お休み、お前はほんとのお馬鹿さん
「自由と平和を求めてやまない日本国民は美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い感謝し、又は記念する日」、法第1条。
祝日というのは子供から大人まで喜ばれる日であるだろうが、学業にも仕事にも従事していない俺には無関係な日。国には敬意を払いつつも、祝日への思い入れはない。
2月14日は古代ローマ時代である女神ユノの祝日、日本の伝統行事では断じてない。現代ではバレンタインデー、恋人達の日とされようとも関心は何もなかった。
ところが、アホがこの日に目をつけて勝手な行動に出たのである。
「主、一枚引いて下さい」
「……何処からツッコむべきか悩むが、まず第一に」
「どうぞ。賢いローゼに何でも聞いて下さい」
「何だ、この桶は?」
板目材の板を使用した、蓋付きの桶。桶である、そうとしか言いようが無い。バレンタインデーの朝に叩き起こされて、突然この桶を持ち込んできたのである。
このアホの名はローゼ、正式機体名はイレイン。夜の一族秘伝の自動人形シリーズの最終機体であり、ガジェットドローンの指揮官。戦闘機人シリーズのゼロ番を担っている。
こいつがバレンタインデーに多大な興味を抱いていた事は、知っていた。アホの行動は分り易い。どんなチョコレートを用意するのか、戦々恐々としていた。
そして当日、ローゼが用意したのは桶である。こいつは、驚いた。アホというのは、計り知れない。
「何と、日本人である主がバレンタインデーについてご存知ない?」
「バレンタインの起源は外国だぞ」
「ローゼは人間ではないのですが、よく知っておりますよ。よーくね」
「朝っぱらから俺の血圧を上げに来たのか、お前は!」
「分かりました、賢いローゼが世間知らずな主の為に懇切丁寧に説明してあげましょう」
「地道にイライラする言い方をするよな、お前って」
聖バレンタインデーの始まりは古代ローマ時代に遡り、毎年ユノの祝日である2月14日の翌日に「ルペルカリア祭」という安産のお祭りが行われていたらしい。
当時男女が別々に生活しており、この祭は男性と女性が巡り合う唯一のお祭りだったようだ。現代とは違い、古代ローマではこの日は本当に男女の特別な日であった。
ルペルカリア祭の前日に女性は札に自分の名前を書き、桶の中に入れる。翌日男性が桶から札を1枚引き、その札に書いてある名前の女性とお祭りの間一緒にいることが定められていた。
多くのパートナー達は恋に落ちて結婚、というのがローゼの説明。
「つまり、この桶の中に女の名前が書かれた札があるのか」
「そうです。主に一枚引いて頂いて、今日を過ごすお相手を選んで下さい」
「お、お前にしてはまともなイベントだな、おい……」
「心外ですね。ローゼは常に、常識ある考え方に基づき行動しております」
「……過去、お前のせいでいらん苦労ばかりさせられた気がするぞ」
突然部屋に桶を持ち込んできた時はどうなるかと思ったが、古代の風習に則ってローゼは準備してきたようだ。一応は、納得させられた。
そもそも女が男に愛の証としてチョコレートを贈るなんぞという風習の方が意味分からんし、バレンタインの起源を調べて再現したローゼの方が正しく思える。
世間的に見れば常識外れの行動だろうが、そもそもローゼは世間の常識には無頓着であり無関心。人間そのものにも、あまり興味を示さない。
つまるところ、こいつの行動原理は俺を主体に置かれているだけだ。選ばれたこっちは、災難でしかないのだが。
「一枚選ぶと言う事は、何枚か入っているのか?」
「ご謙遜を。バレンタインデーは恋する乙女の大事な日、主と共に過ごしたいと願う女性は多くいらっしゃいますよ」
「何と……!」
「嘘ですが」
「何で、そんな余計な嘘をつくんだ!?」
「毎年ぽっちの主のために健気に嘘をつく従者、好感度アップですね」
「口に出した時点でマイナス」
とっとと首にでもしてやりたいが緊急時に役に立つんだよな、こいつ。ローゼのおかげで命を救われたこともあった。どういう訳なのか、いかなる局面でもこいつは絶対に裏切らない。
