わが愛を星に祈りて
給料とは労働の見返りとして、主から労働者に支払われる報酬である。労働者の労働そのものではなく、結果に対して報酬が支払われる。
俺は現在、二人の労働者を雇っている。アリサ・ローウェルと、月村すずか。メイドと護衛、主に忠実な女の子達。
雇用の形態や経緯はさておいて、思春期の女の子二人は実に優秀で勤務態度も真面目そのもの、事業主を満足させる成果を出している。
そんな彼女達に対して、雇用主である俺は労働の対価を支払わなければならない。雇用関係としては、当然の事。法律で定められている。
ところが、である。彼女達は阿呆の如く、金銭欲がなかった。
「給料? そんなお金があるのなら、金銭面でお世話になった人達に御返ししなさい」
「給料ですか? 私に支払って頂ける分、剣士さんがお使いになって下さい」
無駄遣いは全くせず、貴金属や化粧品類にも一切の関心を示さない。自分を飾り立てず、さればこそ清純無垢な乙女でいる。
彼女達が求める労働の対価とは、金銭ではなかった。
「あたしの欲しいもの? そうね、次の休日空けておいて。あんたの春服、買いに行きましょう」
「わたしの欲しいものですか? 剣士さんの健やかなる日々です」
強欲な女は手に負えないが、無欲な女というのも意外と手強い。利得による交渉が成り立たないからだ。
資本主義なこの国で利を追い求めないというのは、国家主義に反逆していると言えなくもない。
女の子の無償の奉仕というのは、我欲にまみれた男からすれば対処に困ってしまう。妻だって、夫の愛を求めるものだろう。
バレンタインデーというのは、そんな無欲の少女達の愛の形がハッキリと分かる日である。
「考えてみたの。良介はあたしにとってご主人様であり、雇用主よ」
「今更何言ってやがる」
「黙って聞きなさい。いい? つまり良介は別にあたしの友達でも恋人でも何でもないの。
毎年本命チョコなんて贈るなんて間違えているわ。主従関係はきちんとしておかないと駄目よ。
だから悪いけど、本命チョコはあげないから」
「……一度も貰った試しがないんだが?」
「あんたね、あたしが毎年どれだけ一生懸命作って――!」
「へえ、毎年くれるチョコは手作りの本命チョコだったのか。いつも買ったとか何とか、言ってるのに」
アリサは顔を真っ赤にして、悔しげに地団駄を踏んでいる。気持ちなんぞ丸わかりなのに、何故意地をはるのか。
どこぞのイギリスの女帝も認める天才少女は、毎年チョコを贈る理由を変えてくるので面白い。才能の無駄遣いとは、この事だ。
今年は趣向が変わっていて、なかなか面白い。
「あんたがそうやって勘違いするから、本命チョコを贈るのはもうやめるのよ!」
「はいはい、それで?」
「職場の上司に贈るのは、義理チョコよ。"義理"のチョコ、お世話になっているお礼を込めて贈るのよ」
「なるほど、感謝の気持ちか」
「そうよ、これなら勘違いしなくて済むでしょう」
満足気に、アリサはウンウン頷いている。最初から勘違いなんぞしていないのだが、反論するとうるさいので黙って待つ。
アリサは前置きを終えて、キッチンから大きな袋を持ってくる。
「はい、義理チョコ。日頃からお世話になっている、良介への感謝の気持ちよ!」
「……すんごい、いっぱいあるんですけど……?」
大きな袋と表現したが、本当に「大きな」袋である。サンタクロースでも、こんなでかい袋を背負って来ないだろう。
中を覗いてみると、高級チョコレートが大量に詰められている。買い荒らしたのかと思えば、俺の名前が書かれたカードが添えられている。
可愛いメイド服を着ているアリサが、胸を張る。
「世界中の美味しいチョコを買い揃えたのよ。せめてもの、あたしからの気持ちよ」
「本命チョコよりも、お前の気持ちが山ほど伝わってくるんですけど……?」
「あ、あくまでも、感謝よ!!」
愛情たっぷりの手作りとは違い、物理的な意味で重い愛のチョコレートだった。こんなんで誤魔化せたと、本気で思っているのだろうか。
とはいえ、アリサからのバレンタインチョコ。全部食べてやるのが、"義理"というものだろう。
一生懸命食べる俺を、アリサは飽きもせず嬉しそうに眺めていた。
その点、妹さんは分かりやすい。
「剣士さん、どうぞ。"世話チョコ"です」
「世話、チョコ……?」
「お世話になった恩人に贈るチョコレートだそうです。お姉ちゃんから聞きました。
本命チョコはお姉ちゃんから贈られますので、わたしからは世話チョコを贈ります」
妹さんのような深遠なる子供から、世話チョコなんぞという俗称を聞くのは猛烈に違和感がある。
とりあえず後で、俗ボケした女吸血鬼を殴っておくことにする。
「何にしても、ありがとうな。お世話になっているのは、むしろ俺なのに」
「いいえ、毎日剣士さんのお側に置いて下さって感謝しております。
来年も剣士さんにこうして世話チョコを贈れるように、精進していく所存です」
愛とも友情とも異なる想いが込められた、チョコ。妹さんの気持ちは、始祖ではない俺には正確には分からない。
分かるのは傍にいる妹さんの温もりと、渡されたチョコの甘い味だけ。
「これって市販品なの? 美味しいな」
「私の血が隠し味です」
「ぶっ!?」
吹き出した俺を見て、妹さんがほんの少しだけ微笑う。冗談だと気付けるのは多分俺くらいだぞ、おい。
人の想いは、決して永遠ではない。月日が経てば変わってしまい、最初の形とは異なっていく。
変わりゆく日々の中で今一番の大事な気持ちを、彼女達は贈ってくれる。
その気持ちはとても甘くて、優しいのだ。
<終>
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