東方のおとぎ話
――日本には、福笑いと呼ばれる正月における伝統的な遊びがある。
おたふく等の面の輪郭を描いた紙の上で顔の部品を散らし、目を隠した上で部品を適当な位置に置いていく遊びである。目が見えないので、出来上がった顔は実に滑稽な顔となって楽しむのである。
今の時代多種多様な遊びがあって、日本のこうした伝統的な遊びはあまりされない。我が家は日本の伝統を重んじているが、だからといって子供達に強要するつもりはなかった。
むしろ今年の正月、俺は全く真逆の遊びを行おうとしていた。
「シュテルよ」
「お傍に控えております、父上。新年、あけましておめでとうございます」
「うむ、今年もよろしく頼む。お前の叡智を信頼して、尋ねたい事がある」
「何なりと」
「ナハトヴァールの事なのだが、昨年あの子が泣いた顔を見たことがない気がする」
噂の本人は正月早々着物姿のレヴィと走り回って遊び、ディアーチェに行儀が悪いと二人揃って叱られている。ユーリがほのぼのと笑っているのが、新年の平和を象徴していた。
基本的にナハトは笑顔がデフォルトであり、特に俺の前では満面の笑顔ではしゃいでいる。赤子のような精神なのに泣き顔一つ見せず、日々を満喫して生きている。
福笑いの見本のような我が子は愛おしくはあるが、笑ってばかりというのも不思議な気がする。何か一つでも不平不満などがないのだろうか。
頭脳明晰なシュテルは何一つ悩まずに、正答を述べる。
「父上が居るからでしょう」
「良き父であるという事か」
「我々にとっては最高ではありますが、何より父上が父上だからこそあの子は毎日を笑顔で生きられるのです。
ここだけの話ですが、父上の元へ馳せ参じる前は父恋しさに泣き喚く毎日で、夜泣きも酷く手を焼かされたものです」
「うーむ、想像がつかないな」
赤ん坊が夜泣きをするのは別に珍しくはないのだが、ナハトの場合は布団に潜り込んだら一瞬で熟睡している。寝顔も愛らしく緩んでおり、良き夢を楽しんでいるとしか思えなかった。
夜泣きどころか朝まで爆睡しており、早起きしては元気よくファリンとパトロールに出かけている。夜泣きに苦しめられた経験は、一度たりとてなかった。
もしも本当だとすればシュテル達には苦労させてしまった事になるのだが、今は俺と一緒に生活できているのだからそれでいいのだと言ってくれている。
つまり、自慢の良い子達なのだ。
「よし、一度あの子を泣かしてみようか」
「父上、あの子の処女を散らすのはまだ早いかと。まずは私をご堪能下さい」
「そういうアダルティーな泣かせ方じゃねえよ! 子供らしく、泣かせてみたいのだ」
「なるほど、好きな子をイジメてしまう困った性癖という事ですね」
「何故、性癖を付けた!?」
「しかしながら、いかなる手段を用いるのでしょうか? よもや父上ほどの御方が、虐待を行うとは思えませんが」
「剣士は人を斬るのが生業であって、剣以外の手段で人を傷つけてはならぬ」
「ご立派ではありませんが、見事な信念だと父愛しさに思い込む事といたしましょう」
「なに、子供を泣かせるのに剣などいらぬ。我が子であろうと、完膚なきまでに負かせればいいのだ。正月定番勝負といくぞ、シュテルよ」
「はっ、ナハトヴァールを呼んできましょう」
正月遊びだと聞いてナハトヴァールは意気揚々と飛びついてくる。くくく、泣かされるとも知らずに無邪気なものよ。
レヴィやユーリ、ディアーチェは贔屓だとブーブー言っているが、これが真剣勝負だと分からぬらしい。剣士の娘でありながら、実に嘆かわしい。この子達を甘やかせてしまったようだ。
正月一番ではあるが、ここは一つ真剣勝負の怖さというものを教えてやろうではないか。阿鼻叫喚の地獄へと変えてくれるわ、ふはははは。
まずは正月の定番、羽根突きの勝負である。
「パパ、ナハトは多分ルールも分かってないよ」
「だからこそ、俺にも勝機があるのだ」
「……パパって我が子であってもヒキョーだよね」
そうは言いつつニヤニヤ楽しんでいるじゃねえか、レヴィ。羽根突き自体はさほど問題ではない、この遊びの最たる面白さは敗北者へ与えられるペナルティである。
羽根を羽子板で突いて遊ぶこの勝負は羽根を打ち損ねた方が負けであり、負けると顔に墨で落書きをされる。一応言っておくが俺に妥協はない、ディアーチェにちゃんと墨を用意させた。
本人は呆れた顔で墨をすってくれているが、正月だから勘弁してもらいたい。顔中に落書きすれば、ナハトも嫌がって泣くに違いない。
子供の遊びであれば、何の躊躇いもなく我が子を攻撃できる。
「行くぞ、ナハトヴァール!」
「おー!」
カン
コン
カカン
キン
コン
カン
ココン
カン
カン
カン
コン
カカン
キン
コン
カン
ココン
カン
カン
カン
コン
カカン
キン
コン
カン
ココン
カン
カン
カン
コン
カカン
キン
コン
カン
ココン
カン
カン
カン
コン
カカン
キン
コン
カン
ココン
カン
カン
カン
コン
カカン
キン
コン
カン
ココン
カン
カン
カン
コン
カカン
キン
コン
カン
ココン
カン
カン
カン
コン
カカン
キン
コン
カン
ココン
カン
カン
カン
コン
カカン
キン
コン
カン!
