To a you side 外伝5 運命の女神達と孤独の剣士 悪魔の女神
※この物語はTo a you side本編を先に読まれると、よりお楽しみ頂けます。
本日の朝食――酢昆布一枚、以上。
「食べない方がマシじゃ、ボケ!」
月村家の優雅な食卓で、天才剣士の絶叫が響き渡る。
ピカピカに磨かれた御皿の上に黒い物体、ナイフにフォーク。
嫌味としか言い様がない。
早朝から激しい戦闘を繰り広げたお陰で、胃が豪快に空腹を訴えている。
休息して手当ては無事済んだが、栄養補給は全くされていない。
対面で美味そうなパンを齧る月村が、悪戯っぽく微笑む。
「侍君の大好きな日本食を用意したんだよ。喜んで欲しいなー」
「日本製だけど、これはお菓子だろ!? 今の時代のガキ、知らねえよ!」
しかも忍様の御好意で御代わり自由だそうですよ、この野郎。
由緒ある家系の分際で、何故日本の駄菓子に詳しいんだ?
酢昆布なんて何枚食っても腹が満たされるどころか、喉しか渇かんわ!
高級グラスに水も入れてくれているけど、カロリー0なので食欲は全く満たされない。
「んぐ、んぐ……駄目ですよ、リョウスケ。贅沢は敵です!
質素な食生活にこそ人間らしい慎ましさを――ふぎゃっ!?」
「マスクメロンを頬張りながら言うな」
口元をベタベタにして、自分と同じ大きさのメロンを幸せそうに食べる妖精を殴る。
メロン丸ごと一個プレゼントされて、さっきからチビはニコニコ顔だった。
美味しい御飯とぽっかぽかのお風呂、温かい布団の睡眠が大好きな女の子である。
人間らしいデバイスなんぞ、持ちたくない。
給仕役を務めるノエルが俺の怒りに口添えする。
「規定通り、ミヤ様と宮本様が稼がれたポイントの朝食を御用意しました 。
何の問題もございません」
「……ノエル、お前怒ってるだろ?」
「滅相もありません。
私は宮本様を心から愛しております」
だったら、競技終了後から他人行儀に苗字で呼ぶ理由を説明してみろよ!?
クールビューティなのは普段と一緒だが、今日のノエルさんは愛情なんて欠片も見えません。
俺の血で汚れたメイド服を着替えた後、黒いエプロンを着用しているのも気になって仕方がない。
「た、短時間でお前に勝つにはあれしか方法がなかったんだよ」
「ご謙遜を。宮本様の実力は存じております」
強いという意味で言っているのか、弱いという意味で言っているのか――少し判断に困る。
ノエルは清廉潔白な女性なので、皮肉や嫌味を言う人間ではない事は分かっているのだが。
ミヤとは別種の、純粋な心を持つ女に疑いを持つ俺が捻くれているのかもしれない。
何にせよ、ノエルの心の隙をついた事は謝っておこう。
俺とノエルのやり取りに始終笑っていた忍だが、ふと気付いたように言った。
「"剣"はどうしたの、侍君。ミヤちゃんが持参?」
「喫茶店に預けたままだ。
取りに行ったんだけど、襲撃に遭って逃げた」
襲撃と言えば、鉄槌の騎士の必殺デバイスVSアースラの切り札の好カードはどうなったのだろう?
アイゼンは優秀なデバイスだが、使用している人間はヴィータではない。
経験と実力を兼ね備えた執務官相手では勝ち目は薄い、か。
クロノが勝利すればアイゼンを回収して、ゴミ掃除人の後始末をして――しばらくは追って来ないな。
厄介払い出来た事に、胸を撫で下ろす。
「その様子だと、彼方此方で交際申し込まれてるみたいだね。この罪作り」
「お前だって便乗したくせに。周到な罠まで仕掛けやがって」
「チャンスは生かせないと、未来永劫捕まえられないもん。
内縁の妻は健気に本妻を狙っております」
「愛人の座にさり気なく座るな」
俺の苦情に、目を細めてカップを傾ける忍。
めげない努力は立派だが、こいつを駆り立てる情熱は何処から沸いて出るのだろう。
寂しく酢昆布を齧りながら聞いてみる。
「はやて達もそうだけど、お前もなんでそこまで頑張れるんだ?
