To a you side 外伝5 運命の女神達と孤独の剣士 貴方の女神



※この物語はTo a you side本編を先に読まれると、よりお楽しみ頂けます。



 合戦の一般的な形式、順序、兵科ごとの戦い方。

戦国時代に花咲かせた戦術を駆使するのは俺には不可能だが、鍛え抜かれた兵達ならば話は違ってくる。

敵は近代科学と魔導理念を搭載した機械兵器だが、将棋の歩と変わらない。

命令に従って闇雲に突っ込んでくるだけで、錬度も能力も低い。

時空管理局精鋭部隊を前に、彼らが勝っているのは数だけだ。

戦国期を通して磨かれた日本の戦術は十分に力になり得る。

俺は地上本部並びに本局や航空隊に力添えを受けて、空間モニターを利用した全方位からの戦略を繰り広げた。

敵対していた部隊も、味方になれば頼もしい限りだ。

部隊長達の進言もあって指揮系統は安定し、命令も速やかに実行されていった。

情け容赦ない戦場であれ、相手は大量生産品の質量兵器だ。

時空管理局でも未特定の破壊兵器、即座に危険認定――破壊停止命令が出る。

人道的な躊躇なんぞ微塵も生み出す必要はない。

戦術の高度さは軍事力に於いて一つの要だが、その点俺は安心していた。

俺個人が生み出した戦術ならば不安はあるが、源泉としているのは数では不利だった国が編み出した戦術の数々。

時代や状況、環境こそ違えど有効活用出来る。

この場に集結した戦士達も超一流、部隊長達は歴戦の猛者、不安要素は皆無。

後押しどころのチンケな勢いではない、大空にでも羽ばたけそうな勝利の神風が吹いている。

この地に蠢く世界を滅ぼさんとする悪意なんぞ、鼻息で吹き飛ばせるってもんだ。


予感はあった、此れが始まりだと。


法の守護者が統治する太平の世は終わり、戦国の世が幕を開ける。

この戦いでこれまでの戦闘模様は一変し、天下に轟く力を持っていた魔法の影響力も変容していく。

魔法と双璧をなす科学――質量兵器が、暗黒の歴史から再び世界へ顔を出す。

その大いなる、幕開けであると。


「っ……御見事、でしたわ……まさか、全て……っ……読まれていたとは……
意地の悪い御方ですわね」


 背後を振り向く余裕はなく、空気を読めない程愚かでもない。

心に届く女の苦痛、鼻に染み渡る血臭――歯車が狂うような、奇妙な稼動音。

その声が誰であったか、結局思い出す事は出来ず。


「今度は必ず――お前を、倒す。楽しみに待っていろ」


 淡い記憶は、油臭い殺意が塗り潰す。

女の窘める声と共に気配は消えて、戦場の勝ち鬨を上げる声が轟いた。

どうやら、一つの節目を迎えたようだ。

ようやく一息つけて背後を振り向くが、最早其処には誰の気配も在りはしなかった。

結ばれる事のない運命だった、そういう事なのだろう。

それもまた、今回の事件らしい気がした。

俺の隣に立つべく、名乗りを上げた女神達――

正面から戦いを挑んだ者、戦いを避けた者、共に戦う事を望んだ者、戦えずに終えた者。


そして、出逢う事すら叶わなかった者。


それぞれが男と女の関係を示しているようで、何とも面白げな皮肉を味わった感じがした。


「侍君、大丈夫!?」

「良介様、誠に申し訳ありません。貴方の仰っていた敵を仕損じました。
此方へ来ませんでしたか?」


 大慌てで、俺の方へ走ってくる御嬢様と西洋メイドさん。

心なしか焦燥の色が濃く、共に痛手を被っている。

先程聞こえた声の主達は、この二人を相手にして命からがら逃げたのか。

……御愁傷様としか言い様がない。

月村忍とノエル・綺堂・エーアリヒカイトの二人相手では、どんなコンビでも地に伏すしかない。

俺は、疲れた手を振ってやる。


「大した事ねえよ、とっとと逃げて行ったぜ。つーか、お前らいたんだな」

