あたかも風のように
――永らく貧乏暮らしを続けていると、人間として必要な欲望が失われていくらしい。
最終的には当然生きたいという欲望を失うが、放浪生活が長かった俺は恐らくその一歩手前の状態だったに違いない。
娯楽に結び付く性欲は当然最初に失われ、肥大化するイメージが有る食欲も金が無ければ生存本能優先で薄れていってしまう。
最後に残された睡眠欲がそのまま永眠に繋がってしまうのだ。無欲となった人は死んで神となり、やがて仏様となるのだ――哀しい定めである。
逆に言うと金さえあれば、人間は欲望を活性化させていく。ご馳走が振る舞われて食欲に目覚めてグルメとなり、女に囲まれれば性欲も漲っていく。金があることで、仏が人間となっていく。
ではミッドチルダと呼ばれる異世界――聖地で今神とまで祭り上げられた存在は、はたして人間なのだろうか?
「うふふ、どうしますの?」
「勝負する」
「賭け金は?」
「レヴィ」
「ボク!?」
「身内の人身売買は……大歓迎ですの!」
「い、いいもん、ボク、パパが勝つと信じているから!」
管理外世界、俺の国で元旦にあたるこの日。めでたきお正月という口実でガキ共のお年玉を稼ぐべく、元旦早々忙しくも暇していたカレイドウルフ大商会のお嬢様を賭け事に誘う。
人の上に立つ存在にとって時間とは作るもの、山積みだった社用や所用の一切をセレナさんに捌かせて、カリーナ・カレイドウルフお嬢様は新年早々田舎者相手に喜々として勝負に乗ってきた。
豪奢なドレスを田舎者交渉で着物に着替えさせ、トランプで勝負。正月といえば当然おいちょかぶと、相場が決まっている。貧乏人とお金持ちのあらゆる手札を賭けの対象にして勝負している。
お金持ちであるカリーナ姫様は大金を、私的な金を持っていない俺は自分の持ち物を注ぎ込んで大勝負に出ている。
「では、勝負」
「シッピン!」
「残念、こっちはクッピンですの。オホホホホ!」
「うぐぐ……おのれ!」
「さあ、大切な娘は頂いていきますわ!」
「貴様、俺の大事な娘を肩たたき器にするとは外道め!」
「これだから田舎者は困りますの。お金持ちは、電気マッサージ器ですわ!」
「うわーん、パパのバカ―!」
かつて全財産をはたいて救い出した娼婦が、大金持ちのお嬢様の座布団代わりに扱われてしまっている。おのれ、こうなるのなら座布団の便利さを教えるんじゃなかった。
田舎者嫌いの分際で、田舎生活には多大な関心を持っているお嬢様。毎日俺のプライベートを根掘り葉掘り聞き出しては、真似されるので始末に困っている。
セレナさんが止めてくれれば良いのだが、あの人はあの人で日本の悪き文化を学んでいるので困る。本職のメイドが、メイドのコスプレで誘惑するという高度なプレイはあの人にしか出来ない。
――ちなみにその後、レヴィはカリーナお嬢様よりお年玉を貰ってほくほく顔で開放された。チョロい子として、実は何気に気に入られてたりする世渡り上手なのだ。
「待っていろよ、我が娘達。父さんは必ず、お前達にお年玉をプレゼントするからな」
「やっほー!」
「正月早々で申し訳ありませんが家庭裁判所で親権争いをしましょう、アリサ」
「実に残念だわ、リーゼアリア。赤の他人という大前提さえ無ければ、確実にナハトの親権を奪えたでしょうに」
「もう私からお金を出すから、あの人のギャンブルをやめさせてよ!」
「そうやって身を切る妥協をしていくから、不倫相手とか言われるのよ」
「お互い独身なのにおかしいわよね、その風評被害!?」
「安心しなさい、皆に親しまれている愛称だから」
「管理局ではどんどん威厳を無くしていっているのよ! 男性局員憧れのキャリアウーマンだったのに!」
正確に言えばお金自体はあるのだが、自分が使えるお金がない。俺が御主人だというのに、何故か小遣い制が採用されている我が家には俺が使える金が一切合切ない。
交流や接待であれば費用は出るのに、何故大商会のお嬢様御相手のギャンブルだと金を渋られるのだろう。アリサやリーゼアリアを問い質しても睨まれるだけなので黙っておく。
その当人達はナハトヴァールを間にして揉めているのだが、毎度のことなので放置する。今は秘書達の醜い口喧嘩より、お嬢様との高度な頭脳戦だ。
ギャンブルであれど審判は必須。ディーラー服を着たセレナさんが、カードを配っている――和服は似合わないと、照れ笑い。こういうところは、可愛らしい人なんだけど。
「これは真剣勝負――分かっておりますわね、セレナ」
