埴生の宿
「あれ」
「おや」
「お前、出かけなかったのか」
「侍君こそ、今日オフでしょう。白旗メンバーとのピクニックは?」
「確実に混みそうだから辞退」
「私も人混み嫌いだから留守番」
「ちっ、折角久しぶりの一人を満喫するつもりだったのに」
「気が合うね、私もそのつもりだったの」
「お前、出かけて来い」
「普通、自分から出て行くものだと思うけど」
「何でたまの休日、お前に気を使って出ていかなければならんのだ」
「私は基本、侍君には一切気を使っていないのでオッケー」
「シャツ一枚かよ、だらしのない」
「同じ装備の侍君に言われたくないなー」
「男はいいの」
「女だって休日は下着つけないよ」
「俺は下着をはいてるぞ……待て、そのシャツ俺の替えじゃねえか」
「干しっぱなしになってたよ」
「自由に受け取っていい事にはならんわ!」
「私のパジャマ、貸してあげる」
「寝る時までお前の匂いを嗅ぎたくない」
「私はこのシャツ着て、侍君を感じているよ」
「キモイ」
「ハァハァ――ウッ」
「そのまま死んでくれ」
「この魅惑の谷間が目に入らないのかね」
「見事な胸のラインですな」
「天井見ながら褒めるのはNG」
「ゲームしながら男と話すのもアウトじゃ、ボケ」
「うちの妹さんはどうしたの」
「うちの婚約者が無理やり連れて行った」
「ヴィクター奥様の押しの強さは流石だね」
「お前のメイドはどうした」
「ナハトちゃんを抱っこしていったよ」
「ノエルでも我が子の愛くるしさには勝てなかったか」
「つまり、この家には侍君と」
「お前だけ?」
「うん」
「ほう」
「さあ、目の前にいるのはシャツ一枚の美女一人。君はどうする?」
「斬り殺す」
「剣士の鑑だね」
「敵に容赦はしない」
「男が女に容赦をしないというのはレイープでしょう」
「実際やったら悲鳴上げる女は萎える」
「ど、童貞ちゃうわ!」
「あたいも処女じゃありませんわ」
「やることやってるのに、毎年変わらないね私達は」
「毎年ってのは何だ」
「今日、ホワイトデー」
「女はバレンタインで攻めろよ」
「ホワイトデーなら白いものを女の子にあげるんだよ、ハァハァ」
「お前の親父路線、ウザい」
「お色気トークは勢い任せだからね、私」
「下ネタでも入れないと間が持たないからな、確かに」
「余裕で会話出来てる事実」
「そのコミュ力なら、ピクニックも余裕だろう」
「えー、めんどくさい」
「面倒くさいとまで言うか」
「侍君の家族は可愛いよ」
「うむ、当然だな」
「侍君の仲間はいい人達だよ」
「おう、当たり前だな」
「侍君の従者は皆礼儀正しいよ」
「それでこそだ」
「だけど」
「ほう」
「ずっと一緒だと、疲れるんだよね」
「……」
「空気、悪くした?」
「変わらんなと思っただけ」
「変わったとは思うよ。那美とか親友なんてものまで出来たもん」
「でも、たまにゲームしたくなるのか」
「侍君も、一人で素振りしたくなるでしょう」
「否定はしないぞ」
「だよねー、にしてもさ」
「おう」
「なーんで、一人になるんだろうね」
「嫁も娘もいるのにな」
「おっ、いつの間にか昼だよ」
「馬鹿な話している間に朝飯も食いそびれたじゃねえか」
「私もお腹すいた。侍君、血ー」
「俺の昼飯作るなら考えてやる」
「めんどい」
「同じく」
「……」
「……」
「コックさんって男が多いよね」
「家庭では奥さんが飯を作るぞ」
「古いよ、その考え」
「女のコックだっているわ」
「一人で暇なんでしょう」
「お前もな」
「私はゲームで忙しい」
「俺もお前を斬り殺すのに忙しい」
「ジャンケンは?」
「お前が相手だと五十回以上アイコになるからやだ」
「ふふ、気が合うね」
「お前の喜ぶ点が分からん」
「脱衣するよ」
「すでにシャツ一枚と下着という盛り上がらなさ」
「日本人らしくあみだクジにしようか」
「無駄な線を増やすだろう、てめえ」
「じゃあどうするの」
「剣で勝負だ」
「本気だすよ私」
「本気出して逃走という夜の一族の力の無駄使い」
「ゲームで決めようよ」
「ぷよぷよ50連鎖する女は嫌い」
「どっちが先にゾーマを倒すか」
「晩飯までに倒しそうなお前が怖い」
「じゃあ、格ゲーで」
「剣士の俺に挑むとはいい度胸だ」
「このゲーム、剣持っている人いないけどね」
「ちっ、日本人がいるから認めてやるか」
「じゃあ私も日本人でいくよ」
「\ラウンドワン/」
「\ファイ!/」
「\ドスコイ/」
「\ハドーケン/」
「\ドスコイ/\ドスコイ/\ドスコイ/」
「\ハドーケン/\ハドーケン/\ハドーケン/」
「\グワー!/」
「\フッ……/」
「\ラウンドツー/」
