とりあえず分からないことは山済みだ。
目の前の少女はとても綺麗だと思う。金髪の髪に白い服がよく似合っていて、顔はその辺の芸能人など鼻息で蹴散らすほどの美貌だ。
そんな少女が、なぜ俺の部屋でにっこりと微笑んでいるのかがまず分からない。
 

「えっと……とりあえず君は……誰?」
 

俺は今一番聞きたいことを聞いた。
 

「はい、私の名前はアイシクル・パクテイアスと言います。アイって呼んでください」
 

とりあえず日本人に付けられる名前ではないな。
しかしその少女――アイは、それが当然とでも言うようにベッドの前で立ちすくんでいる。
 

「えっと、じゃあ、アイさん。貴女どうやってこの部屋に? っていうかこの部屋にいる理由は?」
 

「アイさんなんて呼ばないでください。アイって呼び捨てにしてください。この部屋にいる理由は、私をお買い上げになったご主人様に、いつでもどこでも奉仕することが目的だと言われたからです」
 

「…………」
 

あー、なんかもうぜんぜんわけわかんないや。
額を押さえようとして右手を動かすと、指先にチクッと痛みが走った。
ん? とベッドの隅を見てみると、小さい半透明な欠片が落ちてあった。
誰がどう見てもガラスだ。ガラス。なぜガラスの破片が?
……
…………
………………
窓を見てみる。ちゃんと鍵が閉められた、昨日と全く同じ窓だ。何も変わりはない。
 


何故かちょっと真新しく、汚れが無い綺麗な窓ガラスになっていたり、鍵の形がちょっと昨日と違うんじゃないかなぁ? とかいう疑問点はあったが、さほど問題ではなかった。
 

「……君さ、窓からこの部屋に入ったって言ったよね?」
 

「はい、そうですが?」
 

何かおかしい所でもありましたか? といように少女が言う。
おかしいところか。ありすぎてどこから言えばいいか分からないが、とりあえずこの疑問だけは言っておこう。
 

「俺昨日鍵締めてたんだけど?」
 

そう、今窓は昨日と同じようにしっかりと鍵が閉められている。昨日と同じように。昨日もしっかりと鍵を閉めていたはずなのに、なぜこの少女は俺の部屋にいるのだろう?
アイを名乗った少女は、すこしだけ動きを止め、うーん、と考え出した。
 

「なんででしょう?」
 

「冗談はほどほどにしないと怒っちゃうぞ?」
 

自分で窓から入ったと言っておいて、どうやって窓から入ったんでしょう? などというたわけたことを言う時点で死刑に値する。
 

「でも、いつでもどこでもご主人様に使えるのが私の役目なのです!」
 

右手でガッツポーズを作って勢いよく言ってみた。勢いよく言ってみたのだが、結局の所それは本編は全く関係なく、少女がこの部屋にいる理由を説明するものでもない。
 

「具体的に言うなら、こう、ドカーンと」
 

少女は、右手をボクサーのように前に突き出した。
 

「…………え、なに? ブチ破ったってこと?」
 

俺が聞いても、どうあっても言うつもりはないのか、少女はこちらを見たまま喋ろうとはしない。
 

「っていうかそのご主人様、ってなに?」
 

「ご主人様はご主人様です。私をお買い上げになったのですから、私のご主人様になるのは当然でしょう?」
 

「お買い上げ? 俺が君を買ったって言うのか?」
 

「はい、そのとおりです。でもビックリしました。五十万円コースを選んだから、もっとお金持ちの大人の男性かと思ってましたが、こんな若くて素敵な人だったなんて」
 

最近の若い人はお金持ちですね〜、などとのほほんと言いながら、少女はとんでもなく恐ろしい事を言ってくれた。それは、俺自身にとってもとても見に覚えのあることだったからだ。
 

そう、それは言わずと知れたあのパソコンの一件。ネットの恐ろしさも知らずに遊び半分でマウスをクリックしてしまった昨日のそれ。
エンジェルズと名乗ったそのメールの差出人のHPらしきものに乗ってあった天使が今大安売りですというあの一文で興味を持ち、ついつい五十万円コースを選んでしまったあれだ。
 

サァァァ、と血の気が引いていく。なんたって心当たりがありすぎるのだから、一言にこの少女の言葉を無化にしてられないし、この少女がどうこうよりもまず金銭面などの問題が頭の中に浮かび上がってくる。
つまり、まとめると俺が昨日インターネットで購入したと思われるあの『天使』とはこの少女の事で、配送もなにもなくいきなり人の家に踏み込んできたということなのか?
確かに天使というだけの事はある。なかなかどうして、少女は見るからに美人だ。だが、これはあまりに横暴だ。こんな、人間を天使だどうこうだと言ってインターネットで売り出すなんてそもそも間違っている。
背中に羽つけりゃ誰でも天使だとでも言うのか?
 

