Ground over 第三章 -水神の巫女様- その6 召還
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あれよあれよとトラブルに巻き込まれた一日が終わり、新しい朝を迎える。
もしやと思い窓から外を眺めてみるが、街中には変わらず大量の雨が降り続いていた。
俺達はこの雨をどうにかする為に,水神とやらを呼び出さなければいけないのである。
考えれば考えるほど頭の痛くなる依頼だったが、俺としても他人事では済まされない。
降り続ける大量の雨を何とかしないと、元の世界への糸口となる王都への道が閉ざされてしまう。
それは充分分かっているのだが、不安は全く消えなかった。
「友よ、今日も良き朝だな!
正に水神を呼ぶに相応しい一日となりそうではないか!!」
朝も早くから騒がしい人宿の同居人に、俺は窓から視線を動かす。
「昨日と同じ大雨じゃないか。これのどこが・・・
って、ちょっと待って」
聞き捨てならない事を今聞いた気がする。
俺は額を抑えながら先程の葵の言葉を吟味し、恐る恐る尋ねてみる。
「お前、今なんて言った?」
「ん?今日も良き朝だなと言ったぞ、友よ」
「いや、その後」
「水神を呼ぶに相応しい一日となりそうではないかと言った。
耳が悪くなったのか、友よ。朝食を頼んだほうがいい」
俺は腹が減ったら耳が悪くなるという腐った機能なんぞ持っていない!
まあ、そんな事はどうでもいいとして、
「今日呼ぶのか!?」
「当然だ。町長はあれほど懇願していたではないか。
一刻も早く水神を呼んで、怒りを静めてもらおう」
行動力があるといえば聞こえはいいが、こいつの場合超楽観的な体質が曲者なのである。
俺はズキズキ痛む頭を抑えながら、低い声で呟いた。
「昨日も言ったけど、本当にお前水神なんてものを信じているのか?」
「何だ、友よ。まだそんな事を言っているのか。
この世には我々人間の理解を超える存在がいるのだぞ。
水神がいてもなんらおかしくはあるまい」
寝巻き姿で力説するような事か、それは。
俺はどういえばいいのか悩みながら、質問を続ける。
「仮に一万歩くらい譲っているものとしよう。
それを呼び出すのはあのキキョウだぞ?
大雨を長期間降らす事ができる神さんを呼び出せる実力があると思っているのか?」
俺が聞くと、葵はくわっと目を見開いて俺に迫る。
思わぬ迫力にびっくりする俺だが、葵は気にしない様子で声を張り上げた。
「友よーーーー!!お前は仲間を信じられないというのかぁぁぁぁーーーーー!!」
「い、いや、俺は言いたいのは・・・・・」
「キキョウちゃんがどんな気持ちでこの仕事を引き受けたのかわかるか、友よ!
悩み苦しむ町の人達を救い、水神の怒りを沈めて平穏を取り戻そうとする崇高な気持ちからこそだ!!
妖精の鑑ではないか!」
妖精の鑑って、お前妖精に会ったのはキキョウが初めてだろうが!?
と口を挟めないほど、葵は迫力満点で迫ってくる。
「キキョウちゃんはきっと成功する!
例え過去99回失敗したとしても、100回目こそ真価を発揮するだろう」
その根拠は何だよ、一体。
質問しようとした俺よりも尚早く、葵は堂々と宣言する。
「何故なら今の彼女には・・・・・我々という頼もしい仲間がいるからだ!」
何で99回も失敗して、仲間がいたら成功するんだ?
こいつの理論は相変わらずよく分からない。
葵はテンションがあがって来たのか、無意味にベットの上に立った。
「仲間を信じる思い、人々を助けたいという思い、支えられているという思い。
その思いこそが力となり、神をも招き寄せるのだ。
我輩と友、そしてカスミ殿で彼女を応援しようではないか!!」
・・・・漫画とアニメの見すぎだ、お前。
ゆっくり寝たにもかかわらず、疲労がどっと押し寄せてきた。
「よし、そうと決まれば早速行動開始だ!
