Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その11 登録
ヤブガラシ村で蔓延している病気は、精神病の一種。「心の風邪」とも言われる欝症状を始めとする、心の病に侵されている。
やる気が出なくなり、気分も落ち込んで、食欲も無くなり、家に閉じこもってしまう。気持ちが、駄目になってしまう。
現代社会のストレスが生んだ病気が、まさか異世界でも蔓延しているとは夢にも思わなかった――訳でもない。
何処の世界でも、人間という生き物にさほどの変わりはないということだ。俺も受け入れつつはあった。
自分の世界でも確立した治療法はないが、この村においては病気の感染源はハッキリしている。村の過疎化が第一の原因だ。
人間の引きこもりそのものに定義自体はないが、長期に渡り社会や人間との交流を拒絶している状態だと言える。
ここで一つ、疑問が生じる。ヤブガラシ村はナズナ地方唯一の休憩地点であり、旅の交流所だ。人の流れがないのはおかしい。
貴重な燃料を燃やしてバイクを走らせ、俺は一人港町セージの冒険者案内所を訪ねた。
「我々冒険者や傭兵の質が向上しているのが、大きな理由ですね」
「安全な街道を地道に歩いていく必要がなくなった、と?」
港町セージで行った『テレビジョン放送』では、港関係の組合並びに冒険者案内所や教会がスポンサーとなってくれた。
女王との情報戦を支援する代わりに、CMを通じて彼らの商売を宣伝する。利潤を主とした関係を築き上げたのだ。
放送自体は終了したが、異世界初のCM放送は大きな宣伝効果を上げて、将来的にも莫大な利益を生み出されるだろう。
彼らとの交渉は俺が一任していたので、顔が利く。俺が訪ねると、わざわざ所長が対応してくれた。
「そもそもナズナの森に住むモンスターは人を襲いますが、強くはありません。
冒険者にしてみれば己の強さを向上する良い機会ですし、むしろ好んで行く者も多いのです」
「なるほど……うちの若い奴も今、修行に励んでいますからね」
何しろ、素人冒険者である葵が今ナズナの森でレベル上げに頑張っている最中だ。話としては頷けた。
時代時代によるだろうが、冒険者や傭兵の質が上がるのは悪い話ではない。問題なのは、ヤブガラシ村の価値が無くなるということだ。
安全とは、求められる事により価値が増す。危険を望まれているのなら、安全である事に意味がなくなる。
「冒険者や傭兵は危険を望むでしょうけど、一般の人間は安全な道を選ぶのでは?」
「貴方はよくご存知でしょうけど、これまで河路が閉鎖されていました。その為、人や物資の流れも滞っていたのです。
短期間ではありましたが、貴方の考案された『テレビジョン放送』により、これから先は交流も行われるでしょう。
どうです? 貴方がこの先協力して頂けるのであれば、我々は全面支援をお約束しますが」
「……商売人ですね、貴方も。考えておきますよ」
冒険者は己のスキルを案内所に提示する事で、仕事を得る。科学者も知識の共有は行うが、時と場合による。
魔法が確立している異世界で、科学技術を公にするのはリスクが生じる。技術が平和利用されるとは限らないからだ。
『テレビジョン放送』はスポンサーを得るべく説明はしたが、根本となる知識や技術は一切公開していない。
その為冒険者案内所や教会にこうして熱烈な交渉を受けていて、断るのも一苦労だった。
それにしても――長雨による港の閉鎖が、ここまで尾を引くとは思わなかった。
所長の話ならばこれから先交流も活発化して、人の行き来も行われる。あの村にも、旅人が訪れるようになる。
ただ病気を治さない限り、過疎化は改善されない。交流を拒絶していては、復興なんて望めないからだ。
病気が発症したのは交流が絶えた為なのに、交流を再開するには病気を治さなければならないというのは何とも皮肉な話だった。
「ヤブガラシ村に行かれたのですね。貴方達ご一行ならば、ナズナの森を通って問題はなかったのでは?」
「旅を急いているのは事実ですが、安全も確保しておきたかったのですよ。俺も一般人ですから」
「それで、村の問題にも直面してしまったということですね。今度は村の宣伝にいらしたのですか。
