いやいやながらの王様







 今もそうなのか分からないが、俺がガキンチョの頃はバレンタインで家族からチョコを貰うのは恥だとされていた。モテない男の最後の砦だと、無邪気に嘲り笑われたものである。

チョコレートの贈り方も多種多様になってきた今では、むしろ本命チョコの方が珍しくなっているのかもしれない。いずれにしても、糖分としか思っていない俺にはあまり興味がないイベントだが。

俺も人間関係に幅が出てきて女からチョコレートを貰えるようにはなっているが、家族からも多いので男としては不名誉かもしれない。


十代で子供というのも凄いのだが、妹分までたらふく出来てしまう始末である。





「今日はバレンタインですね、兄さん。チョコレートを作って来ましたので、どうか貰って下さい」

「……目の錯覚か、スイカ並に大きく見えるんだが」

「バレンタインチョコは男性への思いを籠めると聞いています。私の兄さんへの想いは大きさではなくて、強さで表しました」


「強さとか言われても――おい、このチョコレート、万力で握りしめたかのように固いぞ!?」


 もしかしてこいつ、液体状のチョコレートを戦闘機人の握力で固めて作ったんじゃないだろうな!? 容量的に不可能な筈なのだが、こいつならやりかねないから怖い。

スイカ並に大きいと半ば感心していたが、ひょっとすると原型はもっと大きかったのではないだろうか。圧縮してこの大きさになったのだとすれば、どれほどのチョコを固めたというのか。

直接問い質してやったのに、どう聞こえたのか思いっきり照れて頬を赤らめている。お前の想いを聞いたんじゃねえよ、想いをどれほど物理にしたのか聞いているんじゃ。


食べて下さいと言われて、俺は嫌味を込めて剣でチョコを突っついてやる。金属音が鳴った――もう一度言う、金属音が鳴った。


「お前はこのチョコレートを噛めると思っているのか」

「はい、美味しく食べられましたよ」

「普通の顔で当然のように言っている!?」


 同じチョコレート別にも作って味見をする計画性があるのであれば、まず兄の歯の強度を事前に分析してもらいたかった。

俺も歯の丈夫さには一応自信はあるのだが、フライパンを齧れるほど強くはない。そしてこのチョコレートはフライパンより大きく、思いっきり固い。

俺が嫌がっているのが分かって、妹分であるギンガ・ナカジマは目に見えて落ち込んでいる。何故この未来を予想しなかったのか、真剣に分からない。


悪いが、俺は食事に対して一切の妥協はしない。相手が妹であろうと、食に対しては厳しくやらせてもらう。


「食べては頂けませんか、兄さん」

「齧れないと言っているだろう。仕方ない、ゆっくり舐めて味わうか」

「えっ……?」


「齧れないと言っただけだ、食わないなんて一言も言ってないぞ」


「兄さん、大好きです!」

「このチョコレート見れば、誰でも分かるわ」





「お兄さん、バレンタインチョコレートです」

「市販品とは、素晴らしい」

「素晴らしいですか? ギンガ姉さんは張り切って作っていましたけど」


「その時点で、何故止めてくれなかったのか」

「朝早くから頑張っているのを見て、応援したくなって」

「その誰にでも優しい性格は、兄への気遣いに変えてほしかった」


 可愛いラッピングのチョコレート、装いだけで高級菓子店の商品であることが窺える。この子の事だから大人気のお菓子屋さんに、朝から並んでくれたのだろう。

簡単に想像できるのが、何とも微笑ましい。良い奥さんになれるだろうが、赤の他人の嫁にやるのは惜しい気がする。

自分の妹だと殊更独占するつもりはないのだが、この甲斐甲斐しさを何処ぞと知れぬ男に向けられるのは何だか悔しい。


一般的な女性に恵まれていない分、憧れてしまう感情かもしれない。


「ではありがたく頂くとしよう。義理チョコも用意しているのか」

「日頃お世話になっている人に贈るつもりですよ」

「その中で本命となる人は?」

「私はお兄さんの事が気になって、他の男性に恋をする余裕なんてないです」

「いかんな、家族を利用にするとは」

「家族が理由になっているのだから、何も問題ありません。胸に手を当てて考えてみて下さい」


 ぐうの音も出ない正論である。警察にお世話になった時、病院にお世話になった時、施設でお世話になった時、どの時でも迎えに来てくれたのはこの子である。

自分の方が年下だろうと家族なら、面倒を見るのは当然と、俺の面倒を見てくれている。大抵の事は乗り越えてきた俺だが、些細な事件や出来事で躓く事も多々あるので、この子にはいつも面倒をかけてしまっている。