「侍君を追いかけてみれば、この騒ぎだよ。
ノリに任せるのはいいけど、自分の背中くらいは気にかけなよ……

演説中に殺された偉人なんて、歴史を掘り返せば何人も出てくるでしょうに」

「貴方と忍御嬢様を御守するのが、私の務めです」


 忍の嘆息とノエルの生真面目な返答が、不思議と心地良い。

どれほど運命に翻弄されても、どれほど大舞台に立たされようとも、この二人の存在が俺をあの町へ戻してくれる。

山と海の空気に満たされた、優しい世界に。

故郷を懐かしむ年齢でもねえけど、こんな荒れ果てた世界よりはずっとマシだ。

忍が長い髪を揺らして、若干嬉しげに頬を緩めて俺に話しかけて来た。


「お〜、安次郎みたいなおじさんが怖い顔して怒鳴ってるね」

「下手に探られても困るけどな、色んな意味で」


 ただ偶然と幸運に恵まれた結果だが、俺のハッタリが全て現実となったのは事実。

こうして事態が収まった以上、追求されるのは間違いない。

それにしても安次郎って、また懐かしい名前だな……

この髭のおっさんも、彼女のような存在・・・・・・・・を狙っていると勘ぐってしまうではないか。

やれやれだ。

俺はまずおっさんや上層部を黙らせる為に――周囲を盛り上げる。


「諸君……我々の、勝利だ!!」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!』


 陸海空全ての部隊が一つとなり、大歓声を上げる。

損傷こそ被ったが、死者も出ず戦果は華々しい。

これほどまでに皆が悪を倒すべく一つになった瞬間はないだろう。

時空管理局の歴史にも、名誉ある1ページとなるに違いない。

戦闘も沈静化し、機械兵器の大群はほぼ無力化された。

時空管理局の精鋭部隊は俺を英雄扱い、最早二度と俺を倒そうとは思わないだろう。

逃げ出すには、まさに今が最高のタイミングだった。

悪者が倒されれば、英雄もまた必要はなくなるのだから。


「そんじゃあ帰ろうか――俺達の町へ」


 最高に皆が盛り上がっている今、俺の存在を気にかける者は居ない。

後になれば俺を再び担ぎ上げるだろうが、今だけは仲間を肩を叩き合って喜んでいる。

上層部は皆を静めるのが精一杯、俺どころの騒ぎではない。

俺は荒れ果てた空を見上げる。

世界にとっての新たな始まりでも――俺にとっては、一つの終わり。

世界がどうなろうと、俺には何の関係もない。

俺達は手を取り合って、懐かしき故郷へと戻った――















「――ちょっと目を離したら、随分好き勝手に暴れたようね」















 大団円のテーマが、一瞬で消え去った。

勝利の高揚が冷水をぶっ掛けられたように沈静し、辺りが静まり返る。

信じ難い事実だが――空間モニターさえ使わずに、少女の小さな声が荒野の隅々まで冷たく浸透した。

歴戦の戦士達が皆、一様に顔を蒼褪める。

世界を破滅へ導くロストロギア相手でも怯えない彼らが、恐怖に震える。

俺は引き攣った顔で、身体を強張らせる。

悲鳴を上げる本能が――恐怖の魔王の名を叫んだ。


「ア、アリサ……」


 ウェーブがかった金色の長い髪をなびかせて、少女が真正面から歩み寄る。

聖者の行進を阻む愚者は居ない。

部隊員の誰もがその存在感に身を震わせ、その荘厳な知性の美に膝をつく。

世界を守る強者達をモーゼのように平伏せて、彼女はゆっくりとその姿を現した。

――目が合った瞬間、頭の中に浮かんだ言い訳が吹き飛んだ。


『き、貴様は一体この男の――』

「黙れ」

『――は、はい』


 敬語!? ひ、髭の親父が縮み上がってるぞ!?

地上本部のお偉いさんが、小娘一人に怯えてどうするんだ!

頑張れ、俺の無罪を証明してくれ!


