To a you side 外伝X Silent Flame


※この物語はリクエストによる架空未来の一つです。
To a you side本編の可能性の一つとしてお楽しみ下さい。






――草原を吹き抜ける風が あなたの声を運んでくれる

          大地の上駆け抜ける血潮 あなたの温もりを感じる――
 














 ひっそりと建つ、鉄筋コンクリートの廃棄ビル。

けば立った壁が印象的な、今にも取り壊されそうな建物。

窓ガラスは全部割れ、かろうじて窓枠が残るのみの部屋であたしは目を開けた。


「……あれ……?」


 ポツンとただ一人立っている、自分。

日は既に暮れており、闇と静寂で建物全体が満たされている。

バラバラになったブラインドとボロボロに破れたカーテンが、壊れた建物の凄惨さを強調している。

人が好んで近付かない廃ビルに、あたしは一人取り残されていた。


「あたし、どうして……此処は……

――良介は何処行ったのよ」


 思い出そうとすればするほど、頭の中が朦朧としていく。

自分には珍しい事だった。

ぼんやりする時間なんて殆どなく、切磋琢磨に生きていく毎日――

思考は明快で、泉が沸くように鮮麗な知識が生み出されていく。

――そんな自分が、こんなにも曖昧で……


あっ、そうか。


不意に目覚めた。

疑問を抱いていたのが冗談であるかのように、簡単に答えが出せた。

切り替わった周りの景色すら、当たり前のように受け入れられた。


(……あはは、な〜んだ。夢を見ていただけ、か……)


 アリサ・ローウェル、自分の名前であり――死んでしまった存在。

社会のゴミ溜めの奥にひっそりと取り残された廃墟に住まう、幽霊。

何時の間にか此処に居て、これからもずっと出られない牢獄に独り放置されている。

いつか消える日まで、ずっと――

夜の時間が訪れて、少しは頭も回復したらしい。

あんな――優しい夢を見るなんて、ね。


「……ついてないのよねー…この若さで死んじゃうなんてさ……」


 誰にも届かない独り言にも慣れてしまった。

不確かな幽体の生温い感覚が、時間の経過もゆっくりとなっていく。

目の前を過ぎていく時間が気にならなくなると、自然に社会の騒音もどうでも良くなる。

壊された建物の中は真っ暗で、人の温もりにも無縁だった。

夢心地の気持ちの良さも、消えている。


「……そりゃ夢くらい見るよね……
生きていれば、あたしの人生花も実りもあったのに――」


 自分の英知と美貌に自信を持ち、あたしは同年代を馬鹿にして見下ろしていた。

友達は当然出来ず、親にも先立たれて独りぼっちだった。

塾の先生や知育研究開発の人は大切にしてくれたが、寂しさは決して消えない――

誘拐されて弄ばれた上、犯人達によって無惨に殺されてしまった。

動かなくなったエレベーター横の非常階段を上って、窓から外を見る。


「……でも、あたしって子供っぽい所あったのね……
こんな汚い建物に、魔法使いが来て……汚されたあたしを受け入れて、蘇らせてくれて……

その人に恋するなんて――ふふ、どんな御伽話よ」


 イギリスからの帰国子女で成績は学年トップ。IQ200越えの天才少女。

嫉妬と羨望の視線の中を一人生きてきた自分が、こんな夢見る女の子だったとは。

窓枠に顔を埋めて、あたしはくすくすと笑う。


「まっ、ちょっと寒いのを我慢すれば……この暮らしも悪くないし、別に……
……今更……


……っ……いま、さら……独りでも別に……」


 此処は、こんなにも静かだっただろうか?

こんなにも暗くて、不気味で、誰も居なくて――冷たい場所だっただろうか?

信じられない。

まだ十分も経っていないのに――


――こんなにも、寂しい。


「……嫌……嫌、いやいやいやいや! 良介、何処! 何処よ!?
迎えに来てよ、良介!

