魔女と魔王







 日本とアメリカのクリスマス文化は、似通っている。両国共に英国流のクリスマスを模範としており、基本的に自宅で家族と過ごす日だと定められている。昨今のクリスマスは浮ついているが。

家族一同がマイホームへと集まって、大きなクリスマスツリーを置いて派手な飾り物でクリスマスを祝う。美味しいディナーを家族で囲み、皆で一緒に食べて団欒を過ごす。

七面鳥であるターキーを食べる風習は近頃減ってきているようだが、やはりクリスマスケーキは欠かせない。ふわふわクリームに目を細め、甘い果実と一緒に召し上がるのだ。

キリスト教ではクリスマスイブの晩に教会に行き、聖なる夜に祈りを捧げるという。祝いの夜は厳かな雰囲気があり、祝福と共に敬虔なる夜に意識を誘われる。まさに、聖夜である。


ゆえに仕事など言語道断、ビジネスなんぞくそくらえ。イエス・キリストもグーで殴る、暴挙なのである。


「あの女、今年も容赦なく仕事を入れやがって……許さん、許さんぞ!」

「全くその通りです。愛する娘と仕事、どちらが大事なのでしょう」

「そうだ、そうだ。愛する男と仕事、どっちが大事なんだ!」

「その比較だと、仕事ではないかと」

「なんで突然梯子を外すんだよ、シュテル!?」


 ジングルベール、ジングルベール、地獄の鐘が鳴る。今年最高潮の寒さだと天気予報で絶叫していた今宵、実の娘を連れて俺は寒空の下で行動に出ている。

体感温度は俺と変わらんはずだが、シュテルは平然とした顔。寒さに震えて父に寄り添ってくれば可愛らしいというのに、見事なまでの適切な距離を開けている。これが格差というものか。

ともあれ、厳かに今宵のイベントを宣言する。


「シュテル、今日は何の日だ!」

「クリスマスです」

「シュテル、今日の予定は何だ!」

「家族でクリスマスを過ごすことです」

「シュテル、今日の目的は何だ!」

「母上と、クリスマスの夜を過ごすことです」

「シュテル、今日の約束は何だ!」

「母上と、待ち合わせです」

「シュテル、我々は裏切られた!」

「仕事だと、以前から告げられておりました」


 クリスマスは家族の日、娘であるシュテルと母のカレン・ウィリアムズと過ごす特別な日だ。なのに肝心の母親が、突然ドタキャンを食らわしやがったのだ。

今日というこの日のためにスケジュールを開けておいたのに、土壇場でキャンセルするという暴挙。今宵の虎徹は血に飢えておるわ、竹刀だけど。


家族より仕事、夫より仕事、娘より仕事を選ぶというのか。許せぬ!


