To a you side 外伝4 漆黒の戦乙女と孤独の剣士(中編)



※この物語はTo a you side本編を先に読まれると、よりお楽しみ頂けます。




 早朝、駅前で待ち合わせ。

ベタな待ち合わせ場所だが、今日のバイト先に近くて分かり易いので仕方ない。

日課の朝稽古後着替えて、俺は待ち合わせ場所へ向かった。

休日の朝はサラリーマン軍団や学生連中も少なく、人混みが嫌いな俺には丁度良かった。

目印にした時計台を見ると――


「・・・いた」


 遠めで見ても一瞬で分かる、際立った容姿の女の子。

穏やかな朝日の光に照らされた金髪に、人形のように整った顔立ち。

出逢った頃は感情を表に出さなかった女の子が、今ははにかんだ様子でじっと立っている。

黒のカットソー地キャップスリーブワンピースが、フェイトに驚くほどよく似合っていた。

童話から飛び出したような、気品に満ちた御姫様。


・・・その場合、俺は童話で言えば鬼畜な奴隷商人役?


世間知らずの美しい御姫様を巧みに連れ出して、奴隷として醜悪な金持ちに売り飛ばして働かせる。

おいおい、そのまんまじゃないか。

罪悪感が虫けらほどにも感じていないところなんて、特に。

我ながら似合い過ぎていて怖い。

少なくとも、あの娘の王子様にはなれそうになかった。

馬鹿な事を考えている内に、フェイトは俺に気付いたようだ。


――頬を少し赤く染めて、微笑んで小さく手を振っている。


は、恥ずかしい、恥ずかしいぞフェイト。

誰に大してもではないのだろうが、素直な感情を大衆の前で向けるのは止めてくれ。

大急ぎで、俺は駆け寄った。


「時間前に来るとは感心だな、フェイト」

「・・・いえ、そんな・・・当たり前だから」


 適当に誉めただけだが、フェイトは嬉しそうだった。

これほど純粋無垢だと、世間に出すのが怖くなってくる。

内気で多少人見知りする性格で渡っていける事を願うばかりだ。

フェイトは少し俯いた後に、俺を見上げる。


「あ、あの・・・」

「うん?」

「私・・・


・・・心を決めてきたから」


 ――心・・・?


重要な話があると呼び出しただけで、用件は何一つ伝えていない。

何が起きても対処するという心構えの事だろうか?

どの道逃がすつもりは無かったが、フェイトがそのつもりなら話は早い。


「そうか。お前がそのつもりなら、話もしやすいよ」


 遠慮なくバイトの件を頼めるな、うん。


「――わ、私でよければ、これからも…ずっと…」


 顔を隠したまま、小声で恥ずかしそうにしている。

俺はその表情を見て確信した。


――ばれたか、やっぱり。


流石フェイト、俺並みに勘が鋭い女の子だ。

俺の浅知恵なんてお見通しというわけか。

俺の策略を読みながらもやって来たのは、アルバイトをする決心がついたんだな。


恥ずかしいけど勇気を出して社会にでよう、と――


立派な奴だ、流石俺の見こんだフェイト。

あのちんまいなのはにも見習ってほしいものだ。

俺は感心して、頭を撫でてやった。

フェイトは林檎のように真っ赤な顔をして、されるがままになっている。

女やガキの頭を撫でる浮ついた趣味はないが、一年に一回程度はいいだろう。

年齢差があってよかった。

近い歳でこんな事やってたら、俺は変態である。


「んじゃ、早速行こう。開店前に行かないとうるさいからな」

「はい。


…開店?」


 なんか不思議そうにしているフェイトを連れて、俺は機嫌良くドナドナを歌いながら歩いた。















「嘘つき」


 速攻、罵られました。

なのはの場合感情で、はやての場合母親のように叱るが、フェイトは悲しげに怒る。

その瞳は鋭く、唇を引き締めて――

大人でも震え上がる眼光だが、生憎俺は修羅場を駆け抜けた強戦士。

小娘の怒りなんぞ怖くないぜ。


「ま、待て・・・落ち着いて話し合おう・・・

バルディッシュを向けるなって!?」


 喫茶店翠屋の厨房裏――

従業員専用口から入った俺とフェイト。

事情も告げず喫茶店へ連れ込まれたフェイトは、当然説明を要求した。


で、これ。


可愛らしい私服姿に、死神の鎌は身の毛がよだつ恐怖を生む。

相手が可憐な女の子だと尚更だ。

手元に刀が無いのが辛い。

フェイトに適当な誤魔化しは通じないので、おれは精一杯自己主張した。


「何でそんなに怒ってるんだよ」

「私を騙した」

「騙してないって」

「・・・信じてたのに・・・」


 手先が震えて、小さな瞳から涙が零れる。

そんなに信用されてたのか、俺って!?


