パリ:大都会の歌







 ハロウィン。毎年10月31日に行われるこのイベントは、本来あらゆる行事に何の興味もない俺にも縁はあった。幼少時俺が過ごしていた孤児院で、毎年律儀にこのイベントを開催していたのである。

当時から経営難だった児童養護施設では腹ペコのガキ共にくれてやるお菓子は乏しく、こうしたイベントにかこつけて甘いお菓子のありがたさを教えこませていた。

母親面するあの女はジャック・オー・ランタン、カボチャの鬼を相手に俺も奮闘したものだ。デブは女の分際で俺の分まで食うし、ガリは逆に食わないので口に放り込んでやっていた。今頃あいつら、何してるのやら。


豊作の季節である秋の収穫を祝い、お化けを追い出す宗教的な行事。俺にとっては数少ない、幼い頃の思い出のある行事だった。


「ハロウィンをやっていない!?」

『フランスでは10月31日よりも翌日の11月1日の方が大切なんだよ、諸聖人の祝日なんだ。君と是非、トゥッサンの日を過ごしたいな』

「カボチャに食われて死ね」

『断り方が酷いよ!?』


 フランスの夜の一族、カミーユ・オードラン。柔和な微笑が似合う中性的な美貌の持ち主で、"貴公子"なんぞと呼ばれているハンサム野郎である。

温和かつ温厚な性格で争いを好まず、気取らぬ物腰と細やかな心配りが出来る人間性。男性とも女性とも付かない性別を超えた美は、唯一無二の存在として多くの人を魅了している。

異世界ミッドチルダの技術を取り入れた通信画面では、女性としか思えない微笑みを浮かべて俺を情熱的に見つめている。だからお前は気持ち悪いというのだ。


この軟弱野郎に、日本のハロウィン伝統を叩き込んでくれるわ。


「11月1日に誘う暇があるのなら、その前日から日本に遊びに来い。ハロウィンのなんたるかを教えてやる」

『前日……? でも、他の人達は10月末日まで予定が立て込んでいたよ』

「何でカレン達まで誘わないといけないんだ。お前一人でいいだろう」

『えっ、ボクだけでいいの?』

「他に誰が必要なんだ」

『ほ、ほら、婚約者とか、愛人とか、君にはいるじゃないか』

「何が悲しくて、ハロウィンで愛を語らなければならんのだ」


『じゃあ――ボクと君、二人っきりで過ごすんだね』


「俺はカボチャになるけどな」

『色々台無しだよ!?』


 こうして10月31日、無理やり日本に遊びに来させた。予定があるとか何とか困った顔をしながらも、当日になると嬉しそうに遊びに来るこいつに貴公子のプライドはないのだろうか。

カレンの本拠地(故郷とは言わない)アメリカ合衆国で民間行事として定着して、祝祭本来の意味合いは殆どないらしい。10月31日もめでたく、仕事に勤しんでいる。

イギリス、ロシア、ドイツ等の文化圏では定着のバラつきが激しいらしい。元々このハロウィンが大々的に行われているのは、主に英語圏である。中南米諸国はもとより、フランスなどもあまり興味が無いようだ。


そんなフランス野郎に、今日はハロウィンというものを身体で教えてやろう。


「米国や日本などのハロウィンでは仮装することが流行している」

「知っているよ。ボク達の起源であるドラキュラ伯爵も、人気の仮装だよね!」

「うむ、そこで俺達もまず仮装してみようではないか。日本は形から入るものだ」

「それは賛成だけど、どんな仮装をするつもりなの?」


「魔女、コウモリ、ゴブリン、ゾンビ、フランケンシュタイン――この中から選べ」


「フランス人に勧める衣装なの、そのラインナップ!?」

「俺とカボチャコンビでもいいぞ」

「……魔女でお願いします」


 用意した衣装を持って着替えに行くカミーユ。夜の一族の分際で人外の衣装ではなく、女装を選ぶとはどういう了見なんだ。あいつの好みが全く分からん。

男同士なのに着替えを見られるのを恥ずかしがるから、わざわざ別室で着替えなければならない面倒さ。ここで厄介なのは嫌がるのではなく、恥ずかしがっている点である。


リョウスケが望むのなら一緒でもいいよ――顔を真っ赤にして、ハンサム野郎から上目遣いでこう言われたら同性でも照れる。鳥肌と背筋の両方が震えるという、稀有な現象に襲われる。


