異国の鳥たち
                              
                                
	
  
 
 ――同窓会のお知らせが手元に届いた時、最初に思ったのは同窓生の顔が思い出せないという酷さだった。 
 
お知らせを読んでみると、小学校時代の同窓会が開催されるらしい。小学校といえば孤児院時代、覚えているのはガリとデブだけだった。我ながら酷い。 
 
自分で言うのも何だが、同窓生達から嫌われていた自覚はある。孤児というだけでイジメの対象となり、ガリを虐めようとした連中も含めてぶっ飛ばしたので乱暴者扱いされていた。 
 
 
ちなみにデブはイジメられるどころか、自分をイジメようとした連中を潰して奪っていた。あいつほど可愛げのない女を、俺は知らない。 
  
「どうして俺の連絡先が分かったんだ。孤児院を出てから地元には一切帰っていないぞ」 
 
「私と貴方のセットで、海鳴に新設された孤児院に届いたのよ。転居する際、母さんが届け出を出していたから」 
 
 
 俺に同窓会の連絡を伝えに来た空条創愛が、事の経緯を完結に説明する。ちなみにデブには直接届いたらしい、有名な華族に養子入りしたあいつは地元でも有名人だ。 
 
主催の名前を確認するが、やはり覚えていない。男の名前だったが、特徴のある名前でもないので顔さえ浮かんでこない。 
 
いじめられっ子はイジメられたことを一生覚えているというが、いじめっ子を返り討ちにした被害者だと記憶には残らないらしい。うーむ、思い出せん。 
 
 
まあ何にしても、答えは一つだった。 
 
 
「欠席でいいよ」 
 
「貴方が行かないのであれば私も行く理由はなくなるわね」 
 
「懐かしむ同窓生とかいないのかよ、お前」 
 
「私は貴方以外の人間には興味がないの」 
 
 
 ――お互い成人を迎えているんですけど、こいつはいつまで俺についてくるつもりなのだろうか。 
 
海鳴へ引っ越してからベストセラー作家にまで出世しているのだが、俺と再会してからサイン会などのファンサービスとか一切やらなくなった徹底ぶりである。 
 
出版社泣かせかと思いきや、その孤高さが大量のファンを生み出しているというのだから、世の中というのは分からない。 
 
 
女性作家である創愛の神秘性にファンはゾッコンらしい、頭おかしいよ。 
 
 
「だったら何でこんな知らせを持ってきたんだ。俺が同窓会なんぞ行かないのは分かるだろう」 
 
「今回は出席をお願いしに来たの。仕事と思ってもらってかまわないわ」 
 
「同窓会出席の依頼……お前が?」 
 
「私と、音遠。報酬は支払うわ、昨日書き上げた本の売上でいいかしら」 
 
「発売の度に社会現象を起こしているお前の新刊売上を平然と差し出すな、ビビるから。 
分かったよ、行けばいいんだろう。貸しにしておいてやるから、金はいいよ」 
 
 
 同窓会の出席が仕事になるなんて、世も末である。ともあれ仕事であれば手は抜けないので、アリサ達女性陣にお願いして身なりを整えて準備しておいた。 
 
同窓会へ行くと言えばさぞ驚くかと思いきや、全員揃って何故か積極的に協力してくれた。ユーリ達どころか、実の娘であるヴィヴィオ達まで送り出してくれたのである。何だこれ。 
 
当日、自宅に高級車が迎えに来る。リムジンなんぞという見た目重視のフザケた高級車に乗せられると、社内には華やかに着飾った創愛と音遠が出迎えてくれた。 
 
 
同窓会なんぞ時間の無駄という主張が一致する女達の、この気合の入りようは何なんだ。 
 
 
「お前ら、何だその男好きするような格好は」 
 
「男が好むように仕立ててきたので当然ね」 
 
「男性に媚びるような真似はしたくありませんでしたが、今回に限っては例外です。実に不愉快ですが、この同窓会の為にお気に入りのドレスを着てまいりました」 
 
 
 同窓会出席という仕事を行う上で、依頼人である二人より社内で注意事項が言い渡される。 
 
基本的に同窓生は自分達が相手をするので、俺自身はどっしりと構えている事。ただし主催者である男が声をかけてきた際は、斜に構えずに素直に答える事。 
 
 
この仕事において大切なのは、『近況報告』――この点については大仰な説明は不要、簡潔に答えればいい。 
 
 
「普通、この近況報告をきちんと説明する必要があるんじゃないか」 
 
「どうやって説明するつもりなのよ、貴方の経歴」 
 
「異世界交流なんてライトノベルの中だけですわよ」 
 
 
「……すいません、簡潔に答えておきます」 
 
 
 仕事の内容を把握して、いよいよ同窓会の会場へと到着する。小学校でやるのかと思っていたら、ホテルの宴会場だった。小学校レベルの同窓会で、よく手配できたもんだ。 
 
同窓生と旧交を温める趣味はないと、会場入りは一番最後で手配されていた。まあ俺も世間話するような仲ではないので、その点は反論しないでおく。 
 
 
ガリとデブが俺の分まで受付を済ませて会場入りすると、一人の男が出迎えてくれた。 
 
 
「よく来てくれたな、宮本。君と会えるのを楽しみに――」 
 
「? どうした」 
 
 
 主催者であろう男が嫌味な笑みを浮かべて近づいて来たのだが、そのイヤラシイ笑みが突然固まった。 
 
彼の目に映っていたのは、美しく着飾った黒髪の日本人女性。背に落ちるストレートな黒髪、欠点のない顔の輪郭、美しく通った鼻すじ、血の色が透けた唇、真珠貝のように艶やかな肌。 
 