――こいつの母ちゃんとの一件で、色々あったけどさ・・・


牢獄での一夜を思い出す。

あの時のフェイトの涙と、今の涙にどれほどの重みの違いがあるのだろう?

人間付き合いを避けていた俺にとって、あの時の言葉は自分でも衝撃的だった。


――現実逃避、終了。


思い出に耽る間に、考えはまとまる。


「冷静になって思い出せ。
昨日、俺はお前に大事な話があるとしか言ってないぞ」

「喫茶店の御仕事の話なんて聞いてない!」

「会って話すと言っただろ?」

「誤魔化しても駄目。
貴方は私が断ると知っていたから、直接呼び出した。

・・・私の気持ちを利用して・・・

許せない」


 その辺のくだりがよく分からんが、流石フェイト。

完璧に真相を看破している。

凡人はここで青褪めるのだろうが、生憎俺様は肝の太さが自慢の剣士。

世の中図々しくなくては、愉快に生きられない。

俺は大袈裟に溜息を吐いた。


「確かに俺はお前が昨晩伝えれば断ると分かっていた。
だから、直接会って話そうと思った。
その場で伝えれば断り切れないと、承知の上で」

「・・・っ」


 睨んでる、睨んでる。

その表情を一変させてくれるわ。


「たとえどんな卑怯な手を使っても――

俺はお前と一緒に、働きたかったからな」

「・・・え」


 バルディッシュを持つ手が震える。

よし、心が揺れたな?

お前が友情に熱い女である事は、俺が一番よく知っている。

孤独な人生を送ってきたお前にとって、友達はかけがえのない財産だろう。

仲間は大切にしようぜ、フェイト。


――などと自分でも信じていない価値観を、俺はいけしゃあしゃあと語る。


「実は俺も昨晩、急遽今日の店頭発売を頼まれたんだ。
緊急事態で、俺が頼れるのはお前しかいなかった」


俺の知り合いって、普段忙しい奴らばっかりだからな。

いざという時に役立たずな連中である。


「迷惑なのは分かってるけど、それでも俺はお前と・・・」

「・・・」


 言葉を切るのが効果的。

計算された演技に、我ながら表彰モノだった。


フェイトは逡巡して――息を吐いて、バルディッシュを下ろした。


お・・・?