町長と今日の算段を話し合ってこよう」
「あ!?お前・・・・・・」
「大丈夫だ、友よ!前準備は全て我輩に任せておけ!」
「誰がそんな心配しているか!!あのな、お前・・・・
こら、さっさと行くな!!」
早々と着替えたかと思うと、葵は俺の静止を振り切って部屋から出て行った。
ドタバタと足音が階下へと遠ざかっていくのが聞こえる。
まだ町長が起きているかどうかも分からないのに、元気な奴である。
今から追いかけてももう無駄なので、俺はシャツを脱いで着替えに入った。
「たく、何も今日する必要はないってのに・・・・」
雨が降る原因が水神にあるというのなら、いずれにしても呼び出さなければいけないだろう。
だが、何も今日呼び出す必要はない。
雨が確かに降り続いているし、雨量も蓄積されて河も膨大な流れとなっているだろう。
このままほっておけば河は氾濫し、町が水の底と沈む可能性がある。
だが、それは別に今日や明日に起きる訳ではない。
なら、ゆっくり召還術とやらを練習して成功するようにすればいい。
そうすれば、もしかしたら・・・・・・
俺達が元の世界へ早く帰れるようになるかもしれない。
そう考えると、この試みは成功すれば葵はともかく俺には希望となる。
なのに、あの馬鹿には目先しか見えていない。
「今日にしたって出来るとは思えないしな・・・・」
昨日頼まれて、今日いきなりやると言われたら誰でも混乱する。
町長も召還の瞬間は見たいだろうし、街の住民達も全員が望むだろう。
キキョウだって今日いきなりと言われたら、心の準備もできないに違いない。
俺は今も奮戦しているだろう葵に想像し、俺は投げやりなため息をついた。
数時間後―
「はっはっは。まさか、この目で水神様を拝める日が来るとは思わなかったですな」
「妖精様って本当にいたんだね!僕、はじめて見ちゃった!!」
「な?可愛いだろう?俺の話に間違いはなかったべ・・・!?
いってーな!」
「馬鹿!無礼な口をきくんじゃないよ!
妖精様に聞こえたらどうするんだい!!」
「雨続きだったこの町にようやく青空が戻ってくるんだねぇ・・・・ぐす・・・」
「もう・・・泣かなくてもいいじゃない、おばあちゃん」
・・・・・・・・・・・・何ですか?
何なんですか、この人数はぁぁぁ!?
見渡す限り人、人、人――
下手をすれば100人超えているのではないかと思える程の人間が群れをなして、俺達を中心に集まってきている。
人々の目は中心にいる俺達に、俺達の中心にいるキキョウに視線が向けられていた。
「どうした、友よ。口をパクパクさせてからに」
「やかましいわ、首謀者!
いきなり準備が整ったから来いと言われて来て見れば、どこから集めたこの人数は!!」
葵が朝方飛び出したきり帰ってこないので、リビングに集まった俺やカスミ達は比較的にのんびりしていた。
町長さんも一緒に出かけたと聞いて嫌な予感はしたが、奥さん手作りの朝ご飯の美味さにすっかり忘れていた。
そんな矢先、葵が強引に呼び出してこの有様である。
町の中央広場に連れてこられた俺の前には、大挙して人が集まっている。
今では俺達を中心に半径五メートル以上の円で皆囲んでいるが、その理由はもう聞くまでもない。
キキョウが水神を呼ぶのを見物するつもりなのだろう。
俺は事の原因を睨み付けて問いただすと、
「ふ、簡単な事だ。
今日の正午に水神を呼び出すという触れ込みを町長に頼んだらこうなった」
「町長さーーん!どこですかーーーーー!!」
俺は即座に事の原因その2を探すと・・・・・いた!
あの人、何やってるんだ!?