「えっと、つまるところ君は、俺が昨日ネットで買ったあれ?」
 

「はい、そうです。も〜、もしかして間違っちゃったんじゃないかって心配してたんですよ〜?」
 

ははは、間違いならどんなに嬉しかっただろうか? つまりあれだ? 俺はこの少女を責めることは出来ない訳か?
全ての原因がこちらにあり、少女、アイはただ俺に買われたからこの家に嫌々来たということなのか?
ではなにか? この少女は名前も知らない、恐らく異性であろう人間に買われる運命だったというのか? つまり、この少女の一生は、言ってみればたった五十万ぽっちだったと言うのか?
それはあまりに可哀想だ。誰がどんな目的でそんなことをしているのかは知らないし、合意を取ってあるのか無理矢理なのかも分からない。そもそもこの子が本当に俺に買われてやってきたのかさえも分からない。しかし、それが真実だった場合、俺は確かに、この少女に五十万支払って、この子の一生とまではいかないが、生活に責任を持つ必要があるのではないだろうか?
 

だが――
 

「――悪いけどさ…………俺、今金、無いんだよね……」
 

俺は、額に玉のような汗を浮かべながら言った。
そう、どんなに格好つけようとも、五十万なんて大金を学生である俺が持っているわけはない。
持っている金をかき集めてもせいぜい十万から十五万が限界だ。それ以上は払えない。
バイトをすれば、まだなんとか五十万はいけるかもしれないが、それでも今すぐにという要求は、流石に呑めない。すくなくとも一、二ヶ月は確実に待ってもらわないと。
少女は、驚いたような顔をして口元に手を持っていった。
 

「そんな! お金が無いのに買ったんですか!? 万引きですか!?」
 

すこし表現がおかしかったがまあそんなところだろう。俺が居づらそうに頬をかく。
 

「いや、あれはちょっとした事故で、本当は買うつもりなかったんだって」
 

「嘘です! だってちゃんとお金を選ぶ所があって、『購入』っていう場所があったんですよ?」
 

それに関しては全く言い返すことが出来ない。俺は確かに考えて五十万にチェックを入れ、考えて購入ボタンを押した。
……いや、違う。俺は後先何も考えずにマウスをクリックしていたんだ。こうなる事も知らずに、少女のことも考えずに。だから、それに関しては俺はどうすることも出来ないしどう言うことも出来ない。
だが、だからと言って「はい」と五十万出てくるわけでもない。まさか秋子さんに頼むわけにもいかないし、両親にも流石にここまで迷惑はかけられない。
実際、両親から仕送りは貰っている。しかしそれはただの一度きりで、貰った額も二十五万程。秋子さんから小遣いを貰える訳もなく、過去にバイトで溜めた金と仕送りとでやりくりをしているのだ。
その金も、新しいパソコンを買うの等に使い、学校のパンやら学食やらを買うのに少しずつ減っていく。プライベートでも、ごく一般的な俺は悪友である北川とゲームセンターで騒ぎ立て、流行のCDを購入することだってある。ゲームを買う事だってある。そのゲーム機種は流石に前の家のものだが。
本も欲しいし、菓子も少しは食べる。欲しい物を言えばきりがない。キリがない中でやはり歯止めを利かせつつ、ついついチョクチョクと金を使っていったりもする。
それに、最近はやたらと出費が嵩むのだ。名雪に集られたり、舞と学校で食べる夜食を買ったり、あゆが食い逃げしたたい焼き屋に金を払ったりと、理不尽なことが多々あるのだが。まあそれも行き過ぎではない。たまに、気が向いた時に、ぐらいだ。
しかし、そういうすこしぐらい、という気持ちがこういった事態を引き起こしているのは間違いがない。
 

