息をひとつついて、剣を振るっていた腕を下ろす。

 訓練はすでに終わっていたが、自己鍛錬のために詰め所の裏の小高い丘に俺は来ていた。

 額に浮かんでいた汗を拭いながら、ぽつりと呟く。


「明日、か」


 そう、明日俺や姉さん達、今イースペリアに残っているスピリットは、最低限の守備隊を残してランサへと向かう。

 戦争をするために、だ。

 以前から今は戦時中だということは聞かされていたが、まさか自分がそこへ行くことになるとは思っていなかった。

 何と言っても、自分はまだ訓練もまともにこなしていない未熟なスピリット。

 戦場に立ったとしても、何か役に立つことができるとは思えない。

 だが、そんな俺でさえ戦場に送らなければならないほどに、戦況は緊迫しているらしい。



 昨年、シージスという魔龍を討伐して大量のマナを手に入れたダーツィ公国。

 それによりダーツィは大規模な軍事強化に走り、イースペリアもダーツィに対しランサにて防衛体制を強化した。

 そのまましばらく、お互いににらみ合い動けない状態が続いていた。

 しかし、そこで突然の大洪水がダーツィを襲った。

 それが『シージスの呪い』と言われる大災害であり、これによりダーツィ国内は大きく荒れ、死者も多数出たらしい。

 さらには、ダスカトロン大砂漠の砂がマナ消失境界線から流れ出し、ダーツィ南部の街イノヤソキマがマナ消失境界線の内側へと取り込まれた。

 このことからイノヤソキマやその周辺の木々は如く枯れ果てたらしく、この先得られるマナは絶望的だろう。

 だがそれはランサも同じことであり、さすがに砂漠に飲まれることはなかったが洪水への対策に人々は走りまわることになったそうだ。

 そして、その時期から両国の間の緊張感は一気に高まったそうだ。

 恐らく、この先は多くのマナを得ることはできないであろうダーツィ。

 となると、シージスから得たマナにより強化されたスピリット達がいる今、ランサを落としエーテル変換施設をものにしなければいけない。



 というのがこの度の戦争の背景であり、開戦したのは二週間ほど前らしい。

 そして今、防衛戦を得意とするらしいイースペリア軍ではあるが、後がないことから大攻勢に出ているダーツィ軍にランサ近郊まで押し込まれているそうだ。

 このままじゃまずいと感じた前線の指揮官は本国へと援軍を要請、その援軍として俺たちは明日出発するわけだ。


「……そろそろ、帰ろうかな」


 すでに日もだいぶ傾いてきている。

 あんまり遅くなると姉さん達を心配いさせることになるし、何よりもリア姉に怒られそうだ。

 それに、明日には出発なんだし、しっかり体を休めないと。

 未だ眠り続けている【伽藍】を肩に担ぎあげ、帰路へとつくために一歩踏み出した。


「あら、あなたは。リク・ホワイトスピリット…?」


 その時、鈴を鳴らしたようなかわいらしい声が聞こえた。


永遠のアセリア
〜幻想世界組曲〜

03:初陣


 聖ヨト歴307年 ルカモの月 黒三つの日 夕方

 イースペリア国 首都イースペリア

 第一詰め所周辺


 声が聞こえた方に目を向けると幼い少女が立っていた。

 白いワンピースのようなものを着た幼い、おそらく四・五歳程度の少女。

 見た目は俺とそんなに変わらないが、人間ならそんなもんだろう。

 鴉の濡れ羽のような漆黒の髪に紫の瞳をした幼い少女は、ちょうど丘を上がってきたところらしく少し息を弾ませながら俺の方を見ていた。

 しかし、どこかで会ったことがあっただろうか?

 正直、人間の知り合いは全くと言っていいほどいない。

 もしかしたら、この間街に買い物に行った時にでもあったのだろうか?