「お任せ下さい、カリーナお嬢様。このセレナ、かつて神域の男性を相手にイカサマで挑んだ経歴を誇っております」
「何を誇っているんですの!? 公平にやれと言っているんですの!」
「申し訳ございません、カリーナお嬢様。この後の姫始めを約束されているこの身、はしたなく旦那様に尻尾を振ってしまうのです」
「全敗しているんだけどな、俺!?」
頬を染めて正月ジョークを飛ばす美人メイドに、左右からのツッコミで頬を張り飛ばす。敵でも味方でも厄介という、稀有な女性である。
それにしても本当に操作されているのではないかと思うくらい、見事に全敗している。良い手札が来ないのではない、それなりの札は回ってくるのだ。
問題は勝負ができる札が来たと思ったら、相手側にはそれ以上の札が舞い降りているのである。これが生まれ持った運なのか、カリーナお嬢様は手ごわかった。
金を稼ぐどころか、このままでは毟り取られてしまう。この悪い流れを変えなければならない。
「我が右腕よ」
「此処に控えております、父上」
「着物がよく似合っておるぞ」
「ありがとうございます。このシュテル、初日の出のごとく顔を熱くしております」
「……おひねりはくれてやりますから、その馬鹿な親娘漫才は即刻やめなさい」
シュテルのお年玉を確保した上で、勝負は再開。おひねり玉ならぬお年玉袋を丁重に受け取ったシュテルは、敬礼して退席。場の流れを読むことに対しては天才的である。
セレナさんが配った札は2が二枚、日本名で言うところの"ツル"である。正月としては縁起は良いのだが、手札としてはどうか。
お嬢様の顔を見ると、満足げな表情。これは少々厳しいか――
「我が後継者よ」
「ここにいるぞ、父よ」
「完璧な佇まい、我が娘として実に鼻が高い」
「無論だ。父に恥じぬ大和撫子でいるつもりだぞ」
「後継者としてお前の決断を問おう」
「勝負だ、父よ!」
「小気味良い決断ですわ。セレナ」
「おひねりです、ディアーチェ様――いえ、後継者殿」
お年玉を受け取ったことより、俺の後継者として扱われて機嫌よくディアーチェは退席。こうしてのんびり遊べているのも、あの子が俺の代理をしてくれているからだ。
覇道を生きるあの子は聖地でも順風満帆に駆け上がっている。堂々たる貫禄ぶりは、すぐさま俺を追い抜きかねない気質があった。才能があるだけに、恐ろしい。
その娘が勝負だと宣言するからには、父親の俺が勝負に出なくてどうする。
「いかがしますの?」
「賭けよう」
「結構。賭け金は当然――」
「ユーリ、不甲斐ない父を許せ」
「あんしんしてください、しばっていますよ」
「もう縛られてる!? おとうさーん!」
ユーリ・エーベルヴァインは最愛の我が子であり、最強の魔導師なのだが、バインドではなく和服の帯で物理的にがんじがらめにされては抜け出しようがなかった。
元旦になっても友達と遊びに行かず、父親にべったりなので丁度良い送り出しかもしれない。容赦なく、ギャンブルで売り払った自立ではあるけど。
着慣れていない和服に加えてセレナさんの亀甲縛りとあって、ユーリはジタバタ暴れるしかない。
「安心するがいい、最愛の子よ。父の手札は万全だ」
「今日一日ずっと同じことを言っていますよ、お父さん!」
「父の勝利を信じて待っておれ。お前を愛する気持ちは誰にも負けないよ」
「嬉しいのに、不吉な予感が止まらないです―!」
「うふふ、嬉しいですの。この田舎娘はずっと前から狙っておりましたの」
「金髪の人形をご所望でしたね、カリーナお嬢様」
「毎日一緒に寝させられそうで怖いです!?」
そして、運命の手札が切られた。
「ツル!」
「むふふふふ、アラシですの!」
「うああああああああああ……ディアーチェめ、裏切ったな!」
「娘の責任にしてる!?」
「セレナ、連れて帰りますの」
「失礼致します、旦那様」
「おとうさーん〜〜〜〜〜〜!!」
縛り上げられたユーリを、セレナさんが優雅に片手で担いで連れ去っていった。何気に、ユーリの手にお年玉袋を握らせているのが小憎たらしい。お嬢様もご満悦で去っていく。
こうして聖地における、正月一番の大勝負が終わった――
「――アリサ」
「なに?」
「接待費にならないかな?」
「領収書を受け取って来なさい」
本年もよろしくお願いいたします。
<終>
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