今だけは身をまかせよう
この優しく穏やかな日々に
永遠のアセリア
〜幻想世界組曲〜
00:とある日常
「こらー!待ちなさーい!!」
バタバタと廊下をかける音と、それを追うように聞こえてくる怒鳴り声。
朝早くから非常に五月蝿いのだが、これが俺の毎日の目覚まし代わり。
そしてここ、イースペリア王国妖精騎士団第一詰め所の朝の日常風景でもある。
それにしても毎日毎日飽きない、というか懲りないやつらだ。
【おはようございます、主。今日もよい天気ですね】
「ああ、おはよう【伽藍】」
カーテンを開けると温かな日光が降り注いでくる、うん確かにいい天気だ。
自室の机に立てかけてある己の永遠神剣に朝の挨拶を返し、タンスから着替えを取り出す。
………所謂メイド服っていうのが微妙なんだが、一体誰がこの服に決めたのやら。
まあいまさら仕方のないことだ、馬鹿なこと考えてさっさと着替えないと。
寝間着代わりの服を脱ぎ、メイド服へと素早く着替える。
昔のように着替えに時間がかからなくなったのはいいが、それだけメイド服を着なれているという事実がどこかむなしい。
そして、なぜかいつも俺が着替え終わったこのタイミングで……、
「たいちょ〜!たすけて〜!!」
「し、し、し、失礼します!!」
いつものごとく部屋に飛び込んできた赤と青の女の子たち。
エル・レッドスピリットとフィリア・ブルースピリット、両名ともうちの隊では年少の部類に入る少女たち。
この二人はとにかくいつも元気である。
二人は本当の姉妹、というよりも双子のように仲がよく、いつも二人で行動しているのだ。
そして、その二人を追うようにまた一人部屋に入ってくる。
というか、エルとフィリアもそうなんだが誰も許可してないのにな、まったく。
「隊長、失礼します」
入ってきたのは緑の髪をポニーテールにしたエルやフィー、そして俺よりも年上の少女。
我が隊のお姉さん、そしておそらく部隊内最年長のリアナ・グリーンスピリットだ。
「リア姉おはよう。それと名前で呼んでって、いつもいってるだろ?長い付き合いなんだからさ」
「おはようございます、隊長。それと、呼び方はけじめのようなものなので気にしないで下さい」
まあ何というか、相変わらずかたい人だ。
そして俺の後ろに隠れようとするなチビ二人、怖いのはわかるけどさ。俺も昔、よくしかられた記憶があるし。
「それで、今日は何したわけ」
わかっているが一応聞いてみる、まあいつものごとくなんだろうけどさ。
「いつも通り、です。まったく、貴女の手がかからなくなったと思ったら次はこの二人が……」
ぶつぶつと文句を言う姿がどことなく恐怖を誘う。
なんというか、こう、記憶に刻み込まれた恐怖だろうか?
それにしても、この二人はいつも通りつまみ食い、と。
毎朝毎朝、そんなことのために早起きする二人に驚いたらいいのか呆れたらいいのか……。
それと俺の過去をばらさないでください、それにいつの話なんだよ。
それに、いくら俺でもこの二人ほどは…
「と・に・か・く!二人ともいきますよ!」
俺に視線が向いている間にこっそりと逃げようとしていた二人を、むんずと掴み上げて部屋から出ていく。
自業自得のはずだが、何だか二人がとてもあわれに見える。
そしてどこか過去の自分の姿と重なるのはなぜだろう?あ、涙が出てきそう。
「わ、わ、わ!?た、たいちょー、たすけてー!!ってなんで笑顔で手を振ってるの!?」
「あう〜、お説教………いや〜」
ずるずると、二人を引きずって出ていくリア姉
がんばれ二人とも、俺の知る限りここの住人なら必ず一度は通る道だ。
強く生きろ。そして、いい加減懲りるということを覚えろよ。
やかましいのがいなくなるとなぜか自然にため息が出てくる、それがちょっと空しい。
疲れてるのかな?起きたばっかりなんだけど。
「………とりあえず、俺も飯に行こうかな」
何はともあれ、これが俺、リク・ホワイトスピリットの一日の始まりである。
* * * * *
俺たちの昼間はとにかく訓練だ。
最近は国境付近での小競り合いぐらいしかないが、いつ本格的な戦争が起こるともわからない。
なので、俺たちは毎日訓練を繰り返し切磋琢磨しているのだが
「まだまだ、いきます!」
純白のウィングハイロゥを展開してまっすぐに俺のもとに飛び込んでくる黒の少女。
その手に握られているのは刀の形状の永遠神剣。
素早い動きで距離を詰め、振るわれる神速の刃を障壁を展開して受け止める。
少女ははじかれた刃を一瞬で引き戻し、居合の連撃を放ってくる。
まるで閃光のような連撃。
さすがの俺もこれを完全に見きることは難しい、無理に受けずに逸らすようにしてぎりぎりの距離で避け続ける。
だが逃げてばかりもいられない、おそらく逃げているだけでは彼女相手ではすぐに追い詰められてしまう。
ならば、こちらからも攻めればいい。
「せいやあ!」
「くっ!?」
少女が刃を引くのに合わせて素早く前に出て、踏み込みと同時に横薙ぎに神剣を叩きつけた。
轟、と風を切り刃と刃が空中で噛み合い大きな音と火花を散らせる。
反応できたのはさすがと言うべきか、だが無理な体勢から放たれた彼女の斬撃に力はない。
それにもともとの力の差もある。
そのまま力にものを言わせて少女を思い切り弾き飛ばす。
それでも少女は、空中で体勢を立て直すとハイロゥを用いて上空へと舞い上がった。
そして反転、そのまま落下の力を利用して高速で飛び込んでくる。
さっきよりも速い、避けるのは……間に合わない。
それなら、迎え撃つ!