もう我侭言わないから! 良介の為に、ずっとずっと頑張るから!!」


 建物の中を必死で探す。

暗闇が怖かった、冷たさに震えた、独りぼっちに耐えられなかった。

泣きながら隅々まで自分の住処を探し回るが、見つからない。

誰も居ない。

――そんな人間なんて、最初から居ない。


「……一人は嫌だよぉ……良介ぇ……ぅ、ぅ……」


 どうしてあんなに、都合の良い夢を見たのだろう――

死んでしまった自分を受け入れてくれる存在なんてありえないのに。

諦めてしまった願いを叶える魔法使いなんて、居る筈が無いのに。

神様だって、あたしを見捨てたのだから。

あたしは、泣いた。

悲しくて、苦しくて、辛くて……心が張り裂けそうで。

死んでもまだ許されなくて、あたしは暗闇の中で孤独に縮こまる。


もう、死にたい……消えてしまいたい。


一人でずっとこのままなら、あたしはこの世から消滅したい。

でも、何故かあたしは消えられない。

何度も何度も苦しみにもがき苦しんで、悲しみに切り裂かれようと心はまだ残る。


「寒いよ……怖いよ……良介……リョウスケ……」


 星空は翳り、月明かりも沈んでいく。

涙が枯れても、アタシはずっと――ココニイル。

未来永劫続く孤独に、あたしは部屋の片隅で震えた。















――この声はあなたの祈り わたしの希望

          今閉ざされた心の鍵を開け放ち あなたと旅に出る――















「――っ!?」


 周囲は真っ暗だった。

闇に向かって、何かを求めるように手を伸ばしている自分に気付いた。

視界がおかしい。天井がやけに遠く、歪んでいる。

ガンガンと頭蓋骨を内側から揺さぶられ、頭が猛烈に痛む。

冷え切った身体で、足と手の指の感覚がない。

頬をそっと撫でる、濡れた感触。

そっと起き上がると、シーツにくっきりと涙のつくった染みが確認出来た。

目が闇に慣れ、頭脳がまともな思考を取り戻していくのと同時に、胸の奥から悲しみが流れていく。


「ぅう……ううっ……」


 悪夢の余韻が漏れていき、真っ暗な部屋で泣き続けた。

両手で顔を覆って、必死に押し殺した泣き声を上げる。

夢の続きはただ悲しく、呻き声が夜の静寂を揺らす。

辛い過去は思い出すだけで胸を締め上げて、あたしを不幸にさせる。


――過去……?


涙に濡れた顔を、そっと俯かせる。

ベロアリボン柄――お気に入りのガウンネグリジェを着る自分。

エリ、袖口、ポケット口に同色のサテンバイヤス、暖かさを感じさせる。

上半身を起こして、朦朧とする意識で天井と壁の境目を見つめて――


――本当に、夢だったのだと知った。


自分の部屋を見渡して、あたしは飛び起きた。

暗闇に慣れた目で部屋の扉を開けて、廊下を一心不乱に走る、

セキュリティが万全な家、二人だけの世界――

家主のボードが下げられている扉の前に立ち、あたしは必死でノックをした。


「――良介……!!」


 声が湿っぽく、時折しゃっくりのようなものまで鳴らす。

冷静さなんて、当の昔に失っている。

心が悲鳴を上げ続けていた。

扉を鳴らす度に反応がない事に怯え、泣きじゃくりながら何度も叫んだ。

喉がカラカラに渇いても、手がどれほど痛んでも、助けを呼び続けた。

足元から浸透する寒さが――心の芯を凍てつかせる寂しさが、怖い。

……まさか……まさか……本当に、夢だったんじゃ……そんな、嫌、嫌!


「良介ぇ、助けて良介! 良介ぇぇぇぇ!!」


 ――バンッ!!