 そんなことを考えていると、少女がいつの間にか目の前まで来ていた。


「ねえ、あなたはリクホワイトスピリットですか?」


 再びのその問いに、俺は頷くことで答えた。

 少女は、嬉しそうに手を叩く。


「やっぱり!綺麗な白い髪に青みがかった灰色の目をしたちょっと男の子っぽい女の子。
 剣を持ってるからきっとそうだと思ったんですけど。うん、声をかけてよかったわ!」


 一人で納得したように頷いている少女。

 対し、俺は不審げに眉をひそめて問いかける。


「あー、どこかで会ったことが?」


 少女は一瞬何かを考えるようなそぶりをした後、首を振った。


「いいえ、ないと思います」

「じゃあ、なんで俺のことを知ってるんだ?」


 また少し考え、今度は微笑みながら答える。


「一度だけ、見かけたことがあったんです。
 遠くからだったんですけど、真っ白ですごく印象に残ってて。名前は後から伺いました」


 どこか、いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべる少女。

 やはり、街中ででも見かけたということだろうか?

 他に行ったところなんて、俺が初めに目を覚ましたダラムや王城ぐらいしかないしな。

 そして、俺が何かを言う前に少女は手を伸ばしてにこりとほほ笑んだ。


「お友達になりましょう!」


 差し出された手を見つめながら、俺は呆けたように動きを止めた。

 あまりにも突然すぎて思考が付いていかない。


「ダメですか?」

「あー、君は誰だ……?」


 何となく回らない頭を働かせ、それだけを喉から絞り出した。

 一瞬キョトンとしてから、名前言ってませんでしたっけ、とおとぼけたことを呟いている少女。

 こほん、と咳をするようま真似をして、しっかりとこちらに向き直る。


「私は……」







* * * * *






 聖ヨト歴307年 エハの月 青一つの日 夜

 イースペリア国 ランサ

 イースペリア軍駐屯所 リクの部屋


 ぱたん、と倒れるようにベッドに横になる。

 一昨日、昨日と二日間強行軍で歩をすすめ、今日の昼前にランサについてからはずっと張りつめた空気の中で待機していたので非常に疲れた。

 なによりも、移動手段が徒歩しかなかったり、連絡などもわざわざ走って伝えるなど、現代社会を生きてきた俺にとってはどうにも不便でならない。

 二週間も前線で戦い続けている先輩方はすごいなと、今更ながらに思う。

 今日は両軍共に特に動きがなかったので剣を振るうことはなかったが、それでもさっさと眠りたい気分だ。


「それにしても……」


 首からぶら下げていたペンダントをはずして、まじまじと見てみる。

 光を反射しする銀の首飾りには、イースペリアの紋章をあしらった装飾が刻まれている。

 これは、三日前に出会った少女から預かったもの。

 結局名前は教えてもらえず、このペンダントを渡され「必ず生きて帰ってきてくること」という約束を取り付けられた。

 それにしても、生きて帰ったとしてもどうやって会えばいいのだろうか。

 このペンダントにしても結構値が張りそうなものだし、恐らく生きて帰って返してくれたらいいということなんだろうけど、……会えなければもらっちゃってもいいのか?

 まあ、あの丘がお気に入りの場所だと言っていたからあそこに行けばまた会えるだろう。

 しかし、俺がこの戦争に参加することを知っていたし、本当に一体何者なのなんだろう。

 なんというか、立ち居振る舞いもどこか洗礼されたものを感じたし。

 それに、今思い出してみれば、誰かに似ているような気がするのだが……。

 疑問は尽きないが、生き延びて帰ればわかることだ。


「リク、まだ起きてるかしら?」

「姉さん?」


 ドアをたたく音と聞こえてきた声に、ベッドから起き上がる。

 ペンダントは……、とりあえず枕元にでも置いておこう。

 俺は軽く服を整えてからドアを開けた。


「ごめんなさいね、リク。もしかしたらもう寝てたのかしら?」

「いや、今から寝ようかなと思ってたところだけど」


 リア姉の質問に答えながらも、俺の視線はその後ろへと向いている。

 そこには、その視線に気づいてこちらに手を振ってくるシリカ姉と、それと興味深そうに俺を見ている二人の女性。

 青と黒の女性は俺の視線に気づいたのか、少し苦笑のような表情を浮かべる。


「ごめんなさい、まじまじと見て失礼だったかしら?」

「いえ、別に……」


 年上の女性からの突然の謝罪に困ったような顔をしていると、リア姉がその女性を促した。


「ほら姉さん。それよりも自己紹介をしてあげてください」


 ……リア姉の、お姉さん?

