Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その25 世論






テレビ放送を行った当日の夜から翌日にかけて、街中が大騒ぎとなった。

役人達は目の色を変えて大捜索、冒険者達は未知の技術に大混乱、街の住民はテレビ放映に無我夢中になっていた。

異世界よりもたらされた新しい力――科学の技術が、王女誘拐事件に暗く沈んでいた街全体を華やかな賑わいに満たしている。


『社会の教科書で似た光景を見た事がある。白黒写真だったが、写し出された人々の瞳は輝いていたものだ。
歴史の再現とは恐れ入ったぞ、友よ』

「自分が開発した、新しい科学技術ではないけどな」


 初めてテレビの本放送が開始した時代、民間にテレビ放送網を設立するという構想を大々的に発表。

この構想は諸外国からも資金援助を受けて、技術や施設共に最新式の技術が導入された。

放送開始直後はテレビそのものの価格が高く、なかなか民間に普及しなかった。

そこで街中の盛り場や駅、公園等にテレビが設置され、多数の群衆が集まって熱狂――この史実を利用した。


異世界の魔法技術"ビジョン"と元の世界の科学技術を用いた――『街頭テレビ』である。


『民衆の反応は概ね良好だ。テレビ放送の事実を鵜呑みにはしていないが、噂は広まっている。
友のアナウンスだけならまだしも、誘拐された王女が生出演したのだからな。論議は自然に生じる』

「氷室さんとも何度も打ち合わせして、演出には相当気を使っている。
放送の専門家には到底及ばないが、氷室さんの客観的な視点と評価は参考になったよ」


 人の噂が絶えない陸の町から離れた河上で、俺は葵と連絡を取り合っていた。

テレビ放送のスポンサーより提供された結晶船を隠れ家に、現在王国との情報戦を繰り広げている。

葵は諜報員――常識外の行動力を重宝して、大騒ぎになっている街中に潜伏させている。


「役人達の手綱を握る女王側の動きはどうだ? 大方俺の罪の強調と、公式会見のでっち上げでも叫んでいるだろう」

『概ね、友の言う通りだ。王女を拉致監禁した友が脅迫し、狂言を語らせたのだと主張している。
もっとも役人側を通しての弁明なので、悪しき女王は公に姿を見せていない」

「宮廷の権力争いに勝利した人間だ。この程度の揺さぶりでは動かないよ」


 ビジョンを通じて報告する葵に、自分の見解を述べる。

科学技術に秀でていても俺は大学生、王国の頂点に君臨する王女とは社会経験に絶対的な差が生じてしまう。

同じ舞台で戦えば、簡単に捻り潰されるのがオチだろう。

此処は異世界――相手の土俵ではあるが、武器の使用は認められている。その技術の差で勝つ。


俺もアンタも、まだ舞台の袖で役者を動かすだけ。観客をどれほど魅了させられるかが、舞台成功の鍵となる。


『相手は仮にも一国の王女、発言力は絶大だ。我々が潔白でも、相手が黒と言えば黒になる。
明日の放送で相手の主張を覆すか? こちらにはアリス王女がいる』

「反論会見を行っても泥沼になるだけだ。不毛な言い争いは水掛け論となり、イメージダウンとなる。
議論はあくまで本人達が白熱してこそ、視聴率を呼ぶ。代弁者が何を言おうと、真偽は伝わらない」