悲鳴を切り裂くような物音を立てて、扉が開いた。

扉の向こう側からのっそりと――不機嫌な顔が、出てくる。


「やかましいわ! 何時だと思って――な、何泣いてるんだ、アリサ!?」


 自分の顔を見て、驚いた顔をする男の人――

人を嫌う鋭い目に心配そうな色を浮かべて、男が戸惑いを露にする。

夢の王子様とは程遠い、優しさの無い顔が自分を見下ろしていた。


「……ぁ……」


 自分が何を言ったのか、涙で滲んでよく聞こえなかった。

夢じゃない……その事実が、心を優しく包んでくれる。

やがて耐え切れなくなり、あたしはその人の胸に顔を埋めた――


「良介……馬鹿ぁ、馬鹿馬鹿! 怖かったんだからー!」

「だ、だから何がだよ!? あー、もう。
ほら、泣き止めよ……よしよし……」


 堰を切ったように泣き始めた。叫びに近いほどの声で。

驚くほど簡単にあの人の胸に自分を預けられる、その嬉しさに。

思いっきり泣いて、抱きついた。


髪を優しく撫でる感覚に、甘く痺れていく――


夢よりも現実が優しい事に、これ以上ないほど幸せだった。















――手に入れたあらたな言葉 わたしを変える

          この閉ざされた世界の絆解き放ち あなたと生きていく――















「怖い夢を見て夜泣きって子供か、お前は」

「う、うるさいわね! 女の子は心が不安定になる夜もあるの!」


 からかい混じりの声に、あたしの頬が羞恥に染まる。

時間の経過と共に現実感を取り戻して、恥ずかしさが全身へと染み渡っていく。

心臓が早鐘のように鳴らされて、顔に血と熱が登ってくる。

……うう、最大の不覚だわ。


「廃墟で彷徨ってた頃って、随分前の話だろ。まだ夢に見る事があるのか」

「子供の頃の夢を見る時だってあるでしょう、アンタも」

「いいや、俺は過去を振り返らない主義なのさ」

「夢に主義主張関係ないわよ、馬鹿」


 良介が言葉に詰まるのを感じて、あたしは布団の中でほくそ笑む。

少しは優位に立てて、自尊心を取り戻せた気がした。

やっぱり立場ってものが大切でしょう、男女には。


「……それに……今でもちょっと、信じられないもん。
あんな廃ビルに人が来て、幽霊のあたしにも全然驚かなくて、簡単に受け止めてくれて……

魔法で、こうして生き返らせてくれるなんて――」


 こつんと、初恋の人の胸に額をぶつける。

一人眠る勇気がなくて、無理やり良介の布団に潜り込んだ。

最初こそ嫌がっていたのだが、渋々受け入れてくれたのだ。


「俺は別に、借りを返しただけだ。
命を救われて死なれたままじゃ、後味悪いからな」


 ……こういう奴なんだよね……

嫌がる素振りを見せても、真剣な頼みにはきちんと答えてくれる。

大切にしてくれていると実感出来る瞬間――胸が熱く震える。

あたしの為にどれほど悲しんでくれたのか、よく知っているから……ふふ。


「ファ〜ア、明日も早いしいい加減寝るぞ。
クリスマスだかなんだか知らないけど、夜遅くまで騒ぎやがったからな……
また明日、荒れた部屋を後片付けねえと」

「どうせ、またなのはとか呼んで片付けさせるんでしょう。
いっつも人任せで、自分で何にもやらないんだから」

「頼りになるメイドが居るからな。泣き虫だけど」

「いいから寝なさい!」


 余計な事を言うご主人様に、忠実なメイドが愛の抱擁を交わす。

毎日の家事を行う女の子の力に、大好きな人が悲鳴を上げている。

楽しくてたまらない。


愛しくて――堪らない。


どれほどの言葉を積み重ねても、この気持ちを全て届けられない。

ぶっきらぼうなサンタの温もりに包まれて、あたしは静かに瞳を閉じた。

もう怖い夢は見ない。


見るのはきっと、楽しい日常の風景――


二人で一緒の明日を、夢見る。















――世界があなたを悪というのならば わたしはそれさえ受け入れる

          世界のすべてが敵だったとしても あなたの側にはわたしがいる――


















































































<END>







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