ハッキリ断ってるんだから、普通諦めるだろ」
「普通じゃない人を好きになったんだから、普通のやり方じゃ駄目でしょ。
侍君に好きな人が出来れば諦めるけど。
……難儀な人だもんね、侍君は」
俺の生き方も――何もかもを理解した上で、苦笑する忍。
人並みの幸せを素直に感受出来ず、才能もないくせに必死で剣を振り続ける自分――
壮大な理想や人々を魅了する夢もなく、綺麗な正義感も抱かずに迷惑ばかりをかけて生きている。
難儀なのはそんな自分が好きな事。
――こんな自分を好きでいてくれる人がいて、嬉しいという事だ。
忍との関係は、本当に不思議だ。
友達というには情が深く、親友と呼ぶには心も身体も繋がり過ぎている。
家族ほどの温かさは存在せず、恋人関係は俺自身が否定している。
エイミィとも違う、不確かな関係――
世間一般とは違う不揃いの林檎が、密を垂らして互いを舐めあっている。
「今のところ、私の他に誰と戦ったの?」
「はやて一家。問答無用で襲い掛かってきやがった、あの連中」
「実力だと敗北確定なのに、何故か勝っちゃうんだよねこの人……
ノエルのように卑怯な手段を使ったんだろうけど」
「失礼な奴だな、伝統の体現者に向かって」
「屁理屈の帝王と言い換えてあげよっか?」
「酢昆布突っ込むぞ、貴様!」
ベルカの騎士に勝利した侍を何だと思ってるんだ、こいつは。
……確かに口が裂けても、正々堂々と勝ったとは言えないけど。
ノエルの視線が冷たいので、戦略に関してあれこれ言うのはやめておこう。
「はやてとは戦ったんだよね? なのはちゃんとフェイトはどうしたの」
「なのはとフェイト……? いや、会ってないぞ」
うーむ、久しぶりに聞いた名前だな。
この一ヶ月間何か物足りないと常々思っていたが――そうだ、なのはの柔らかい頭を叩いてなかったな。
一日に一度はポカッとやっておかないと、気分が悪い。
俺の返答に、忍は怪訝な顔をする。
「はやてとは会ったのに、二人には会ってないの?
うーん、なのはちゃん達なら真っ先に侍君に会いに行く筈なんだけど」
「なのはもいい加減年頃だからな。友達と遊ぶ方が楽しいんだろ」
「おにーちゃん大好きななのはちゃんが、この事態を放置したりしないって。
私の様に力尽くで手に入れようとはしないけど、侍君が他の誰かに取られないか心配するよ」
兄離れしないからな、あいつも。
本当の兄がいるくせに、日頃からちょこちょこ俺について来やがる。
一ヶ月ほどまでから急に姿を見せなくなったが――
考えてみれば、フェイトとも連絡を取ってなかったな。
二人して何かあったのだろうか……?
「……ミヤ、食べ終わったら行くぞ」
「勿論、ちゃんと分かってますよー!
なのはさんとフェイトさんに会いに行くんですよね!」
「? 何言ってるんだ。さざなみ寮へ行くに決まってるだろ!」
宣言した瞬間忍がカップを取り落とし、ミヤがメロンに頭を突っ込む。
食事中に汚い奴等である。
どれほど美人でも内面を磨かなければ、品性を疑われるぞ。
ミヤは汁だらけの顔を上げる。
「ど、どうしてさざなみ寮なんですかー!?」
「俺の頬っぺたに、シャマルが呪いをかけやがった。
解除に必要な水を手に入れる必要がある」
「なのはさんやフェイトさんが心配じゃないんですか、貴方は!」
「いや、別に」
「うわ、簡単に言いましたね!?