「――リョウスケ、一つ約束してほしい」

「お、おう・・・」


 真摯な瞳に、俺は思わずたじろいだ。

フェイトはバルディッシュを収納して、毅然とした態度で俺の前に立つ。


「今度から嘘をつかず、私にきちんと話してほしいの。
リョウスケはあの時、命懸けで私を救ってくれた。
真摯な言葉を懸命に投げかけてくれた。


――貴方が本当に困っているなら、私はいつでも力になりたいから」


 そう言って微笑むフェイトは、女神のように綺麗だった。

人々に愛を与える女神ではなく、人々のために戦う戦女神――

運命の女神でも、こいつには勝てないだろう。


俺達は確かに、あの時――運命に勝ったのだから。


「・・・分かった。約束する」

「はい」

 確かな信頼を胸に、俺達は協力関係を結ぶ。



――その努めが喫茶店の一日アルバイトってところが、泣けてくる。















 厨房裏会議を終えた俺達は、改めて桃子にフェイトを紹介。

もう一人助っ人が来るとは思っていなかったのか、桃子は驚いた様子だが快く雇ってくれた。

時給交渉と待遇関係の処置を済ませて、それぞれ着替えへ。

桃子が経営する喫茶店翠屋には、この店だけのオリジナルのエプロンがある。

とはいえ昨今の派手さはなく、翠屋の刺繍が入っているだけの地味なもの。

服装ではなく、味と真心で勝負する――桃子流だった。

男の俺は手早く翠屋エプロンだけ着用して、店頭へ。

今日から発売されるシュークリームを売りだすべく、店頭の準備に取り掛かる。

資材等の準備は店の従業員が前日に用意。

俺は手順に従って、作業を進めるだけだった。


――翠屋でバイトをするのは一度や二度ではない。


作業は短時間で終わり、後は今日の相方を待つだけだった。

フェイトは今頃着替えと、桃子から店頭販売についての注意事項を聞いているだろう。

さてと、



「苦手な客商売に励む前に・・・


――お呼びでない客を追い払うか」


 嘆息。

俺はテーブルの上の袋を片手に、喫茶店の傍の電柱へ向かう。

本日は快晴、気候は割と暖かい。

俺は心底呆れて、電柱の影を叩いた。


「おい、そこの不審者」

「いたっ!?」


 一般人が平和に暮らす街中、しかも若い客が多い喫茶店を見張る不審者が一人。



――厚手のコートに、黒のサングラス。



人目を忍んでいるつもりだろうが、余計に目立っている。

綺麗に整った金髪の美女の変装なのだから尚更だ。

しかも不幸な事に――思いっきり俺の関係者だった。


「何しに来た、シャマル」


 はやて家の若奥さん、シャマル。

本当に結婚しているのではなく、単に本人が自称しているだけだが。


夫が誰かは――聞きたくも無い。


俺以上にエプロンが似合う家庭的な美人は、不審なコート姿で頭を擦っている。


「痛いじゃないですか、良介さん!
心配になって、折角様子を見に来たのに・・・」

「普通に来い、普通に」


 B級映画のスパイか、お前は。

今時チンピラでもこんな怪しい格好はしない。

シャマルはサングラスを少しずらして、可愛げのある瞳を向ける。


「だって良介さん、私がお手伝いするって言いましたのに断りました」

「代償がでかすぎるわ!?」


 自分の人生棒に振ってまで、従事する仕事じゃない。

こいつの挙動が、たまに分からなくなる。


「私を断ったという事は、他の方とご一緒されるんですよね?」

「ま、まあな・・・」

「女性ですか!」


 サングラスで睨むな、怖すぎる。

俺が何で詰問されないといけないんだ、くっそー。

素直に答えたら、絶対こいつは文句を言う。

脳内検索して、無難な人物を選び出す。

選べるほど多くなってきている俺ネットワークの充実さが、嫌だ。


「桃子と一緒に」

「・・・桃子さんと、ですか・・・?」


 ――フェイトの休憩時間中は、な・・・

嘘はついていない。

翠屋にははやてがよく来るので、同行人のこいつも桃子は知っている。

俺の恋人になる可能性0の桃子と聞いて、シャマルも渋々納得する。

だが、不満も残ってはいるようだ。


「・・・良介さんとの御仕事、楽しみでしたのに・・・

愛する人と慎ましく喫茶店を経営するって、女性の憧れの一つなんですよ」


 本当かよ。

少なくとも、俺の人生設計には入らないので諦めろ。

追っ払うと、シャマルは肩を落として俺に頭を下げて歩いていく。



・・・ハァ・・・



「シャマル、ほら」

「えっ、これって・・・」


 シャマルの手に、袋を一つ置いてやる。


出来上がったばかりのシュークリーム――


本店第一号の品だった。

目を丸くして俺を見るシャマルから、視線を逸らす。


・・・特別な意味なんて無い。


飯を食わせてもらってる礼をしただけだ。


返答するシャマルの声は、嗚咽で震えていた――


「・・・良介さん…私、これを一生の宝物にします・・・」

「腐らない内に食えって」


 お互いに笑う。

俺も少しだけ、悪くない気分だった。

その後大切そうに袋を持って帰るシャマルを見送り、俺は店頭へ戻り――



――地面に突っ伏しそうになった。