 その昔テレビ放送が視聴者に受け入れられた理由は、戦争で疲労した人間の心を癒したからだ。

スポーツ等の放送で群衆を滾らせ、明日への活力を生み出した。

これが戦前の軍事教育やお偉いさんの延々スピーチだけだったら、簡単に見捨てられていただろう。

相手への一方的な攻撃だけでは、テロリストと変わらない。自分達が置かれた立場を忘れず、真実を伝えていく。


「アリスは母親の政治を目の当たりにしているからな……
相手の意見を逆手に取らず、むしろ相手に踏み込む方向へ持っていく」


 女王よ。アンタが俺達をどれほど悪者にしようと、俺達はアンタ本人を直接責めたりはしない。

アンタが犯した罪は既に発表している。これ以上の追求は、本人が居なければ無意味だ。

俺達はこれからアンタ本人ではなく、今のアンタを支える土台を攻略していく。


「次の放送は女王を責めるのではなく、女王の政治に苦しめられた国の痛みを訴えかける。
カスミに案内所へ直接出向き、アリスの国についての情報を集めさせている。

この町に滞在する冒険者や傭兵の中に王女の国の出身者がいれば、テレビ放送にゲストで招くつもりだ」

『悪くないアイデアだが、リスクも生じるぞ。友の居場所が相手側に知られれば終わりだ』

「この港町の観光CMを流しているのだ、相手も居所の見当はついているだろうよ。
強制捜査に踏み込めないのは、女王が動かせる人間に限界があるからだ」


 他人を動かすという事は、当然自分への結び付きを辿られる危険も招いてしまう。

組織が強大ならば力で押さえ込めるが、俺はあくまで異邦人。権力などありはしない。

だからこそ、協力を求める。頭を下げる。自分の全てをさらけ出してでも、相手に理解を求める。


科学が暴力に屈したりはしないのだと、思い知らせてやる。


『……覚悟は出来ているようだな。友とこうして戦える事を、誇りに思う』

「俺は科学者だ。魔法世界の王女に負けてたまるか」


 女王がどれほど権力を持っていても、技術で俺に勝つ事は出来ない。

テレビがビジョンを利用して実現化したのだと理解しても、放送の原理と構築まで辿り着くのは不可能だ。

魔法では、科学の領域に踏み込めない。

そうなると敵は技術ではなく権力を用いて、情報操作を行うだろう。魔法と、人材の全てを駆使して。


情報合戦が激化すれば、民衆は何が真実なのか見極めるのも難しくなってくる。


アリスがこちらの味方である限り、相手側も退く事は出来ない。

葵の話では放送が行われた直後に、相手も動き出している。

こちらの不利になるような情報を流してスポンサーを下ろし、報道を管制。俺達を犯罪者として裁くつもりだ。

――その動きを呼んだからこそ、こちらが一歩先じる事が出来ている。


「俺よりお前の方が心配だよ、葵。作戦は上手く進めているのだろうな?」

『誰に向かって物を言っている、友よ。我輩はお前の友だぞ』


 ――どちらが偉いのか、よく分からん。


『テレビ放送が行われている間、アンテナを設置した場所を走り回って噂の種を蒔いておいた。
敵側も芽を刈り取ろうとするだろうが、その時には既に花は咲いている』


 報道管制は権力者の特権だが、噂は人類平等に許された権利だ。注目される話題ならば、あっという間に広まる。

役人達が怒鳴り散らして伝えるのと、街の住民が面白おかしく言い触らすのとでは広まる速度と浸透具合がまるで異なる。

あの男は大衆を煽り立てる達人、話題作りの名人だ。変人なのだが、お祭り騒ぎでは中心に立っている。

噂を拾うのも天下一品、出所が分からない超常現象の噂を持って来ては俺を振り回して困り果てたものだ。


人々の噂の中心になれる才能――確かに、英雄としての気質はあるのかもしれない。あんなのが英雄ならば、世界は終わると思うが。


「花が咲けば――それを摘み取る連中も出てくるだろうな」

『子供なら可愛げもあるが、無粋な大人がやれば犯罪の域だ』


 ――そして、もう一つの戦略。葵の動き次第だが、上手く行けばこの情報戦は短期決戦で終わる。

敵が短気を起こせばの話だが、重い腰はなかなか上げてくれないだろう。あくまで、予備の策だ。

自分の力量は理解している。一つの戦略だけに浮かれず、あらゆる手を駆使していく。


『連絡は以上だ。次の放送も楽しみにしているぞ、友よ』

「お前こそ浮かれて、足元をすくわれないようにしろよ。目立たず行動しろ」

『隠密行動は我輩の得意技だ』


 嘘吐けよ、この野郎――ビジョンを切って毒を吐く。騒ぎを起こせないか、心配になる。

面は割れていないので諜報を命じているが、万が一バレたら終わりだと分かっているのだろうな……?

奴の身の危険なんぞどうでもいいが、俺にまで捜査の手が回らない事を願おう。

あいつはどうせ逃げ足は速いし、何処へでも生きていける。


「京介様、お待たせしました〜! 御役目があるそうで――頑張りますですぅ!」


 冷たい河の上で浮かぶ船の中でも、元気で温かい笑顔を見せる妖精。

内面も清らかな女の子なのだが、熱意が空回りしがちなのが玉に瑕。

――任せて大丈夫かどうかは不安だが、こいつにしか出来ない事がある。


「お前にやって貰いたい事は、潜入捜査だ」

「せ、潜入……?」


 ゴクリと唾を飲み、妖精は表情を引き締めた。

危険な役目――仲間一人一人を危ない目に合わしてばかりで、心が痛む。


それでも命令出来る俺は、結局女王と何も変わらないのではないだろうか……?


技術進化の先にあるものが、今の俺にはまだ見えない。





























































<第五章 その26に続く>






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