無調のバガテル
「あのさ、侍君」
「何かね、忍君」
「クリスマスにデートする約束だったよね」
「うむ、ゲーム勝負を姑息に挑んできて約束させた女がいたな」
「いい加減勝負を決めようと思って、恥ずかしいのを承知でホテルの一室を希望したけど」
「男の甲斐性で叶えたではないか」
「マイアさんの経営するホテルに予約するというのは、どうよ」
「大人の男女でスイートルーム貸し切りだぞ、ロマンティックではないか」
「VIPルーム貸し切りすると、思いっきり支配人に知れ渡るんですけど!?」
今年のクリスマス。学生時代の頃から付き合っている月村忍さんに、デートを強制させられた。
友達関係から全く進展がないことに業を煮やした女が、狼のごとく関係を迫ったのである。
夜の一族は女系で情の深い女が多く、忍も女としてホテルでの関係を求めたのだ。ある意味男らしいとも言えるかもしれない。
そんな忍の思いを受け止めるべく高級ホテルを取ってやったのに、なぜか怒られた。
「支配人のマイアさん本人が慌てて出迎えてきて、ひたすら恐縮されたじゃないの」
「気を使わなくてもいいのにな」
「侍君はスポンサーと豪快に繋がっているんだから、そりゃ気を使うでしょう」
「カリーナお嬢様ともクリスマスパーティに誘われたのに、わざわざ断ってやったんだぞ」
「えっ、それもしかして私の名前で断ってない……?」
「うむ、お前に関係を迫られたと正直に話したぞ」
「あの子、自分の持ち物にはうるさいんだけど!? ああ、また取られたと思って怒られる……」
どうせ自分が行きたくなかっただけだと睨む忍に、目をそらす。忍よ、その推測は全くもって正しい。
高級料理と楽しい催しで賑わう華やかなパーティなのだが、一芸を必ず求められるので俺としては何としても回避しなければならない。
同じ芸だと気分を悪くするので、毎回笑いのネタを考えなければならないのだ。
誰がどう見てもパワハラである、日本の悪を象徴するお嬢様であった。
「うーん、知り合いがいるホテルってすごくやりづらい」
「何がやりづらいのか、説明したまえよ」
「強制するセクハラ発言は、オヤジ化の第一歩だよ」
「うっ……」
軽いジョークのつもりだったが、女性側からの辛辣な指摘に黙らされる。
恐ろしい女だ、夜の一族は長寿だからといって若さを売り物にするとは何事だ。
とはいえ指摘そのものは正しいので注意しなければならない。社交界慣れしてきたせいか、軽いジョークが口に出てしまう。
忍さんの不満は、まだあった。
「後さ、毎年増えていっているのはやばいと思うよ」
「何がだ」
「クリスマスプレゼント。毎年プレゼントする女性が増えていっているでしょう」
「違うな、間違えているぞ。プレゼントを求める女が増えていっているんだ」
「そう聞くと、ひたすら気の毒に聞こえるよね!?」
「本人が求めていなくても、誰かにあげてしまうと不公平になっちまう、恐るべきシステムだぞ」
クリスマスプレゼントは基本的に子供に贈るものだが、問題なのは子供と大人の境目が分からないことだ。
十代というのはとても繊細で、思春期ともなれば子供から大人へと育つ時期。
子供扱いすれば不平が出るし、大人扱いするとプレゼントがないことに不満が出てしまう。
実に、難しい問題だった。
「そして一番の問題が」
「うむ」
「曲がりなりにも、私の妹をホテルの部屋の外に立たせていることかな!?」
「護衛だぞ」
「これから大人の恋が始まるこの時、自分の妹が外にいる女の気持ちを考えて」
「ホテルを出る時会計するのが自分のメイドだという、男の気持ちもわかってくれ」
「えっ、アリサちゃん、下で会計待ちなの!?」
デートするので限度額無しのカードを持っていくと行ったら、余裕で怒られてしまった。
ちなみに俺は現金を持つと、途端にケチになってしまう日本人気質である。
カードだと使うことにあまり抵抗はないのに、何故か現金だと使うのが惜しくなってしまうのだ。
別について来なくていいのに、あいつは理由をつけてホテルのフロントまで押しかけている。マイアや他の連中とお喋りを満喫しているだろう。
「この警備体制で侍君のフロントを取るのは、激しく難しいよ」
「愛とは勝ち取るものだと言っていたのは、お前だ」
「物理的になっているよ!?」
――今年もこんな感じで、こいつとクリスマスを過ごした。
クリスマスケーキとシャンパンで朝まで過ごせる女というのは、まあ貴重とも言えるかもしれないな。
<終>
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