To a you side 外伝3 剣の騎士と孤独の剣士(前編)
※この物語はTo a you side本編を先に読まれると、よりお楽しみ頂けます。
「シグナムに休暇?」
素っ頓狂な声を上げて聞き返す俺に、はやては朗らかに頷いた。
突然何を言い出すんだ、こいつは・・・
扇風機の風に煽られながら、俺は真意を探るべく視線を向ける。
夏の日の午後、はやて家――
出稽古に出かけた帰りに立ち寄った折、突然はやてより話を持ちかけられた。
「うん。明後日の日曜日なんてどうかなって思ってるんやけど」
「シグナムにね・・・」
投げやりにそう言って、俺は噂の当人を見やる。
ソファーに座って本を読む、一人の女性。
平凡な家庭の茶の間にそぐわない、研ぎ澄まされた美貌。
秀麗眉目、頭脳明晰。
卓越した剣腕の持ち主だが、周囲の女性が羨むスタイルの持ち主。
見惚れる横顔は静かで、凛々しき眼差しは手元の本に向けられている。
こちらの話は聞こえていないのを確認して、俺ははやてに向き直った。
「休暇も何も、あいつは別に仕事して無いだろ」
年齢は不明だが、大人の立ち振る舞い。
ヴィータやシャマルも頭が上がらない責任感高い女だが、職は持ってない。
無論理由はちゃんとある。
フリーターや浮浪者という言葉は、あいつには全く似合わない。
「そんな事無いよ。
毎日わたしの事見てくれて、御世話になっているから」
シグナムははやてに忠誠を誓っていて、主と呼んで敬愛している。
プライベートを含めてはやてと行動を共にして、彼女の護衛を勤めているのだ。
武器を携えていないので、付き人というべきか。
何にせよ、シグナムははやてを第一に考えて行動している。
その事実をはやては感謝し、同時に申し訳なく思っているのだろう。
はやてにとって、シグナムは大切な家族の一員なのだ。
いい加減付き合いも長い、俺もその辺は理解出来る。
ただ、
「――で、一応聞いておくが何で俺に相談する?」
シグナムを休ませてあげたいなら、そうすればいい。
俺にいちいち断る必要なんぞ無い。
あいつが働こうが休もうが、俺には全く関係ない。
嫌な予感をヒシヒシと感じながら、俺は尋ねてみると、
「・・・うん、それで良介に御願いなんやけど・・・
日曜日、シグナムにこの街案内してあげてくれへんかな?」
「はぁっ!?」
はやては俺の性格を知っている。
嫌がると最初から分かっていたのか、申し出る態度も非常に弱腰だった。
とはいえ、その意志は強い。
「シグナム、この街に興味があるみたいで・・・
時間があればこの街の地理を調べておきたいって、言うててん」
・・・多分、それは別の意味で興味があるんだと思うぞ。
目的は明らかに目の前の少女の安全の為。
平和なこの国で、あの女は不必要に警戒を怠らない。
俺はこの平和ボケした車椅子女に言ってやる。
「そういう事は旅行会社にでも頼め」
「そんな冷たい事言わんと、お願いや」
両手を合わせて懇願するはやて。
車椅子に乗った可愛い女の子が殊勝な態度に出ると、なかなか男心をくすぐられる。
一般人にはな。
俺はそっぽ向いた。
「お前がやれよ、街の住民」
旅人に何を言ってるんだ、こいつは。
俺はこの街の生まれではない。
今は長期滞在しているが、そのうち出て行く身だ。
なんかもう最近は出られないんじゃないかって、危惧しているけど。
はやては寂しそうに微笑んで、自分の足を摩る。
――もう決して動かない、足を。
「わたし車椅子やし・・・
わたしと一緒に居たら、シグナムも落ち着かへんのちゃうかなって」
そんな事は無いだろう。
あいつは無愛想な女だが、はやての前では表情を和らげている。
気を許している何よりの証拠だ。
ただ――はやてと一緒だと、確かに普段と変わらない気はするな。
「他にも暇な連中いるだろ。
おーい、シャマル」
食器洗いをしていた家事担当を呼ぶ。
白いエプロンがよく似合う美女は、微笑みを乗せてやって来た。
俺は簡単に事情を説明すると、
「分かりました、日曜日ですね」
お、話が早いな。
物分りのいい女は嫌いじゃないぞ。
珍しく俺が迷惑を被らない形で解決しそうで、俺も嬉しくなる。
シャマルはニコニコ笑って、
「良介さんから誘って下さるなんて、嬉しいです」
「・・・は?」
「意地悪な人。私をこんなに焦らすなんて」
「何言ってるんだ、お前?」
「もう良介さんったら――何処に案内する気なんですか。
きっと夜は、初心な私の知らない世界へ連れて行くんですね。
そして二人は夜の静寂で激しく――痛い、痛いですっ!?」
何を言っているのか明確に理解した俺は、夜の詩人の頬を容赦なく抓った。
正真正銘初心なはやては、顔を真っ赤にしている。
読書を趣味にしているだけあって、想像力は豊かなようだ。
「話を聞いてないだろ、お前。相手はシグナムだ」
「うー・・・でも私が断れば、良介さんはシグナムとデートするんですよね?」
「しねえよ!?
