To a you side 外伝5 運命の女神達と孤独の剣士 夜天の女神
※この物語はTo a you side本編を先に読まれると、よりお楽しみ頂けます。
"案内は、クラールヴィントが"
守護騎士シャマルの言葉に嘘偽りは無い――と信じたい。
安全な場所へ飛ばせと言ったが、落とせとは言っていないのに・・・・・・あの女め。
無限に連なる空間の断裂を、俺は豪快に落下していた。
律儀に酒の入った袋を掴んでいる俺が、チョッピリ好き。
最初こそ痺れるような落下感に本能的に声を上げてしまったが、簡単に慣れる。
なのはにせがまれて、よく一緒に空の散歩をしている俺だ。
ちなみに馬鹿と煙は高い所が好きとコメントしたら、拗ねた顔でポカポカ叩かれた。
そんな微笑ましいエピソードが、闇に満たされた空間の底へ落ちていく恐怖を癒してくれる。
それにしても――
・・・。
・・・。
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・・・。
・・・。
――深すぎるわ!?
絶対に海鳴町の何処にも向かってないだろ、これ!?
クラールヴィントに呼びかけてみるが、無視。
主に似合わず、無口な奴である。
地下鉄なんて目じゃない降下距離を、風を切る速さで自由落下。
まさか生き埋めにするつもりじゃないだろうな、あいつ・・・・・・?
いや、その前にマグマやマントルで俺を黒焦げにする可能性も捨てきれない。
くっそ、雑巾絞り程度で怒るとは短気な女――でもないか。
――不安になりながらも、魔法が使えない俺はシャマルを信じるしかなかった。
見る見る内に地上が遠のいていく――
――視界が、開けた。
高層ビルより高い距離から落下したのだが、到着した瞬間緩やかに停止。
突然の眩しい光に、目を細める。
草の匂い、花の香り、風のせせらぎ――
公園のコンクリートの硬い感覚は、優しい地面の温もりに変わる。
――広がる、草原・・・・・・
雄大な大地が広がっており、遥か遠くに地平線が見えている。
近隣に民家の影は見えず、土地には豊かな自然が育まれていた。
ハァ〜、何て良い天気なんだ・・・・・・
俺は心からニッコリ微笑んで、新鮮な空気を胸一杯に吸って、
「何処だ、此処はぁぁぁーーーーーー!!!!」
空(?)に向かって、大声で叫んだ。
返せ、俺の緊迫感を返せ!
優しい自然の世界に騙される俺じゃないぞ!?
ええい、こうなったら言いたい放題言ってやる!
「絶対に日本じゃないだろ、此処!
俺の愛する海鳴町は何処へ!?
美味しい酒を飲んでいた寛ぎの夜は!?
確かに平和な世界を心から望んでたが、これは何か違うだろ!」
草原の彼方まで轟かせるように、俺は男の主張を吼える。
何だ、このツッコミどころ満載の世界は!
訳も分からず飛ばされたら、そら普通混乱するわ!?
・・・・・・などと怪しい関西弁で絶叫しても、俺一人。
夢のように穏やかな空間を前に、誰も俺の悩みを聞いてくれなかった。
待てよ、一人・・・・・・?
俺はようやく得心する。
「なるほど、流石シャマル。
一匹狼な俺の信条を察して、誰も居ない世界へ飛ばしてくれたのか」
考えてみれば、海鳴町の何処に居ても安全な場所は無い。
俺の公約は無期限だ、明日明後日では消えない。
俺を好きかどうかは別にしても、この騒ぎに便乗する連中は多分他にもいるだろう。
シャマルは参加者の一人として街の空気を読んで、俺を安全な場所へ避難させてくれたんだ。
奈落とは、世界の果てを意味していたのだろう。
気が利くじゃないか、シャマル。
やばい・・・・・・あいつの事好きになれそうだ。
便利な大都会より、不便な田舎が好きな俺――
誰も居ないこの自然の風景は、俺の心を安らかにしてくれる。
今頃凶暴なチビッ娘と戦ってくれている俺の自称嫁さんに感謝しつつ、俺は地面に腰を下ろす。
「うん。
綺麗な夜空もいいが、こういう景色を見ながら酒を飲むのも悪くないな」
ほとぼりが冷めるまで、しばらく此処に滞在するか。
広大な草原を走り回るのも楽しそうだ。
無邪気な子供時代に戻って、何も考えずにスキップしようではないか。
ご機嫌な俺は鼻歌を歌いながら、袋から酒を取り出す。
うーむ、平和だな・・・・・・
のどかに鳴く小鳥、穏やかな気候、草原の狼、風に揺れる草花――
――狼・・・・・・?
