Ground over 第二章 -ブルー・ローンリネス- その13 可能性




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「・・・以上が作戦の全内容だ」


 地図を前にしながらの俺が提案した作戦。

全てを話し終えて、聞き手側はやや呆然としている様子だった。

だがその一瞬後、葵は珍しく神妙な顔つきで手をあげる。


「京介先生、質問があります」

「うむ、言ってみなさい」

「間に合うのか、この作戦は?
もし今夜盗賊達が襲ってきたら、準備に手間取った場合手遅れになるぞ」


 お?なかなかいい点をつくな、こいつ。

さすがに長年腐れ縁ながらに付き合ってきた男だけある。

一から聞いていたキキョウは何がなんだかという顔で呆然としているというのに。

俺は地図の全体を指差して、慎重に説明をする。


「そこがこの作戦における懸念材料だ。
用意周到に越した事はないが、何しろ時間がない。全てを完了させるのには今からでは不十分かも知れない。
だけど・・・」


 俺は一同を見渡して、真剣な顔つきで見つめる。


「やるしかないだろう。俺達にできるのはこれしかない」


 思いついた作戦を一から念入りに組み上げて、さらに修正を加えた。

だが元々が俺たちに圧倒的に不利な戦いである。

力不足な点を補うのには、明らかに現実は厳しい。

しかし、村人達の平穏と冒険者達全ての命がかかっている以上、やるしかない。

静まり返った場に、年月が過ぎた人間特有の太い声が入る。


「問題はまだあるだろう?
この作戦、力技でもなんでもない。結局最後は運でしかないだろう。
こんな作戦で本当にお前ら、本当に立ち向かうつもりか?」


 俺達は作戦決行による準備のために、高原の案内所へと戻った。

出立した筈の俺達が戻ってきた事に親父さんはひどく驚いていたが、今までの事情を話して、

今はコーヒータイムがてらに作戦会議中である。

幸い、他にお客さんもいないのでほぼ貸切となっている。


「俺達にできる事はこれしかない。
武力も、兵力も、魔法も何にも持ち合わせていない一般人だぞ。
これ以上に何ができるってんだ?」

「俺が言っているのは、どうしてお前らがこんな無茶してまで立ち向かうかって事だ。
正義感を振りかざしているならやめておけ。命ほど大切で、脆い物はねえ。
義理や人情って言うなら、お前は立派に果たした筈だ。
これ以上踏み込むのは、言い方が悪いが余計なお世話だぞ」