「いきます、月輪の太刀!」
「おおおおぉぉ、グラインドブロウ!」
上空から振り落とされる高速の居合い。
迎え撃つのは下段から放たれた圧倒的な威力を持つ一撃。
二人の中間で力と力がはじけあった。
「フェイ、大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です」
手渡したタオルで顔を拭いながら答える少女の顔は、少し赤くはれていた。
最後の競り合い、結局俺の勝利に終わり少女、フェイ・ブラックスピリットは地面に叩きつけられることになった。
その結果、少しの間意識が飛んでいたようなので心配だったんだが、あまりひどくはないようだ。
その後、訓練場の端にあるベンチの運んで寝かせておいたのだが、タオルを取りに行っている間に目が覚めたらしい。
正直地面に倒れて動かなくなった時は少し焦ったが、リア姉の治療も必要なさそうなのでよかった。
「……私もまだまだ、弱いですね」
いまだに訓練場に鳴り響く剣戟の音に混じり、ぽつりと呟かれる様に吐き出された言葉が耳に入る。
そこにどんな感情が込められているのかは、残念ながらわからない。
それでも、悲壮感がないのだけは確かだ。
「私は、いまだに姉さんに勝てない」
「ま、俺も隊長だしな。そう簡単に負けてられないぜ」
少しおどけるように言ってやると、フェイもくすりと笑みを漏らす。
彼女は、本当にここに来たころとは変った。
あの時はこんなに感情を表に出すことはなかったはずだ。
いや、そもそも彼女はそんなことを知らなかっただけかもしれないが。
彼女は、あの時は本当に典型的なスピリットだったから。
そのあたりも含めて、フェイは大きく変わったのだろう。
「ですが、弱いことを悲しんではいません」
「ん……?」
「弱いからこそ強きを目指せる。そう、教えてもらいましたから」
大切なものを抱きしめるように胸に手を置き、彼女は思い出を掘り起こす。
「あの日、姉さんから頂いた言葉が私をきっと強くしてくれます」
そう言ってほほ笑んだ彼女の顔は、本当に輝いているように見えた。
俺はそうかと答え、その真っ直ぐすぎる言葉が何となく恥ずかしく、照れ隠しのように空を仰ぎ見る。
あの日、俺とフェイとが本当の意味で姉妹になったあの日の空とは違い、穏やかな青空がそこには広がっている。
そんな空を見つめて長椅子に横になる。
「まだほかの連中が終るまで時間がかかりそうだし、しばらく寝る。終わったら起こしてくれ」
「はい、まかせてください」
鳴り響く剣音を子守唄に目を閉じる。
その次に目を覚ました時に、なぜかフェイの膝の上に頭をのせていたのは皆には秘密だ。
* * * * *
「あとは、そっちのリクェムをくれ」
「はいよ、毎度あり」
品物を受け取り、代わりに代金を渡す。
受け取った野菜を見て、一緒にいた少女の一人が少し嫌そうに顔をしかめたがそこは無視
両手に持った袋がずしりと重いが、これが数日分の食料となるのだから当たり前だ。
俺はポケットに入っていてメモを確認し、うん、これで買うものは終わりだな。
「ほんじゃ、帰るぞ」
「は、はい!」
「………了解です」
俺と同じように荷物をぶら下げた少女二人と帰路につく。
夕日に赤く染まった美しい街並みの中を三人でゆっくりと歩んでいく。
それにしても、訓練の後に買い出しに出かけるのは結構疲れるものだ。
まあ、当番制だから仕方がないのだが。
途中、こちらに手を振ってくれる子供たちに手を振り返してあげる。
「本当に…やさしい国ですよね」
ぽつりと隣から聞こえた声に、どうかしたのかと声をかける。
「あ、いえ。私、訓練の時期は長い間ラキオスにいましたから、あんな風にスピリットに接してくれる人を見たことなかったんです」