小さな違和感に酒盛りの支度の手を止めて、顔を上げる。
大自然で磨かれた視力が自慢の俺の眼は、はっきりとソレを捉えた。
雄大な草原を駆ける蒼き狼。
優雅に腰掛ける黒髪の美少女――
この緩やかな平和と優しい自然に満ちた世界に似合う、情景。
何とも微笑ましい・・・・・・
・・・・・・なんて、騙されるかぁぁぁぁ!!
童話の世界に憧れる年齢ではない。
――奴らの進路先は一点。
遠目から見ても、明らかにこちらへ向かって一直線に進んでいる。
俺は急いで立ち上がって袋にカップ酒を入れて、逃走。
振り返らずに、狼が来る方向とは逆に走る。
海鳴町へ来る前から日本中を旅回ったこの脚――
あの街で過ごした年月と修羅場の数々で、持久力や脚力は跳ね上がっている。
道案内なんて必要無い。
狭い日本とは比べ物にならない草原に、最果ては無い。
カモシカのような美しいフォームで、俺は草原を走り抜けた。
「わはははは、追いつけるものなら追いついてみろ」
「分かった」
「えー!?」
度肝を抜かれる。
明らかな距離差があったのに、俺の自慢の足に簡単に追いついただと!?
背後から聞こえた簡素な返答に驚愕しながら、背後を振り返る。
――って、
「獣の分際で空を飛ぶな!」
「余計なお世話だ」
俺の真上を飛行する反則野郎。
彼の上に悠々と跨る獣の主は、明るい日差しの中で苦笑いを浮かべていた
盾の守護獣・ザフィーラと、飼い主八神はやて。
ザフィーラは毛並みの美しい狼形態。
はやては白いコットン生地の上着にロングスカートを履いて、一ヶ月ぶりの顔を見せる。
草原の真ん中で、俺達は対峙していた。
「久しぶりに見たと思えば、珍妙なプレイを・・・・・・
そのまま行方不明だったら、俺も気分爽快だったのに」
「それはあんまりや!?
・・・・・・わたしは一ヶ月も良介に会われへんかって、すごい寂しかったのに・・・・・・」
はやての瞳に映る寂しさと、俺の温もりを求める声。
不謹慎かもしれないが、悲しみに曇ったはやての表情に心が震えた。
――やばい、やばい!
家族同然の守護騎士には優しい母親のくせに、何故俺の前だとたまに甘えた子供になるんだ貴様。
ヴィータとは違って、本心を簡単に見せるので始末に悪い。
「良介はどう・・・・・・?
わたしがおらんで、寂しかった?」
頬を染めて俺を見上げるはやて。
期待と不安を表情に乗せて、はやては可憐な仕草で俺の答えを待つ。
きょ・・・・・・今日はどうしたんだ、はやて!?
例の事件で信頼関係が強まったとはいえ、俺にここまで無防備に心を開くなんて。
とりあえず。
俺の本音が聞きたいなら、お前が乗っかっているその犬野郎をどうにかしろ。
牙をちらつかせるな、普通に怖いぞ。
ここで俺が「お前の存在なんか忘れてたよ」とか言えば、骨まで齧られそうだった。
頬を掻く。
「そう、だな。うん、そうだ」
「はっきり言うて」
ええい、この少女漫画女。
小声でおねだりするな、背筋がゾクゾクするだろうが。
仕方ない、ザフィーラの――そう!
あくまで、凶暴な狂犬に脅されて、俺は渋々言った。
「お、俺も・・・・・・
会えなくて寂しかったよ、はやて」
「ほんま?」
聞くな。
「ああ、本当だ」
「・・・・・・嬉しい・・・・・・」
剣を持っていれば、恥ずかしさで暴れ回っていた台詞を吐く俺。
はやては心から幸せそうに、微笑んだ。
ザフィーラも主の喜びを感じて、満足げだった。
・・・・・・後日、カラシを塗りこんだ骨っ子をお見舞いしてくれる。
怒りを隠して、俺ははやてに尋ねる。
「今度は俺が尋ねる番だ」
「そんなん、わたしも寂しかったに決まってるやん。
もう・・・・・・」
「誰がそんな事聞くか!? つーか、さっき自分で言っただろうが!?
と、とにかく聞きたい事は山ほどあるが・・・・・・
まず、此処は何処だ」
「ミッドチルダの辺境地方やよ。
管理局が維持してる私有地で、演習やイベント関係で使用される土地らしいよ」
ミッドチルダって、明らかに異世界じゃねえか!?
しかも辺境という事は、本局から遠く離れた場所だった。
民家の一つも無いのは、私有地だからか。
・・・・・・ちょっと待て。
「管理局が所有する土地に、何でお前が立ち入っているんだ?
