Ground over 第三章 -水神の巫女様- その21 先行き
---------------------------------------------------------------------
街中が活気に満ち溢れていた。
並ぶ建物は次々と窓が開かれて、久しぶりの陽気を存分に室内に取り入れている。
早速洗濯物を干し始める主婦もいて、なかなか微笑ましかった。
「賑わってるな、街中・・・・」
家から外に出ては人々は喝采を上げて、雨が止んだ事に喜び合っている。
今日一日はこの騒ぎが収まる事はないだろう。
どの顔もとても明るくて、涙を流して拝んでいる人もいる。
こんな街中でこの調子だと、広場はもっと大騒ぎになっているだろう。
また揉みくちゃにされるかと思うとゾッとするが―――
「本当に良かったですよぉー、皆さんすっごく喜んでくれてます」
さっきまで目を回していた妖精が、人々の笑顔を見ては我が事のように嬉しそうにはしゃいでいる。
相変わらずのキキョウだが、俺も今回は同意見だ。
一時は達成不可能かと思われた依頼も見事こなし、町に平和が戻った。
自然の脅威という恐ろしい敵を相手に、俺達は勝てた。
再び手に入れた青空に歓喜する人々に、俺は少し誇らしくもなった。
「でも、京介様。杖はそのぉ・・・完全に消滅しまして・・・・」
「別にいいよ。あんなもの」
盗賊団から取り上げた強力な力を持った杖を使ってしまった。
近隣一帯を覆う雨雲を吹き飛ばせるかどうかは賭けだったが、うまくいったのならそれでいい。
元より回収出来るとは思っていない。
確かに旅は続く。
王都へはまだまだ遠いし、旅先でこの前の盗賊団まがいの連中と戦う羽目になるかもしれない。
なるべく面倒事は避けるつもりだが、避けられない戦いだってあるかもしれない。
安全の意味を考えると、あの杖は本当に頼もしい道具だ。
でも―――容易く人を殺せる力でもある。
「平和利用できたんだから充分だろ。やばい敵が出たら逃げようぜ」
「そうですねぇ、怖いのは嫌ですぅー」
俺はこんな世界を認めない。
剣や魔法、戦いが当たり前の常識なんて受け入れるつもりもない。
俺はあくまで俺のまま、自分の世界に帰る。
モンスターや盗賊が旅の妨げになっても、別ルートで逃げればいいのだから。
「先の事を今考えるのは止めよう。
今日は成功を喜べばいいじゃないか」
「ですねぇ!わーい、ですぅー」
「喜びすぎ」
「うえーん、喜ばしい事じゃないですかぁ」
俺の言葉の一つ一つに反応するのが、なかなか楽しい。
・・・考えてみれば、こいつの存在がそもそも俺の世界観を覆すんだよな。
「・・・?どうしました、京介様」
「お前がそのまま風に流されていけばよかったのに、て思って」
「ず、ずっと一緒にいたいですぅ!連れて行ってください―」
「しがみつくな!」
時間帯は午前―――
心地良い朝の空気に導かれるように、俺達は広場へと戻った。
水溜りが多く残る広場は、今だ人で埋めつくされていた。
無事快晴になった事への興奮は冷めたようだが、喜びの渦は消えていない。
顔を寄せて談笑する人達、今後について具体的に展望を話し合う人達・・・と、まばらだ。
ふと見ると、明らかに町の人間ではない装いをした者達もまだ多く残っていた。
観衆に紛れていたのは知っているが、町が晴れを迎えた事に喜んでくれているのだろうか?
広場の入り口で立ち尽くしていると、中央にいた葵が気付いてこちらに歩いてくる。
「戻ったか、友よ。キキョウちゃんも無事で何よりだ」
「えへへ、ただいまです」
耳元でパタパタと羽を振るな。
―――今思ったのだが、もこいつ羽はしかして犬の尻尾と同じなのだろうか?
元々感情表現が豊かな奴なので、十分ありえる推察だった。
嫌な発見に脳細胞の無駄遣いを感じてしまう。
「こっちの騒ぎはどうなんだ?街中も結構なものだったけど」
「町長殿にも涙ながらに御礼を言われた。貴方達はこの街の救世主だと―――
良かったな、友よ」
「一番良かったのはお前だろうが」
さっき大勢の人間の前で演説していたお前の姿を忘れてないぞ。
「何を言う。友の喜びは我輩の喜び、我輩の喜びは友の喜びだ。
我らは死ぬまで一心同体なのだぞ」
「・・・一刻も早くお前とは縁を切りたくなってきたぞ、この野郎」
今日はもうこいつの独壇場だ。
俺としては昨晩貫徹した疲れと、無事成功した達成感に身を任せて眠りたい。
「大体、町が本当に救われたのかどうかは分からないんだぞ」
「?どういう意味だ、友よ」
「つまりだな―――」
浮かれる街の人達に聞かれないように、広場の隅による。
広場の周辺は木々が植えられており、身を隠すにはもってこいだった。
「俺はあくまで雨雲を吹き飛ばしただけだ。
狂った気象が正常になってくれればいいが、異常気象が続けば雨雲はまだ発生するかもしれない。
それに無理矢理天候を変えたんだ、別の異常を誘発する可能性だってある」
結局、今回の街に訪れた長雨の本当の原因は分からなかった。
水神ではないと断定し俺は雲を吹き飛ばしたが、急激な天候の変化は自然体系に悪影響を及ばすかもしれない。
俺は気象士でも天候観測士でもないから分からないが、まだ何かあるかもしれないのだ。
それに、この世界にはエナジーがある。
どういう要素が絡んで何が起きるか―――何も想定が出来ない。
街の未来はまだ、明るいと決まった訳ではない。
俺の指摘に葵は腕を組み、真面目な顔をする。
「我々は可能性を切り開いた。これは大きな事だと思う」
広場に居る人々の顔を一つ一つ葵は見つめて、
「友は示したんだ。
例えどのような事態にでも、人間には立ち向かえる。
絶望の中にも一粒の希望の光は存在するのだと―――
大丈夫だ、友よ。
我々が居なくても、もう二度と街の人々が負ける事はない。
雨が戻っても、彼らは自ら切り開く道を選択するだろう」
「・・・・・・」
喜び合う人々、彼らはきっとこれからは戦っていける。
非力な者は非力な者なりに、無力な者は無力なりに―――
街の人達に戻った笑顔が何よりの証だと、葵は言った。
気取った言葉だが・・・・・俺も信じたかった。
負けないで欲しい、これからも―――
俺は万感の思いをこめて、そう願った。
俺に出来る事はもう・・・それしかなかったから。
「さ、友よ」
「ん?」
「お前に直接御礼がしたいと、大勢の方が集っている。今呼んでこよう」
「え・・・・?ちょ、ちょっと待っ―――!!」
俺の制止を振り切って、葵は全力で人々の中へ戻った。
対応に何時間かかったかは―――思い出したくもない。
<続く>
-------------------------------------------------------------------
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。