まだ販売前の喫茶店前に、気の早い客が約一名並んでいる。

なのはやはやてと同じと年頃の、女の子。

中身は魔人に匹敵する小さな騎士――ヴィータ。

大変遺憾な事に、俺の知り合いである。

俺の姿を見つけたチビッ娘は、元気良く手を振る。


「リョウスケ、来てやったぞ!」


 来るな、帰れ。

俺の本心を伝えれば、グラーフアイゼンが飛んでくる。

普段は喧嘩上等だが、今日はバイト先なのでまずい。

乱闘騒ぎを起こせば桃子に叱られ、フェイトが今度こそ帰ってしまう。

暇な騎士達に溜息を吐きながら、俺は渋々相手をしてやった。


「…何しに来たんだよ、お前」

「アタシは客だぞ。言うべき事が他にあるだろ?」


 ガキの分際で、態度のデカイお客様である。


「何でお前なんぞに接客しなきゃいけないんだ。あほか」


 帰れ帰れと、手を振って追い払う俺。

本来ここで怒り心頭になって襲い掛かってくるのがこいつだが、何故か不遜な笑み。


「へっへーん、いいのか? 
ここの店員は態度が悪いって、大声で叫んでやるぞ。
自慢じゃないけど、アタシの声はでけえぞー」


 やれるものならやってみろ――普段の俺ならそう言っている。

だが、今日はまずい。

桃子との給料交渉で、売り上げと俺の時給は明確に比例する仕組みになっている。

売り上げを伸ばして常連を作れば、ボーナスすら検討される。


逆に――売り上げを減らして客を減らして、減棒されるのだ。


このシステムは、俺の性格を考えた桃子の甘い罠。


愛想笑い撲滅運動第一人者の俺に接客をやらせれば、苦情は大量発生。

それを防ぐべく、金で釣ろうという意地悪い魂胆だ。

万が一客を殴ってしまったら、時給を一人毎に500円減らすとまで言われている。

ヴィータに店頭で叫ばれたら、初っ端から俺の時給はダウンだ。

歯を食い縛って怒りを耐えて、俺は言ってやった。


「はいはい、分かったよ…いらっしゃいませー」

「だーめ。誠意が足りねえ」


 何が誠意だ、この野郎。

お前こそ礼儀の欠片もねえじゃねえか、くそチビが。


――心の中で呪いの言葉を吐きながらも、頭を下げる社会人剣士。


「い、いらっしゃいませ…」

「ヴィータ様、が抜けてるぞ」

「固有名詞つける店員がいるか!?」

「おーい、みんなー!

ここの店の店員はーー!!」

「待って、待ってください!?」


 自分の腰程度の背丈しかないチビッ娘にすがり付く俺。

後で死ぬほど泣かせてやると心に誓って、俺は舌を噛むほど強く言ってやった。


「いらっしゃいませ、ヴィータ様。
貴方様の来店を心から御待ち申しておりました」


 慇懃無礼に礼をしてやると、ヴィータは大いに満足した顔になる。


…開店前から、既に気力急降下。


俺は疲れきって、好きにしろと言わんばかりの態度で望む。

ヴィータはニコニコ顔で、俺の足を叩いた。


「怒るなよー、冗談だって。
ほら、お前人手が足りないって言ってただろ?
困ってるだろうと思って、助っ人を呼んでやったぞ」

「助っ人…?」


 既に足りているが、まさかヴィータが気を使ってくれているとは予想外。

助っ人を呼べるほど友好関係を築いている事に、さらに意外。

てっきりはやて家と俺くらいしか友達いないと思ってたんだが…

ヴィータはニッと、嫌な笑みを浮かべる。



「駄目だろー? 
自分の大切なデバイス、押入れに閉じ込めるなんて」



 ――背筋に、冷たい汗。



こ、この野郎…奴の封印を解いたのか!?

傍にいたらうるさいので、閉じ込めておいたのに。

俺の狼狽を大いに楽しんで、ヴィータは用が済んだとばかり帰り支度。


「怒り狂って、今速攻でこっちに飛んできてるぞ。
場所も、ちゃーんと教えておいたから」

「かえれー!!」


 塩の代わりに砂糖をまいてやると、ヴィータは笑って退散。

おのれー、やるな我が天敵。

近頃殊勝にしていると油断したのがまずかった。

あいつは俺が困るのを見て喜ぶ宿敵だったのだ。


…やばい、やばすぎる。


あいつは変なところで常識人だから、人前に姿を見せる事はない。

どういう手段でやってくるのか読めないところが、怖い。

今日は出だしからこれだ…

他にも電話をしたから、連中がやって来るかもしれない。

考えるだけで気が滅入る。


…こうなったら、もう俺のオアシスはフェイトの恥ずかしがる姿しか…


そう考えていた矢先、店の扉が開く。


「お、来たかフェイ――と…?」



「おはようございます、おにーちゃん」



「…うう」


 来たのは――この店の看板娘。



泣きそうな顔で震えている少女を連れてやって来た、高町なのはだった。

天真爛漫な、笑顔。



――何故かその微笑みに、戦慄が走った。



運命の女神よ。

俺は今日無事に家に帰れる、よな…? 








































































<続く>







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