自分の呪いと可愛い妹の安否、どっちが大切なんですか!」
「俺」
「ふえーん、忍さん〜! 何とか言ってやって下さい!」
「ごめん、こういう人を好きになっちゃったの私」
「ノ、ノエルさん〜!」
やめろやめろ、ノエルがすげえ困った顔をしているだろ。
希少価値の高いノエルの困り顔なので、俺としては可愛くてほのぼのだけど。
普段俺の傍にいるくせに、まだ俺がどういう奴か分かってないようだ。
「騒ぎ立てなくても平気だろ、たかが一ヶ月や二ヶ月」
「なのはさんの年齢を考えて発言して下さい!」
「学校にはきちんと行ってるらしいから、問題ないだろ。
俺とすれ違ってるだけだ。
――最近はどうか知らんけど」
「その最近の様子が分からないから、不安なんじゃないですか!」
「ミヤ、お前――」
俺は髪をかき上げて、爽やかに笑った。
「これからさざなみ寮へ行く俺と、行方不明になった二人。
――どちらが無事に帰ってくると思う?」
「……ごめんなさいです」
「土下座してる!? 侍君も泣くなら言わなければいいでしょう!」
うるせえ、汗が目に染みただけだ……グスン。
魑魅魍魎、悪鬼の巣――悪魔の女達が集う魔城。
色んな意味で人生の最終地点となる魔窟へ、俺はこれから出向かなければいけない。
シャマルがつけた愛の印を洗い流すには、あの不良警官が持っている特殊な水が必要なのだ。
新しい化粧水を用意させるのは、雑巾絞り+ギガントの盾にしたので多分本人がご立腹。
わざわざ取りに行かなければいけない。
やれやれである。
「さざなみ寮へ行くなら、那美とも会うんだよね?」
「あいつ、昼間は学校だろ」
「それを言うなら、他の寮の人も仕事とか学校とかあるでしょう」
「あ――」
行けば会えると思っていたが、確かに留守にしている可能性はある。
しかもリスティは性根が最悪だが、表向きは警察関係者。
昼夜を問わない仕事なので、会える時間は限られている。
寮に行っても無駄足を踏んで――
――待てよ……?
落ち着いて考えてみろ、俺。
万が一会えたとして、あの煙草の女が素直に俺に薬品を渡すだろうか?
……ないな、絶対にない。
あいつは外見は美人だが、心は悪魔。
どうせまた俺に無理難題吹っかけるか、例の戯言に乗って面白がる可能性は高い。
何の対策もなく、取り返すに行くのは危険だ。
(今留守にしているならば、逆に都合が良いな……)
無防備で責めるのが危険ならば、武器を持てばいい。
武器には武器――弱みには弱みだ。
どんな人間にだって弱点はある、たとえ相手が悪魔でも。
――留守中を狙えば、何か見つかるかもしれない。
シャマルから貰った水を部屋に置いている可能性だってある。
なくたって、部屋の中に奴の弱みの一つや二つあるだろう。
それさえ握れば、取引に持っていける。
勿論、泥棒の真似事はしない。
一見無防備な寮だが各部屋は施錠されており、警備も厳しい。
親しい人間でも、不可侵条約は守られている。
個人の秘密が確保されているからこそ、あの寮は成立している。
俺が忍び込んだところで簡単に発見されるか、後にばれて信用を落とす。
寮への立ち入りを未来永劫禁じられるのは間違いない。
あくまで最終手段だ。
まずは悪魔の弱点を探るべく、素行調査を行おう。
完璧な人間なんて一人もいない、絶対に何か弱点がある。
仕事でミスをする女ではないが、私生活ならば油断を見せる可能性は高い。
弱みさえ握れば、こっちのものだ。
水を手に入れてキスマークを洗い落として、ついでに日頃の恨みを晴らしてくれるわ。
その為に、さざなみ寮の人間――那美と久遠に会わねば。
「くっくっく、待ってろよ不良警官め……日頃の雪辱を晴らしてやる」
「……何を企んでいるのか知らないけど、返り討ちに合わないようにね」
呆れた顔の忍さんは無視。
酢昆布を齧って、塩分を蓄えておく――限りなく無意味だが。
リスティ対策は万全、後は――
「ミヤ、お前……なのはとフェイトを探しに行ってくれるか?」
「ふぇっ!? ど、どうしたんですか突然!
先程はなのはさんやフェイトさんより、自分が大事と――」
驚愕のミヤさんに、俺は頬杖をついて深く息を吐く。
「まあ……何だかんだ言っても、可愛い妹だからな……
フェイトも大事な友達だ、見捨てられないだろ」
「リョウスケ……」
単純な妖精は俺の言葉に感極まったように瞳を潤ませる。
持っていたスプーンを置いて飛び上がり、俺の肩に飛び乗った。
「偉いです、リョウスケ!
それでこそミヤのマス――あうあう、ア、アナザーマスターです!
これまで一生懸命、ミヤが御世話をした甲斐がありました!
駄目な人でしたけど、ちゃんと成長してくれて……ミヤは感激ですぅ」
全身で喜びを表現するチビスケが、ちょっと微笑ましい。
感情表現の豊かな娘である。
ミヤは颯爽と騎士服を装着して、俺に敬礼する。
「御二人の捜索はミヤに御任せです!
