朝の新聞
                              
                                
	
  
 
 2月14日は聖バレンタインデー、この日に年々価値観の多様性を与えているのは一体何処の誰なのだろうか? 
 
世界が必要としているのか、国家が認めているのか、都市が生み出しているのか、それとも人々が与えているのか。 
 
恋人達の愛の誓いの日が世界各地で様々な祝い方をされてしまい、友達にまで派生して、挙句の果てに家族への感謝にまで至ってしまった。 
 
 
ここまで来ると、実の娘からバレンタインを祝われても何の違和感もなくなってしまう。 
 
 
「お父様、チョコレートを作りました。受け取って頂けませんか」 
 
 
 子供の成長は非常に早い。子供だった自分が大人になり、自分の子供が生まれる。そして我が子が育ち、バレンタインチョコを作る年齢にまで美しく成長する。 
 
戦闘機人の中でも線の細い子供だったディードが思春期を迎え、華やかな少女となった。少女ながら胸は豊かに実り、腰つきも柔らかい線を描いている。 
 
毎日のように剣を振り、剣士として生きる少女が、姉妹達の誰よりも女性らしく育っている。長髪の美少女剣士は、全盛期を誇っていた。 
 
 
美しく育った娘からチョコレートを差し出されて、父親としては複雑に思う。 
 
 
「わざわざバレンタインチョコを手作りしてくれたのか」 
 
「一年に一度の大切な日です、失礼があってはいけません」 
 
「まるで本命のようではないか」 
 
「本命ですよ」 
 
 
 冗談のつもりで言ったのに、素直に首肯されると思わず考え込んでしまう。血の繋がりが容赦なくあるので、トキメキなんぞ感じられない。 
 
年々、女として美しく磨かれている。恋でもしているのか、錯覚してしまう。それほどの娘が、父親に本命を送るのはむしろ嘆かわしいのではないだろうか。 
 
 
父として、問い質さなければならない。 
 
 
「バレンタインデーに向けて、異性より告白されたと聞いている」 
 
「オットーに私のことを訪ねて下さったのですか、ありがとうございます」 
 
「……内緒で聞いたことに感謝されるとは思っていなかったぞ」 
 
 
 普通――いや、普通と決めつけるのも変か。ともあれ、同世代の少女達は父親にあれこれ詮索されるのを嫌がるものではないだろうか。 
 
俺とて、別に聞き出したのではない。ディードの周辺が何やら騒がしかったので、何かあったのか双子のオットーに聞いただけなのだ。 
 
あいつも双子だと言うのに、平然とした顔で自分の姉妹の現状を余裕で説明した。あいつもあいつで、どうかと思う。 
 
 
ディードは、今年も多くの男性より愛の告白を受けたようだ。 
 
 
「バレンタインデーをお前と一緒に過ごしたかったのだろうな」 
 
「お気持ちは、ありがたく受け取りました」 
 
「一応本人にも聞くが、その中で承諾したのはいなかったのか」 
 
 
「はい、バレンタインデーはお父様と過ごす予定ですので」 
 
「変だな、肝心の俺が一切聞いていないのに」 
 
 
 今日だって、出かけようとしたのだ。何しろ今日はバレンタインデー、無用なまでに女の知り合いが多いので逃げようとしたらヴィヴィオに玄関で待ち伏せされた。 
 
あの天才少女は俺の行動を余裕で読んでいたらしく、俺の苦手な弁論で逃走を阻み、見事なまでに自分のチョコを渡して足止めを果たした。 
 
 
そしてこうして、ディードに告白されたのである。 
 
 
「お父さんとしては娘が異性と付き合うのは、確かに悲しい」 
 
「ご安心下さい、お父様。私はお父様の元を離れたりはしません」 
 
「頼むから、話は最後まで聞いてくれ。確かに悲しいが、お前がこれだという男性が居るのであれば泣く泣く祝福しようと思っている」 
 
「それほど私を愛してくださってありがとうございます、お父様。私もお父様を愛しております」 
 
「そうした親愛の情を向けてくれるのは本当に嬉しいが、お前もいずれ本当の愛を知る時が来る」 
 
「はい。いずれ剣の極意を掴んだその時、私はお父様からの愛を知る事となるでしょう」 
 
  
 ええい、聞き分けのない奴め。そもそも俺はどちらかと言えば放任主義だと思っているのだが、どうして子供達は俺を慕ってくるのだろうか。 
 
シュテル達は血が繋がっていないからまだ分かるのだが、ディード達は明確に血が繋がっているのだ。遺伝子が、少しは親に歯向かったりしないのだろうか。 
 
まあ実際ディードが言う愛は異性の愛かどうかは不明なので、わざわざ神経を尖らせる事はない。ないのだが―― 
 
 
いい加減、そろそろ少しは親離れしてほしい。 
 
 
「いいか、ディード。若い内が華だという、同世代との間で恋の一つでもしないといい大人になれないぞ」 
 
「お父様は、剣一筋で生きてこられたと聞いております」 
 
「うぐっ……!?」 
 
 
 説得力がなかった。さすが剣士、切り込みが鋭い。 
 
 
「好みの男性とか居ないのか」 
 
「お父様のような男性が好みです」 
 
「日本人の男性だと好意的に解釈しておこう。だが、剣士となると難しいな……」 
 
 
「説得されかかっているよ、お父さん」 
 
「ぐはっ、しまった!?」 
 
 
 いつの間に聞いていたのか、ひとくちチョコケーキを持参したオットーが一言入れる。お前もチョコレートか、オットーよ。 
 
中性的な魅力があるオットーは、バレンタインデーの勝者である。多くの女性から本命チョコを貰い、困り果てている可愛い娘である。 
 
今年も朝から追い回されていたのか、ようやく家に帰ってきた。何なのだろうか、我が娘達は。 
 
 
多くの男性を袖にするディードと多くの女性を惑わせるオットー、俺の娘達には困ったものだ。 
 
 
「お父様、コーヒーを入れてまいります。どうぞ遠慮なく、召し上がって下さい」 
 
「お父さん、僕のチョコは一口サイズから食べやすいよ。女の子達からもらったチョコもいっぱいあるから、よかったら食べて」 
  
 両隣から詰め寄ってくる愛娘達二人、どうやらこの調子だと今年も恋人ができそうにないようだ。 
 
甘やかせるべきではないと思いつつ甘やかしてしまう。このチョコレートのように。 
 
 
愛らしい娘達から送られたチョコは、やはり甘かった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<終> 
 
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