とらいあんぐるハート3 To a you side 第X楽章 主人は冷たい土の中に 第一話







 世界は大きな矛盾を孕んでいる。戦争と平和、喜劇と悲劇、幸福と不幸――相反する理念が同時に成立している。

戦争で苦しんでいる国と、平和に満たされている国。同じ時間を過ごしていながら、生きる場所の違いで差が生じてしまう。

ドイツと日本、少年と少女達。誰かが懸命に戦っている傍らで、誰かが穏やかに生きている。それは決して、間違いではない。

けれど、忘れてはならない。平和な世界であっても、幸せが約束されているのではないのだということを――



ある日突然、悲劇が訪れることもある。















 今年の6月から、高町家の食卓は二つの席が空いている。一人は鳳蓮飛、もう一人は宮本良介。少女と少年、二人の席。

高町家の住民は血の繋がった者ばかりではないが、家族同然の強い絆を持っている。情に熱く、信頼は揺るがない。

家族全員が揃わない事に寂しさは感じても、悲しみはない。二人は必ず戻ってくると信じているから。


仕事や学業で遅くなった夕御飯を終えて、家族団欒の一時。彼らが話しているのはやはり、家族の話題。


「レンちゃん、一般病棟に移されたのね。術後の経過も順調で、本当に良かったわ」

「見舞いに行ってやったのに、人の顔を見るなりあいつ悪口ばかり並べやがって……退院したら、絶対に殴ってやる」

「晶ちゃん、喧嘩したら駄目!」


 鳳蓮飛、彼女は今心臓病で入院している。5月に手術が行われて、幸いにも彼女は大病を克服しつつある。

手術の成功率は低くはないが、高くもなかった。絶対ではない可能性が少女を怯ませて、手術を頑なに受けようとはしなかった。


彼女を説得したのは、もう一人の家族。その人間もまだ、帰っては来ない。


「レン、リョウスケにすっごく会いたがってた。帰って来たら、レンが元気になった事教えてあげたいね」

「素直に喜ぶとは限らないぞ、フィアッセ。あのひねくれ者の事だ、元気なら会う必要もないと言うに決まっている」

「あはは、ありえる。その時は、恭ちゃんが引っ張ってあげないとね」


 鳳蓮飛に比べて、宮本良介の話題になればこの家庭には珍しく悪口めいた事を言う。他人の垣根を超えた証だった。

高町恭也は寡黙だが誠実な男、他人を貶める真似は絶対にしない。彼がこんな事を言うのは、良介に遠慮する必要はないからだ。

フィアッセも美由希も、決して咎めたりはしない。噂の本人が聞いても、本気で怒ったりはしないだろう。


「なのは、良介から何か連絡はあった?」

「おにーちゃんからは、何も。おかーさんには?」

「何にもないのよ……せめて元気にしているのかどうか、教えて欲しいのに。
新しいお母さんには、連絡を取り合っているのかしら? 桃子さん、悲しいわ」


 冗談めいて言っているが、桃子が近頃寂しそうなのは娘であるなのはは気付いている。彼の母を名乗り出た、クイントの事も。

クイント・ナカジマ、彼女の素性を高町なのはは知っている。だからこそ、なのは自身も複雑な思いだった。


我侭かもしれないが、良介は高町の家族であって欲しいと思う。血が繋がらなくても、なのはには大切なお兄さんだった。


決して優しくはないけれど、真剣に向き合ってくれた人。自分の全てを知っている、秘密の共有者。

町を離れる時、彼から使命を託された。己の帰る場所を守ってほしいと、初めて彼から頼まれた。

彼は強くなるために、海外へ旅立った。自分も強くなろうと、思う。大切な人を守る為に。

兄はきっと、帰ってくる。その時は、思い切って頼んでみよう。


自分の、本当の家族に――





『次のニュースです』





 想いを馳せる家族達に告げられる、一つのニュース。居間のテレビは、付けっぱなしのままになっていた。

誰も見ていなかった。誰も聞いていなかった。テレビは家族団欒を彩るBGMでしかなく、ただ情報を発信するのみ。


その情報が、他人事ではなかったというだけ。



『本日未明、ベルリンで爆弾テロとみられる爆発があり、通行中の市民及び観光客が負傷する事件が発生。
一般人で賑わう場所を狙う悪質なテロに、治安当局を中心に捜査を開始。犯行グループ4人が、現行犯逮捕されました』

「ベルリン――ドイツで、爆発テロ……!?」

 テレビに飛び付いたのは、意外にも大人達。高町桃子とフィアッセ・クリステラが、驚愕を露にしていた。

爆発テロ、他所の国の事件だが彼女達には因縁があった。恐怖と憎悪の対象であり、麗しき思い出が血に染まる。

過去を知るだけに、高町兄妹も顔を見合わせる。なのはの表情にも、不安がよぎった。



『目撃者の話によると、日本人観光客が発見した爆弾を投擲。市街での被害を未然に防いだとの事です。

和服姿の日本人・・・・・・・観光客との事で、身元の確認が急がされております。
市民3人、観光客15人が負傷。前年ではジャカルタで爆弾テロが発生しており、引き続きテロ事件への警戒が――』


