思い出の作り方
人間生きてりゃ、そりゃ色々あるもんだ。
たまたま買った宝くじが大当たり、一瞬のうちにして大金持ちになったり、ふと立ち寄った銀行が強盗に襲われて大変な目にあう。まぁ、そんな人生変えちゃうような出来事が起きなくともさ、アンタも駅のホームで女子高生のパンツが見えちゃったりしてハッピーな気持ちになったり、学校のテストで散々な点数取ったりとかあるでしょ?
そんないろんな出来事が集まって、積み重なって人生ってのは成り立ってると思うんだ。俺はよ。
う〜ん、何が言いたいのか訳わかんなくなっちゃってるけどさ・・・・・・。
とにかく俺は、そんな何かあるようで、実は何もない人生をまっとうするもんだと思ってたわけだな。
昨日まではさ。
俺はまだ、夢でも見てるのか?
眠りから覚めた俺の頭の中で堂々巡りする言葉は、その一言だけだった。
身体が浮くような感じ。言葉では表現しにくいのだが、プールの水に浮くような感じ。あれをもっと何倍もすごくしたような感覚が俺を包み込んでいた。
空を見上げてみる。・・・・・・太陽がすごく近く感じられて、いつもより日差しがまぶしい。
横を見てみる。・・・・・・黒いものが俺の視界を横切った。目を凝らしてみる。
ツバメだった。黒色の綺麗な翼が上下に揺れていた。
「お〜、ツバメが飛んでら・・・・・・。さすがだな、飛んでいってもう見えなくなっちゃったよ・・・・・・」
素直に感心してみる俺。だらしない表情でツバメが飛んでいった方を眺めているのだが、なぜか人目を気にする気持ちにはならなかった。
あ〜、体中に力がはいらねぇ・・・・・・。なんか、どーでもいい気分になってきたよ・・・・・・。
「・・・・・・って、そうじゃねぇだろっ!
なんだ、俺? どこだよ、ここ?」
何かに触発されるわけでもなかった。だがハッと何かに気が付くように、ようやく俺の意識がマトモになった。頭がはっきりする感覚とは違うのだが、とりあえず意識の中の霞がかった感じは消え失せた。
周りは見慣れない光景だった。俺の部屋ではない。家の中でもない。そもそも、視界の中には一部の壁も見当たらなかった。
代わりに見えるのは、一面見渡す限りの空。コバルトブルーとでも言うのか、そんな感じの空と乳白色のわた雲がどこまでも続いていて、頭上には妙に近い太陽が俺を照らしていた。とにかく、いままで俺が見たこともないような光景がそこには広がっていた。
「・・・・・・どこだよ、ここ・・・・・・?」
どこを見渡しても青と白で埋め尽くされた世界だった。さながら、精神病患者の病室のそっくりだ。夢を見ているとしたら、さっさとお目覚めしたいのが本音だった。
さらに、周りを見渡してわかったことがもう一つあった。人の姿が見当たらないのだ。俺以外の人の姿を視界に収めることができなかった。
本当にどこなんだよ・・・・・・。自分ひとりしかいない現実に、だんだん心細くなってきたのかもしれない。自分の立っているところがどこなのかわからない恐怖が、徐々に俺の中で大きくなっていた。
っと、そのときだった。
―――とんとん。
後ろから肩を叩かれる感触がした。それは友達同士が知り合いに対して行うような、そんな些細な行為だったかもしれない。
しかしその瞬間、体中に電流が走るくらいの衝撃が俺を襲った。さっきは俺以外の人なんていなかったんだ。無論、俺の知り合いなんていないし、いるとも思っていなかった。
俺は恐る恐る、振り返った。
「・・・・・・よっ、こんちは」
見慣れない女の子が立っていた。あいさつするように軽く右手を上げながら、フレンドリーに話し掛けられた。
「まぁ、はじめまして。唐突で悪いんだけどさ、あたし、天使なんだけどさ」
女の子―――自分を天使と名乗った彼女は、ぶっきらぼうな言いようで、そう自己紹介をなさった。
目の前に立つ『天使さま』は、肩にややかかる程度に伸びている金髪と、髪を隠すようにかぶっている真っ白のニット帽をお召しになられていた。あまり好印象をもたれる事のない三角眼と、綺麗に整った顔立ち。極めつけは背中から生えてるんだろう、人間にはありえない大きな羽が一対見えた。全身を白一色で統一された神々しい出で立ちは、世に聞く天使のイメージ像とほとんど同じだった。
もちろん、俺の頭ン中は「?」マークでいっぱい。いきなり「天使です」って言われても、右の耳から入って左の耳から出て行くような状況だ。理解なんかしてなかった。
「あたしは魂を天界に連れて行くのが仕事の、天使317号。今回、アンタの魂を担当することになった天使ってわけ。ま、しっかりと天界に連れて行ってやるから安心しな」
えらく口の悪い天使さまだ。俺も人のこと言えた義理じゃないが、だいだい目つきが悪すぎる。小さい子ならビビって泣き出すぞ。
とにかく、彼女は天使で、俺を天界に連れて行こうとしている。状況はだんだんと見えてきた。
オーケイ。とにかく3秒時間をくれ。ちゃんと理解するからよ。
・・・・・・1秒。
・・・・・・2秒。
・・・・・・3秒。
「オーライ、わかったわかった・・・・・・。えっと、君・・・・・・」
俺はようやくすっきり、とはいかないが幾分冷静になったところで口を開いた。
「『ミーナ』だよ。あたしを呼びたければそう呼びな。天使317号・・・・・・みんなからは『317(ミーナ)』って呼ばれてる」
ミーナ・・・・・・、そんな当て字みたいな名前で満足してんのか? まぁ、本人がそう呼べって言うのならいいけどさ。
「ん?
