Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その12 天女






――俺達は一軒の食堂へ一旦身を潜める事にした。


大きな街に付き物の裏道を不案内に歩き回ってたまたま見つけた、一軒の店。

お世辞にも見栄えが良くない上に、『イカリ亭』と書かれた意味不明な看板名。

御客さんが誰も居ないという店側には最低な利点を頼りに、俺達は休息を取る事にした。

店内も飾り気は一切なく、テーブル二個とカウンターだけ。

庶民の俺が見ても眉を潜める食堂を、アリスは物珍しそうに見ていた。


騒がれるよりはいいけど、本当にこいつは好奇心旺盛だな……


ギチギチ不気味な音を立てるカウンター席に座り、マスターを呼ぶ。

出ていたのが――


――エセ海洋生物のような親父が登場。


毛髪無しのまん丸頭、タラコ唇、耳三角、樽のような胴体。

存在感があり過ぎて怖い。

無言で注文を求められたので、俺達はビビッたまま無難にコーヒー。

奥へ引っ込んでいくのを確認して、俺達は顔を寄せる。



"た、蛸……?"

"ううん、イカよイカ"



 特徴がありすぎて、逆に特徴が捉えづらい。

客を寄せない店構え、不衛生な内装と、タコ親父。

どんなコーヒーが出るか固唾を呑んだが――


「お、美味い」

「ほんとだ。おいしー」


 コーヒーに黒いカップなのが非常に気になるが、味は絶品だった。

ニコニコ顔でコーヒーを傾ける少女を、親父さんは優しい目で見つめている。

顔は海産物だけど。


……色んな意味で損してるぞ、この店。


店側には不幸だが、他に来客も無いので警戒心は消えないが落ち着く事だけは出来た。

冒険者や傭兵ならいざ知らず、俺はあくまで一般人。

緊張感を始終保つのは無理だ。

複雑な気持ちで暖かいコーヒーを飲んで、身体も心もリラックス。


――うん、分かってる。分かってるさ……


コーヒーの上品な苦味が涙を誘う。

優しい時間に実を傾けたところで、俺の現実は何一つ変わってはくれない。

俺を産んでくれた地球のお父さん・お母さん、ごめんなさい。


貴方の息子は異世界で、誘拐犯になりました。


しかも――王女誘拐。

国家レベルのVIP。

世界的犯罪、処刑確定の大犯罪者になってしまった。

文句無く近頃持病になりつつある頭痛に、心底頭を抱える。


「? おにーちゃん、顔色悪いよ。
わたしが優しく看病してあげよっか?」

「頭痛の根本的原因に看病されても少しも嬉しくない!」


 ニコニコ顔の天使に、心の底から叫びを上げる俺。

いい加減、堪忍袋の緒が切れつつあった。

最低最悪の状況である。

庶民の味方役人を筆頭に、国家そのものを敵に回したのだ。

俺が何をした。

ギリギリのラインで精神的均衡を保っていられるのは、ひとえにこの王女様レベルの馬鹿一名とこれまで付き合って来たからだ。

いちいち取り乱していたら、発狂死する。

ヤケクソ気味にコーヒーをがぶ飲みして、俺は目の前の女の子を睨む。


「――さ、いい加減話を聞かせてくれ。
君の目的は何だ。
どうして俺を無理やり巻き込んだんだ?」


 "私を、誘拐して欲しいの"