「何故だ、奴は何故裏切った!」

「去年のクリスマスをドタキャンした報復である可能性が、非常に高いです」


「……」

「……」


「裏切り者は、誰だ!」

「父上です」


「……」

「……」


「うなぎ犬って本当にいたんだな……」

「あれは手強かったですね……」


 そういえば、お前だってうなぎ犬捕獲で一緒にドタキャンしたじゃねえか! お前も同罪だ、同罪。いや、父と娘が二人揃ってドタキャンしたから怒ったのかもしれない。

カレン・ウィリアムズ、名実共にアメリカの支配者となった女性。夫であり娘を名乗っている俺達だが、実のところ婚姻関係その他一切結んでいない。

惚れたはれたなんぞ無縁であり、契りだって交わしていない。あろう事かシュテルは俺と同じく、誓いを結ばずに自力で記憶を取り戻して、夜の一族の掟を打破した。

優れた頭脳だけでは超えられない試練を、この子は自力で乗り越えたのである。記憶を取り戻してシュテルは堂々とカレンを母と呼び、カレンは娘であると認めた。


言ってしまえば、その程度。書類も何もない、呼び合うだけの関係。でも、続いている。


「とはいえ、ドタキャンされた程度で引き下がる俺達ではない。やって来ました、アメリカ大陸!」

「母上のスケジュールは把握済みです。明確に、足取りまで追えます」


 そう、此処は日本ではない。海鳴で待ちぼうけを食らわせたからといって、そのまま泣き寝入りする俺達ではないのだ。愚か者め、お前の行動は予測済みだ。

行動パターンを俺が読み、スケジュールをシュテルが事前に把握して、俺達はカレンを完璧なまでに捉えている。会うためだけに、大国まで乗り込むこの行動力を舐めるなよ。


「ところで、父上」

「何だ、我が娘よ」

「我々、目立っています」


「子供達の夢、サンタクロースだからな」


 一応言っておくと、アメリカにもサンタクロースの存在は信じられている。風習としてはサンタクロースに手紙を書いて、欲しいプレゼントを頼むのだ。

クリスマスパーティではプレゼントを交換するのだが、あの女が見事にドタキャンしやがったのでプレゼント交換会は中止――する訳がなく、わざわざ出向いてやったのである。

アメリカに行くぞ。はい、父上――この程度、阿吽の呼吸である。うちのメイドには暇な親娘の一言で馬鹿にされてしまったが、俺達は気にしない。


「俺のプレゼントは、クリスマスカードだ。『カレン、君を一生愛す』と金文字で刻んである」

「私のプレゼントは、手編みのマフラーです。『ママ、ラブラブ』とピンクの糸で縫っております」


「おお、見事だ。シュテルよ」

「なんの、父上には敵いません」


 アイツが泣いて喜ぶ姿が目に浮かぶ。泣く意味が違うかもしれないが、泣けばいいのだ泣けば。カイザーには手配済み、何度捨てても手元に戻ってくるようにしているぜ。ふははははは。

時計を見る。アメリカの夜は、雪模様。ホワイトクリスマスだと恋人達は喜ぶだろうが、母に見捨てられた俺達は単に寒いだけである。


さて、時間だ――


「間もなく、この道を車で通ります」

「うむ、やれ」


「母上大好き砲――略して『ルシフェリオンドライバー』、発射します」


 理のマテリアル、シュテル・ザ・デストラクターが放つクリスマスの祝砲。人払いの結界を張った上で放射された魔法は、見事に夜空へと打ち上がった。

その瞬間通り過ぎようとしていた車が、猛烈な勢いで止まる。父と子の二人だけでは余裕でシカトしていただろうが、祝砲まで上がっていては無視も出来まい。むふふふふ。

ちなみに、クロノとリンディにはちゃんと許可を得ている。暇な親子だと猛烈に呆れられたが、許してもらったのだと解釈する。どうでもいいと、匙を投げられたのではない。


はたして高級車の運転席から、蹴破る勢いでドアが開けられた。


「まあまあまあ、どこの非常識かと思えば、王子様とお姫様にソックリなお馬鹿さんではありませんか。うふふふふ」

「やっほー、仕事人間」

「はろー、キャリアウーメン」

「憎たらしい親子ですわね……!!」


 親子揃って片手を上げると、アメリカの美女が悔しげに拳を握る。あっ、こいつ。社交界パーティに参加してやがったな、派手な黒のドレスなんぞ来やがって。

赤のサンタ服と、黒のドレス。両者が並ぶと美女であれば映えるのだが、野獣が交じるとコントになってしまうのが悲しい。シュテルも美人さんだからな、ふふ。


そんなこんなで寒い雪の夜、親子三人が揃った。


「何故、ここにいるんですの。日本で待ち合わせをしていたはずですわ」

「それをお前が聞くのか」

「二人の行動は完璧にトレースしていた筈です。どうして日本からアメリカに、座標が急に移るのですか!」

「母上が急に護衛チームの編成を変えられたので、妙に思いまして当日チームメンバーに接触しました」

「ターキーとワインを差し入れたら、余裕で偽装工作してくれたぞ」

「あの役立たず共……!」


 クリスマス前後に急に編成変更なんぞしたら、誰だって反感買うわ! こういう人の機微を理解していないから、魔女だの何だのと呼ばれるんだよな……

カレン・ウィリアムズは王、ゆえに人の気持ちが分からない。弱者を顧みないがゆえに、魔女であり魔王。そんな人間だからこそ、大国の頂点に立てる。

寂しい生き方だと思うのは、所詮弱者の嫉妬だ。強者は傲岸不遜、後悔も反省もしない。孤高に生きられる、絶対者である。


「メリークリスマス、サンタさんがプレゼントを持ってきたぞ」

「トナカイさんが、幸せを運びにやって来ましたよ」

「その無駄な行動力を何故、少しは覇道に生かそうとしませんの!?」


 そんな彼女を嫁に、母に持つ俺達もまた、普通ではいられない。普通でいるつもりもない。魔女の夫であれば魔王に、魔女の娘であれば魔女となるだけだ。

恋も、愛も、何も必要ない。会いたいという気持ちだけで、国を飛び越える。一緒にいたいという気持ちだけで、あらゆる他人を踏み付けて共に居る。


「ハァ……もういいですわ。車に乗りなさい」

「勝ったぞ、シュテル」

「クリスマスツリー落下作戦は、来年に持ち越しですね」

「来年は、貴方達の頭上に落としますわよ!」


 カレンも同じだ。俺達が魔王であり魔女だと分かっているなら、傍に居るのを許すのだ。

肩を落としていた彼女はいつしか微笑んで、俺達に抱き着いた。





「今晩は、帰しませんわよ」















 


















































<終>







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