あー、もういい。頭が痛くなってきた。
御苦労だった、家事に戻れ」
「良介さん、早まってはいけませんよ。
貴方には、私という伴侶がいるんですから」
問答無用でソファーのクッションを投げつけてやると、黄色い悲鳴を上げて逃げていった。
逃げ足の速い女である。
あいつに頼った俺が馬鹿だった。
幸い暇そうな奴はもう一人いるので、呼んでみる。
「げぇー、シグナムとかよ・・・」
明らかに嫌そうな顔のチビッ娘。
利発そうな顔立ちに勝気な表情の似合う、ヴィータ。
事情を説明すると、俺と同じく嫌がりやがった。
はやてがいる手前明確に拒否はしないが、断る気配はヒシヒシと伝わる。
「お前ら、仲間だろ。仲良くしろよ」
「アタシだってこの街、詳しくねーぞ。
二人してウロウロしたくねえ」
行動範囲広いようで狭いからな、このガキ。
気の向くまま行動するので、明確に覚えていないのかもしれない。
ヴィータは頬を膨らませて、俺を見上げる。
「・・・シグナムに案内してやるつもりか、リョウスケ」
「お前らが断ったら、自動的に俺に出番が回って来るんだよ」
ヴィータは視線を落とす。
――何か言いたげで、言えなくて・・・
収まらない感情を憤然とした顔に、ヴィータは口を開く。
「――アタシも、あんまりこの街に詳しくないんだけど・・・」
・・・?
ヴィータに似つかわしくない、小さな声。
遠慮気味に、俺の反応を窺っている。
「さっき聞いただろ、それ」
「むう・・・うー、うー!
――もういい、このバッカ野郎!!」
「おうわっ!? こ、こら、てめえ!」
俺様の美脚に生意気にも蹴りを入れて、ヴィータは走り去った。
あいつ、あとで粛清してやる。
ガキのくせに鋭い蹴りで、俺はズキズキする膝を摩る。
俺の不幸な成り行きをライブで鑑賞していたはやては、堪えきれないように笑っている。
「おい、こら! 笑ってる場合か。
ザフィーラの大馬鹿野郎はまた何処か出かけてやがるし、俺しかいないんだぞ」
きっとあの犬野郎は、危険察知能力でもついてるに違いない。
獣の本能とでも言うべきか、俺が困っている時にいない。
後で追求しても、すまんと謝るだけだ。
素直なだけに余計にむかつく。
「私は最初から良介に頼んでるし、不都合ないよ。
皆となかよーしてるの見て、ちょっと嫉妬したわ」
他人事だと思って、悠長な事を!
まずいな、このままの流れだと決定してしまう。
別に予定は無いけど、暑い中女連れで歩き回りたくない。
考えろ、考えろ・・・そうだ!
「待て。
こういうのはまず、本人に了解を取るべきじゃないのか?」
「本人って・・・シグナムに?」
「あいつの初めての休暇だ、望むようにやらせるべきだろう。
案内人が俺では、あいつが嫌がる可能性だってある」
むしろ絶対に嫌がるね、あいつは。
俺が自分の中の確固とした予想に、拳を握る。
ナイスアイデアだ、俺。
本人が拒否すれば、はやても強硬に出れない。
一般的価値観として女に誘いを断られるのは男としてショックなのだろうが、俺は一匹狼なので平気。
世界中に嫌われても、笑って生きていける男なのさ。
はやては俺の主張に少し考えて、
「――つまり、シグナムさえ承諾すれば良介は行ってくれるんやね?」
「あいつが承諾すればな」
ありえないけど。
内心ほくそ笑みながら頷いてやると、はやては車椅子を動かしてシグナムの元へ。
無心にページを動かしていたシグナムは、声をかけられて顔を上げる。
こちらの騒ぎには気付いていたのだろうが、目を向けないその集中力は大したものと言える。
はやては事情を説明――
シグナムの答えは簡素だった。
「御気持ちだけ頂いておきます、主はやて」
ほらみろ。
「シグナム・・・」
「貴方のその御心だけで、充分です。有難う御座います」
小さく微笑んで、シグナムは頭を下げる。
それで諦めればいいものを、はやては積極的に話を持ちかける。
あいつもなかなかしぶといな・・・
話のくだりは、街の案内人へ――
「――それで、良介が案内してくれるって言うてるんよ」
うおーいっ!?
フィリスの化身か、貴様は!
猛然と抗議してやろうとして――足を止める。
断られるのは同じだ。
結果は一緒なら、過程で何をほざこうと変わりない。
無駄なエネルギーを使ってどうする。
俺は合理的な男なのだ、人生は楽に生きたい。
はやての愚かな結末を見届けて、楽しもうではないか。
「宮本が・・・?」
シグナムは不意に視線を俺に向ける。
鋭い眼差し――
俺は怯まずに、平然と受け止めてやる。
こっとわれ!
こっとわれ!
こっとわれ!
こっとわれ!
こっとわれ!
――心の中で声援を送りながら。
俺の熱い眼差しを受け取って、シグナムは頷いた。
おお、流石だ。
ちゃんと分かってくれたんだな。
「・・・分かりました。申し出を受けましょう」
分かってねぇぇぇぇ!?
ソファーでのた打ち回る俺に、はやては晴れやかなブイサインを送った。
こうして、異端とも言える二人のデートが決定された。
覗き込む、二人の不穏な視線に気付かぬままに――
<後編へ続く>
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