無事に保護してリョウスケの元へ連れて来ますから、安心して下さい!」
「いや、安全かどうか確認出来ればいいから」
「ふふふ〜、リョウスケは照れ屋さんですねぇ。
口には出さなくても、リョウスケが二人をどれほど心配しているか分かります。
その優しい気持ちも、ミヤが届けて来ますから!」
「思い込みじゃねえか、ただの! お、おーーーい!
……行っちまいやがった……まあいいけど」
暫くミヤが居なくなれば、俺の目的は達成したも同然だ。
当初ミヤの魔法を頼りに行動する予定だったが、策略を練る以上逆に今だけは居ないほうが都合が良い。
正義の妖精が傍に居れば、奴を陥れる作戦を実行に移せないからな。
ふふふ、この先は十八歳未満はお断りなのさ。
――なのはやフェイトは普通に無事だろう。
チビッ娘だが、大魔神コンビだ。
多少姿を消したところで、あの二人なら独力でどんな事件でも解決出来る。
様子を見に行かせたのは、チビを俺から遠ざける口実でしかない。
いちいち二人を心配なんぞしなくても平気……だと思うけど、まあ一応様子見る程度はな、うん。
ミヤの探索魔法ならば、簡単に見つける事が出来るだろう。
これから俺がう移す行動の安否の方が、余程危うい。
噛んでいた酢昆布を飲み込んで、俺は立ち上がる。
「美味しい朝ご飯をありがとうございました、月村さん」
「喜んで頂けて嬉しいよ、侍君。私も美味しかった」
赤い唇を艶やかに舐める忍。
おのれ……自分ばかり美味しい思いをしやがって。
胸糞が悪いので、さっさと出掛ける事にする。
「さざなみ寮へ行くんなら、ノエルに車で送らせるよ」
「急ぎだから助かる。それと――」
「ん……?」
俺はテーブルの上に残された御皿を指差す。
ミヤが食べ残して行った、メロンを――
「捨てるなら食べていい?」
「……プライドは持とうよ、侍君」
酢昆布で満たされるプライドなんぞあるか!
月村家の攻防戦を終えて――俺は次なるステージへと進む。
空きっ腹を抱えて。
<戦闘終了 黄金のメロン○――×孤独の剣士。
敗因:プライド
ポイント:月村邸→神咲那美
負傷:頬にキスマーク(ガーゼ)・全身に埃・両手の平負傷(麻痺)・全身負傷・痴漢中・汚水
心の古傷・両腕損壊(手当て済み)、凍傷(緩和)、貧血
装備:カップ酒・スルメ・柿の種・はやて、グラーフアイゼン・クラールヴィント
アイスクリーム・女の子文字で書かれた番号とアドレスメモ・チビリイン(ミヤ)
ミヤの歯型メロン・御土産酢昆布
(※エイミィ・リミエッタより、以下の支給品を授かりました)
・携帯電話(ミッドチルダ製)
・耐刃防護服
・エイミィさん手製対戦者名簿
月村邸:
月村:(鼻歌を歌いながら、お着替え中)
ノエル:(車の準備)
チビリイン(ミヤ):探索魔法開始→海鳴町に反応一つ
謎の空間
謎の動物:(クロノの首筋にガブリ)
クロノ:(謎の動物の尻尾にガブリ)
収集員:(閉じていた瞳がキュピーン)
謎の町:
謎の魔法少女:(寝巻き姿のまま、車に乗る)
謎の親父:(上物を乗せて、発進)
謎の組織内:
はやて:(愛する家族の為に、陸上部隊と会議中)
シグナム:(愛する弟子の為に、航空隊と会議中)
ザフィーラ:(ピーーーー)
シャマル:(愛する旦那様の為に、次元航行部隊と口喧嘩中)
謎の空港:
謎の秘書:(携帯電話がまだ繋がらず、バーニング中)
謎の麗人:(タクシーを呼んで、一緒に海鳴町へ)
謎のトラック:
謎の運転手:(ふと目覚めると、窓の外が空――パニック)
ヴィータ:(トラック背中に顔真っ赤、ノー休憩の魔力全開中)
※間もなく九州へ到着。
(トラック便:海鳴町→九州)
謎の家:
謎の黒衣の少女:(地面に描かれた友人の絵に話しかけている)
オイル:さざなみ寮
剣:高町家
被害状況:自然公園水没・翠屋営業停止・ミッドチルダ演習地(半壊)・ゴミ収集場(崩壊)
グラーフアイゼン(時空の彼方)・マンション前(半壊)・月村邸(絵画・家具・窓ガラス)、ノエルのメイド服>
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小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
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