Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その23 玉音
――その日、朝から気持ちのいい快晴だった。
警戒と不審に包まれた街の雰囲気を一掃するほど晴れており、穏やかな空気に満たされていた。
王女殿下誘拐で港は厳重な検問が敷かれていたが、封鎖には至っていない。複雑な外交問題と港町の諸事情が絡んだ末の妥協だった。
まして長雨から解放された街からの運航が復旧されたばかりだ、国賓の行方不明であっても突然の断絶は行えない。
復旧後の第二便が本日到着、物々しい警戒の中でも港は大勢の新しい来訪客で賑わっていた。
王女の誘拐事件は犯人の指名手配から街全体に至る包囲まで行われたが、早急な対応が事件そのものの情報まで外に漏れるのを防いでいた。
結晶船より渡航した人々にとっては寝耳に水であり、対岸の火事。船の旅を刺激的に変えるスパイスとなっている。
人の噂に戸は立てられない――どれほど情報を隠蔽してもいずれ広まるのは間違いないが、今だけはこの街だけの秘密となっていた。
活性化する港、沈黙する街、情報封鎖された世界。街の人々は犯罪の影に怯え、来訪者達は犯罪の事実に驚愕していた。
街中に貼られた指名手配書、権力者達が告げる事実、街の人々の噂、来訪者達の想像――真実は何処にもない。
ならば、教えよう。全てを知る者達から、確かなメッセージを。
――深いブルーのグラデェーションのスクリーン。
清々しい朝の陽に染まった港の風景に、優しい光に演出されたスクリーンが積層形成される。
結晶船が到着したばかりの港に突如現れた映像に、人々から一斉に喧騒が途絶えた。
平和を守る屈強なる役人達でさえも中空に浮かぶスクリーンの登場に度肝を抜かれたのか、驚愕の眼差しで見つめるばかり。
誰一人同じ者など存在しない、大勢の人間達の注目を浴びる中――俺達の晴れ舞台が開幕する。
『皆さん、はじめまして。地球出身の未来ある科学者天城 京介です。
本日よりこの番組「白雪姫と七人の小人たち」のパーソナリティーを務めさせて頂きます。
お前かよ、というツッコミもあると思いますが、そこはなにとぞ見逃してやってください』
この港街『セージ』では悪い意味で有名人となっている、俺。街中で知らぬ人間など一人もいない。
権力者や役人達が街中を包囲してまで捜索している人間が、巨大スクリーンに堂々と姿を現したのだ。
王族誘拐の重罪人だと認識は出来てもどう対処すればいいのか、判断に困るだろう。
その意識の空白を狙って、俺は怯まずにあらかじめ用意していた台本を元に進行を行う。
――葵め。ツッコミの概念が異世界の連中に分かるのか、本当に。
『この番組では世の中の楽しい事や気になる事を、時には真面目に、時には面白おかしく皆さんにお届けします。
記念すべき第1回目となる本日の放送では、特別ゲストを御迎えしております』
"友よ。指定の場所に設置した『アンテナ』は全て正常に動作している。
全て友の計算通り、この放送は街中に広がっている。思う存分語ってくれ"
"カスミだ。役人達が動き出したが、放送のカラクリに気付いた様子は無い。
引き続き任務を続行する。報告は以上だ"
街の各方面に散っている仲間達から、"ビジョン"を通じて報告が届いた。
試運転は何度も行ったが、大規模な展開は出来なかったので不安ではあった。
どれほど念密に計算を行っても、本番で予想外の事故が起きる場合はある。
科学者として生きるならば、その不運から逃れる事は絶対に不可能だ。どれほどの天才でも生じてしまう。
それが今日この日でなかった事に、俺は心から安堵を覚えた。計画が狂えば、人生さえも狂ってしまう事だってあった。
さあ、いよいよ本番だ。今この瞬間の為に、全てを準備してきたのだから。
『遥か遠方に存在する国「ステファニア」、国民の信仰の証とも言うべき、美しき翼を有する翼人。
「ステファニア」の第一王女"アリス・ウォン・マリーネット"様に、本日はお越し頂きました!』
『皆さん、こんにちは。アリス・ウォン・マリーネットと申します。
本日は宜しくお願いしますね、天城様』
正当なる王位継承者の証である白い翼を持つ、美麗な姫君アリスの登場――
街中を不穏に陥れた犯罪者と、圧政に苦しむ国民達の希望が仲良く並んで笑顔を交わしている。
モニタリングしている港の人々の茫然自失な表情に、俺は効果覿面であった事をようやく実感する事が出来た。
この映像を見ているであろう街中の反応が見れない事が、逆に悔やまれてならない。
『このような形で皆さんの前で御話しする機会がなかったので、少し緊張しております』
『アリス様は「ステファニア」において、国民の皆様に大変な信望を得ているとお聞きしています。
そんな見目麗しいアリス様の素顔に迫りたく――ああ、気を楽にしてください。
アリス様とはただ、楽しくおしゃべりする為の番組ですから』
そう、この放送は元の世界の情報技術を元に立案した作戦である。
国家単位の重犯罪に発展したこの一連の事件、自分はおろか仲間達の人生も容易く狂わしてしまう事態。
深入りすればするほど事態の深刻さにゾッとするが、逆に言えば深入りさえしなければ学生の自分達でも解決策は見つかる。
解決すべきポイントは二つ――王女であるアリスの身の安全と、俺自身の無罪。