それで、何か訊きたいことでもあるのか? 文字通り冥土の土産だ、何でも訊きな」
相変わらず口の悪い天使だ。表情を変えることなく、睨みつけるような目つきのまま彼女は答えた。
「ミーナが天使って事は、ここは一体どこなんだ・・・・・・?もしかして俺は・・・・・・」
「なんだよ、もうわかってるんじゃないのかよ?
ここは地上界と天界の狭間の世界。仏教用語で言うなら、『三途の河』って所さ。
と言っても、この空間はアンタ専用の場所。死者の魂はそれぞれプライベートな『河』を渡ってあの世に行くのさ」
彼女はさも呆れたような表情を浮かべながら話した。
「そして、ここにいるアンタはな・・・・・・」
ミーナの言いたいこと、その先に続く言葉は予想がつく。もしかしたら俺はその言葉、その事実が認めたくなくて彼女に問い掛けたのかもしれない。だが、彼女は俺のその『最後の希望』を打ち砕くのだろう。
ゴクリ。生唾を飲む。頬を汗が流れる。
ピクリとも表情を変えることなく、彼女は続きを口にした。
「・・・・・・死んだんだよ」
頭を襲う、軽い衝撃。
この瞬間、俺は死を宣告され、それは医者でも裁判官でもなくて、天使さま直々に俺が死んだことを告げられた。
思いのほか自分が死んだことに対しての衝撃は受けなかった。もっとトチ狂うのかと生前は思っていたのだが(それもついさっきまでのことだが)、意外と死というのは受け入れるのにはたやすいことなのだなと感じた。
それはこんな異常な空間で、目の前に天使がいて、そんな状況だからこそ飲み込めたのかもしれないが。
「たまにいるんだぜ、アンタみたいにここに来ても死んだことを知らない奴。病気やら老衰、普通なら死ぬ間際になると自然とわかってきちゃうモンなんだけどな。たまにアンタみたいに鈍感な奴もいる」
彼女はそう言うと、意地悪そうな笑みを浮かべた。
・・・・・・悪かったな。鈍感で。
「まぁ、そんなわけでアンタも地上の世界にお別れしたわけ。あたしが責任持って天界までエスコートしてやるから安心しなよ」
「あぁ、それはいいんだけどよ・・・・・・。俺は一体、どうして死んじまったんだ?」
俺は鈍感であっても、自分の命を軽く見てるような奴じゃない。せめてあの世に行く前に自分の死因くらいは知っておきたい。
「死因?
心臓マヒだよ、心臓マヒ。寝てる間だったからわからなかったかもしれないけどよ、突発的なものだったらしいよ。
少なくとも、あたしが貰ってる書類にはそう書いてある」
そう言うと彼女は、ハードカバーの妙に薄い本をへらへらと左右に揺らしながら俺に見せた。
「これがアンタの人生。十八年しか生きてなかったんだ、薄い仕上がりになってはいるけど、仕方がないよな。・・・・・・で、まさか未練なんて残してなかったよな?」
彼女は本のページをぺらぺらとめくると、どこからともなく羽ペンを取り出した。あの世でもこの世でも、女というのは男にはわからない不思議でいっぱいだ。
じっと俺の顔を見つめる彼女の顔は、真剣そのものだった。ただでさえ厳しい目つきが、さらに険しいものになっている。
「アンタが未練を残してるかどうかで、あたしの仕事が増えるかもしんないのよ!
