Ground over 第一章 -始まりの大地へ- その2 逃走
エンジンを熱く燃やし、広がる草原を全速力で駆け抜ける。
果てしない大空の下、俺達はただひたすらに追われていた。
「ちょっと待てよ!? どうしてあんな恐竜がこんな所にいるんだ?!」
以前家にある図鑑で見た事があるが、あのティラノサウルスの全長は約5〜10メートル、大型だとそれ以上といわれている。
それに比べると、今俺達を追いかける恐竜はかなり見劣りする。
――のだが、俺達を楽勝で噛み砕けるのは確実なので、何の救いにもならない。
「きょうりゅうって何ですかぁ?」
俺の肩に乗って、後ろの様子を覗っている呑気な妖精がこちらをのぞき込む。
「いや、だから俺達を追いかけているあのでっかいトカゲだ!!」
ウヒィ、デカイ図体の割に足が速いじゃないか!!
背後からの恐竜の足音が大きくなっていく恐怖に震えながら、俺は必死でバイクを走らせる。
「うーむ、まさかいきなりこんなモンスターに出くわすとは。まさに冒険の醍醐味!」
「何でそこで喜んでるんだ、お前!!」
「ビデオがないのが惜しいな。せめてカメラで撮っておこう」
カシャカシャ、ご丁寧にフラッシュまでたいて葵は撮影をする。
「撮影なんぞするなーー! 命かかってるんだぞ、おい!!」
「はえ〜、何ですか!? 何ですかこれ!?」
「ふふ、教えてあげよう。これはカメラといって――」
「ほうほう」
二人は、カメラについて楽しそうに会話をしている。
俺は二人の呑気さに、頭を抱えたくなった。
「そうじゃないだろう! おい、そこの便所虫」
「うえーん〜、便所虫って私の事ですかぁ〜?」
「お前以外に誰がいるんだ!
率直に言うぞ、あれをどうにかしろ」
「あれって・・・・・・"ヨルキメデス"さんの事ですか?」
ヨルキメデス? 聞き慣れない単語に俺は尋ね返す。
「何だ、そのヨルキメデスって言うのは?」
「あのモンスターさんのお名前ですぅ。
"アール高原"に住み着いている特殊なモンスターさんで、高原の主とかいわれていますぅ」
「ほう、いわゆるここのボスキャラという事だな」
オカルトと共に、ゲーム通でもある葵が分かりやすい助け船を出した。
「その"アール高原"って何だよ!?
日本に――いや世界にもそんな地理はないぞ!」
「いい加減認めたらどうだ、友よ?
どこをどう見ても我らは異世界へに来ているぞ」
「異世界って、お前・・・・・・」
あの大学の登下校中にはない草原。
視線を凝らしても先の見えない大地の彼方。
そしてモンスター。
俺の知らない世界がここにある。
「わかった。
とりあえずその辺の事情はこのモンスターその2に後でしっかりと説明してもらうとして、だ」
「えぐえぐ・・・・・・モンスター扱いされましたぁ〜。ひどいですよぉ」
「とりあえず現状を何とかしよう。このままじゃ俺達、あいつに齧られて終わりだ」
バイクとヨルキメデスとやらのスピード差を比べてみると、バイクの方が少し速い。
しかしそれは少し速いだけであって、引き離せるほどのスピードではない。
「おいお前、何か出来ないのか? あいつを倒す秘策とか」
「私じゃ無理ですよぉー
ですから"召喚術"を使ったんですからぁ」
「それだ!
先程から気になっていたのだが、召喚という事はまさか――我らをこの地へよんだという事か!?」
葵はキキョウの話を聞いて、ずばりと言い放つ。
「はい!
ちょ、ちょっと予定外の世界に繋がって焦ってましたけど、助けて下さって嬉しいですぅ」
「ふっふっふ、我らを呼んだ君の行動は正しい。
君は偉大なる勇者二人をよんだといっても過言ではないぞ」
「そこで喜ぶなよ! 明らかに手違い臭いぞ!?
ようするにこのモンスターを何とかして欲しくて、他力本願全開で俺達を呼んだんだろう?」
「はい、ちょっと違うますけど――大体そうですぅ」
キキョウは小さな羽をぱたぱたさせて、こくこくと頷く。
「つまり・・・全部お前の責任じゃねーか!!」
ハンドルを片手に、俺は妖精の身体をぎゅっと握る。
「うえーん・・・・・ごめんなさいぃ〜、許してくださいぃ〜」
「落ち着け、友よ。この子を責めても事態は解決しない」
「分かってるよ!
でもお前、俺達がこんな目にあっているのはこいつのせいなんだぞ!
文句の一つくらい言ってやりたいだろうが!!」
本人の承諾も得ないで無理やり連れて来させられて、命の危機に巡りあっているんだ。
本当ならあのまま家に帰って、実験の一つでも平和に出来た頃だったものを。
「まあ確かにこうなってしまったのは、彼女が我々をよび出した事に発端はある」
「あうぅ〜」
「だが、考えてみろ。実際に彼女はこうしてモンスターに襲われていた。
しかも命に関わるほどの瀬戸際だ。ほっておけるか、彼女を?」
「それは――」
関係ない、そういうのはひどく簡単だ。
現実なんてそんなものだろう。
今目の前の生活が豊かなら、周りに関心なんてそうそう持たないのが人間だ。
俺が日本で御飯を美味しく食べている間、世界で万を超える人間が飢えて死んでいる。
その事実に対して、悲嘆にくれた事なんて一度も無い。
ましてや、別の世界のファンタジックな存在が殺されてどうだというんだ。
――そう言いたいのに、目の前の妖精の困った顔が俺から非難をうち消す。
「・・・そうだな、責めるのはいつでも出来る。
その代わり、後でちゃんと全部教えろよ」
「は、はいぃ! ありがとうございますぅ!!」
しゅんとしていた顔が一変して、キキョウは本当に嬉しそうな顔をする。
ころころ表情を変えるこの妖精に、俺は少し微笑ましいものを感じた。
「ふむ。では――!?
