制の論拠として足りるものとなる。

コミックの規制に乗じ、暴力や犯罪などの表現も合わせて規制されれば、物語を自由に描くこともできなくなるだろう。


ミヤは良い子だ、これらの動きに一石を投じるつもりはない。法律が悪いから変えるのではなく、少しでも物語が描かれた本を良くしていこうと思っている。


「素敵な物語を描きたいんです。協力して下さい、リョウスケ」

「わかったよ、たく……たまにだいそれた事を実行するよな、お前って」


 日本、いや世界最大の同人誌即売会であるコミックマーケットは固有の安全性を徹底している。

地域住民の理解を得て、会場確保に関しても懸命になっている。それは悪意からの対抗ではなく、善意を得るべく努力し続けているのだ。

作家達がこれからも素敵な物語を描けるように、そして何よりも――


同人誌を好きになってもらえるように、頑張っている。


「まずは何から書くつもりなんだ」

「それはもちろん、リョウスケとミヤの出会いからですよ!」















<終>







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