ココン!!
カン!!!
カン!!!!
「おりゃああああああ、唐竹割りぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーー!!」
「あうー!?」
「ゼイ、ゼイ、か、勝ったぞ……ハァ、ハァ……恐れ入ったか……!」
「……お父さん、ものすごく必死でしたね……」
単純な遊びだから油断していたが、ナハトヴァールは反射神経の怪物である。単調に飛んでくる羽を特に悩まず打ち返してくるので、思わずラリーの応酬になってしまった。
色々変速や変化を繰り出しているのにナハトは楽しそうに打ち返すので、ついムキになって叩き込んでしまった。思いっきり僅差の勝利だったのだが、勝ちは勝ちである。
ユーリは我が子相手に必死な父を、おせち料理のカマボコを齧りながら眺めている。この子のメンタルも随分図太くなったものだ、誰の影響やら。
ともあれ、勝ったのだ。制裁しなければならない。
「ディアーチェ、筆を持てい!」
「……まあ、一応父が勝ったのだから仕方あるまい」
「ナハトよ、思い知るがいい――おりゃあああああ!」
「あははー」
――わ、笑っているだとぅ!?
顔に墨塗りで落書きしていると言うのに、ナハトはキャッキャッと笑い声を上げている。何故だ、屈辱を感じないのか!?
これほど愛らしい顔に墨を塗るという暴挙に及んでいるのに、何故こうも無邪気に笑っていられるのか。まさか我が子は変態にでもなってしまったのか、実にいかん。
必殺の策が笑顔で潰されてしまって、俺は悔しさに拳を震わせる。
「よかろう、次はめんこ勝負だ。先行は当然、親であるこの俺だ」
「……我が父よ、先手必勝の理はめんこ勝負では卑怯の一言に尽きるのだが」
「常にお前達に言っているであろう、どんな手を使っても勝てと!」
大人げないと叱り付ける我が後継者の苦言に耳栓をして、俺はめんこを用意する。ナハトに一度あげておきながら、勝負で奪い返すという鬼畜所業である。
これなら絶対に、泣く。俺だって子供の頃やられたら問答無用でキレるか、力及ばず泣き寝入りしていた。ナハト用と俺用に二枚準備して、俺は自分のめんこを掲げる。
この勝負は床に置いた敵のめんこにめがけて自分のめんこを打ちつけて、衝撃などで相手のめんこを動かせば勝利。
つまり、先攻が絶対的に有利なのである。
「では行くぞ、ナハトよ。この勝負、貰ったあああああああああああああ!」
ビシッ
カキーン
「カキーンって何だ!?」
「父上、ナハトのめんこが鉄製へと作り変えられていますよ」
「こ、こら、ナハト、卑怯だぞ!?」
「おとーさん、かてー、いったー!」
「――ぐっ」
どんな手を使っても勝てと言ったと笑顔で主張されて、ぐうの音も出なかった。いくら俺でも、鉄を相手に厚紙では勝てない。
加えて、ナハトは豪腕である。自分の番だと容赦なく振り下ろされて、俺のめんこはなすすべも無く吹っ飛んでしまった。
当然、ナハトの勝利――メンコはナハトヴァールのものとなった。
「かったー!」
「うぐぐぐぐぐぐ……」
「……見事に泣かされましたね、父上。さあ、私の膝枕でお泣きなさい」
「お父さん、お酒飲んで忘れましょう。私、つぎますから」
「パパ、元気だして。ボクのお年玉で、新しいのを買ってあげる!」
「父よ、嘆くでない。今後は我と戯れようではないか、とことん付き合うぞ」
本年も宜しくお願い致します――グスン
<終>
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