Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その13 献辞
モンスターや盗賊が蔓延っている、ナズナの森。一度は避けた危険路に、俺はエンジンを噴かせてバイクを走らせていた。
改造も何もしていない普通のバイクだが、排気音やエンジン音はどうしても目立つ。クルマやバイクのない世界では、特に。
ナズナの森へ向かう路上で案の定、モンスターが追いかけてくる。ファイターラビット、この平原で群れを成しているモンスター兎。
仲間も誰もおらず、武器らしい武器も持っていない。戦う理由もないので、バイクを走らせて逃げる。
「モンスターといえど所詮は兎、バイクの速さには勝てないか。ファイターラビットは、兎の変異種なのかもしれないな」
自然豊かなナズナの森の中に、バイクで飛び込む。縄張り意識でもあるのか、ファイターラビットは追って来なかった。
ナズナの森道は当たり前だが整備も何もされておらず、木の根や段差のアップダウンが激しくて通常運転でも悪戦苦闘させられる。
プロならオフロードでも快適に楽しく走る事が出来るのだろうが、生憎バイクは趣味程度の腕。走れるだけでもマシと思うしかない。
危険と分かっていて、わざわざ単独でバイクに乗って森まで来たのには理由がある。
「――騒がしいと思えば、アホ面下げたお坊ちゃん一人か。そいつは馬か……? 妙なもんに乗ってやがるな」
「残念だったな。此処から先は通行止めだ、へへへへへ」
森道に立ち並んだ木の陰から、ぞろぞろと薄汚い男達が湧き出てくる。正直に言おう、心の底からビビってしまった。
科学者にあるまじき、計算外。危険は承知で来たのだが、危険に遭遇するのが想定よりも早い。本当に、早すぎる。
まさか森に入った瞬間、すぐに取り囲まれるとは夢にも思わなかった。エンジンを切らず、バイクを停止する。
何処の何者なのか簡単に予想がつくが、敢えて問い質す。
「……何なんだ、あんたらは。運転の邪魔だぞ」
「俺達はな――こういうもんだ」
数名の男達が取り出したのは、短刀類の武器。ナイフのようなお上品な武器ではなく、工具に等しい出来損ないの獲物だった。
錆や汚れが酷く目立っており、手入れも何もしていない。切れ味はさぞ悪かろうが、不出来な武器でも一般人には脅威だ。
ある意味名刺よりも分かり易い、自己紹介。俺はハンドルを強く握り締めて、低い声で問い直した。
「ナズナの森では盗賊が出るとは聞いていたが、おたくらか」
「知っていて一人でのこのこ来るなんて、馬鹿じゃねえのか。それとも、俺達に身銭を全部プレゼントしてくれるのかい?」
ガハハ、と黄色い歯を見せて男達は下品に笑う。翻訳機『トランスレーター』は便利だ、実に異世界人の俺に分り易く翻訳してくれる。
人数自体は少ない。過去カスミと共に戦った盗賊団に比べれば、規模も練度も低い。森をねぐらに通行人を襲うくらいが関の山なのだろう。
腕も実力もない、ゴロツキ。厄介なのは、鼻が利くこと。俺自身の実力は低いと見込んで、取り囲んだ。
エンジンを吹かしたバイクは彼らには未知の乗り物だろうが、脅威とは考えていないのだろう。それほど、俺がチョロい奴に見えるらしい。
――その見込みは当たっているけどな、うぐぐ。
「金目の物を大人しく出せば、許してくれるかな?」
「ははは、声が震えていやがるぜ坊や。素直に身包み置いて行けば、許してやるよ」
「てめえの乗っている、妙な馬も置いて行けよ。ひひひ」
殺されずに済むのは良心的なのかどうか、この場合よく分からない。肝心なのは、逆らえば殺される点だ。
声が震えている、か――異世界へ来てそれなりに修羅場は潜っているつもりだったが、根っこは変わっていないらしい。
恥じ入るつもりはない。俺は冒険者でも勇者でもないのだ。科学者を目指す者に、盗賊に挑む勇気は必要ないだろう。
科学者に求められるのは、頭脳。実権が想定通りに進まない事は科学者には当たり前の話、予想外に対応出来て一人前である。
「分かった。全部差し出すから、命だけは助けてくれ」
「物分かりがいいじゃねえか、僕ちゃん。お利口さんだぜ」
呼称はせめて統一してくれよ、ややこしいから。ありきたりな脅し文句といい、語彙は貧困な連中らしい。
教養のない人間だからと、軽く見るつもりはない。馬鹿な奴ほど、何をするか分からんのだ。