「えっ、嘘――和服姿って、もしかして!?」

「何をしているんだ、あいつは!?」


 異国の地で和服姿で歩く人間、というだけでは個人は特定出来ない。だが、ドイツでテロリストと戦った日本人ならば話は別だ。

和服とは恐らく剣道着、発見した爆弾を投擲する無謀極まりない処理。ほぼ間違いなく、宮本良介の事だろう。

彼は通り魔事件、そしてなのはに関連する出来事の全てに関わっていた。高町家全員が、彼であると確信を持った。


フィアッセは不安と心配で胸を詰まらせて、部屋着の恭也の袖を引っ張った。


「きょ、恭也、これってリョウスケの事だよね! 爆発テロに巻き込まれたのかな!?」

「フィアッセ、落ち着いて。ニュースで聞いた通りだ、死者は出ていない。
積極的に関与したとは思えないから、多分また事件に巻き込まれて対処したのだと思う」

「で、でも、おにーちゃんは利き腕を怪我しているのに!?」

「……口ではあれこれ言っても、他人を見捨てられない男だ。市民を守るために、戦ったんだ」

「あの子はもう……心配ばかりさせて!」


 正直に言うとこの時、城島晶だけは胸を高鳴らせていた。不安や心配よりも興奮が優り、頬を赤く染めていた。

剣一本、腕一本で凶悪なテロリストと戦う剣士。犯罪者から市民を守る英雄、自分が大好きなヒーロー像だ。

犯人は逮捕されたという事は、彼が勝ったのだ。痺れるような快感が身体中を満たし、背筋を震わせた。

カッコよかった。そんな人を師事する自分も誇らしかった。男心も、女心も、満たしてくれる、最高の人。

胸のドキドキが、止まらない。こんな感情は、初めてだった。今夜は眠れるかどうか、布団の中で暴れまわりたくなる。


日本に帰って来る時は、一回りも二回りも大きくなっているだろう。英雄の凱旋だった――





『ここで――続報が入りましたので、お知らせします。


先程お知らせした日本人観光客ですが――病院内で、死亡が確認されました』





 ――興奮が、冷めた。何を言っているのか、全く分からない。聞き違ったのかと、思う。

晶は苦笑いを浮かべて、周りを見渡す。誰かに笑って欲しかった。嘘ばっかりと、そんな筈はないと笑い飛ばして欲しかった。


誰も、笑っていなかった。



「……な、何かの、間違い、だよね……恭ちゃん……?」

「……」

「りょ、良介さんじゃないよ、きっと! 勝手に勘違いしちゃったけど、ち、違う人で……」

「で、電話してみる!」


 青褪める姉を前に、なのはは気丈に奮い立って携帯電話を取り出す。慣れた仕草、緊急時でも逡巡はない。

一度目のコール、反応はなし。二度目のコール、応答がない。三度目のコール、留守番機能に切り替わる。


百回目になっても――繋がらない。メールにも、反応しない。出るのは――涙だけ。


「お、おにーちゃん、なのはだよ! お願いだから、電話に出て!? 声を聞かせてくれるだけで、いいの!

どうして、どうして、出てくれないの……ぅぅぅ……!」


 信頼しているから、生きていると信じられる。信頼しているから、生きていなければ裏切られる。

彼は、裏切らない。でも、現実は裏切ってしまう。誰かの都合のいいように、動いてはくれない。


なのはは、不幸だった。彼女はもう既に、純粋な子供ではなかった。


ジュエルシード事件。フェイト・テスタロッサと、プレシア・テスタロッサ。母子に起きた、悲劇。

あの事件で犠牲者は出ていない。全てがやり直せる方向へ向かっている。ただ、不幸な過去は魔法でも取り消せない。

アリシアは幽霊として現界しているが、普通に生きていくのは難しい。死んだという事実は、変わらないのだ。


そう――死んでしまったという事実は、変えられない。



「ヒック」



「……フィアッセ?」

「……っ……っっ……!」

「フィアッセ、ま、まさか――声が!?」

「母さん、救急車を早く!」


 喉を押さえたまま、倒れて痙攣する歌姫。爆発テロ事件で大切な人を失う、二度目の・・・・経験。

なのはは、電話にブツブツ話しかけるだけ。晶は、放心状態。危機的状況で動けたのは、剣士のみだった。


一人の家族を喪ったことによる、家族の崩壊。平和な家庭で起きた、終焉。


声を失った、フィアッセ・クリステラ。精神が崩れた、高町なのは――彼女達を守れなかった、高町美由希。

これは始まりにすぎない。少年が死んでいようと、生きていようと、悲劇はこれから・・・・起きる。


少年の死がキッカケであるのならば――崩壊が起きた原因も、少年にあるということになりかねない。


彼女達の物語は、少年が戻りしその時に語られるであろう。















 


















































<続く>







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