白銀の髪の少女の奇妙な願い事――

拒否も出来ず事態に流されるまま、今や覆すのも困難な状況に追い込まれている。

極端な話、この無邪気な王女が此処で悲鳴を上げて助けを呼べば俺は問答無用で御用――

俺の必死の言い分なんて、アリスの軽い嘘で簡単に吹き飛ぶ。

アリス・ウォン・マリーネットの深紅の瞳に魅入られるまま、俺はこの王女様の誘拐劇に参加させられた。

理由くらい聞きたい。

アリスはコーヒーカップを優雅に傾けて、微笑む。


「キョウスケに片想いしてたから、じゃ駄目?」

「普通に初対面だっただろ、俺達!?」


 お……落ち着け、科学者たる者が冷静さを失ってどうする。

真実を追究するには、怜悧冷徹な思考と客観的な視点が不可欠だ。

俺の反応を逐一確認して満足げな御嬢様。

頬っぺたを抓ってやりたい。

一応店の親父を警戒するが、あの生きた海洋生物は店の奥から出てこない。

……気でも使ってくれたのだろうか、実は。

何にせよ、今はその配慮はありがたかった。


「昨晩襲い掛かってきた連中といい、今の誘拐騒ぎといい、アリスの勝手な行動で起きてるんだぞ。
子供だからで許される事じゃない」

「……」


 俺の最終目的は地球への帰還。

魔法やモンスターが蔓延る雑多な世界で生きていくつもりは無い。

少しで早く王都へ向かい、優秀な召還術者を探す必要がある。

他人の――俺にとっては天の上の存在にまで関わる時間は無い。


「俺の仲間も多分、心配してくれると思う。
さっきの役人達の様子を見ると、俺の特徴は完全に掴まれてた。
個人を特定されてるかもしれない」


 この世界で正確に俺の身元を知っているのは葵だけ。

どれほど調査を重ねても、葵以外から俺の痕跡を辿る事は出来ない。


仮にばれても、祖国は遥か彼方――


異世界から来ましたなんて夢想、常識ある人間なら鼻で笑う。


ただ――顔がばれているとなるとまずい。


俺が特徴ある顔かどうかは他者の価値観に任せるが、地理的な面で俺が不利。

地道に調査を重ねられれば、いずれ包囲される。

まして今回の事件は王女誘拐だ。

役人達はそれこそ総力を上げて、事件の解決に乗り出すだろう。


……アリスは何も言わず、俯いている。


天真爛漫な彼女の悲しげな表情を見ると、少し胸が痛んだ。

言いたくても言えない何かが、あるのか……?

ここまで巻き込まれている俺にすら言えない事情が。


嘆息する。


悲しいのは、こっちなのに。


「分かった、こうしよう。

今から俺が質問するから、はい・いいえ・分からない・言いたくないで答えてくれ」

「……いいの?」


 神妙な顔をされると、それはそれで調子を狂わされる。

俺が快諾してやると、アリスは嬉しげに頬を染めた。

散々翻弄されたが、この娘をどうしても憎む事は出来ない。

王女と聞いた後だけに、余計に笑顔に魅力が感じられた。

俺は苦笑して、小さな王女様との光栄なる会談を行う。


「まず――君は本当に王女?」

「はい」


 ――やっぱりそうなのか……


俺は絶望にテーブルに突っ伏しそうになる。

王女誘拐、確定であった。


「事情はハッキリしないけど、この国の王女なのか?」

「いいえ」


 厄介さに、拍車がかかった。

他国の王女が来賓する以上、下手をすれば国家間の問題に発展する。

当然、容疑がかかっている俺は自動的に世界の敵になる。

頼むから、誰か助けてくれ。


「あのホテルで俺を巻き込んだのは偶然?」

「……。

――言いたくない……」


 そこ、そこが一番ハッキリしたいところ!

この娘が部屋に無断侵入するまで、俺は熟睡していて気付かなかったのだ。

その時何が起きたのか、前後がまるで分からない。

偶然なら説明のし様もあるのだが……仕方ない。

とにかく今は、身の安全を確保せねば。


「君を追う犯人に心当たりは?」



「――お母さん」



「は……?」


 少女は――ゆっくりと、言った……


「お母さんが、わたしを殺そうとしているの」


 寂しげに……微笑んで。

粉雪のように儚く消えそうな笑顔。

茫然自失の俺の脳裏に、少女の言葉が思い浮かぶ。


"――居ないよ・・・お父さんもお母さんも…"



 居ない――親と呼べる・・・・・人は。



俺は――少女の微笑みの正体を今、知った。
















































<第五章 その13に続く>






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