少し憂うように言うその言葉になるほど、と俺は思った。
俺は初期の訓練期間もずっとイースペリアにいたが、時々諸事情でラキオスを訪れることもある。
そこで感じるのは、まあ何というか嫌悪やら何やらの視線だったわけだ。
知識としては知っていたし、もちろんこの国でもそういうものはある。
それでも、あそこまであからさまに感じた時は驚いたものだった。
そして、いかにうちの国のスピリットが恵まれているのかがわかった。
俺も詳しく調べたわけではないが、この国のスピリットに対する差別廃止制度とでもいうのだろうか。
それがはじまったのは今から三代前の女王の時だそうだ。
スピリットというものは基本的に戦争の道具として扱われており、その扱いは酷いものだ。
人よりも強い力を持ちながら、それでも人に従順につくす。
ただただ訓練を繰り返し、国のために戦い、それでも人々からは忌避されるスピリットたち。
当時の女王はそんなスピリットたちの在り方に反感を持ち、ひどく憤っていたそうだ。
そしてとある事件、とでもいうのだろうか。
それがきっかけでそれまではゆっくりとしか進んでいなかったスピリット差別廃止の動きが活発になったらしい
まあ、そのことはイースペリアの歴史書にもなぜかほとんど載っていなかったので推測なども多いそうだが。
しかし、当時はスピリット擁護派の人間なんてほとんどいなかっただろうに。
それをごり押しで進めたという女王はきっと素晴らしい傑物だったのだろう。
「それに、お金も持ったことなかったし……」
「……は?」
先ほどまでのちょっとシリアスだった雰囲気が一気に吹き飛んだ。
「だ、だ、だって!向こうでは買い物する時は領収書に書いてもらってそれを城の方で清算するっていう仕組みだったから」
わたわたと、慌てたように手を振って説明する彼女の姿に笑みがこぼれる。
一応ラキオスでのスピリットの生活の仕組みなどは、彼の国にいるスピリットに聞いたことがあった。
それに、うちの国だってスピリットに金銭を与えるなどは今の女王になってから始まったことなので、先代の時代から生きている俺も当然そういう買い物の方法は知っている。
それでも少女の慌てっぷりを見ていたら、悪いとは思いながらもついつい吹き出してしまった。
「わ、笑わないで下さいよ〜!」
「いや、だってさ」
「むぅ〜」
頬を膨らませて、私怒ってますと言いたげにこちらを睨んでくる。
だが俺のほうが背が高いので、彼女は見上げる形で見てくるのだがそれがまた可愛らしい
気が付いたら、袋をわざわざ片手に持って彼女の青い髪を梳くようにをなでていた。
「な、な、な、な、な、にゃにしてるんですか〜!」
「いやー、アルトはかわいいなと思ってな」
「あぅー」
今度は真っ赤になってうつむいてしまった我が隊の切り込み隊長、アルト・ブルースピリット。
自分でやっておいてなんだが、こうなるとしばらくは復活しないので、どうしようかとあたりを見渡すと。
「ん……?」
にぎわう街中、手を取り合って歩く親子。
友達と駆け回る子供たちや威勢のいい売り子などが見えるのだが、
「って、クレアがいねえ!?」
もう一人一緒に来ていたはずのクレア・グリーンスピリットの姿が消えていた。
彼女は神剣とのリンクが強く、もともと口数が少ない方なので全然気付かなかったらしい。
「だあああぁぁ!?どこ行ったんだあいつは!」
どっか行くならせめて声かけて行けよな!?
とりあえず、いまだに赤面沈黙状態のアルトをたたき起してクレア探索を始めようとしたとき。
「どうかしたのですか?」
「ぬおおおぉぉぉ!?」
突然後ろからかかった声に思わず抜剣しかけたが、
「……?」
そこにはいつも通りの無表情を浮かべたクレアが立っていた。
……その手に持っている荷物が一つ増えているのはなぜだろう?