不法侵入になるぞ」
「それを言うなら、良介かって同罪やん」
「俺はシャマルが勝手に――あっ」
はやてはニッコリ笑う。
俺の確信を深める表情だった。
「うん、シャマルに御願いしたのはわたし。
良介を此処へ連れて来てって、頼んでてん」
貴様かぁぁぁぁぁぁ!?
おのれー、そうとは知らずに迂闊にもシャマルに頼んでしまうとは。
シャマルにしてみれば一石二鳥だっただろう。
俺とはやての両方の命令を遵守した形になるのだから。
ニコニコ顔で、はやては付け加える。
「この土地も、管理局から正式に手続きして借りたんやよ。
提督やクロノ君、エイミィさんや他のお偉いさんにも御願いして」
「一個人に何で受理されるんだ、何で!?」
「一個人やないよ?
希望者は、わたしだけやないし。
準備とか手続きに一ヶ月かかったけど、戦闘演習とか新型魔法の実験とか色々言うて。
良介って皆の人気者やから、希望者も多くて良かったわ」
恐ろしい単語が何個も飛び出したぞ、コラ!?
明らかに危険な上に超個人的な目的に許可を出すな、管理局!
・・・・・・まずい、まずすぎる・・・・・・
管理局が乗り出しているという事は、この件に関わっている人間は一人や二人じゃない。
名目は演習って事は、他の連中とか武装隊とか参加しているんじゃないのか!?
――今頃になって気付いたが、この世界そのものを覆う結界が張っている。
大規模の、強力な、簡単に気付かせないほど精密で――
――ここまで来れば、馬鹿でも目的が分かる。
「お前も参加組か、あの馬鹿話の!」
「ううん、違うよ」
「へ・・・・・・?」
結論を簡単に否定されて、俺はズッコケる。
まさか本当に戦闘訓練の為に、俺を呼び出したのか?
戦いに関して、はやてはそれほど積極的ではなかった気がするんだが・・・・・・
はやては落ち着いた様子で口を開く。
「噂は聞いてるけど、勝負に勝ったら即恋人ってのも変やろ。
良介の気持ちが一番大切やと思う」
はやてがいい事言った!
そう、恋人を選ぶ俺の気持ちが一番大切なんだよ。
相手側だって、嫌々付き合う俺が傍にいるのは嫌だろ?
想い想われることが、恋人としての最低条件ではないかと思います!
「わたしはただ、これからも良介と家族でいられればええから」
「そうか、そうか。まあ家族としてなら――」
「だから私が勝ったら、ミッドチルダに一緒に来てな」
「おう、分かっ――
――ミッドチルダ?」
今の会話の流れからありえない単語の出現に、俺は思わず聞き返す。
はやては明るい笑顔で頷く。
「まだ何年も先の話になるやろうけど、引越しを考えてるんよ。
これからもずっと、一緒に生活しよう」
「お、お前、それって――」
結婚するのと変わらない、と言いかけて口を塞ぐ。
そのキーワードはNG。
飛び出せば絶対はやてはその気になる、間違いない。
戦いの気配を敏感に察して、俺は慌てて静止をかけた。
一刻も早く、この矛盾だらけの平和な戦場から脱出せねば。
「と、とにかく落ち着け。お前も噂を聞いたんなら分かるだろ?
俺と戦って勝った奴が、恋人だ。
わざわざその獣を連れて来たんなら、お前じゃなくて戦うのはザフィーラだろ?
たとえ勝っても、俺はお前の恋び――家族にはなれないぞ」
俺を人生の道連れにしたいなら、はやて本人が戦う必要がある。
この場合だとザフィーラが俺の・・・・・・ゲェ。
あんな犬野郎のつがいになるくらいなら、明日世界が滅んだ方がマシだ。
家族だの恋人だの・・・・・・自分勝手に、条件を解釈するのはやめてくれ。
俺のナイスな指摘に、どういう訳かはやては懐から一冊の本を取り出す。
そのままゆっくりと持ち上げて、俺に本のタイトルを見せた。
"良い子が学ぶ日本の偉人"――『武田 信玄』?
歴史を学ぶのに良い子とか関係ない気がするが、本のタイトルに頬が引き攣る。
はやての言いたい事が、何となく分かったから。
読書が趣味の少女は、ページを捲って得意げに語る。
「『騎馬隊とは数千単位の騎兵が集団的な訓練を施されて出来る部隊。
当時戦国最強として歌われていた武田騎馬隊の強みに、集団形態での敵軍への突撃にあった。
数千単位の馬が密集して攻めこむ突撃力は脅威で、武田信玄は山国育ちで耐久力がある甲斐の馬の利点を生かして、騎馬隊を編成した。
騎馬隊による密集戦法はその突撃力と迅速な攻撃によって各地で猛威を振るい、天下無敵の実力を誇ったといわれている』
良介にしつもーん。
この騎馬隊の人達が敵大将を倒したら、手柄は馬に与えられるん?」
「――ぐっ、で、でも、それは馬上の武士が戦うからであって――」
「敵大将を馬が踏み潰したら、馬だけが殊勲賞?
