ゼンツァーノの花祭り
                              
                                
	
  
 
 ――愛とは何か、真剣に考えてみる。 
 
 
真っ先に思い浮かぶのは、他人を愛しく思う気持ちであった。好きだという想い、自分以外の誰かを大切に思う真心である。 
 
その気持ちは恋だと表現するものもいる。恋もまた相手を好きだという気持ち、相手を求める欲望に等しい。 
 
 
つまり気持ちが大事なのであって、行為を求めてはいけないのではないだろうか。 
 
 
「俺はそう思う」 
 
「あんたが納得するのは勝手だけど、あんたにバレンタインした人は納得してくれないと思うわよ」 
 
 
 3月14日ホワイトデー、今年もこの日がついにやってきてしまった。 
 
バレンタインデーにチョコレートとか貰った男が、お返しとしてプレゼントを女性へ贈る日とされている。 
 
古い習慣だと思うのだが、時代を経ても廃れる気配がなかった。夜の男共はいい加減、嫌気がささないのだろうか。 
 
 
いや、待てよ。まずはバレンタインデーを撲滅することから考えなければならないか。 
 
 
「俺はそう思う」 
 
「お菓子会社をこの世から抹殺してから考えなさい。一通り準備だけはしたんだから、配分を考えるわよ」 
 
 
 ホワイトデーという女性が特別扱いされる日でも、アリサはメイド服を来て今日も業務についている。 
 
バレンタインデーの成果は上々、男にとっては誉れなのだろうが、ホワイトデーがある限り常に悪夢となる。 
 
 
年々増え続けているので、年々費用と労力がかさんでいる。 
 
 
「バレンタイン、聖女様からはお手紙を頂いているわ」 
 
「既にお菓子ではないという前提において、俺はどんなお返しをすればいいんだ」 
 
 
 何故か娼婦を通じて渡された、一通の手紙。日頃の感謝が何十枚にも渡って綴られるという光栄ぶりだった。 
 
甘味料より甘い文面と、アリサが舌打ちしている。あいつは感謝状と恋文の区別もつかない愚か者だった。 
 
 
いずれにしても、お返しをしなければならない。 
 
 
「手紙を書くというのも芸がないので、一筆したためるか」 
 
「書道とかやったことがあるの、あんた」 
 
「こういうのは、気持ちだ。感謝のニ文字を、豪快に書き上げようぞ」 
 
「完全にアホなんだけど、あの人も色バカだからな……まあいいわ、硯でも買って頑張ってね。次、カリーナお嬢様」 
 
「なんか貰ったっけ?」 
 
「何で忘れるのよ。ちゃんとダイヤモンドの首輪を貰ったでしょう」 
 
「……絶対忘れたいだろう、そんなもん」 
 
 
 無駄に豪華な宝石が散りばめられた首輪をニコニコ顔で渡されたあの悪夢、記憶の底に封じていた。 
 
売ればさぞ高く値打ちがつくだろうが、カレイドウルフ大商会の権力だと売却がバレそうなのでまだ手元がある。 
 
 
またお菓子じゃないので、ひたすら頭を抱える。 
 
 
「カリーナお嬢様へのお返しはどうするのよ」 
 
「首輪を渡されて何を返せと言うんだ、お前は」 
 
「あたしに聞かれても困るから、非常識なあんたに聞いてるんでしょう」 
 
 
「ぐぬぬ……じゃあ、ラーメンでも作るか」 
 
 
「どういう思考回路を使えば、そんなトンチンカンなお返しができるのよ」 
 
「ふふふ、俺が自慢できる手料理をご馳走するのだ」 
 
「アホかと思ったけど、料理下手だと真心くらいは伝わるか……真剣な顔でラーメン作られたら、あの人も呆れ果てて何も言えなさそうだしね。 
ついでだから、セレナさんにも作ってあげなさいよ」 
 
 
「……バレンタインデーに手編みのマフラーを贈るあの人のセンスに、ラーメンで対抗できるだろうか」 
 
「……なんかちょっとずれているのよね、あの人」 
 
 
 春先のバレンタインデーに手編みのマフラーだぞ、謎の真心に俺は当時震え上がってしまった。 
 
恋なのか、愛なのか、さっぱり分からない。本人は顔を赤くして、上機嫌で渡してくれたので、冗談ではないと思うのだがあの人だと本気で分からない。 
 
 
しかも微妙に本気っぽいから、余計に悩んでしまう。 
 
 
「ちょっとマジっぽいから面白いけど、肝心のお返しはどうするのよ」 
 
「休暇を上げる」 
 
「うわ、リアクションが非常に気になるわ……ちゃんと教えなさいよ」 
 
「賭けようぜ。俺はデートに誘われるのに、100円」 
 
「ホテルの予約を目の前で取るのに、1000円」 
 
「回避しづらいだろうが、それ!?」 
 
 
 ホワイトデーは、いつもこんな感じで朝を過ごしている。 
 
毎年、アリサと一緒に。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<終> 
 
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