売られた花嫁
                              
                                
	
  
 
 バレンタインという日において、フィリス・矢沢ほど人気の出る女性はいない。 
 
銀髪のロングヘアが魅力的な女性、外国人だが気立てが良くて優しい。人当たりのいい、容姿端麗な美人女医。人気が出ないはずがない。 
 
患者本人のみならず、その家族や友人達にまで評判というから驚きだ。カウセリングや整体など、分野の広い彼女には多くの患者と接する機会がある。 
 
 
そして、海鳴大学附属病院には予約制度というものがある。 
 
 
「……受付番号が三桁になっているんですけど」 
 
「本日はご予約の方が多いので」 
 
 
「本日は?」 
 
「本日も」 
 
 
 入退院を繰り返していると、看護師や医者とも顔見知りが出てくる。今話している女性も、馴染みの看護師であった。 
 
海鳴大学附属病院へ行ってみると、フィリスの診療科目はフロア単位で患者が集っていた。不届き者の集まりである。 
 
 
俺は病院にかけられたカレンダーを見やる。 
 
 
「敢えて、バレンタインの前日に予約を入れたんだが」 
 
「そう考える男性が多いようですね、実に浅はかというか」 
 
「俺の行動が、フィリスファンの行動と同一なのか!?」 
 
「ファン心理を読んで行動している時点で、何を今更」 
 
 
 予約を入れたと口にしているが、厳密に言えば医師と患者の判断で決まるので、決して一方的に予約は入れられない。 
 
ただしあくまでも一般的な話であって、決して不可能な事ではない。 
 
口実さえあればある程度話は通せるし、何より相手は優しいフィリスなので、ある程度の無理強いは出来るというわけだ。 
 
 
まったくもって不謹慎な連中である。 
 
 
「今年はなんですか」 
 
「チョコレートクッキーですね」 
 
「なるほど、配りやすいな」 
 
 
「クッキーで喜ぶ男の単純さが、悲しいですね」 
 
「男ってのは単純な生き物なのさ」 
 
 
 ちなみにこの看護師さんは海鳴大学病院のお局様である。 
 
悪口ではなくて、ベテランという意味でこの名が授かっている。本人は大層嫌がっているけれど。 
 
フィリス本人もこの看護師さんのことは信頼しており、プライベートな相談にも乗ってもらっているらしい。 
 
 
俺ともたまに顔を合わせては、こうして話している。 
 
 
「貴方も矢沢先生狙いですか、ふしだらな」 
 
「最近聞かない言葉で責められた!?」 
 
「ハレンチと言ってあげましょうか、ご褒美に」 
 
「喜んでいる訳じゃないから」 
 
 
 フィリスがどれほど優しいからと言って本命ではないことは、患者達もよく分かっている。 
 
そして彼らにしても、チョコそのものがほしい訳では決してない。結局の所ほしいのは、気持ちなのである。 
 
女性であれば、誰でもいいのではない。フィリスの優しさが一欠片でも入っていれば、それだけで喜べる。 
 
 
孤独である寂しさを、少しでも癒せるのである。 
 
 
『看護師さんと仲良く話している番号201番さん、先程から何度も呼んでいますー!』 
 
「ぬわ、あいつあんなに大声出しやがって!?」 
 
 
「よしよし、先生の年相応の表情が見れましたね」 
 
 
 してやったりの顔で何やら呟いている、お局様。聞き出そうとしたが、フィリスがお冠なので渋々その場を後にする。 
 
フィリスの診察室は相変わらず殺風景ではあるが、本日は診察机の上にチョコクッキーの入ったバスケットが乗っている。 
 
貰えるものだと思っていたが、なぜか不機嫌なフィリスは診察を優先して渡そうとはしてくれなかった。 
 
 
仕方がないので―― 
 
 
「診察は以上となりますが、良介さんの最近の人間関係についてお話があります」 
 
「お小言の前に、これ」 
 
「? ラッピングされたこの袋……」 
 
 
「バレンタイン」 
  
「えっ、で、でもバレンタインは!?」 
 
「日頃お世話になっているんだから、むしろお前が貰う側になるべきだ」 
 
 
 バレンタインがどういう風習なのかいい加減分かっているが、現代のバレンタインはさほどの縛りはない。 
 
友チョコなんぞというのも出ているのだから、もはや何でもありだろう。 
 
ならば別にホワイトデーを待たなくても、男から女へ気持ちを贈るくらいのことをしてもいいだろう。 
 
 
普段から他人に優しい、天使のような人であれば特に。 
 
 
「ココアマフィンですか、ありがとうございます! 私の好物、覚えていてくれたのですね」 
 
「普段からココアを飲んでいるんだから、そのくらい分かるぞ」 
 
「あ、あの、今日はすいませんでした……何だか大人げない顔をしてしまって」 
 
「俺が待たせてしまったんだから、怒られるのは仕方ないさ」 
 
 
 
「お詫びというわけではありませんが――私からの気持ち、受け取って下さい」 
 
 
 
 フィリスは実に嬉しそうに俺のプレゼントを受け取り、そして机の引き出しに手を伸ばす。 
 
チョコクッキーのあるバスケットは机の上にあるのに、何故引き出しを開けるんだ。 
 
 
――あれ? 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<終> 
 
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