 突然のことに驚いている俺をよそに、黒の女性は穏やかな笑みを浮かべて俺に手を差し出した。


「はじめまして、リク・ホワイトスピリット。
 私はサティ、【月明】のサティ・ブラックスピリット。リアナの姉よ」


 よろしくね、と微笑むサティさんの手を少しうろたえながら握り返す。


「えと、俺は【伽藍】のリク・ホワイトスピリットです」


 他に何を言えばいいのか分からず、それだけを口にする。

 サティさんはくすりと笑いながら俺の頭をやさしくなでてくれる。


「うふふ、可愛い子ね。でも、俺なんて言うの、やめた方がいいわよ?」


 その言葉に、俺は苦笑するしか。

 時たまリア姉にいわれてることであり、今もサティさんの横で頷いている。


「リアナの妹ということは私の妹でもあるし、よければ私のこともお姉ちゃんって呼んでね?」

「サティ、そろそろうちもええかな?」


 サティさんの言葉にかぶさるように聞こえてきた関西弁、……ていうか、この世界にも関西弁なんてあったんだな。

 サティさんは少し残念そうに青の女性に場所を譲る。


「うちは【冷泉】のユリア・ブルースピリット、シリカの姉や。よろしゅうな!」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 こちらも差し出された手を握り返す。

 そして、この元気っぷりを見て、あぁこの人シリカ姉の姉なんだなと理解した。

 何となく、根本的なところがとてもよく似てそうだ。


「サティの言うた通り、うちらのことも姉や思うてくれてもええで?
 うちらも第一詰め所に住んでるし、家族言うことには変わりないんやから」


 その言葉に、少し俺は考える。


「はい、ええと。サティ姉さんとユリア姉さん?」


 何となくさん付けした方がいいかなと思い、そう呼んでみた。

 すると、どこか心の奥の部分が暖かくなるような感じがする。

 また家族が、大切な人が増えたということが、こんなに嬉しいものだったなんて。

 いや、姉さん達の姉だから信用できるというのもあるかもしれないが。

 って、あれ?


「くぅ〜〜〜、なんやこの子!?めっちゃ可愛いやん! なんていうか、こう、お持ち帰りしてもええかな!?」

「こら、ユリア?そんなに抱きしめたらリクがかわいそうでしょう。 でも、本当にかわいいわね」


 どわああああぁぁぁ!?

 馬鹿な、俺が反応できなかった!?じゃなくて、抱きつくな!

 そして、サティ姉さんも人の髪をいじくらないでください。

 ああ、くそっ!体格に差がありすぎて抜け出せねー。

 姉さん達、ヘルプッ!


「いやー、よかったね。あっさり受け入れられて」

「本当にね。あんなに楽しそうに」


 何故か微笑ましいものを見るように頷きあっているリア姉とシリカ姉。

 目ぇ腐ってやがるんですか!?

 ああもうっ!誰でもいいから、助けてくれー!