同窓生達の驚愕にも怯まない理知的な物腰が、かぐや姫の如き淑女を想わせる。日本の美を感じずにはいられない瑞々しさに、誰もが目を奪われていた。 
 
 
何だコイツラ、ガリをじっと見たまま固まって――と、空条創愛が主催者の男の前に立った。 
 
 
「き、君はまさか空条……あの空条創愛さんなのか!?」 
 
「久しぶりね山田くん、"あの"空条よ、お招き頂いてどうもありがとう」 
 
「驚いたよ、本当に見違えた。まさかこれほど美しく――いや、当時から君は注目を惹く女性だったね。失礼した」 
 
 
 気障な男の驚愕を受けて、ガリは社交辞令を持って返した。男と何度か受け答えして、こちらを見やる。何だこいつ、言いたいことでもあるのか。 
 
あ、そうか。確か海鳴でガリと再会した時、俺はこいつの容姿には特にふれなかった気がする。このオシャレな男と違って、言及しなかったことに不満でもあったのだろうか。 
 
見た目なんぞどうでもいい、お前という人間は何も変わらん。昔も今も、俺にとってお前はガリという一人の女でしかない。素っ気なく視線でそう訴えてやると―― 
 
 
何故かとても嬉しげに頬を緩めて、俺の手を握ってきた。こいつは昔から意味がわからない。 
 
 
「宮本に連絡をとってくれたんだね、手を煩わせて申し訳ない。よければこの後、お詫びも兼ねて食事にでも――」 
 
「連絡を取るのは別に苦ではなかったわ。私は今もこの人と、親しくさせて貰っているから」 
 
 
 創愛は周囲を魅了する微笑みを浮かべて、実に自然な仕草でそっと俺の腕に自分を絡めさせた。何だこいつ、気持ち悪い。 
 
鬱陶しいので振り払いたいが、仕事なので邪険に出来ない。誰もが皆懐疑的な視線を向けてくる中で、俺は無遠慮にくっついてくるガリに意趣返ししてやる。 
 
そっと手を伸ばして、ガリの細い肩を掴んで抱き寄せる。ふふふ、どうだこのセクハラ攻撃――あれ。 
 
 
「もう……皆が見ているのよ、良介。そういうのは二人きりの時にしてね」 
 
 
 ウットリとした表情を浮かべて、ガリのスレンダーな肢体が胸に押し付けられる。ぬおおおお、何なんだこの寒気の走る魔物は。 
 
同窓生たちの前でこんな真似されて、黙っているはずがない。固まってしまっている主催者を尻目に、皆が集まってあれこれと俺達を明るく囃し立ててきた。 
 
普段はコミュニケーションなんぞ唾を吐く生き物の分際で、何故かこの同窓会の場では実に社交的に受け答えしている。主催者の男は置いてけぼりだった。 
 
 
こうしてなし崩し的に始まってしまった同窓会。話題はすっかり俺とガリの関係に独占されていたが―― 
 
 
「そ、それじゃあ、そろそろ近況報告しようか! まずは俺から話させてもらうよ」 
 
 
 話を聞く限りだと、主催者は山田という人間で当時クラスの委員長だったらしい。成績優秀で運動神経抜群の秀才、有名企業の御曹司。 
 
義務教育出の俺とは違って、そのまま学歴を優美に飾り、親の跡を継いで華々しく社会デビューを果たしたようだ。現在結婚の話も多数出ているらしい。 
 
年収も何千万というレベルの成功者、同窓生達の羨望と嫉妬の視線を受けて、誇らしげにしている。同学年だった未婚女性達の視線も熱い、大した男だとは思う。 
 
 
玉の輿を狙っているデブもさぞ興味津々――むっ、何故不敵な眼差しで俺を見やり、おもむろに手を挙げる。 
 
 
「素敵な男性になられたのですね、山田さん。同窓生として、私も鼻が高いです」 
 
 
 デブこと御堂音遠。上品さが漂うフェミニン系のコーディネートは上品さと女性らしい可愛さがあり、ガリと同じく麗しき美人となった女性に微笑まれて、山田はだらしなく口元を緩めていた。 
 
下品に膨れ上がっていた脂肪は理想的に磨き上げられており、洗練された衣装から美しく仕上げられたスタイルが垣間見える。肉厚的だった身体が、スタイル抜群の肢体に磨かれている。 
 
格闘家として見事に鍛え上げられた女性でいながら、上品な言葉遣いと立ち振る舞いからお嬢様としての気品を感じさせる。貴族入りした女性は、上流階級の仲間入りを果たしていた。 
 