そのまま天界に行くなら良し。もし未練なんか残されてちゃ、わざわざ天界に行って手続きした後に、アンタを連れて下界に足を運ばないといけないんだから!」
表情はそのまま、今度は口調までも荒げて彼女はまくし立てた。これでは果たして天使か、それとも悪魔なのかわかったもんじゃない・・・・・・。
それに、言ってることは至って自己中なことばっかだし・・・・・・。
しかし、そんなことは当然彼女に言えるわけもなく(言っても聞き入れてくれるか甚だ疑問だし)、俺の答えなんてのは決まっているようなものだった。
「・・・・・・ありません・・・・・・」
「それで良し!
偉いぞ、君。少ない人生の中でちゃんと満足してるんだから、お姉さんは尊敬するよ、ホントに」
ミーナは俺の額の脂汗など見えてないかのように上機嫌でにんまりと笑った。この笑顔も、子供のように自分だけが満足した笑みではあったが。
大体、今まで「アンタ」とか言ってたくせに、いきなり「君」かよ。調子良すぎだぞ、この天使。天使ってのはみんなこうなのか?
キリスト教の信者が聞いたらぶっ倒れそうな話だ。
「・・・・・・ところでミーナ。さっき、ここで変なツバメを見たんだけど、俺以外のものがここに入り込むことなんてあるのか?」
俺はふと、最初に見たツバメのことを思い出した。
見たときは特に変だとは思わなかったのだが、ここがどこかわかった今となっては疑問が出てくる。ここが俺の『三途の河』ならば、他の生物が入り込むことなんてないはずだ。彼女の言っていることと矛盾する。
「はぁ?
ツバメ? そんなモン、ここに入り込める訳ないでしょ。あんた、何かと見間違えたんじゃないの?」
先ほどの笑みとは一変、眉間にしわを寄せると身を乗り出して彼女は言った。
「いや、見間違いなんかじゃない。この眼でちゃんと見たんだよ!」
「なら、アンタの眼が『ふしあな』なのさ。ここにアンタとあたし以外の『何か』なんて入り込むはずがないもの。
アンタって、死んだ事にも気づかない鈍感なだけかと思ったら、幻覚まで見るイっちゃってる奴だったのね・・・・・・」
とことんムカツク天使だ・・・・・・。こんな奴が天使やってるんだったら、根性の悪い近所のババアでも立派に神様ができるってもんだ。
・・・・・・くそ、その人を見下した目つきが妙にむかつく・・・・・・!
「とにかく、この眼でちゃんと見たんだよ。黒くて、腹のほうが白くて・・・・・・確かに、あれはツバメだった。
大体、何をどう見間違えるんだよ。ここには、俺とミーナの二人しかいないはずだろ?」
「・・・・・・確かに、言われてみればそうね・・・・・・。アンタの言ってるのも正しいかもしれない、ちょっと待ってて」
ミーナはそう言うと、これまた胸元の服の中をゴソゴソと漁ると、どこからともなく大きな本を取り出した。
今度は俺の人生録とは違って、六法全書に見間違うほどの厚さをした茶色の本であった。ますます女とは不思議な生き物だ。一体どこにそんなものを隠し持っていたのだろうか?
彼女はものすごいスピードで本をめくると、片っ端から書いてある文字を読み取っていた。それは、すでに速読と言うレベルを越えていた。ページをめくる手の動きを目で追うのも難しい状況、文字を追う眼の動きは人間では考えられなかった。ミーナと出会って十数分、初めて彼女を天使だと自覚した瞬間だった。
ちなみに、ミーナが必死になって本を読んでいる間、彼女の後ろに回って、本の内容をちょっとだけ覗いてみようと試みた。
・・・・・・書かれている文字が、読めなかった・・・・・・。
「この文字、天界の公用語なのかなぁ・・・・・・」とか、「あっちに行ったら、まずは文字を覚えなければいけないなぁ・・・・・・」とか思った瞬間、なぜかうっすらと涙が出てきて、生前の世界を懐かしく思ってしまった。
そんなこんな、俺があれやこれやと思案していると、突然ミーナの手が止まった。
何かこの状況、『俺の世界』に出てきたツバメと関係があることが載っていたのであろうかと俺も背後から本を覗いたが・・・・・・やはり、字が読めなかった。
彼女は真剣な表情を崩すことなく、じっと本に見入っていた。彼女の三角眼から注がれる視線が、今にも本を突き破らんばかりの真剣さであった。
しばらく、と言っても本当は十秒そこらだったのだろう。彼女はパタンと本を閉じると、背後に立っている俺に向かい合うようにして立った。
「・・・・・・アンタが見たのは、本当に『ツバメ』だったんだね?