「いやー、ごめんごめん。最近シリカが可愛なくなってきてたからつい興奮してもうたわ」

「あー、アネキ。それはひどいんじゃない?」


 あっはっは、とベッドに座って笑いあっている二人をジト目で見るが、二人とも完全にスルー。

 ユリア姉さんからようやく解放された俺だったが、今はなぜかサティ姉さんの膝の上に抱かれている。

 いや、もういいんだけどさ、何と言うか諦めたと言うか―――少し前まで男だった俺としては色々と複雑だが。


「ほらリク、すねないで」

「ごめんなさいね?新しい妹があんまり可愛いものだからつい……」

「姉さんはかわいいものが好きですからね」


 頭上でそんな会話がされているが、可愛い物好きだからとかそういう問題じゃないと思う。

 それに、サティ姉さんよりもユリア姉さんの方がすごかったような…。


「まあ、なんや。もうちょい親交を深めたいところやけど、そろそろ本題にはいろか」


 先ほどまで笑っていた顔を瞬時に真剣なものに変えて俺達を見回す。

 何だ?てっきり、姉さん達が俺を紹介するために来ていたと思っていたのだが違うのか。

 俺がそんなことを考えている間にも、ユリア姉さんは話し始める。


「シリカたちには先に言うてあるねんけど。リクにも明日は前線に立ってもらうことになると思うから、そのつもりでおってや」


 それを聞いて、ついに来たかと俺は思った。

 今日は前線と言っても、結構後ろの方で待機していただけだったのだが、明日は本当に敵の前に立つということなのだろう。

 ごくりと唾を飲み込む。

 ああ、だめだ。表情が硬くなっているのが自分でもわかる。


「そんなに緊張しなくてもいいのよ、リク」


 耳元でささやかれる声。

 そして、ギュッと、まるで母親のようにサティ姉さんが抱きしめてくれる。


「大丈夫よ、リクの所にまで一人たりとも通させはしないわ」

「まあ、可愛い妹のためにうちらが頑張るからな」


 サティ姉さんの優しい声と、ユリア姉さんのどこかふざけたような雰囲気を含む声。

 でも、今はその言葉がとても頼もしく思えた。


「それに、リクはアタシたちと一緒だからね」

「何かあっても、私たちがちゃんと守ってあげるからね?」


 ふわりと俺の頭をなでるリア姉。

 それだけで、本当に大丈夫だと思えてしまうのはなぜだろうか。

 俺は、もう大丈夫だという意味も込めて、力強く頷いて見せる。

 姉さん達はみんな、やさしい微笑みを浮かべてそんな俺を見つめていた。






「さて、ほんなら重い話は終わりにしてもう寝よかー」

「そうね。リク、せっかくだからこのまま一緒に寝る?」

「おお!ええなー、それ。ほなうちも……」

「あなたはだめよ。このあと歩哨にあたってるでしょ」

「ええー!?あほな、こんな時に限って……!」


 本気で悔しそうにしているユリア姉さんと、何となく勝ち誇ったよう微笑んでいるサティ姉さん。

 そんな二人を苦笑しながらも、面白そうに見守っている我が姉二人。

 なんかもう、色々と台無しだ。






* * * * *






 聖ヨト歴307年 エハの月 青二つの日 昼

 イースペリア国 ランサ側国境地帯


「やあああああぁぁぁぁ!」

【主!】


 がきり、と嫌な音を立てて【伽藍】と振り下ろされた黒スピリットの神剣が噛み合った。









 本日早朝、ランサで休息を取っていたスピリットは全員でランサ国境付近に陣を敷いた。

 イースペリア軍のスピリットは緑、赤を中心とした総勢36名。

 俺にはまだよくわからないが、姉さん達が言うには防衛を主眼に置いた態勢だそうだ。

 もちろんその中には俺も含まれており、リア姉とシリカ姉と三人で小隊を組み待機していた。


【主、大丈夫ですか?】

「大丈夫かって、何がだ?」


 今朝、まるで申し合わせたかのように目覚めた【伽藍】へと問い返す。

 本人(本剣?)が言うには辺りに渦巻く感情に反応して起きたとのことだが、よく意味はわからない。

 でも、ランサには昨日到着していたのだから、それなら昨日はどうだったんだと聞いてみると、「半寝半起」くらいだったそうだ。

 なんだそりゃ、である。

 しかし、【伽藍】が起きてくれているのは正直ありがたい。

 【伽藍】が起きているか起きていないかで、加護の強さがそれなりに違うからだ。


 閑話休題