いつのまにか遠巻きに離れて野次馬の一員と化している町長にキツイ視線を向けると、俺に気づいた町長は何故か爽やかな笑顔を浮かべた。
「どうかよろしくお願いしますねーーーー!!」
『お願いしまーーーーーーす!!』
町民全員ハモってるし・・・・・・
遠巻きに笑顔で無責任なエールを送る町長達に、俺は額に青筋を立てた。
その団結力をもっと他に活かせないのかと思ったが、今はそれどころじゃない。
「どうするんだよ!?もう後には引けなくなったぞ!」
このまま俺だけ逃げようかとも考えたが、人々は退路を塞ぐかのようにまんべんなく囲っている。
中には俺たちに向かって一心に拝んでいる人もいて、逃げようとする気持ちはどんどん萎えて来た。
困り果てる俺に、事態の成り行きを静観していたカスミは言う。
「何が何やら分からんが、この騒動は葵の仕業のようだな」
「一から十までこいつの仕業だ」
半眼で観衆ににこやかに手を振っている葵を睨みながら俺は言うと、カスミはキキョウに顔を向ける。
「どうだ、やれそうか?」
「はい!私、頑張りますですぅ!」
「こらこらこら、ちょっと待て!!
あのな・・・・・」
皆に応援されての事なのか、キキョウはやる気に顔を赤くしながら中空を飛んでいる。
そんなキキョウを止めようとして、逆にカスミに止められた。
「不安材料は残っているがもうやるしかないぞ、京介」
「だけど・・・」
「ここまで来てやれませんとはもう言えまい。
こうなれば、彼女の成功を祈るしかない」
神妙な表情で諭されて、俺はキキョウに顔を向けた。
キキョウは純粋な笑顔を俺に向けて手を振る。
その表情には心から町民達を助けたいと願う意志の強さがあった。
打算も何もない、人を助けたいと思う気持ち――
ふと顔を向けると、町民達が、葵が、カスミが、皆がキキョウに信頼のこもった眼差しをむけていた。
俺は考え、そして言った。
「キキョウ!」
「は、はい!!」
こ、これもあくまで元の世界へ帰る為。そう帰る為だ。
俺は恥ずかしさに顔が熱くなるのを自覚しながらも叫んだ。
「頑張れよ。
・・・・・信じてやるから」
キキョウは信じられないものを見るかのように俺を見て、涙を流しつつ笑顔で頷いた。
「任せてくださいですぅ!!」
キキョウは羽を羽ばたかせて一同が顔を上げる中、空中で停止する。
そのままの姿勢で細い両腕を掲げて、キキョウは声を発した。
『・・・・ラル・クルカレ・リニラ・・・・・・・・』
浪々と、感情無き低音で放った言葉にはいつものキキョウはいない。
固唾を飲んで見つめるとキキョウの手の平より光が生まれ、掲げる手の先で膨張していく。
『・・・・悪しき存在を断つ為に・・・・・』
光は雨すら弾き、曇りの見える空に異彩を放つ。
魔法だの何だのは今でも半信半疑な俺だが、それでもあの光が術により発現したのだとは分かる。
それに、キキョウの唱えている言葉――
隣の葵を見つめると、真剣な顔で頷いた。
俺達がこの世界へと連れて来られた時に聞こえた言葉そのものだった。
『・・・・来れ、我が前に!!!』
周囲を轟かせる音量をもって叫んだ声と同時に、光は閃光となり俺達の目を焼いた。
「く・・・・」
「キャア!?」
「うわっ!?」
人々の悲鳴が響く中、中空がまるで捩れたかのような音が響き渡る。
俺もたまらず目を抑えて肩膝をつくと、やがて周りは静寂が戻っていった。
光は消え、音は焼失し、残されるは人々の呻き声と流れるような雨の音。
そして―――
「・・・・ぇ・・・・」
幻聴か、否か。
耳に届きしその響きは、自分の前方に聞こえてくる。
まるで深遠の闇に浸透するようでいて、冷たき静寂に満ちた矛盾なる声。
俺はまだ光の残影がちらつく瞼を開けて、前を見る。
・・・・・・・え?
俺は自分の目を疑った。
「・・・・・・・・ぁ・・・・・」
深い漆黒の双眸に、ぴんと通った鼻筋。薄い唇。
そして何よりも・・・・その整いすぎた顔立ち。
腰まで届く流れるような黒髪を背に、漆黒のドレスを纏った神秘的な雰囲気を醸し出した一人の女。
俺は――――
その女性を知っていた。
「氷室・・・・巴・・・・」
雨は静かに、彼女を濡らす。
だが、気品に溢れた美貌は雨ですらその輝きを消すことは出来なかった。
<第四章 水神の巫女様 その7に続く>
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