俺とアリスの身辺を脅かしているのはステファニア王妃、彼女自身を何とかすれば良い。
国家レベルの犯罪に巻き込まれたからといって、必ずしも国を相手に喧嘩する必要はないのだ。
ならばどうしてこれほど大きな騒ぎになっているのか? ステファニア王妃が無関係な人間を巻き込んでいるからである。
敵はステファニア王妃唯一人、俺達を悪としている人間達は騙されているだけだ。
王妃がその絶対的な権力で人々を騙しているのならば――庶民の俺達は、世論で訴えかければいい。
『まあ、怖い。どのような事を聞かれるのか、今から胸がドキドキしますわ。
この放送は天城様による発案だとお聞きしておりますが、とても斬新で素敵ですね。
少し気安く接してしまうかもしれませんが、御容赦下さい』
不特定多数に訴えかけるのに一番適している方法、それが『テレビジョン放送』である。
テレビから放たれる情報に対する、世界への影響力は非常に大きい。人間の善悪に対する感覚や価値観まで変えてしまう。
年齢や世代に関わらず、簡単にテレビの番組やCMの言動に影響されて、自分自身の常識として浸透する。
あんな急遽拵えた指名手配犯のビラなんぞ、目じゃない。
この放送は一方向にこちらから情報を送信する以上、視聴者は全員受け身となる。その点では同じだ。
ただ指名手配書と異なる点は、テレビジョン放送は五感の内に「視覚」と「聴覚」を使うという事だ。
興味の有無に関わらず、人間の二つの主要な感覚が情報の獲得への満足を得ようとメディアに意識を集中する。
自分の目で見て、耳で捉えた情報は、善悪の問題や倫理を越えて一人一人に届く。
まして情報の提供者は、凶悪な誘拐犯とその誘拐された王女本人――興味を惹かない筈がない。誰もが注目してしまう。
国民が興味を持った情報が世の中にどれほどの影響を及ぼすのか、その現代に生きる俺達が肌で感じている。
パソコンやテレビのない生活など在りえない。メディアから提供される情報に従って、俺達は行動しているのだから。
『こうしてお話する機会を与えて下さって光栄ですよ、アリス様。
私からの出演願いに快く応じて下さって、心から感謝しております』
『私の方こそこうして皆さんの前でお話出来る機会を下さって、嬉しく思います。
気兼ねなくお話させて頂きますね』
自分と異世界の仲間達の持てる技術と知識を元に、自分達の真実をこの街の人達に伝えていく。
公の場でアリスを連れて逃げ出した事実を『誘拐』ではなく、『招待』として人々に浸透させる――
ここで注意しなければいけないのは、決してこの放送で自分の無実を訴えてはいけないという事だ。
情報操作だと勘繰られたら、誰も見向きもしない。俺に発言権などありはしない。
この放送はあくまで"動画"という形のビラであり、有罪か無罪かは相手側に判断して貰わなければならない。
『この番組はセージ港運組合及びラエリア港関連組織の提供でお送りします』
放送とは電波を用いたマス・メディア、聴覚・視聴覚に訴え、瞬時に広範囲の人々に情報を伝えることが出来る。
……とは言っても、実際に地上の送信所から放送する放送方式を取るのは不可能だ。
俺は科学者であっても、放送関連の専門家ではない。しかも此処は魔法を主とする異世界、科学技術は一切ない。
個人のレベルで出来る事など、高が知れている。物事の本質を見極めなければならない。それが出来なければ、科学者失格だ。
科学技術が生み出したテレビジョン放送の概念を理解して、その本質をこの世界で実現させればいい。
通信や遠隔監視に使用される媒体は在るのだ。遠方へ映像を送る技術を用いて、。異世界版のテレビ放送を実施する。
テレビ番組には、スポンサーが必要となる。まして学生の俺達では尚更だ、技術はあっても手持ちが少な過ぎる。
此処は港町、教会や冒険者案内所以上に港運営側の発言力は強い。
――そして俺達はその港を復航させた、立役者。協力を求めるのは比較的容易かった。
内々に準備してこの放映を今日実現出来たのも、船長さんを始めとする湾岸関係の方々あってこそだ。
彼らがいなければ、今日はなかった。この機会を絶対に逃さない。
作戦立案者――この番組のプロデューサーは俺だ。成功させなければならない。
『此度の来日は近隣諸国への視察が主との事ですが?』
『こうして広い世界を目にする機会に恵まれ、直に触れる喜びを感じております。
ただ……重い病に伏した御父様を考えますと……っ、すいません。このような場で』
『御心お察しします。現国王はアリス様にとって御父上に当たる存在ですから。
そうなりますと、失礼ですがこの視察も国民の皆さんにとっては――』
『はい、実を申しますと私も心苦しくはあるのです。と言いますのも、母が――』
――沈痛な表情を浮かべているが、隣に座る俺は王女様の瞳がキラキラ輝いているのが分かる。
今まで散々嬲られていた母親の罪を、ようやく明らかにする日が来たのだ。
政治家がやってはいけない事かもしれないが、その政治の謀略で命を落としかけていたアリスには訴える権利はある。
魔法という名の媒体と、化学と言う名の技術で成立した、テレビ放送――
お城でぬくぬく悪巧みする王妃を引き摺り出す為に、小人と王女は城の外で演説を行う。
<第五章 その24に続く>
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