 【伽藍】は俺の問いにいつもの通り気だるそうに、しかしどこか心配そうに答える。


【いえ、主の精神状態が少し不安定でしたので。少々心配だっただけです】

「あー、そうか?」

【はい。私は元々そういったものに敏感ですし、それに主と私はつながっているのですよ? 間違いありません】

「そっか……」


 自信満々に言い切る【伽藍】。

 自分では普段通りにしていると思うのだが、やはり心の底では緊張してしまっているのだろう。

 いや、戦争などという今までの俺には全く縁のなかった状況に身を置いているのだ、当然と言えば当然だろう。

 とはいえ、昨日姉さん達に大丈夫といった手前、そういうそぶりを見せる訳にはいかない。

 とにかく、いつも通りにしていればいいのだ。

 そう、自分にしっかりと言い聞かせた。




 ダーツィ軍が動いたのは、太陽が天頂に近付いた時のことだった。




 それでも俺は、全くと言っていいほど剣を交えることはなかった。

 俺たちの隊がそれなりに後ろ――といっても目と鼻の先は戦場だが――に配置されているのも理由の一つだろうが、何よりも最前線がかなりの働きをしていたからだ。

 援軍が到着し、少し未熟ながらもかなりの数が揃っているイースペリア軍は、大攻勢をかけるダーツィ軍に激しく抵抗し、拮抗している。

 それに、リア姉とシリカ姉がいっそ過保護すぎるくらいにこちらに向かってくる敵の相手をするので、俺は未だに一度も剣を振るっていない。

 ありがたくはあるのだが、正直ここまで来てそれはどうだろうと思っている自分もいる。

 それなりに覚悟も決めていたのだから、と。



 だが、それが間違いであったことをすぐに理解することとなった。



 最前線が敵に突破されたのは、それからすぐのことだった。

 といっても、前線の部隊が負けたわけではない。

 今も激しい戦闘を繰り広げているのが見える。


 ただ、敵が増えたのだ。


 恐らく、首都の守備などに回していたスピリットも全て前線へと送りこんできたのだろう。

 それがまさに今到着したらしく、最前線だけでは捌ききれなくなり、半ば乱戦のような形へと突入した。

 そして、俺は初めて敵と刃を交わすことになった。

 対峙するのはほとんど年の差の感じられない黒のスピリット。

 姉さん達は俺を助けるためにこちらに来ようととしているが、それぞれ敵を相手取っているため不可能。

 なら、俺が自分でやるしかない!


「やあああああぁぁぁぁ!」


 先手は相手だった。

 黒スピリット特有の素早い動きを活かし、ハイロゥの羽ばたきとともに一気に間合いを詰めると上段から刃が迫ってくる。

 俺はそれを剣の腹の部分を使って受け止める。

 がきり、と嫌な音が鳴り、刃と刃がかみ合った。

 正直に言おう、危なかった。

 相手の速さが予想以上で、【伽藍】の加護が完全じゃなかったら今ので死んでいたかもしれない。

 そう思うと、いやな汗が噴き出てくる。

 それに心臓が変に早鳴り、腕が震えそうになっているのがわかる。


 だめだ、この感覚に飲まれちゃいけない!


「おおおおおぉぉぉぉ!」


 まとわりつく恐怖を吹き飛ばさんとばかりに雄叫びをあげ、黒スピリットを弾き飛ばす。

 大丈夫だ。速さは負けているけど、力は俺の方が断然上だ!

 そう考えることで少し心に余裕を持たせ、今度は俺から反撃に出る。


「せりゃあっ!」


 地面へと降り立ち、体勢を立て直したばかりの相手へ思い切り剣を振り下ろした。


「ぐぅ……っ!」


 黒スピリットはそれを真正面から受けようとしたが、支えきれずに膝をついた。

 純粋に力だけでも差があるだろうが、俺の振るう【伽藍】は大剣といってもいい大きさがある。

 両刃の刀身は中央部分がまるで音叉のように分かれているが、それでもそれだけの大きさの物を全力で振り下ろせばかなりの威力になるだろう。

 ガチガチと力比べになり、俺はさらに力を加えるが、


「くっ…」


 うまく刃をそらして【伽藍】をずらし、抜け出された。

 俺は一瞬、前のめりになりかけた体をすぐに起こし、大きく後ろへと下がった黒スピリットへと構える。


「はぁはぁ……っく」


 息をする音がいやに大きく聞こえる。

 一瞬の均衡状態、俺は改めて相手を見た。

 俺とそれほど年の変わらないように見える少女は、泣きそうな顔で剣を構えている。

 それを見て思う、俺はいったいどんな顔で剣を構えているのだろうか?