「良介」

「ず、随分お早い御戻りで……あ、あはは……」

「電話したわよ、事前に。一度も出なかったけどね」

「い、いや、こっちも色々忙しくて……」

「出なかった、よね」

「……す、すいません……」


 携帯電話を持っていなかったのは事実なので、詫びるしかない。

エイミィにも叱られたのだ、仕方ない。

一ヶ月ぶりに再会した少女はさくらの指導の賜物か、小さな女傑として成長していた。


「事情は聞かせて貰ったわ。確かに、良介だけの責任じゃない。
シグナム達も随分好き勝手にしたみたいだから、後でキツく言っておくけど」


 ……気のせいか、世界の何処かで悲鳴が上がった気がした。

必死で逃げようとしている犬の姿が、何故か網膜に浮かぶ。

絶対逃がさん、後で容赦なく道連れにしてくれる。


「でも、良介の迂闊な発言にも大いに問題があるわ。
きちんと事情を説明して、皆に頭を下げて謝ればよかった」

「そ、それはちょっと……男が廃ると言いますか……」

「何より」


 そこで、アリサはゆっくりと顔を上げる。

長年連れ添った者だけに見せる――不満に満ちた、甘え顔を。


「あたしに、相談しなかった」

「……アリサ……」


 アリサがいれば――確かに、簡単に解決していただろう。

問答無用の、天才少女。

頼れる俺の味方であり、一番の理解者。

――素直に「ごめん」の言葉が浮かぶ前に、アリサはニッコリ笑う。


「だから、お仕置きね。家は守っておくから、ゆっくり叱られて来なさい」

「へっ……何が、って!?」


 手首に広がる、冷たい金属の感触――手錠。

それが何なのか認識するよりも早く、女の手が俺のポケットを弄る。

問答無用で掴み出されたのは、黒いショーツ。

持ち主が誰なのか、どういう経緯でそんな物が俺のポケットに入ったのか、話す機会すらない。

そんな――生易しい相手ではなかった。


「猥褻物押収か、下着ドロか――どっちにしろ面白い話が聞けそうね、リョウスケ」

「あ、アンタは……!? いや、その、これは誤解であって……!」

「何言ってるの、この男前は。頬にキスマークなんてつけて。
ガーゼで隠しても、すぐ分かるんだから。

さ、来なさい。貴方専用の取調べ室を用意してあげているのよ」

「のおおおおおおお、お情けを〜〜!!」


 両手に輝くナックルで、俺の抵抗を無力化する美人刑事。

反論の声は悲鳴で黙らせられる。

――質量兵器一万を壊滅させた英雄は、耳を引っ張られて舞台を退場した。


「ク、クイント・ナカジマに……アリサ・ローウェル」

「……すげえ、あの人が簡単に制圧された……」

「おいおい、幹部達が平伏しているぞ」

「流石だぜ……」


 何故か世界に響き渡る拍手と、雄叫び。

大歓声で叫ばれるのは英雄たる俺の名前ではなく、二人の女傑の名前。



この瞬間、誰が勝者なのか――決定した。















 ――こうして、俺の迂闊な発言が呼んだ騒ぎは一応の終結を見せた。

あれほどの舞台で見せ付けられたのだ、誰が勝ったのかは言うまでもない。

俺は泣いて謝るまで取調室で叱られて、反省文を書かされた。

相変わらず、あの女刑事は容赦というものを知らない。

ハッタリも全然きかず、結局事件の全貌が明るみに出てしまった。


ただ――あの管理外世界で起きた出来事に関しては、何故かお礼を言われた。


彼女達が調べている件と、無関係ではないらしい。

興味はそれほどなかった。

――聞かされた愛娘の話なんてウンザリだった。

スバルとギンガなんて名前を聞かされても、困る。

釈放条件が娘と逢って遊んでやる事なんて、もっと困る。

何はともあれ、俺は彼女に逮捕されてしばらく籠の中に閉じ込められた。

その間に俺の噂も沈静化したのだから、多分計算も含んでいたのだろう。

所詮、お祭り事。

騒がしい時間もいずれ、必ず終わりがやってくる。


そして、訪れるのは――


「おっ、迎えに来てくれたのか」

「当然でしょう。逃げられても困るから」

「逃げる……?」

「さざなみ寮で、打ち上げ。良介主賓で、皆待ってるわよ。
女の子ばっかりで嬉しいでしょう」



「女はもう嫌だーーー!!!」



 ――何時ものと変わらない、日常だった。




















































































<END>







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