とらいあんぐるハート3 To a you side 第X楽章 主人は冷たい土の中に 第四話
「神に愛された人は夭折する」、と言う有名な言葉がある。天才と謳われた人物ほど、若くして死んでしまう。
年を経て耄碌したり、己の才能が枯渇したりしない内に、死に至る。どれほど才能があっても、幸せとは言い難い。
必ずしも、天才が早死するとは限らない。ただ間違いなく言えるのは――
アリサ・ローウェルという少女は、二度に渡って己の人生の意味を無くしてしまった。
「……良介が、死んだ……?」
少女は、聡明だった。努力では至らないレベルの才能を持ち、年若くして世界に通じる才覚を発揮していた。
綺堂さくらの紹介でイギリスの名家と関係を持ち、女帝と呼ばれる人物に見込まれて高度な経済教育を受けている。
与えられた機会を無駄にせず、己の才能に溺れる事無く懸命に取り組んだ。天才なれど慢心はなく、時を忘れて経験と知識を蓄えた。
努力が報われるのは、結果を出した時のみ。少女は己の限界に挑み続け、他者の期待を超え続けた。
天才とは高い才能を示した人への賛辞的形容、革命的な業績を上げた人を指す。少女にその称号が与えられたのは、必然だった。
いずれは歴史や社会に影響を残すとまで評されて、権力者達を美ではなく才で虜にした。
他人が評価する実績――その価値が、アリサの中で崩れ落ちていった。
「テロリストに撃たれて、死んだ。だったら、どうしてあたしは存在しているの?」
宮本良介と、アリサ・ローウェルは繋がっている。法術という奇跡、願いという名の絆で結ばれていた。
アリサは良介の為に、自分の生命を捧げた。彼の為なら死ねる、少女の初恋が強い想いとなって奇跡を生み出した。
魂が結晶化されて、現世に存在。アリサの願いを良介が叶えて、少女は新しい人生を歩み出した。
良介は少し勘違いしていたが、アリサは元々第二の生まで望んでいなかった。未練はあるが、無念はもう消えている。
彼の為に生命を捧げた時点で、彼女の人生は達成していたのだ。安らかに成仏する事も出来ただろう。
現世に戻って新しい人生を選択したのは、全て良介の為。彼の力となるべく、傍にいて支えようと思った。
アリサは、幸せになりたかったのではない。良介と一緒に、苦労を分かち合いたかったのだ。
「……良介が本当に死んだのなら、あたしも死のうかな……」
自棄になったのではない。絶望すらしていない。宮本良介の死が確定すれば、アリサの第二の人生も自動的に終わるのだ。
法術の使い手である良介が死ねば術の効果が消えて、自分も消滅すると思っていた。管理局やプレシアも、そう推測していた。
その推測が、アリサを本当の意味で幸福にした。心中とも言い換えられる現象を前に、恍惚とさえしていたのだ。
アリサ・ローウェルは一度死んでいる。誘拐犯に殺されて、怨霊として蘇ったのだ。彼女は死の冷たさを、実感している。
誰であろうと人は死ぬ時、常に独りだ。最後は、孤独に死んでいく。周りが看取っても、生を終えるのは自分一人なのだ。
アリサの場合は、そうではない。術で魂が固定化されているのならば、術の効果が消えれば魂も消えてしまう。
良介と一緒に、死出の旅に出れる。死んだ後も一人ではない、嬉しくて嬉しくて死にそうだった。
でも、それはあくまで推測――事実ではない。確証も何もない、話。
法術は、なのは達が使う魔法とは違うらしい。良介個人の能力であり、極めて稀有な力のようだ。
それも才能と言えるかもしれないが、本人が自由自在に使えないのならば宝の持ち腐れだ。己の物じゃない能力に、意味はない。
謎の多い能力、法術。その未知の部分が、アリサを生につなぎ止めていた。
「でも――万が一、万が一生きていたら……」
世間一般では死んだと言っている。普通に考えれば、良介はテロリストに殺されて死んだのだろう。世界はそう認知している。
ただ法術との関連性を考慮すると、アリサが生きているのならば良介も生きている事になる。一体、どちらが正しいのか?
良介の訃報を流しているのは、日本のマスコミだけではない。世界のトップニュースとして、大々的に公開されているのだ。
誤報では通じない規模の、情報力。国際情報とは、それほどまでに重い。真偽を問い質すのさえ滑稽であろう。
宮本良介は、首相や大統領のような国家の主賓ではない。何処にでもいる一般人、町暮らしの少年だ。
そんな人間の死を偽装して、誰に何の得があるというのか。考えられない話だ。
宮本良介という人間を、知らなければ。
「あの野郎は全く……死んだ後でも、あたしを困らせるわね……!」
アリサは、頭を抱える。身悶えして悩むが、答えが出せない。一億円を稼ぐよりも難しい問題だった。
本当ならばありえない事でも、良介ならばありえる。天才とか特別とかいう以前に、あの男はそういう人間なのだ。
そもそもテロリストに撃たれて死ぬという話そのものも、普通ではない。テロリスト相手に桜の枝で戦うなんて、世界中であいつだけだ。
彼の周りにいるのも、普通の人間ではない。綺麗どころは確かに多いが、一癖も二癖もある難儀な面々ばかりだ。
胸を撃たれたら鍛えられた人間でも死んでしまうが、彼の場合はどうだろう? 案外痩せ我慢して生きていそうな気もする。
それでいて、あっさり死にそうなのもあの男だ。いつも怪我だらけ、敵が誰であっても楽勝だった試しがない。
成長がないというか何というか、特別になれずに足掻き続けている。
「ああ、もう! 死んでるのか生きてるのか、ハッキリしなさいよ、あのバカバカバカバカバカバカーーーーーー!!」
生きていそうだけど、死んでいるかもしれない。どっちでもありえる男が、初恋の人。
アリサは、怒っていた。怒って泣いて悲しんで――そして、怒っていた。
それでも、やっぱり嫌いにはなれなくて……泣いてしまった。
<続く>
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