 そして、なぜ俺は彼女と戦わなければいけないのだろうか。

 はっとして、頭をよぎった疑問を打ち消す。

 今は、そんなことを考えちゃいけない、いけないんだ。

 生きて、帰らなくちゃいけないから。

 だから、カノジョヲコロサナクチャイケナインダ。


【主、練度は相手の方が少なからず上です。長引けば私たちがやられます】

「わかってる。でも、どうすればいい?」

【私が補助に当たりますので、次の一撃に全力を注いでください。次で決めましょう】

「……わかった」


 言葉と同時、マナが【伽藍】を覆うように渦巻いていく。

 まだ俺には制御しきれない技術、それを【伽藍】が補ってくれている。

 相手もマナの動きを察したのか、剣を鞘に納めて居合の構えを取る。

 対して俺は、両手で剣を腰の横にあてるように構えた。

 刹那の静寂、そして俺も相手も示し合わせたかのように駆けだす。


「居合の、太刀ぃ!」

「グラインドブロウッ!!」


 同時に放たれた剣閃。

 それは二人の中間地点で激しい音を響かせて、ぶつかり合う。

 ぽつりと、雫が零れ落ちた。











「うっ、ぐぅ………」


 口元に手を当てながら辺りを見渡すと、ダーツィのスピリット達が引いて行くところだった。

 まだそれなりの人数が残っているところを見るに、とりあえず一時退却といったところか。

 このまま攻め続けても、ランサまで落とせないと判断したのだろう。

 その素早い判断が今の俺には、正直ありがたい。

 それにしても、いやな気分だ。


【主、気分がすぐれないのですか?】

「いや、大丈夫だ」

【しかし……】

「大丈夫だと言っている!」

【…承知しました】


 きつい口調だったとは思うが、今は勘弁してほしい。

 さっき、黒スピリットを殺した時に、【伽藍】を通して感じた満たされる様な感覚。

 恐らく、あれがマナを得たという感覚なのだろうが、それがひどく俺を不安定にさせる。

 彼女は、まだ幼い少女は涙を零しながらマナの霧へと還っていったのに、それに対して満たされたなどと感じてしまった自分が嫌になる。

 それに、マナの爆発で剣をはじき、少女の無防備になった胴を真一文字に切り裂いたときの、肉を裂き、骨を断ったあの感触が手から離れない。

 思い出すだけで手が震えだしてしまいそうだ。

 そして何よりも、最後に映った彼女の泣き顔が頭から消えてくれない。


 得たものはマナ、あとに残ったのは重過ぎる罪悪感。


 心配そうに駆け寄ってくる姉達を見ながら、俺は思う。

 俺は戦争というものを甘く見過ぎていたのだ、と。











 あとがき


 また一月ほどたってしまったorz。

 何はともあれお送りしました、第三話:初陣。

 ちょっとした新しい出会いと、そして彼、または彼女の初めての戦争。

 ……しかし、戦争メインにしようとしてたのに、それが意外がメインになってしまったかな。

 それにしても、戦闘描写が難しいです。

 最初はもっとドンパチさせようかとも思いましたが、うまく纏まらず。

 んー、もっといろいろ読んで勉強しなくちゃいけませんね。

 それではここまで読んでくださった皆さんと、掲載の場を貸してくださったリョウさんに最大の感謝を。


 それと前回、感想掲示板で感想を下さった方ありがとうございました。

 ホワイトスピリットの特性なども考えていますので、出てくるまで見ていただければ幸いです。

 ではでは〜。




SKILL DATE(おまけ)


グラインドブロウT
修得Lv:‐‐‐
ターゲット:変動 属性:白
対HP効果:500 最大回数:4 行動回数:2
種別:アタック
マインド変動:−1
台詞
「いくぞ【伽藍】……これで決める!」
「剣戟と同時に起こるマナを破裂……受けられるものなら受けてみろ」



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