『テレビジョン放送』を再開されるのであれば、是非我々の力を頼って下さい」
「生憎別の人間が対応しているので、俺は今回傍観です」
港町の各所に設置していた手製のアンテナ類は廃棄したが、再設置は可能だ。テレビジョン放送の再開は問題なく行える。
村が活性化すればキキョウも喜ぶだろうが、CMで宣伝しても一時凌ぎに過ぎないだろう。村の人間が病気に侵されている限り。
宣伝して人を向かわせても、誰も歓迎しないようでは嫌われてしまう。誰も、立ち寄らなくなるだろう。
結局のところ、病気を治療しなければならない。キキョウは懸命にやっているが、村ではなく村人をどうにかしなければならない。
所長にも言ったが、俺はその事自体に協力するつもりはない。俺も俺で、自分の目的で動く。
「今日此処へ来たのは村の事情をお聞きするのもあったのですが、案内所そのものに用があってきました」
「といいますと、冒険者として依頼を求めに?」
「逆です――冒険者に依頼をしたくて、お願いに上がりました」
俺個人の今回の目的は、最先端科学の探求。その為ならば、仲間達の目標すらも利用する。
偽善ぶるつもりも、偽悪ぶるつもりもない。彼らの目的に沿った上で、自分の目標へと到達する道を模索する。
全てが理論上に進む事は、意外と少ない。事前にどれほど突き詰めて想定しても、いざやってみると予想外が起きてしまう。
それでも、科学者は考え続ける。実験を繰り返して、最善の結果を求める。試行錯誤は当然であり、その内楽しくなる。
今は模索の段階、頭の中で熟考したアイデアを実現するべく行動に移す。
「冒険者が依頼人になるケースは珍しくありませんが、貴方自身の依頼とあれば興味がありますね」
「その口ぶりから察するに、所長も過去冒険者の経験がお有りで?」
「あはは、こう見えても現役ですよ。何でしたら、私が受けましょうか」
この町の所長は若手だが、キャリアが豊富で実践的な男性だ。テレビジョン放送案は異世界では異端なのに、協力してくれた。
今回俺が提案する依頼は、それほど奇抜ではない。モンスター退治であり、素材集めの一端でもある依頼。
熟練の冒険者ならば、きっと――鼻で笑う、馬鹿馬鹿しいお仕事。
「"蒼い目"のファイターラビット、その捕獲をお願いしたい」
「……」
所長が実に複雑な表情をしている。多分受付で言ったならば、呆れた顔をして断られたであろう。
ファイターラビットは好戦的な兎のモンスター、ナズナ地方ではよく出現して集団で殴りかかってくる。
出現率が高くて数も多いので、珍しいモンスターではない。捕獲は容易で、依頼するほどの価値はない。
ただ、"蒼い目"のファイターラビットは別。見かけた人間は誰もおらず、伝説級のモンスターである。
伝説といえど都市伝説の類であり、発見者は特定できず噂レベルの代物。好んで探す人間なんて誰もいない。
ツチノコと同じだ。名前だけは有名だが、見かけた人間なんて誰もいない。賞金を出しても、誰も熱心に探したりはしない。
俺は都市伝説のモンスターに、賞金を出すと言ったのである。
「……何処で噂を聞かれたのか知りませんが、徒労に終わるだけですよ」
「発見者は誰も居ないのだろう? だから、価値があるのです」
「価値はありますよ、確かに――本当に発見できれば、の話ですが」
「発見者はゼロ、噂だけが成立している知名度の高い魔物。俺が求めているのは、そういうモンスターなのですよ」
「どうやら……貴方に、何か考えがあるようですね。ふふふ――失礼、興味がわいて来ました。
詳しい話をお聞かせ願えませんか? 捕獲を求める理由と、その効果について」
「話が早いですね。では、説明しましょう」
上手くいくかどうかは、俺の手腕にかかっている。知識も技術も総動員して、結果を求めてやる。
今回の最大の敵は、仲間達。自分の目的の為に懸命な彼らに、俺も絶対に負けない。
俺達全員レベルアップをして、先に進むのだ。次なる苦難を乗り越える、強さを得るために。
<続く>
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