誰も寝てはならぬ
――ある時。ニコラウスは貧しさにより、自分の娘を身売りしなければならなくなってしまった家族の存在を知った。
そこでニコラウスは夜の間にその家族の家に訪れて、窓からそっと金貨を投げ入れたのである。この時偶然なのか、暖炉には靴下が下げられていて、金貨はその靴下の中に入ったとされている。
与えられたこの金貨のおかげで、家族は自分の娘を身売りする事を避けられたという逸話。子供達を救ったこの温かい逸話が、後のクリスマスに繋がる由来となったのだ。
"夜中に家に入り、寝静まった子供の靴下の中にプレゼントを入れる"
この伝説に今宵、白旗が挑戦する。
「陛下、全員揃いました」
「よくぞ集まった、我が精鋭達よ。本日、お前達に特別任務を与える」
ミッション:シュテル・ザ・デストラクター、ユーリ・エーベルヴァイン、レヴィ・ザ・スラッシャー、ロード・ディアーチェ、ナハトヴァール。五名に、クリスマスプレゼントを贈る事。
達成条件:期限はクリスマス・イブの夜、寝静まった子供達五人の枕元にある靴下に入れる事。任務完了後本人達に決して気付かれず、痕跡を一切残さずに撤収する事。
任務に失敗した場合、白旗を除名とする。
「成果を、期待している」
「お待ち下さい、陛下!?」
忠誠心で言えば騎士団長のセッテに匹敵するチンクが、唯々諾々とせず必死で制止をかける。気持ちは分からなくもないのだが、俺は白旗の頭。私情を挟んではならない。
アンティークデスクの上で手を組みながら、俺は大仰な態度で質問を許した。
「質問があるのなら我が秘書に尋ねたまえ、チンク」
「……まず何故ウーノが秘書役を務めているのか、非常に気になります」
「秘書を務めるか、この任務を行うか――彼女は快く、重役を引き付けてくれたよ。この任務を君たちに推薦したのも、彼女だ」
「ちょっとウーノ、貴女は自分の妹を売ったの!?」
「――あなた達の実力なら出来ると確信しているわ、ドゥーエ」
「早速秘書っぽいことを言って誤魔化したわ、この人!?」
怜悧な美貌を崩さず冷静沈着に視線を反らしたウーノに、ドゥーエとクアットロが悲鳴じみた抗議を上げる。
聖王騎士団に所属する機械じかけの騎士達、戦闘機人。タイプは違えど粒揃いの麗しき女性達、クリスマスの季節に全員揃うと圧巻の一言であった。
これほどの美女達に囲まれると悪い気分はしないのだが、その女性達が揃って狼狽えているこの現状はあまり甘いムードとは呼べそうにない。
俺は狼狽える彼女達を目で楽しみつつ、厳かに問い質した。
「私が与えた任務に何か不満があるのかね、君達」
「それは当然――何もありませんわ、陛下。ええ、勿論!」
「……」
顔をしかめて抗議に出たクアットロの背後で、ブーメランブレードを背から引き抜くセッテ。敏感に殺気を感じたクアットロは、慌てて取り下げた。
バリバリの武闘派だったシスター見習いも、修道女の正式な仲間入りを果たした後は、敬虔に神に仕える温厚な少女となっている。
出会った頃なら、容赦なく突き刺していただろう。
「陛下より与えられた勅命、我らは何としても果たさなければならない。その気概は、我ら全員胸に秘めております。ですが、その――
陛下のご息女であらせられる方々のご寝所に忍び込むというのは、騎士にとって不敬そのもの」
「そ、そうですわ! トーレちゃんの言う通り、恐れ多くてとても忍び込めません!」
「ふむ、君達の忠誠心を考えれば当然だな。ウーノ、罰則を適用」
「はい、陛下。万が一ご息女に気付かれた場合、ハラキリといたします」
「貴女は、それでも私達の姉なの!?」
「酷い、酷すぎますわ、ウーノ姉様!」
――クリスマスともなると、一年の終わりに近づいている時期。つまり、一年間のストレスが頂点に達している頃合いでもある。
ウーノほどの女傑ともなれば戦闘機人でなくとも、与えられた任務以上の成果を苦もなく生み出せる。任務によるストレスを仕事で発散できる、才女なのだ。
しかしながら、仕事を第一とする彼女であっても、極めて不本意な任務がどうしても発生する場合が白旗にはある。
特に、ジェイル・スカリエッティを通じて任務を押し付ける、典型的なバカ社長が居る組織においては。
「何をそれほど狼狽えているんだね、君達は」
「そう、陛下の命は絶対」
「何でもかんでもすぐ同調しないで、セッテちゃん!? あの子達に一切気づかれずにプレゼントを贈るのは、至難の業なのよ!」
……実を言うと、俺も到底無理だったのでこいつらに押し付けたのが真相である。誰だ、サンタクロースなんていう馬鹿な存在を作り上げたのは!