友よ、ハンドルを切れ!!」
「!?」
俺は咄嗟に右に思いっきり切り、急な方向転換をする。
タイヤが重圧に悲鳴を上げ、地面がえぐられて削れる。
そしてその一瞬後、それまで進んでいた俺達の進路地点にヨルキメデスが牙をたてる。
「どうやらまごまごしているうちに追い込まれたようだな」
「くそう・・・このままじゃ殺られる・・・」
じわじわと襲いかかる恐怖と絶望に、ハンドルを握る手に震えが走る。
「おい、妖精。このまま走るとどこに辿り着くんだ?」
何しろ目的もなくただ逃げているだけである。
このまま走って崖とかに辿り着いたり、自然の袋小路だったりしてはたまらない。
「ちょ、ちょっと待ってくださいぃ!!」
キキョウは俺の肩から離れて、そのまま天高く舞い上がる。
そのまま青空に溶けていきそうな錯覚に陥り、俺は思わず目をしばたかせる。
「ほう、妖精はあれほど空高く飛べる物なのか、ふむふむ」
「・・・・・・お前さ、メモを取るのはいいけど、そんな物どうするんだ?」
「決まっておろう!
今日という記念すべき日の出来事を、嘘偽り無く全てを記録しておくのだ。
冒険の基本だぞ、友よ」
「何が基本だ!
それよりこの状況をどうにかしないと記録もないもないぞ」
「確かにこのままでは逃げる事も不可能そうだ。
京介、お前の発明品で何とかならないか?
いつも何かいろいろともってきているだろう、お前は」
日頃俺は大学やプライベートなど暇な時間を見つけては、化学の研究に余念がない。
そのために、常にリュックをぶら下げて中に一通りの道具を揃えている。
「そんな事言っても、恐竜相手に・・・・・・そうだ!
あれが使えそうだ!!」
何でこんな事を忘れていたんだ、俺は!?
せっかくの研究を生かすいいチャンスじゃないか!!
「分かりましたぁ! 現在はアール高原を北西に進んでいます。
この進路ですとこの先に『アール高原案内所』、その先に『ルーチャア村』がありますぅ」
空から舞い降りたキキョウは、ちょこんと俺の肩にとまる。
どうでもいいが、葵の肩にとまれ。
「じゃあ、とりあえずその案内所とかに行って見るか。そこなら安全だろう。
だが、その前に/・・・」
逃げる俺達にいらついてのか、背後から狂暴なうなり声が聞こえる。
俺はその迫力に息を呑む。
「うう、恐いですぅ〜〜」
「――葵、俺の背中のリュックから目覚し時計を出せ」
「目覚まし? そんなもの一体どうする気だ、友よ」
「いいから早くしろ! このままあいつに追われる訳にはいかないだろうが」
うまくいくかどうか分からないが、やってみる価値はある。
幸い、授業中に改良は完成させている。
「分かった・・・・・・あった、これだな」
葵はリュックから時計を取り出し、俺に見せる。
横目で確認した俺は、次に自分の腕時計をチェックする。
『PM 17:36』
現在時刻を確認した俺は、すぐさま二人に伝える。
「目覚ましを『17:40』にあわせてタイマーをかけてくれ。
それから先はお前の仕事だ、キキョウ」
「キキョウ・・・・・・な、名前で呼んでくれましたぁ!
何ですか、京介様! 私、何でもしますぅ!」
なぜかとても嬉しそうに、キキョウは使命感一杯と言った表情をする。
? 変わった奴だな・・・
「いいか、この時計を持ってお前はあいつの上へ飛び、あのでかい顔にぶつけてくるんだ」
「え、えーとぉ・・・・・・ 『トケイ』とはこの鉄の固まりの事ですかぁ?
針が進んでいますぅ〜」
キキョウは珍しそうに、時計の表面をつんつんつつく。
「そんな事はいいから早くしろって!!」
ハンドルを巧みに操作しながら、俺は草原の中をバイクで駆け抜ける。
幸いにもごつごつとした障害もなく、なだらかな草原が続いているだけで運転しやすかった。
「分かりましたぁ! うんしょ、うんしょ――」
よろよろしながらも、両手に時計を抱えてキキョウは空中を飛び回る。
様子がどうなっているか知りたい所だが、さすがに後ろを向いての運転は出来ない。
焦りと不安が、心の中を躍動する。
「葵、どうだ? あいつ、うまくやっているか?」
タイマーは残り後二分。それを過ぎれば『機能』が作動する。
「んんっっ・・・・・・えーーーーーい!!」
「よし、うまくいった! 残り10・・・9・・・8・・・」
キキョウのかけ声、葵のカウントダウン、おそらくぶつかったであろう時計とモンスターの戸惑いの叫び。
それらが一つになった時、時は満ち――とっておきの機能が作動する。
――空気を轟かせる、爆撃。
「きゃあ!?」
たなびく風に轟く爆音、そして――
「グオオオオオオオオオオ!!!???」
『ヨルキメデス』の苦痛の咆哮が、高原に大きく轟かせた。
「と、友よ・・・・・・時計に何を仕掛けたんだ・・・・・・?」
さすがの葵にも、動揺の声が漏れる。
「タイマーの時間が来たら、時計に仕掛けている火薬と反応して自爆するようにしたんだ。
下手なアラームの音より、起きられるだろう?」
ちょっと爆発規模が予定よりでかかったけどな。
俺は心の中でそう呟いた。
<第一章 始まりの大地 その3に続く>
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