華燭の祭典







 一般的に、ホワイトデーではバレンタインデーの返礼を行う。チョコレート等を貰った男が、お返しとしてマシュマロやホワイトチョコ等のプレゼントを女性へ贈るのだ。

加えて女性側の嫌な主張として、バレンタインデーのお返しは三倍にして返すのが礼儀であるらしい。男性側から言わせれば理不尽に尽きるが、近年における男の立場は弱まる一方だった。

この風習は種族間や世界観の隔たリを越えるようだ。人外に、そして異世界に友人知人の女性がいる俺が言うのだ、間違いない。毎年、苦しめられている。


そして今年もめでたく、三倍返しの日がやって来た。



「複合三部形式、Adagio sostenuto!」

「赤い雨(ブルート・レーゲン)」



   右手の三連符と左手の重厚なオクターヴが幻想的な、月光の曲――愛刀"物干し竿"より繰り出された三連撃。音感を剣音に、音曲を剣戟に用いた我流の剣技。

右手より繰り出される三剣閃と左手の懐剣が、敵の全身を切り裂かんとする。相対した直後を狙った絶好の機会も、所詮は人間の感覚によるもの。

人を超えた怪物には退屈な音楽、小賢しきと嘲笑して暴君は雨を降らせる。紅に彩られた、濃厚なる血の雨で世界を濡らして。


「ガッ……!」


   竹刀を直撃して衝撃が貫通、胸筋と肺臓を穿つ。血の熱さが胸筋に突き刺さった瞬間、右胸が痙攣を起こして血が爆ぜる。

皮膚と胸筋が四散、肋骨が剥き出しとなる。焦げ付いた肉を引き摺って剣を振り、赤く染まっていた視界を切り裂いた。雨は止めど、闇は晴れない。


痛みに苦しむ余裕もなく、顔を上げる。バケモノが、嗤っていた。


「へし折ってやる所存であったが、我が血流に耐えるか。一度は我を切り裂いた剣だ、そうでなくてはならぬ」

「座興が過ぎたようだな、化け物」

「これも戯れよ。長きに渡る遊興の生、多少なりとも劇的でなければつまらぬわ」


 左腕を振り抜いた勢いで、懐剣を投げ捨てる。座興であり遊興、懐に仕込んだ剣など玩具に過ぎないとでも言うのか。愚かしくも、正しい。

姿が消えたと知覚した途端、即座に体躯をずらす。無茶苦茶な回避運動であっても、瞬間的な技巧であれば効果は高い。傾いた体勢のまま、竹刀を真横に振り切った。


Allegretto、変ニ長調。奏でていた下降のフレーズ、複合三部形式の軽快なスケルツォが血の弾丸を撃ち落とした。


「軽快な音響よな、下僕よ。我を愉しませるオーケストラを嗜んだか、良いぞ」

「楽しんで頂けたのなら幸いだ、我が主よ」

「我自ら心の臓を抉る栄誉をくれてやろうではないか」

「血飛沫の雨を浴びるには、今宵の月は眩しすぎる」


 漆黒の闇に、煌々と光る黄金の月が世界を照らしている。静謐な世界の中で、気高く美しき王が傲慢不遜に降臨していた。

瑞々しき青い髪に、真紅の瞳。牝鹿のごとき肢体は漆黒のドレスで飾られており、襟には赤白のフリル、裾から白パニエがスカートを綺麗に膨らませている。

暗闇の中でも艶かしい女王の至宝の肉体、スタイルは芸術の域に達している。誰もがため息をついてしまう、妖しい夜の美しさがあった。


女王の名は、カーミラ・マンシュタイン。夜の一族を統べる、長である。



「――で、そろそろ機嫌を直してもらいたいのだが」

「フン」



 夜の一族の寿命は長く、人の理を超える。直系に近しい者ほど血の純度は高く、生命の輝ける時間も長い。カーミラ・マンシュタインは異形の種、妖かしの王であった。

穢れを知らぬ乙女の如き少女であるが、時を隔てた今では少女から女性へと麗しく開花出来る。自由自在に体躯を変貌出来る彼女は、美においても暴君だった。

乙女で在り続ける彼女がかの如き美しき暴君へと変貌する瞬間とは、唯一であり絶対。愚者には絶対に見せぬ美を、惜しげもなく咲かせる瞬間がある。


俺のせいで、機嫌を悪くした時だった。


「貴様、我に許可なくまた異界でうつつを抜かしておったな」

「一週間じゃねえか」

「日々の拝謁を欠かしてはならぬと、魂の書物に血で刻んでくれようか」


「お前ってさ、大人モードになると厨二病とかいう現代病に感染してしまうよな」


 始祖の血を引く純血種月村すずかに匹敵する、大人の美しさ。下々の魂まで溶かす魔性の美であるが、妖艶な雰囲気に酔ってしまうのが彼女の弱点だった。

長として、ではない。下僕を前にする主として、絶対であろうとする。気高きプライドが、彼女を魔性へと駆り立ててしまうのだ。

この言い回しに最初こそ付き合ってやっても、途中からダレてしまう。よく続けられるものだと、感心する。


「ミッドチルダへ行く許可を出したことがねえだろう、お前」

「我の機嫌次第、つまりはお前の所作にかかっておる」

「俺が異世界へ行っていた時も、毎晩グチグチうるさかったとあのカレンが嘆いていたぞ」


「あの女こそ貴様の不在で始終機嫌が悪く、汚職政治家や悪辣経済企業をなぎ倒す始末よ。ロシアの殺人姫なぞ、泣き喚きながら悪党共を駆逐しておったわ。
全く、罪作りな男よ。さすがは、我の下僕よのう」

「ディアーナは八つ当たりで、幾つもの武装テロ組織を壊滅させたらしいからな」


 ――俺が居ない方が世界が平和になるんじゃないか、とあの時は真剣に悩んでしまった。というかあいつら、迷惑過ぎる。カーミラも同レベルなんだけど。

あの時敵に回していた天狗一族、俺と敵対していた反共生派の末路を思うと合掌してしまう。八つ当たりレベルでは、こいつも負けない。

その場に腰を下ろした。血を流しすぎて、疲れた。


「我のご機嫌伺いに、ドイツの地まで足を運んだ成果だけは認めてやろう」

「制裁を加える前に機嫌を直してもらいたかった」

「だがしかし、貴様の顔を見た程度で萎える怒気ではない。我の寛容を侮るでないわ」


「残念だ。ホワイトデーだから、ペア時計を持ってきたのに」

「閨へ来い、下僕。今宵は私自ら、思う存分愛しい下僕を可愛がってやろう」


「お前のプライドって安いな!?」


 怪我をしたままの状態で、鼻歌混じりに引き摺られる。痛いです、カーミラお嬢様。少女のように、スキップしないで下さい。

容易く大人をやめてしまった彼女に、ため息を吐いた。大人達の前では思慮深く、俺の前では子供のように無邪気な絶対者。



世界が孤独の闇に染まろうと、彼女がいれば寂しくはない。


































































<終>







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