人間関係のちょっとしたトラブルなんかも、よく仲介に入って緩衝材となってくれるのだ。全てが終わった後優しく叱って、手を繋いで帰ってくれる。


ディエチのチョコレートも、ありがたく頂いた。


「バレンタインのお返しはきちんとしないと駄目ですよ、お兄さん」

「毎年悩むんだよな、ホワイトデーは」

「すぐそうやって考えるのを面倒臭がるから、後になって困るんです。私も手伝いますから、今の内に考えておきましょう」

「いつも面倒をかけるな」

「私達は兄妹なんだから、当然だよ」





「おい、アニキ。アタシとスバル、どっちが勝った方のチョコを食ってもらうぞ」

「待て、最初から分からん」


「どちらがアニキにチョコを渡すのか、勝負するんだよ。手出しするなよ」

「何故、バレンタイン前に決着を付けなかったのか」


 こういうのも一応、三角関係というのか。スバルはにこやかに、ノーヴェは膨れっ面で対峙している。どうやらこれから二人が、俺を巡って勝負するようである。

勝負に勝った方が権利を手に入れるという理屈は弱肉強食の理に適っていていいのだが、バレンタイン当日に決着をつけるというのは幾ら何でも遅すぎる。

しかも他ならぬ男の前で女二人が取り合いをするというのは、醜い光景である。この辺を理解していない辺り、まだまだ子供だと思う。子供であれば、何であろうと可愛らしい。


ほんの少し大人に近いスバルは、兄の気持ちを少しは察して苦笑いを浮かべている。それでも拒否しないのは、兄への想いがあるのだと思いたい。


「勝負の内容は何なんだ」

「アタシとスバル、アニキはどっちが好きなのか」

「お前は家族の仲をかき乱す天才だな」


 誰が一番好かれているのか、子供であれば誰でも一度は思うものだが、ノーヴェという少女は本当に何とも子供らしい妹である。

素直というよりも、心に溜め込んでおくのが苦手なのだろう。直球勝負を好み、画策するのが嫌いな性質。子供らしい無邪気さを、体現している。

それだけならば可愛い妹で済むのだが、常に他の姉妹との比較を問われる兄貴としては困り果ててしまう。俺の中で妹分に序列はないのだから。


皆が好きだと言えば話は早いのだが、ノーヴェが納得してくれない。


「後で文句を言いそうなので言っておくが、既にお前の姉貴達からチョコレートは貰っているぞ」

「な、なんだと!? 裏切ったのか、アニキ!」

「お前が遅いのが悪い」

「ぐっ……なんて厳しいアニキなんだ、妹が可愛くないのかよ……」


「半泣きになっているところ申し訳ないが、お前のライバルがチョコの用意をしているぞ」

「あっ、てめえ!?」


 先を越されて涙ぐむノーヴェだったが、スバルがチョコを用意しているのを見て早速立ち直って突っかかる。スバルめ、分かっていて挑発しやがったな。

精神的にはノーヴェとほぼ同レベルのスバルなのだが、ノーヴェが困っていたりすると、こうした気遣いを行う。こういうところは姉なのだと思う。

揉みくちゃになって、姉妹で喧嘩。戦闘機人の能力を一切使わないのは、姉と妹だからなのか。こういうところも、可愛いと思う。


だからこそ、どちらか一方を選んだりしない。


「こらこら、喧嘩するな。仲良く食べればいいじゃないか。ほれ、兄からのチョコレートだ」

「えっ、でも、こういうのは女からあげるもんじゃ……」


「兄が可愛い妹にチョコをやるのが、それほど変か?」

「! いや、食べる!」


 子供であれば、いちいち風習の細かな内容にまで拘ったりはしない。柔軟なところも含めて子供であり、無邪気であるがゆえに可愛いのだ。

スバルとノーヴェ、左右に二人を並ばせて、仲良くもらったチョコレートを一緒に食べる。二人は美味しそうに――


とても嬉しそうに、がっついている。



――他の女からもらったチョコレートだけどな。

































































<終>







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