 傷ついたカスミを救出した事を言っているのだろう。

親父さんが俺を見る目は厳しいが、優しさがこもっている。

毅然として制止してくれるのは、正直気持ちは嬉しい。

事実、今からやろうとしているのは可能性の低い運任せの作戦だ。


「俺としては別にいいんだけど・・・」

「うん?」


 疑問符を浮かべる親父さんに、俺は快活に笑ってテーブルの二人を見渡す。


「こいつらがどうしても納得がいかないそうだ。このまま見捨てたくないってさ」


 俺もそうだ、とは言わなかった。

まだ成功も何もしてないのに、自分を誇るような真似は見苦しいだけだ。

科学の世界でもそれは変わらない。

結果を出さない限り、過程は塵のように儚く埋もれてしまうのだ。

俺の同意を求めた言葉に、キキョウと葵は当然とばかりに頷いた。


「勿論だ。我らはこの世界での英雄ロードを歩く者達。
たかだか盗賊如きで足踏みするほどやわな神経は持ち合わせてはおらん」

「私もですぅ!カスミ様達をほってはおけませんよぉ!」


 二人の熱い言葉に苦笑しつつ、俺は親父さんの方を振り向いた。


「だとよ?」

「・・・なるほど、おめでたい奴ばっかりって所か。お前のメンバーは」

「俺をリーダーみたいに言うなよ!?」


 あまりにも心外な言葉に顔をしかめると、親父さんはカラカラ笑ってカウンターに戻った。

そして背中を向けると、棚や引き出しをごそごそ漁り始める。


「・・・・注文の品は用意はできる」

「本当か!?」


 案内所に来たのは、何も落ち着いて作戦を立てる場所を探して来ただけではない。

ある物を親父さんに準備してほしくて、ここまでやって来たのだ。

この作戦に不可欠な物を・・・・


「まったく、儲けにもならねえ事をさせやがって」

「人助けに一役買っているんだぞ。慈善事業もやっておいて罰はあたらないぞ」

「馬鹿いえ!こっちは商売でやってるんだ。
ま、貧乏人からたかっても仕方がねえからな。ツケにしておいてやる。
出世払いで返してもらうぜ」

「この世界に長く留まるつもりはないが覚えておこう」


 憎まれ口の叩き合いをやりやっている間にも、親父さんはきちんと用意をしてくれていた。

問題は数だが、どうやら作戦に必要な分は準備できそうである。

俺達も俺達で準備を進めなければ。

俺は再びテーブルに戻り、空いている席の一つに座った。


「当面の問題だった例の物の準備はできそうだ。次に、俺達で用意を整える。
まずはこれだ」


 俺はリュックに付いているポケットのチャックを広げ、小型の機械を数個取り出した。

大きさにして2ミリ程度、指で摘まめる程のサイズである。


「わあぁ〜〜!何ですか、これは!」


 興味しんしんとばかりに、キキョウは俺の肩に止まって見つめる。

こいつは本当に何にでも興味を示すな・・・・・

俺は苦笑しながら、一つ手に掴んで説明する。


「これは既存からの改良型盗聴器だ」

「トウチョウキ?何ですか、それは?」


 一つ一つ説明するのは大変だが、それはこの世界での俺も同じ事なのでちゃんと解説してやる事にした。


「簡単に言えば、他人の会話を聞き取れる道具だ。
これを例えば他所の家に設置すると、機械を通してその家の中の声が聞き取れるんだ。
小型化して、高性能に仕上げている。
小声は少し耳障りになるが、普通の会話程度なら簡単に聞き取れる代物だぞ」

「そ、それって覗きと変わりないじゃないですか!」


 人聞きは悪いが、使用用途はそういう事になる。

何故か顔を赤くするキキョウとは違い、葵の目を冷たい。


「ちなみに聞くが、友よ。そんな物を持っているのは何ゆえか?」

「何だ、その目は。一応いっておくが、俺は盗聴の趣味はないぞ。
ただ工学上興味があったから、試しに作ってみただけだ」


 事実である。

少なくとも、他人のプライバシーを干渉する程俺は暇じゃない。

葵と話しているとこじれそうなので、俺はさっさと話をすすめる。


「で、ここからが君の出番だ、キキョウ」

「はぇ?私ですかぁ!!何でもやりますよぉ、私!!」


 目をキラキラさせて、俺の眼前に擦り寄らんばかりに迫ってくるキキョウ。

鬱陶しいので手で軽く払いながら、俺は作戦の一部を説明する。


「いいか?さっきも言ったが、これは遠くからでも会話が聞き取れる道具だ。
俺達は今後の活動において、情報が何よりの重要さを占める。
お前はこの道具をルーチャア村の見張り台、宿舎の食堂、カスミの部屋に仕掛けて来い。
なるべく目立たない所に置けよ。
テーブルの下とか、棚の傍とか」

「カ、カスミ様のお部屋にもですかぁ?」

「ほう、カスミ殿の部屋にか。なるほどな・・・・・」

「何が言いたいんだ、お前らは!!!」


 真剣に話しているのに、人をそんな変態を見る目で見つめるな!

確かにやろうとしている事は犯罪の一歩手前だが、状況が切迫している以上仕方がない。


「ほら、さっさと言って仕掛けて来い。
時間がないから、全速力で行けよ。俺達も準備が整い次第すぐに向かう。
それと誰かに見つかったら、何にも言わずに逃げろ。いいな?」