 
衆目からの熱い視線を受け止めながら、俺の事を指し示してデブは冷笑する。 
 
 
「あなたに比べてこちらの方ときたら、本当にどうしようもない大人になられたようですよ」 
 
 
 近況報告を中断されて一瞬鼻白んだが、俺の話題に移ってクラスメート達と一緒に山田という男が笑いを立てていた。 
 
コイツラが笑うのは無理もない。デブと俺は昔から犬猿の仲であり、お互いに罵倒しあっていた。その醜悪なデブが華族の女性となって、異性を魅了する令嬢にまでなったのだ。 
 
これほど見事に化けたとあれば、俺自身が身なりを整えていても落差を感じて当然だ。山田の近況報告を受けた後では、女性達の見る目も自然と厳しくなる。嫌われてたのだから無理もない。 
 
学業の成績も悪く、素行も悪い生徒とあって、将来ロクな大人にならないだろうと皆が思っていたはずだ。ほら見たことかと、呆れながら皆が俺を笑い者にする。
 
 
デブは山田からそっとマイクを受け取り、麗しき微笑みを向けて俺にマイクを差し出した。 
 
 
「ぜひ、貴方の近況も聞かせてくださいな。今、お仕事は何をされていますか」 
 
「仕事――必要に応じて多岐にわたる事業を進めているけど、社長業と言えばいいのかな。今は国家運営の補佐役と資源開発に忙しい」 
 
 
 『共和国家エルトリア』が軌道に乗ったのはいいんだが、繁栄を遂げた途端に次元世界の衛星国家が利権に食い込むべく掌返ししてきやがったからな。エルトリアを過去見捨てたくせに。 
 
"アミタ"やキリエの政略結婚話も多数届いていて困っているし、俺が直接交渉してやらないといけない。夜の一族のカレンやディアーナも現地で励んでくれているし、俺もやるべきことが多い。 
 
 
素直に答えるが、同窓生達はキョトンとした顔をしている。現実味のない回答に対して、現実的な話を持ちかけてくる。 
 
 
「フフ、大した大言壮語ですわ。そこまで仰られるのであれば、貴方が社長に就任された企業名を教えて頂けませんか」 
 
「"――"」 
 
「まあ、素敵。是非とも有終の美を飾る名刺を下さいな」 
 
 
 夜の一族の姫君、欧州の覇者達が実権を握る国際企業名を口にすると、主催者の山田が嘘だと言わんばかりに詰め寄ってくる。 
 
うるさいので名刺を渡してやると、山田が血走った目で名刺を見つめて何やら呻き声を上げている。他の同窓生達も欲しがったので、一応配ってやった。 
 
 
名刺の偽造なんて簡単に思えていたのだが、後日アリサより聞くと国際企業の名刺は偽造不可能な細工があるらしい。山田のようなエリートであれば、真贋くらいつけられるそうだ。 
 
 
「この名刺を見ると素晴らしき役職が刻まれておりますが、年収はいかほどですか?」 
 
「億を超えてからは、秘書に任せたきりになってる」 
 
「いけませんわね、世界中に多数の部下をお持ちだというのに。ドイツやアメリカ――そして『この日本で起きた武装テロ』に関わったサムライの名が泣きますわよ」 
 
「えっ――さ、サムライってまさか、あの……!?」 
 
「ご存知ありませんでしたか。言いふらして頂いてもかまいませんわよ、皆様が馬鹿にしていた男性がサムライだと誰も信じないでしょうから。 
ふふふ、昔からこの方は何も変わっていませんのよ。剣を振るい続けて、挙句の果てに武装テロから国家を救いました」 
 
 
 ――全て後で聞いた話なのだが、この山田について俺が覚えていないのは無理もなかった。 
 
当時起きていたクラスのイジメ、こいつが影で主導していたらしい。エリート故に、自分の手を汚す真似はしなかったのだ。 
 
頭脳とは手足を使う為にある。同じクラスメートを使って弱い者いじめをさせて、悦に浸っていたのである。 
 
 
この同窓会で俺達を呼んだのも、全ては成功者ゆえの傲慢――人生に失敗したであろう人間を、見下したかったのだ。 
 
 
「縁談も多数持ちかけられているそうですわね、この女の敵。ルーズベルト家の御息女が泣きますわよ」 
 
「ろくでもない大人ってそういう意味か!?」 
 
「世界に名高いイギリスの歌姫……う、うそだ……」 
 
 
 
 
 
 その後、山田が同窓会を行うことはなくなった。 
 
 
 
 
 
「意外と楽しかったんだが、残念だな……皆大人になって、俺を笑ってしまったことを謝ってくれたんだぞ。俺も過去のことを謝罪して、旧交を温めた。いい連中だったな。 
同年代の女性達なんて俺の社会復帰をすごく喜んでくれて、連絡先まで教えてくれたのに」 
 
「水戸黄門から印籠を見せたら、そりゃ誰でも掌返すでしょう」 
 
「……? どういう意味だ、アリサ」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<終> 
 
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