お馬さん、よくやったって」
「――ぐぐぐっ・・・・・・」
強引な理屈だと承知の上で、反論出来ず唸る。
確かに戦場で敵大将の首を獲れば、武士の手柄になるのは当たり前だ。
馬ではなく、馬を操れる人間の技量と実力が評価される。
はやてが跨るのはベルカの騎士・ザフィーラ。
例え主でも守護獣の心を掴み、無上の信頼を得て見事に乗りこなすのは至難の業だ。
家族として温かく迎えたはやての心は評価されるべきだが――納得出来ない。
「その理論で行くと馬扱いされている事になるんだが、てめえはそれでいいのか」
「問題ない」
いぶし銀にそう語るザフィーラ。
お前ならそう言うと思ったよ、畜生!
寡黙な狼は俺を見つめ、静かに語る。
「主の望む戦いだ。すまないが、加減は出来ぬ」
「・・・・・・。
気のせいか、乗り気に見えるんだが」
「そんな事は無い。
日々貴様の姑息な姦計に振り回される身とはいえ、恨みなど抱かん」
お、お前だって何かあったらすぐに逃げてただろうが!?
珍しく荒い鼻息を吐く犬野郎の殺意に、後ずさる。
ちょっと盾にしたり、身代わりにした程度で臍を曲げるとは。
・・・・・・これでザフィーラも敵になった。
このコンビは脅威だ。
とはいえ――俺は断固として、首を振る。
「まだ先の事は分からないけど――今は、保留だ」
こればっかりは、俺が決める事だ。
万が一ミッドチルダへの移住が決まれば、まず確実に逃げられなくなる。
俺の今後が決定されるといって過言は無い。
こればっかりは、サフィーラの脅しにも屈さない。
俺の生き方は、俺が自分で決める。
はやては目を細めて――
「ふ〜ん・・・・・・まあ、そう言うと思てたわ。
良介には、大事な大事な女の子がいるみたいやし」
「・・・・・・? 誰だ、そいつ」
はっきり言って、誰も心当たりが無い。
こういう指摘を受ければ通常誰かを思い出すのだろうが、生憎誰一人脳内検索にヒットしなかった。
俺の答えが気に入らなかったのか、はやては不満そうに睨む。
「とぼけて・・・・・・その頬は何や」
「頬・・・・・・?
――ああっ!?」
触ってみると、温い感触――
撫でた手の甲を見ると、淡い色の口紅がついていた。
シャマルがキスした時の!?
慌てて顔を上げると――
「・・・・・・わたしがおらんで寂しい、か・・・・・・嘘つき。
わたしの事なんて、ほんまはどうでもええんやろ」
――怨嗟の声を上げる、闇が存在していた。
かつてジュエルシードの暴走で発動した、孤独の暗霧。
平和な世界が変貌し、はやての周りの空気が――否。
ミッドチルダ全体が・・・・・・震えている。
強大な魔力と精密な術式で成立する結界が、はやての殺気だけで激しく揺さぶられていた。
世界が恐怖に鳴動する状況の中心に立たされる俺は、必死で叫んだ。
「ま、待て、これは――!?」
「ええねん、ええねん。
――わたしが勝ったら、何の問題もなし。
良介とこれからもずっと・・・・・・一緒にいられるから」
滅茶苦茶ノッてるじゃねえか、お前も!?
俺の気持ちが大切なんじゃなかったのか!?
反論はあるが、まるで声は出ない。
はやての放つ異質な気配に、俺は息を呑むだけだった。
主の殺意に、守護獣が呼応する――
獰猛な気配が浮上し、ザフィーラは雄叫びを上げた。
うわー、嫌な主従関係だこと!?
「行くで、ザフィーラ!!」
――乙女心を弄んだ罪は重い。
古来より伝わる日本の格言を胸に、俺は全力で逃走した。
<戦闘開始――夜天の主・盾の守護獣VS孤独の剣士。
ポイント:奈落→ミッドチルダ辺境地域
負傷:頬にキスマーク
(回復アイテム:洗浄オイル)
装備:カップ酒・スルメ・柿の種
戦闘継続中――鉄槌の騎士VS湖の騎士。
戦闘状況:
ヴィータ、包囲された旅の鏡より出現した大量の海水に流される。
シャマル、優雅に紅茶を堪能。オイルを見て微笑んでいる。
被害状況:ベンチ・樹木・コンクリート・階段・ガードレール>
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