「あ〜、クレア。どこ行ってたんだ?」
「そこのケーキ屋に少し用事が」
用事がも何も、つまりケーキを買いに行ってたってことだろうが。
彼女の指差した方向を見ると小さなケーキ屋があり、さらにそこの店主らしき人物がいつもありがとうございます、と頭を下げている。
あれー?いつもってどういうことだろう。
どうやら俺の預かり知らぬところで勝手に金を使っているやつがいるらしい。
確かにいつも多めに資金をまわしてくれてはいるが、なにも全部使い切れというわけではないだろうに。
というか、俺に一言もなかったのが気に食わん。
後できっちりと部隊の連中を締め上げよう。
「とりあえずクレア、どっかいくならせめて一言いってからにしてくれ」
「…………隊長はアルトと話しをしていたので邪魔になるかと」
「なるか!?しかも今一瞬詰まったよな?今考えただけなんじゃねえのか、それ」
「……早く帰りましょう、隊長。皆がお腹をすかせて待っています」
「聞けよ!?っておいこら、先に行くな!アルト、お前もさっさと来ないと置いてくぞ!」
「ふぇ!?あ、たいちょ〜、クレアさん待ってくださいよ〜」
少し行くと、また三人で並んで歩く。
そんなある日の夕暮れ時。
* * * * *
「ごめんなさいね、急に呼び出したりして」
「いや、別にいいよ」
その日の夜、俺は王城の女王の私室を訪れていた。
部屋にはいろいろと装飾品が置かれているが、どれもが落ち着いた雰囲気のする品だ。
女王の私室というにはどことなく質素な感じがするが、それでも美しさが感じられる部屋。
そして、それをより華やかに彩っているのが彼女、アズマリア・セイラス・イースペリアだ。
腰まで届く、長く艶やかな漆黒の髪。
憂いを秘めたアメジストのごとき瞳。
おそらく、俺たち妖精と並んでもなんら見劣りすることはないだろう美しい女性。
彼女こそが俺たちの国の女王であり、俺たちの仕える人物であり、そして俺の友人でもある。
そんな彼女に急用があると呼び出され、聞かされた話は、
「エトランジェ?」
「ええ、そうなの」
間諜から“ラキオスがエトランジェを得た”との報告が入ったらしい。
異世界『ハイペリア』からの来訪者。
強力な神剣を操り、スピリット以上に神剣の力を引き出して戦うといわれているている存在。
エトランジェが一人いるだけで戦況は大きく変わるだろう。
そして、ラキオスということは四神剣が一つ【求め】の契約者となるのだろう。
ここから、物語が始まるのか……。
そう思うと、少し気が重くなる。
「リク、どうかしたの?」
「ん?いや、なんでもないけど…」
「でも、難しい顔をしてたわよ?」
そう言われると、そうかもしれない。
だめだな、隊長である俺がそんな顔じゃ皆を不安がらせてしまう。
気合いを入れるために顔を軽く叩く。
「いや、また戦争が始まるのかなって」
「……そう、でしょうね。ラキオス王は野心家だもの。エトランジェという強力な力を手に入れたとなると」
「初めはバーンライト辺りかな?まあ、それでもラキオスのスピリットは数が少ないからな。どうなることやら」
「ええ、どちらにしろ大きく歴史が動きます」
彼女は椅子から立ち上がると窓の方へと歩を進めた。
眼下に広がる城下、その生活の灯を見つめながら何を思っているのだろう。
「ねえリク?私たちはこの国を、民を守れるかしら?」
問われた言葉。
俺は自信をもって答える。
「当たり前だ。なんたって、俺がいるからな」
胸を張って言ってやる。
彼女は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに笑みに変わりそうねと呟いた。
「私たちには貴女がいるものね?」
「ああ、まかしとけ。お前の守りたいものは俺がしっかりと守ってやる」
一国の女王に対する口のきき方ではないが、これでいい。
いまは俺と彼女の二人以下いないし、何よりも彼女がそれを望んでいる。
彼女は嬉しそうにくすくすと笑うと、机の脇に置いてあったグラスへと何か飲物を注いだ。
「貴女もいるでしょう?」
「俺は酒は苦手なんだけど……」
「大丈夫、そんなにきつくないわ」
昔、似たような事を言いながらもすごく気の強い酒を飲まされたことがあるので注意しながら受け取る。
本当に、茶目っ気たっぷりな女王で困ったものだ。
彼女は軽くグラスをかかげると、
「それじゃあ、イースペリアの平和と未来に」
「俺たちの変わらぬ明日に」
乾杯。
あとがき
皆様初めまして、レインと申します。
やってしまった…!という思いと、やっとできた!という達成感が今半々で私の中を巡っています。
文章は……まだまだかと思います。
正直読みづらかったかもしれませんが、そこはこれから精進していきたいです。
原作を知っている方がいればこの設定はは可笑しいんじゃないかというところもあると思います。
故意に変えている場所もありますが、ただ単に間違っている可能性もありますので指摘していただけると幸いです。
それを励みに完結を目指して頑張りたいと思います。
それではここまで読んでくださった皆さんと、掲載の場を貸してくださったリョウさんに最大の感謝を。
また次話でお会いましょう。