万を超えるガジェットドローンシリーズを統率する指揮官、一個人が一国家戦力という非常識。管理局を含めてこいつを望む勢力は数知れないのだが、ローゼは頑として俺から離れない。
何かと愛だの忠誠だの口にするのだが、鵜呑みにすると馬鹿を見るだけなので適当に聞き流している。
「ところでこの桶の中に、お前の名前が書かれた札もあるのか?」
「勿論です」
「えー」
「そこまでお喜びになられてしまうと、照れてしまいます」
「その狂った脳味噌を解体して診てもらえ」
「ただローゼ一人だと出来レースになりますので、皆様にご協力頂いて札を入れております」
「なるほど、知り合いの名前もあるのか」
「男性の方々も多数入れてくださいました。主は大勢の民衆に慕われているのですよ」
「罰ゲームじゃねえか!?」
それに協力する連中もどうなのよ!? 真剣に入れたのか、面白がって入れたのか!? 場合によっては、この町を滅ぼさねばならなくなる。
このアホは無駄に行動力があるので多分海鳴町だけではなく、ミッドチルダにも直接出向いて協力を求めたに違いない。この世の中、アホな娘は好かれやすい。
募金活動よろしく桶を持ち歩いて民衆に札を求めたローゼの姿を想像して、頭痛がする思いだった。引き当てられた奴は俺とデートしないといけないのだが、分かっているのだろうか?
ローゼは、付け加える。
「それと、札に細工しようとした忍様は処罰しておきました」
「よくやった、ローゼ」
「ありがたきお言葉」
心から賞賛の言葉を並べると、ローゼはご満悦な顔をする。主の役に立つ事が自動人形の本懐、普段罵倒している分ごくたまに褒めると顔に出る。
この"感情"が心からくるものであるのかどうかは、俺にも分からない。心の定義なんて、人間である俺にも分からないのだ。多分この世界の誰も、明確な答えはないだろう。
ローゼは自動人形の最終機体、『自我の確立』を目的として製造されたタイプ。だが、ローゼは正式起動していない。自我に目覚めていない筈なのに、自由意志を持っているように見える。
俺が与えたものだと忍やさくら、ドゥーエ達が絶賛しているが本当だろうか……?
「では、札を一枚お引き下さい」
「分かった――いや、待てよ。これを引いたら、誰であろうとデートする羽目になるじゃねえか。引く義務はねえだろう」
「今日はバレンタインデーですよ、主」
「それがどうした」
「バレンタインデーの起源に基づいてこの趣向を計画し、皆様に承認を頂きました。
もしも拒否されるのならば、『例年通りの』バレンタインデーを執り行う必要がありますがよろしいでしょうか?」
「一枚引けばいいんだな!」
「どうぞ」
仕事柄大勢の人間と関わる必要があるのだが、日頃世話になっている連中から義理チョコを貰えたりする。その点でよく妬まれたりするのだが、激しい誤解である。
海鳴は田舎町、年寄り連中も多い。どれほど量があっても、旦那のいる主婦や婆さん連中から貰っても愛を全く感じなかったりする。
貧乏な旅生活が長かったので、俺は食べ物を絶対に無駄にはしないと決めている。なので、貰ったら必ず食べるので舌が甘さで麻痺するのだ。
この町の連中は、俺を毎年チョコレート中毒にする。
「せめて、女でありますように」
「口ではあれこれ言っても、女性には興味がおありの様子」
「お前が男の札も入れるからだよ!」
神様に、心から祈りを捧げる。
――そして、木っ端微塵にフラれる。
「どなたの名前が、書かれていましたか?」
「……お前の名前」
『ローゼ』、企画の主催者であり――俺が与えた、名前。
ただの記号にすぎないのに、思いつきで付けてやったにすぎないのに、こいつが大事に自分をそう呼ぶ名前。
ローゼは俺から札を受け取り、胸にそっと札を抱きしめる。
「主」
「何だよ」
「愛しています」
「はいはい」
今年のチョコレートは、一個。機械人形が作ったお菓子を、二人で齧った。
<終>
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