いつもの二人
新年、特にどうというわけでもない新しい一年の始まり。感慨も何もなく、いつも通りに正月を迎えた。朝の挨拶がおめでとうの声になり、朝食には贅沢におせちを食べる。
当たり前のように過ごせるのは、当たり前のように他人が傍にいるからだろう。妹さんが夜を守り、朝になればアリサが起こして、昼ははやて達と過ごす。
そして夕方に、この馬鹿が顔を出してくる。
「侍君、初詣に行こう」
「……じゃあ、行ってくる」
「いい加減諦めたわね、あんたも」
めでたい正月だというのに、いつもの普段着で月村忍が初詣に誘ってくる。電話やメールだとシカトされると分かっているから、わざわざ家にまで押しかけてくるのだ。
俺が断っても、アリサやはやてが無理矢理俺を家から追い出す。毎年恒例行事なので、護衛の妹さんまで家で大人しく留守番している。ついてきてもいいのに。
ニヤニヤ笑うアリサに見送られて、俺は渋々忍と二人並んで歩く。
「新年あけましておめでとう、侍君。今年もよろしくね」
「よろしくしたくねえよ。今年こそ絶対に縁を切ってやる」
「うちの忠犬ちゃんがどこまでも、侍君についていくよ」
「……匂いよりも確かなものを追えるからな、おたくの妹さんは」
何時頃出逢って、何時まで続いているのか。俺という人間が結んだ縁は合縁奇縁あるのだが、こいつとの結び付きはまさに腐れ縁だった。
ぶった斬ってやりたいのだが、剣で斬ろうとしても絡んでしまうほど複雑に絡み合っている。強引に切っても、切れた糸が引っ張り合ってまた絡んでしまうのだ。
同世代の男と女、加えて相手は見た目スタイル抜群の美少女。シンプルな関係に落ち着きそうなものだが、グダグダになってしまっている。
一年の始まり、めでたき元旦なのに、俺もこいつもつまらない会話をしていた。
「初詣に男と行くのなら、振袖くらい着ろよ」
「和服姿の侍君に、振袖の私。実に絵になると私もニヤッとしたんだけど」
「不気味としか言いようがない」
「振袖ってさ、魅力は上がるんだけど敏捷性に欠けるでしょう。人混みに乗じて抱きついたり、隙を見て腕を組んだり出来なくなるから、やめたの。
ヴァイオラちゃんほどの正妻力と黒髪力があれば似合うんだけどね」
「ステータスで語るのはやめろ」
初詣に行くのは毎年、夕方から夜にかけての時間帯。初詣の後に姫初めにしけこむのが目的ではなく、単に人が混みそうな時間を避けているだけである。
口では人混みがどうとかぬかしているが、こいつも人混みは大の苦手である。気の合う面々には気さくだが、基本的には他人との過度な接触を望まない。
俺も他人との交流には随分と積極的になってはいるが、好き好んで集団に飛び込みたくはない。この点だけは、お互いに認識が一致している。
忍が運転する車で、一時間。この地域では名の知れた、神社に辿り着いた。
「お前は此処以外に、神社を知らんのか」
「恒例行事は大事だよ。毎年同じ場所で過ごす時間が増えれば、自然と家族になっていくんだから」
「面倒臭いだけだろ、てめえは」
俺も基本的に神様の類は信じていないので、格式の高い神社に行きたいとは思わない。単に、こいつの選択にいちゃもんを付けたかっただけである。
そうは言っても海鳴町のあるこの地域では一番でかいので、人は多い。田舎なので家族連れが多いのだが、カップルも見うけられる。
当たり前のように腕を組んで寄り添ってくる暑苦しい女に、肘打ちをしながら歩く。
「こういう田舎の神社だと無人パーキングが何故か無くて、御近所提供の駐車場になるんだよな」
「お参りなんて一時間で済むのに、千円はちょっと高いよね」
「お前の財布から出ているので、俺の懐は痛まないので別にいいんだけど」
「ここで侍君がビシッと千円札を出してくれたら、私完璧に惚れ直すよ。これ、攻略情報」
