裏切り者なる愛よ
                              
                                
	
  
 
「隊長、今年のサンタを連れてまいりました」 
 
「よくぞ来た、サンタよ。この世界の平和を守るべく、お前は選ばれたのだ」 
 
「路上で突然攫っておいて突然何なのよ、このクソ親父!?」 
 
 
 ――サンタクローズとは、一体どのような存在なのだろうか。 
 
 
定義上で言えば、サンタクロースとはキリスト教圏における伝説の人物であり、トナカイのそりに乗る赤い衣装を着た老人を誰もがイメージするだろう。 
 
本日のようなクリスマスイブの夜に、子供にプレゼントを渡して回る存在。ただしこのサンタクローズは時代や地域により異なっており、詳細は異なる。 
 
 
つまり聖地で崇められているこのベルカ自治領で、新しきサンタの伝承を創り上げる事も可能なのだ。 
 
 
「今年のサンタはお前に決まった」 
 
「ハァ? 何でよ」 
 
「お前がクリスマスイブの夜に予定がないことは、把握済みだ」 
 
「娘の予定を知っている父親って、マジキモいんですけど」 
 
 
 コギャルのような舐めた口を叩くこの娘の名前は、イリス。宮本の冠を大層嫌がっている親不孝者である。 
 
聖地で過去に起きた事件の実行犯であるが、同時に黒幕に操られていた被害者でもあった。 
 
本来であれば知ったことじゃないのだが、ユーリの大切な友達ということで渋々我が家で預かることになったのである。 
 
 
教育プログラムを終えて少しは殊勝になったかと思えば、反抗期よろしくとばかりに舐めた態度を取ってくる。 
 
 
「サンタクロースとか言ってるけど、そもそもこの聖地にクリスマスを広めたのもアンタでしょう。 
伝説も何もないでしょう、ありがたみとか皆無なんですけど」 
 
「ふふ、父親の惰弱を笑っておいて情報不足だな。我が腹心、説明してやれ」 
 
「隊長によるイメージ戦略によりクリスマスは聖地において祝日とされており、今や経済的効果は国事に比類するものとなっています。 
今年に入りまして上定にも記されることになり、カレイドウルフ大商会主導により大々的なキャンペーンが行われる予定です。 
 
白旗の人員は総動員され、CW社もクリスマスグッズの提携を手配済みです。本日だけで莫大な利益が甘受されるでしょう」 
 
「その利益が全部こいつの懐に入るのだと思うと、ひたすらむかつくわ」 
 
 
 ――ちょっと冗談でクリスマスの習慣を聖地に取り入れてみれば、嘘のように広まってしまって実は俺が動揺している。 
 
まずカリーナお嬢様が話を聞きつけ、聖王教会の聖女様に何故か伝わって、神の祝福を祝う日として記されるようになったのだ。 
 
ここでやけくそになって商品家の話を持ちかけたら、商会や企業が盛り上がってしまい、こうして利益まで生み出す結果となったのである。 
 
 
おかげさまで白旗は本日全員が駆り出されており、大忙しとなっている。 
 
 
「サンタなんて、この女がやればいいでしょう。カテゴリ上は女のアタシが見てもビビるくらい、ムチムチなミニスカサンタじゃない! 
どうやったら人間風情がそんな理想的なスタイルになれるのよ。アタシなんてデータいじっても、なかなかそうなれないのに」 
 
「仕事のキャリアを磨けば、自然とこうなりました」 
 
「ぐぬぬ、美人ってのは平然とそうのたまうのよね……!」 
 
 
 オルティア副隊長はクリスマスイブの日が仕事であっても、平然としている。 
 
休暇を入れてもいいとはいったのだが、仕事以上に優先される予定はないとあっさり言われてしまった。 
 
俺が休めば流石に休むだろうけど、今日休んで利益の数字を減らしたら殺すとカリーナお嬢様方に言われているので逃げられない。 
 
 
「そもそも何でそんな破廉恥な格好をしているのよ。そんなんだから、家のオヤジの愛人とか言われるのよ」 
 
「隊長の副官なのですから、似たようなものです」 
 
「アタシも大概常識ない方だけど、絶対に違うと言いきれるわよ!?」 
 
 
 風評被害なんて知ったことではないと、堂々としているキャリアウーマン。傭兵の頭とは強くなければならない。 
 
イリスが言った指摘は本当のことで、どこから流れているのか結構常識的な噂であるかのように広まっている。 
 
色眼鏡で見られているというのに、本人は馬耳東風で実績を積み上げている。 
 
 
むしろその噂を利用して色目を引き、人脈を着々と構築しているから怖い。 
 
 
「オルティア副隊長は言わばキャンペーンガールだから、現場から離れられない」 
 
「副隊長クラスの人がやることじゃないでしょう」 
 
「このイメージで現場に立って人々の関心を引きつつ、現場の士気を取るんだよ。お前が代わるか?」 
 
「うーん、それは嫌だけど――って、そもそもアタシはサンタが嫌だと言ってるでしょう!」 
 
 
 妥協されかけてハッと思い直して、また猛然と食って掛かるイリス。 
 
ちっ、事件では俺と張り合っていただけになかなか頭が回る。ユーリならばホイホイ乗せられていたはずなのに。 
 
まあ実際、必ずしもイリスでなければならない訳ではない。こいつの言う通り、代役はいくらでもいる。 
 
 
けれど俺は、今年のサンタはこいつと決めた。 
 
 
「聖地では色々迷惑をかけたんだ、頑張って社会奉仕しなさい」 
 
「だけど……」 
 
 
「子供達の喜ぶ顔を見れば、お前だって罪悪感に引きずられることもないさ」 
 
「――あっ……」 
 
 
 うちの家に引き取られてからというのも普段は悪態とかついているが、時折ひどく苦しげな顔をしている。 
 
元来はきっと優しい性格の女の子だったのだ。いくら操られていたとはいえ、何も感じていないはずはない。 
 
苦しんでいる子供を和らげるには、やはり同じ子供の笑顔が一番だろう。 
 
 
イリスはちらりとオルティアを見ると、彼女も少し悲しげに微笑んでいる――かつて聖地を戦乱に陥れた一人として、彼女もまた社会に奉仕しているのだから。 
 
 
「仕方ないわね、やればいいでしょうやれば」 
 
「よし、じゃあ行くぞ。1000件以上あるからな」 
 
「今晩だけで!?」 
 
 
 せめて、雪が降ることを祈るとしよう。 
 
彼女たちの罪を、真っ白に覆ってくれるように。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<終> 
 
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