男友達が今までいなかったせいか、どうもあいつは男同士の接し方を知らないらしい。ああいう好意は、男と女でこそ成立するものだというのに。ともあれ、俺も仮装しよう。

カボチャの中身をくりぬいて作った、ディアーチェ手製のジャック・オー・ランタン。裁縫が得意なうちの娘は、喜々としてハリボテカボチャを作ってくれたのだ。頭を撫でて、お菓子をあげておいた。

着替えは完了。世界最強の、カボチャ剣士の誕生である。


「どうよ、カミー……ユ?」

「……ど、どうかな、リョウスケ……変じゃない?」


 ――何故セクシーウィッチのコスチュームを用意したんだ、ディアーチェ。


とんがり帽子にマント、黒のワンピース。白黒ボーダータイツにブーツ、黒のトップス&スカート。露出度高めのセクシーな衣装を着た、一人の魔女が恥ずかしそうに縮こまっている。

オーバーワンピースは前後の編み上げと後ろのシャーリングで、程よく自然に白い肌を魅せつけている。曇り一つない綺麗な肌は芸術的で、下手なモデルよりも官能的に浮かび上がらせている。

どれほど精巧なパットなのか、胸元は女性的な柔らかさを豊満に強調。黒の衣装と白の肌、アンバランスなコントラストは細い腰と豊かなお尻を嫌というほど見せつけていた。


見る人全てを驚かせて、多くの人を魅了するであろう魔女そのもの。その美しさには、溜息すら溢れてしまう。夜の一族とは性別を超越して、かくも美しくなれるのか。


「よくやった、どこから見ても完璧な魔女だぞ」

「そ、そうかな……? 似合っているのなら、嬉しいな」

「どこに出しても恥ずかしくない魔女だ、自信を持て。まさかそこまで徹底するとは思わなかった」

「も、もしかして、下着の事を言ってる? し、仕方ないじゃないか、衣装に用意されていなかったからつけられなかったんだ。もう……リョウスケの、エッチ」


「下着までつけていたら変態じゃねえか」

「日本では下着をつけないのが一般的なの!?」


 女ならともかく、男で女物のブラジャーやパンツをつけていたら完璧な変態である。魔女の仮装をしているからといって、そこまで徹底されたら逆にひくわ。

普段から生真面目な性格なので、魔女の仮装をしても完璧主義を貫くらしい。どれどれ……あっ、本当だ。胸元は見惚れるほどリアルな線を描いており、乳首の形まで見える。

日本製のパットは触ってみたら感触が良く、本人が悲鳴を上げるほど精巧だった。


「きゅ、急に触ったらびっくりするじゃないか、もう!」

「許可を取ったらいいのかよ」


「えっ……う、うう……リョ、リョウスケが望むのなら、ボクは……」


「俺は嫌だけどな」

「せめてボクの返事を待ってよ!?」


 日本に来る時は下着をつけないことが一般的だと、頬を染めながらメモしている。何処の国の男であろうと、魔女の衣装を着るからといって女物の下着まではつけないと思うぞ。

ともあれ、ハロウィンの支度は整った。カボチャ剣士にフランスの魔女、本日のハロウィンでは、これらのシンボルで家を襲撃する。


「いいか? ハロウィンとはこうした魔女やお化けに仮装して家々を訪れて、お菓子をもらったりする風習なのだ」

「Trick or treat、だね」

「トリック・オア・トリートか――英語圏ではないフランスでは、どう表現するんだ」

「Des bonbons ou un mauvais sort、君は文句をつけていたけどフランスだってお祭り騒ぎはあるんだよ」

「お菓子をくれないと悪戯されるのか?」


「ううん――君が来てくれないと、魔女がこうして襲いに行っちゃうんだ」


 悪戯っぽく微笑んで、腕にしがみついてくる。鬱陶しいので小突きたくなるが、幸せそうにしているので毒気が抜かれてしまった。

全く男らしくない貴公子様だが、今日くらいは勘弁してやるとしよう。いたずらか、お菓子か――どちらかと言えば、甘いほうがいい。


今日俺の隣りにいるのは、とても女の子らしい魔女なのだから――















「何で蹴ったの!?」

「くっつくな、気持ち悪い」


 ――でも男なので、容赦はしない。















<終>







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