サンタクロース伝説には、確たる前提が存在する。子供達が、サンタクロースよりも非力な存在である事だ。無力な子供であれば、寝静まった時に忍び込んで贈るのは容易い。
だが、相手は聖地の怪物達を壊滅させたユーリ達である。俺と一緒の寝床では無防備ではあるのだが、俺が行動を起こせば直ぐにバレてしまう。
他人であれば尚の事、警戒する。特にナハトは野生の勘でもあるのか、グースカ寝る割に他人が少しでも近付けばどれほど離れていても察知してしまうのである。
ユーリなんて、お父さんを護る為だと常に鉄壁の結界を張っているからな。
「ドゥーエが能力を使って、陛下に変身するというのはどうだ?」
「あの子達相手に視覚を惑わせた程度で通じるかどうか、疑問だわ。それにもし発覚したら、絶対に殺されるわよ」
「クアットロ。お前が能力を使って、ご寝所へ忍び込めばいいではないか」
「馬鹿言わないで、トーレちゃん。あのナハトという子、私が陛下の寝床に忍び込もうとしたら、玄関先で待ち伏せていたのよ。思わず悲鳴を上げて逃げちゃったわ」
「恐れ多いことに、私はご息女の方々より信を頂いている。何処かに連れ出すということも出来なくはないのだが」
「帰ってきてプレゼントがあれば、怪しまれる」
俺も妹さんに頼んでみたのだが、平身低頭で謝罪されてしまった。あの子のレーダー能力は世界随一だが、隠密能力には長けていないらしい。護衛が専門だからな。
そこで困って博士に相談したところ、ウーノに預けられてこの有様である。無理強いされて、溜まりに溜まったストレスがついに爆発してしまった。
ウーノさんは困り果てる妹達を、まるでゴミを見るかのように見下ろしている。
「いいでしょう、貴女達にも推薦する権利を与えます」
「と、いいますと?」
「貴方達姉妹の中から一人、この任務に相応しい子を推薦しなさい。その子に、この名誉ある任務を授けましょう」
鬼だった。
自分の姉妹にやることでは、断じてない。不憫に思う気持ちよりもまず真っ先に、恐怖が浮かんでしまった。
与える側である俺でさえ寒気がしたのだから、与えられた側からすれば恐怖の絶頂だったに違いない。平然と首肯するのは、セッテぐらいなものである。
この任務が達成困難なのは、誰が見ても明らかである。だからといって俺の前で、無理だとはいえない。忠誠心が許さない。
だが、"推薦"という名目であれば――
「能力的に、クアットロが相応しいわね」
「うむ、クアットロが適任だな」
「残念極まりないが、ここは譲るしかあるまい」
「出来る子だと、前から思ってた」
「セッテちゃんまで白々しい!?」
――満場一致である。信頼のなせる技なのか、人望がないゆえの結末なのか、いずれにしても哀れであった。
泣きながら必死で拒否する彼女を全員が引っ張って、連れ去っていった。仲良き姉妹であれど、任務であれば鬼にならざるをえない。騎士とは、因果な存在である。
それにしても――俺は恐る恐る、自分の秘書を見上げた。
「今宵は陛下のために、クリスマスディナーを用意させて頂きました」
「えっ、あ、あんたが!?」
「はい、手作りです。秘蔵のワインも開けましたので、是非ともお召し上がり下さいね」
「は、はい……」
美女と二人きりのクリスマス、何という幸せな夜なのだろうか。
妹達を容赦なく売り飛ばしたウーノさんの麗しき一面に、感動と恐怖のあまり、泣きながら承諾してしまった。
……本人の名誉の為、一応美味しかったとだけ言っておく。
<終>
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