「よし、毎年お前に払わす選択は正しかったな」
「侍君を攻略するのは難しいなー」
毎年行っているせいか、並んでいる屋台も毎年同じように見える。当たりクジの景品とか、毎年同じゲームソフトが並んでいる気がするぞ。
忍はソフトを持っている分際で、嬉々としてクジを引いて残念賞を貰っている。何が面白いのか、俺の前で景品を使って笑っているのだ。
あんなクジに三百円も使うお嬢様の道楽には毎年呆れて物が言えないが、付き合う俺もどうかしているとは思う。まあ、金を払ってくれているからいいんだけど。
実にヤル気もなく、クジを引く。
「ほいっと、12番」
「12番――おお、彼女。おたくの彼氏。また三等だよ!」
「やったね、侍君。プラモデル、ゲットだよ!」
「……何が悲しくて、当たりクジでシリーズを揃えないといけないんだ」
「兄ちゃん、来年もよろしくな」
「来年は絶対に来ない。少なくとも、こいつとは」
「あはは、去年も一昨年も同じ事言ってたじゃねえか」
「来年には同じ名字になっているのでよろしく」
「ひゅー」
「このおっさんと結婚しろ、お前」
古びたプラモデルの箱を抱えて、神社へ。バチ当たり気味なのだが、これも恒例行事なので神様も呆れて黙認してくれるだろう。
まずは手を聖水で清めて、聖灰を燃やした煙で頭を撫でる。一応格式に則った形で、お賽銭箱に小銭を投げ込んで両手を合わせる。
「日本の神社で、海外旅行で余った外貨の小銭投げるのは侍君くらいだと思う」
「金の価値は万国共通だろうが。お前こそ、小銭入れから適当に掴んで投げているだけのくせに」
「お経を上げているお坊さんの頭にヒットさせたくなるんだよねー」
「本当にやったら、お前にお賽銭をくれてやる」
実に、罰当たりな二人組だった。バカップルとは案外、俺達のような男女を指すのかもしれない。俺に恋愛感情なんぞ、アリンコほどにも持ち合わせていないのだが。
手を合わせて、二人で拝む。神様に祈っているのではない。おてんとさんに、拝んでいる。
「今年の願い事は何にした、侍君」
「お前と、縁が切れますように」
「あはは、そうだと思って、私は侍君との良縁を拝んどいた。二人の願いが叶えば、相殺されていつも通りだよね」
「神様を利用するなんて、何て罰当たりな女だ」
「一緒に地獄に落ちようね」
「一刻も早く死ね」
神さんの前で死ねだの何だの物騒な発言を連呼して、そのまま境内を後にする。お守り類が並ぶ店は、基本的に横切っていくのみ。
屋台は冷やかしついでも覗くこともあるのだが、俺も忍も霊験あらたかな神社グッズには手を出さない。
「私は、侍君が守ってくれるもんね」
「金は払えよ」
「なるほど、私は侍君にお賽銭を出しているのかな」
「そう言われると、妹さんに小銭渡さないといけなくなるだろうが!」
「無欲の塊なんだけどねー、あの子。でもさ、正直侍君の厄祓いはお守り程度じゃ絶対に足りないと思う」
「諸悪の根源が、今隣にいるからな」
これで終わり。神の前で永遠の愛を誓わず、神の許す地で縁を深めず、神に尻を向けて俺達はそのまま神社を後にする。
毎年、俺達は何も神様に願わない。ならば何故毎年来るのか、それも分からない。特別な日だという意識もしていないのだが、毎年この日は此処へ来ている。
――あえて、理由を上げるのならば。
「帰り、ご飯食べに行こうよ。いつもの、ラーメン屋」
「一回連れてやっただけなのに、えらい気に入りようだな」
「侍君のお気に入りだからだよ。あー、お腹空いた」
「色気のねえ女だな」
「お酒で酔わせればそのままお持ち帰り出来ますぜ、旦那」
「誰が運転するんだ、ボケ」
この馬鹿が、俺の隣にいるからだろう。
<終>
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