「\ファイ!/」
「\ドスコイ/\ドスコイ/\ドスコイ/\ドスコイ/\ドスコイ/\ドスコイ/」
「\ハドーケン/\ハドーケン/\ハドーケン/\ハドーケン/\ハドーケン/\ハドーケン/」
「\デヤッデヤッ/」
「\ショーリューケン/」
「\グワー!/」
「\クニヘカエルンダナ、オマエニモカゾクガイルダロウ/」
「えっ、こんな事言ったかこいつ!?」
「いいから、侍君の負け」
「力士の面汚しめ、ペッ」
「プレイヤーが土俵際な件」
「味噌と醤油、どっちを選ぶ?」
「カップ麺だと一瞬で推理できる美少女探偵忍ちゃんは、味噌が好き」
「俺がそっちを好きだと分かっていての発言と見た」
「名推理だよ、ワトソン君」
「単なる嫌がらせだからな、ホームズ」
「ジャンクフード、久しぶり」
「けっ、美味いものばかり食いやがって金持ちめ」
「既に資産は侍君が上回っているよ」
「俺は全く裕福な生活ができてねえがな」
「結婚したら玉の輿だね」
「女の夢ってのは汚れていてヤダヤダ」
「愛人ならオッケー」
「何がいいのか――ほれ」
「ごっつあんです」
「くそっ、俺が言いたかったのに」
「私に勝ってから言おうね」
「\ズズー/」
「\ウマーイ/」
「\メンマ、パクー/」
「\オシル、ズズー/」
「俺のカップに直接口つけるなよ!?」
「私のカップにお箸つっこんだのは、そっち」
「その隙に麺は貰った!」
「美少女のお汁一気飲み!」
「醤油、大好きじゃねえか!?」
「麺がないとか酷すぎるよ!?」
「ふう」
「ごちになりました」
「今度はお前がカップを捨ててこい」
「処女も捨ててくるね」
「無いものを捨てるという女の鑑」
「ぶち抜いた男の言うことは違うね」
「分かったから捨ててこい」
「ほーい」
「さて、昼寝でもかますか」
「ごろん」
「何故同じソファーに寝っ転がる」
「さあさあ、来なさいよ」
「おうよ」
「そう言って容赦なく女の腹を踏みつける人、好き」
「この家には変態お断りだから」
「結構多くない、ここ?」
「真実を指摘するな、美少女探偵」
「調教なんてするからいけないんだよ」
「まるでしたかのような事実誤認」
「リーゼアリアさんが人生諦めたと言ってた」
「最初から割りと暴走してたけどなあの人」
「侍君のせいで人生狂ってしまって、可哀想に」
「俺の人生はお前が狂わせたけどな」
「男の人生を狂わせる愛人ってなかなかいいね」
「最低だけどな」
「一人が好きな人ってそんなものでしょう」
「健全とは言えないか」
「たまには男のぬくもりが必要になるのですよ」
「そういって自分の横に誘うな」
「寝床まで誘ったらこっちのものだよ」
「足4の字固め」
「アイタタタタタ、ギブギブ!」
「ノーギブ」
「イタイイタイ、股が裂けちゃう―!」
「愚か者め、アピールしてもこの家には誰もおらんのだ」
「ぐっ、しまった!? 乙女の悲鳴アピールが!」
「剣士に同じ技は通じないのだ」
「敗北率は高いけどね」
「心を痛めつける術ばかり長けやがって」
「あー、いたかった」
「あっ、馬鹿やっている間に休日が半分以上過ぎた」
「おやつの時間だね」
「カップ麺食った分際でカロリーを摂取するのか」
「胸にいくので余裕」
「それ以上いくと萎える」
「ぐっ、盲点だった」
「仕方のないやつだ、ほれ」
「なにこれ?」
「おやつ」
「じゃなくて――キャンディ?」
「それがどうした」
「ふふ」
「あん?」
「ふふふふふ」
「何だよ」
「ホワイトデーで、女にキャンディーをプレゼントしちゃうなんて」
「何かいけなかったのか?」
「この女殺し」
「何がだよ!?」
「また今年もやられちゃった」
「この意味不明な女、殺したい」
「――ただいま帰りました」
忍にネックロックをかましていると、妹さんが帰ってきた。頭にキャラハット、手にキッズバルーン、背中にアニマルリュック、腰にトーイドールズをぶら下げて、可愛らしくも悲惨な有様で。
大人の殺し屋よりも怖い子供達の襲撃に散々振り回されて、ようやく逃げ帰ってきたのだろう。夜の一族の王女といえど、テンションがMAXなヴィクター達には到底叶わない。
子供達に飾り付けられた妹さんは、俺と忍の醜態を見るなり、不思議そうに首を傾げている。何をしていたのかと、その目が問いかけていた。
今日はホワイトデー、そんな日にこの女と何をしていたのか――そう聞かれたら、
「普段通りだよな」
「うん、変わらないよ」
<終>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[ INDEX ] |
Powered by FormMailer.