「えっとそれはだな……ちょっと遊びで……」
 

俺がすこし小さくなりながら言うと、少女はすこし怒ったように頬を膨らませた。
 

「遊びで? そんなの間違ってます!」
 

ピシャリと言われた。そりゃあ、俺が間違っていて尚且つ全ての責任は俺にあることぐらいハチ公前で分かっていたことだ。
 

「で、でもだな……流石に学生の俺に五十万なんて……」
 

俺が煮え切らない声を出すと、とうとう少女は怒ったのか、ずんずんとこちらに歩み寄ってくる。
こちらが驚いている間に、少女は勢いよく窓を開けた。
 


「私のことを買うだけ買っておいて、お金払ってくれないんですかーーーーーー!!!」
 


叫んだ。おそらくありったけの力を込めたのだろう。それは隣の名雪の部屋をつき抜け一階をつき抜け、更に言えば窓から外へとスピーカーよろしく響き渡った。
 

――――ぉぃ。
 

「私のこと弄んだんですかーーー!! 私のこと遊びだったんですねーーー!! そういえばさっき「ちょっと遊びで」って言ってましたーーー!! ああーー! 私この人に弄ばれて、買われるだけ買われて!! あとは路上に迷う運命なんですねーーー!!」
 

なぜかところどころ長音をつけ、「!」を多用している辺り、わざと外へと聞かせようとしているのだろう。
 

――――おい。
 

「弄んだのは――――あいざ――」
 

「ちょっと待てーーぃ!!」
 

俺は全身全霊の力を込めて、少女をベッドに引き戻した。
すこし下の人達がこちらを見ていたがそんなことは忘却の彼方に追いやり、窓を叩き割るかのような勢いで閉める。鍵も閉め、そしてカーテンも閉める。
そのまま少女の肩をゆさゆさと振りながら叫ぶ。
 

「お前――お前、なんなんだよぉぉぉ!!」
 

「私ですか? 私はご主人様がお買い上げになった天使――」
 

「――シャラーーーップ! そんなことは聞いてない! なんで外に向かって大声張り上げて大々的に報告をしたかだ!」
 

「それはご主人様がお金を……」
 

少女はさも当然のようにこちらを見る。こいつ、顔に似合わず悪女だ。しかも天然の悪女だ。
 

「分かった、金は払う。今は無いがいつか必ず払う。近い将来、一年二年もすればすぐ払う。だから、それまで落ち着け」
 

「分かりました。こちらは最終的にお金を払ってもらえればいいんですから」
 

言うと少女はにっこりと微笑む。まさに天使の笑みだったが、俺には悪魔の笑みに見えなくもなかった。
 

「じゃあまず、その『ご主人様』っていうのはやめてくれ。俺も『アイ』って呼ぶから、そっちも名前で呼ぶんだ」
 

俺はアイに言う。はい、と元気よく言うと、祐一さんでいいですか? ときいてきた。
 

「それでいい。で、とりあえず聞きたいことが山のようにあるんだけど」
 

「あ、それなら町を案内してください。私この町に来たの今日が初めてで、よく分からないんです。祐一さんが住んでいる町のこととかも知っておきたいので」
 

「ああ、わかった」
 

俺はそういうとベッドから起き上がる。
っていうか、アイはその姿のままでこの家に来たのかな? と疑問を覚える。
明らかに町を歩くための服ではない真っ白の服。更に他人を引き付けるのに充分な綺麗な顔。そしてなにより、背中に生えた羽だ。こんな奴が夜出歩いていたら相当奇妙だと思うんだが。
まあ考えても仕方ない。羽はどうせ飾りだろうから取り外しが出来るだろう。あとは目立つ顔だが、まあ綺麗な顔なんていくらでもいるんだから、ちょっとサングラスにマスクに麦藁帽子を被らせれば充分だ。まるでコテコテの尾行中の探偵みたいになってしまうが問題はない。
 

俺はクローゼットに手をかけたときに、ふと手を止めた。
そういえば、俺が購入ボタンを押したのは昨日の夜。そして今は朝。
 


通販で買ったものって、半日も経たないうちに届くんだっけか?
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

後書き
 

第一話書いちゃったよ。
 

スクラップでは学校の話をさっさと切り上げたかったのに、今では速く学校に行きたいよ。
しかしまた変な作品になるんだろうなぁ……。まあ変な作品を作るのが私の使命なのですが(ぇ
最近後書きのネタが無いですね。仕方ないから後書きのネタを募集中(全くの嘘ですので)!
ということで、後書きは半日記化します。もちろんSSのことで報告などをしなければいけないときには日記は止まりますが、でもまあ大丈夫でしょう。
 

では、これからも応援よろしくお願いします!


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