 こいつの場合、変に言い訳したら泥沼になりかねない。 

身体そのものは小さいから滅多に見つかる事はないと思うが、キキョウの場合警戒して一人前である。


「分かりましたぁ!え〜と、普通に置いておけばいいんですよねぇ?」

「そう、別に弄る必要はない。手軽に盗聴できる優れものだ」

「ほう、手軽にね・・・」

「物事ははっきり言った方がいいと思うぞ、葵」

「エレガントなジョークではないか。そんなに首を締めるな、友よ」


 こいつと話しているといつも疲れる・・・・


「京介様、取り付けが終わったら私はどうすればいいのでしょう?」

「作戦はさっき話しただろう?一度合流しないといけない。
村から若干離れているこのポイントに天然の洞窟がある。日が沈んだらそこへ来い」


 村周辺の地形はもはや完全に把握している。

カスミの立てた作戦の際に一度、そして今回の作戦のために頭に叩き込んだ。

地図を見せて、俺は洞窟のあるポイントを指し示した。


「分かりましたぁ!では、行ってきますねぇ!!」


 よいしょっと可愛い声を上げて、キキョウは盗聴器数個を重そうに担いで飛び立っていった。

う〜ん、今後のためにあいつ用の小型リュックでも作ってやるか。

いつも手ぶらでは何かと不便だろうしな。

キキョウが勇んで出て行った後、俺は葵に向き直った。


「キキョウの役割はあれでいいだろう。
後は本格的な作戦の決行時に役立ってもらう」

「あの娘は本当にいい娘だな。お前は果報者だぞ、友よ」

「あのなあ・・・・忘れているかもしれないけど、あいつが原因で俺達は面倒事に巻き込まれたんだぞ」

「いいチャンスではないか。
このロマンが広がる世界で、俺達が雄大に活躍できるんだ。感謝したいほどだ」

「こ、こいつは・・・・」


 俺も別にキキョウを恨んでいる訳でも、根に持っている訳でもない。

今更どうこう言っても仕方がないと分かってはいるのだが・・・・

俺は首を振って、頭を切り替える。

今は盗賊団の事に専念しよう。


「あいつの事はいいとして、俺達だ。
確認しておくけど、お前ちゃんと分担は分かってるんだろうな?
間違えましたじゃ済まないぞ」

「勿論だ、友よ。我輩に不可能はない。
一度聞いただけで全てを頭に記憶できる能力者だからな、はっはっは」

「嘘つけっ!都合の悪い事は全部忘れるだろうが!」


 この作戦の要はチームワークにある。

長年つるんで来ているとはいえ、こいつに命を預ける事に多大な不安を感じるな・・・


「おーい、これだけあればいいか?」

「お、揃ったか。どれどれ・・・・」


 カップのコーヒーを一飲みして、俺はカウンターに向かった。

木製の木目の繊細なカウンター上には、俺が頼んでおいた例の物が数多く陳列されている。


「上等。これだけ数があれば大丈夫だろう」


 時間がないのが痛い所だ。

タイムリミットさえなければ一度は実験をしてみるのだが、流石にそういう訳にはいかない。

心持ち不安だが、土壇場での勝負に出るしかない。


「葵、お前の鞄と俺のリュックに詰め込んで行くぞ」

「おう、早速取りかかろう。段取りの話し合いも事前にしておいたほうがいい」

「分かってる。あ、それとお前の荷物のあれ、改良するから壊れるかも知れんぞ」

「かまわん。人助けのためなら安いもんだ」


 やる気に満ちているのか、力強く頷いて葵は席を立った。

後で弁償しろとか言われたら嫌だったが、葵は気にしてはいないようだ。

今から村の周囲を探索して、作戦の準備に取り掛かる。

バイクで休みなしに駆け抜けれて準備を行えば、夕方までには完了する筈だ。

今夜襲撃をかけてこなければ、作戦成功率はアップするのだが・・・・・

いや、楽観的思考は命取りになるだけだ。

常に最悪を考えてこそ行動を起こせる。


「親父さん、世話になったな」

「行くのか・・・・・
一応言っておくが、俺は忠告したからな。この馬鹿どもが」


 俺と親父さんは今日初めて出会ったばかりの他人である。

だが、俺はこの世界で初めて出会った人間がこの人で良かったと心から思える。

俺はリュックを背負って、はっきりとこう言った。


「次来る時はあの女と一緒に来るよ。な、葵」

「当然だ。ソラリスを連れてくるのも悪くはない。
ここで派手に宴会と行こうではないか」


 何の制約もない、ただの口約束。希望的観測の結果から出た上辺の言葉。

だけど、それでも俺は約束する。

帰ってくるために。そして・・・・・・・





必ず助け出すために―――





「行って来い。ひよっこ冒険者ども!!」


 親父さんは太い笑みを浮かべて、力強くそう言ってくれた。

冒険者。

忌み嫌っていたはずの、否定していた筈の言葉が何故か気分が高揚する。

俺と葵もまた力強く頷き返して、案内所を後にした。











全ての準備は整った。

後は決戦あるのみ・・・・・・・












<第二章 ブルー・ローンリネス その14に続く>

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