さて、上手くいくかどうか。タイミングを間違えれば、怒り狂った盗賊達に殺される。人殺しを躊躇させる法など、存在しないのだから。
俺はもう一度強くハンドルを握り――"クラクション"を、鳴らした。
「うぐあああああああっ!? 耳、耳がーーー!!」
「うおおおお、何だ、何だ、何なんだ!?」
「うるせぇぇぇぇぇーーー!!!」
クラクションは元々ラッパの形をしていたため、ホーンとも呼ばれている。現代人でも不愉快な音、異世界人には魔笛であった。
近距離で長時間鳴らされる警笛は人の鼓膜を震わせるだけではなく、耳を伝って脳髄にまで響かせる。盗賊達は、悲鳴を上げた。
囲みが解けたのを見計らって、素早くバイクに乗って発進させる。一瞬遅く、盗賊達が立ち直って武器を振り回す。
あっ……危なかった、少しでも逃げるのが遅かったら刺されていた。冷や汗が、伝う。
盗賊達が顔を真赤にして、追いかけてくる。広い平原ならともかく、此処は森。追い付かれるのは、時間の問題。
その点も承知済みだった。俺は逃げたのではない、盗賊達から距離を取ったのである。
彼らの、邪魔にならないた為に。
「友ぉぉぉぉぉーーーー!!」
広いナズナの森で、激しく鳴り響いた音がバイクのクラクションだと認識出来る生き物はあいつを除いて他に居ない。
恐るべき勢いで迫り来る、頼もしき腐れ縁。必死の形相の幼馴染に、熟練の女冒険者が追走してくる。
ナズナの森へ冒険に来ていた、葵とカスミ。盗賊に追われている俺を見るなり、二人は剣を抜いた。
「待たせたな、友よ。後は、我々に任せておけ!」
「面倒をかけさせてくれる――お前は、下がっていろ」
クラクションを鳴らした第一の理由は、彼らを呼ぶ為。静かな森の中で大きな警鐘を鳴らせば、必ず気付いてくれると確信していた。
盗賊を混乱に陥れた上で、冒険者である二人にぶつける。タイミングがズレれば殺されていたが、無事駆けつけてくれたので安心した。
驚いたのはカスミだけではなく、葵も参戦した事。剣の使い方もサマになっており、盗賊達を見事に退治していく。
慌てて命を奪おうとせず、まずは敵の戦意を削いでいく。すぐには倒せなくても、葵は慌てず敵を確実に傷付けていった。
結果、二人の冒険者は見事に盗賊達の捕縛に成功。森の植物を見事に活用して、カスミは全員を縛り上げた。
葵は剣を大事に鞘に収めて、俺の無事を確認して息を吐いた。
「突然クラクションが聞こえて驚いたぞ、友よ。我輩を呼んだその機転は見事であったがな」
「感心するほどの事でもないだろう。普通に助けを呼んだだけだ」
「何の準備もなくこの森に入ってくるから、おめおめと盗賊につけ狙われるんだ」
……どうやら、葵やカスミは盗賊達には襲われなかったらしい。連中、森の入口に網を張っていたのか。
道理で手際がいいと思った。俺も舐められたものだが、実際俺一人では為す術もなかったので彼らの認識は正しかったのかもしれない。
カスミの非難を甘んじて受け止めて、感謝の言葉を述べる。
「それで、この森に一体何の用だ? それとも、私達に何か用事か?」
「うーん……思いがけず、順序が逆になってしまったな」
「と、いうと?」
カスミはともかく、付き合いの長い葵は気付いたらしい。俺が何か企んでいると知り、目を輝かせる。
詰め寄ってくる男の顔を手でどかせて、俺は縛り上げられた盗賊達を見下ろす。
「まず二人に合流してから、盗賊退治に乗り出す手筈だったんだ。今後の為に、こいつらは邪魔だったからな」
「……また何か悪企みをしているのか」
自分の剣を携えたまま、カスミは呆れた顔をする。自分も巻き込まれるのだと察して、諦めたように息を吐いている。
生真面目な彼女には嫌がられるかと懸念していたが、案外何ともない顔であった。もう諦めたのかもしれないが。
葵は、言うまでもないだろう。どんな無茶な作戦でも、こいつは面白がって加わる。昔からそうだった。
俺は、二人に打ち明けた。
「『天照大神』の儀式、その真似事をする。修行中悪いけど、二人共手伝ってくれ」
「"アマテラス"……?」
下準備を進めていき、必要な人員を集める。各個別の目的を叶えた上で、大局を動かしていく。
冒険者組合への根回しも済んだ、盗賊達を捕縛してナズナの森の環境も整った。後は、実際に時計の針を進めていくだけ。
科学技術を持って、神様の如き偉業を真似ていく。
<続く>
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