間違い、ないんだな?」
ミーナが問う。妙にピリピリした雰囲気をまとってはいたが、先ほどとは違い高圧的な態度や険しい目つきはその顔にはなかった。
代わりにあるのは、真剣さ。そして、事の重大さを物語るかのような何かに対しての決意の瞳。
「あぁ、確かに。見間違えるはずはない、そうなんだろ?」
彼女の発する真摯な表情に多少戸惑いを感じた俺であったが、冷静さを振る舞うと、そう答えた。
「・・・・・・クソッ!
あたしは『当たり』を引いちまったようだ・・・・・・」
心の底から悔しそうに、そして不快感を表すように額に深いしわを寄せながら彼女は吐き捨てた。
「ど、どういうことだよっ?
俺にも説明・・・・・・」
「ああ、今から説明してやるよ!
いいか? これは天界から下界まで、すべての『仕組み』が書かれている、言わば説明書みたいなもんだ」
そう言いながら、ミーナは右手で持っている分厚い本―――さっきまで彼女が読んでいた本を指差した。
「天界とか下界なんてものは、言わばコンピューターのプログラムなんかと構造的には同じものなんだよ。
詳しくは省くけど、パソコンなんかと同じで、天界と下界、もちろんこの『三途の河』もバグる事があるんだ」
あの世ってのがパソコンと同じ構造だってのは初耳だった。正真正銘、現役の天使が言うのだから間違いはないのだろう。
「それで、もしも『プログラム』に何らかのバグが生じたら、もちろんそれぞれの世界でも異常が生じるわけ。
・・・・・・ここまで言ったら、あたしの言いたいこと、わかるわよね?」
「・・・・・・つまり、その『プログラム』に何らかのバグが生じて、この空間に異常が生じた・・・・・・?」
「ご明察。
そして、世界を構成する『プログラム』はとても精密にできていて、滅多なことではバグなんて生じることはない。
そんな中、アンタが見た『ツバメ』・・・・・・。これが意味するものって、何だかわかるかい?」
「・・・・・・?」
世界を構成する『プログラム』・・・・・・。そして、異常物である『ツバメ』・・・・・・。
つい数十分前にやっと下界とおさらばしてきた俺に、その関連性なんてわかるはずもなかった。
「・・・・・・『プログラム』のバグってもんはね、『色』で表されることが多いんだよ。何故かはわからない。しかし、事実としてそういう先例があるんだよ。
じゃあ、ここでクエスチョンだ。『ツバメ』を構成する『色』・・・・・・。さぁ、何色があるか考えてごらん?」
ミーナはおどけた口調で、俺に質問を投げかけてきた。
しかし彼女の目が、決して笑ってはいなかったのは、俺にもわかった。
「ツバメは、腹側が白・・・・・・。背中側が、黒色・・・・・・?」
「そうさ、ツバメってのは黒と白、表裏一体の色をしてんだ。・・・・・・結論から言おうかな。アンタが下界に残してきた大事な女、
すぐに・・・・・・死ぬよ」
「・・・・・・!?」
あまりに唐突な話だった。
「ツバメの『白』ってのは、下界のことを示してる。そして、『黒』はおそらく天界のことだろうね・・・・・・。
『白』と『黒』の表裏一体で高速で飛び立ってゆく、『ツバメ』。下界から天界に飛び立ってゆく人間を指しているんだろうよ」
ミーナは淡々と話を進めてゆく。
これが、俺の見た『ツバメ』の正体なのか?
世界を構成する『プログラム』に発生した『不確定要素』なのだろうか?
「アンタが死んだことで、とてつもない意志の強さで死を望んでいる者がいるようだ。
普段ならばそのくらい『プログラム』の計算範囲で処理が出来るんだけど、その許容範囲を越える者がいるようだよ・・・・・・」
「・・・・・・」
俺は、声が出なかった。
自分が死んだことによって、誰かが死ぬ。そして、それは俺の大事な女―――。
「―――アケミ!
もしかして、死ぬのはアケミなのか?!」
俺の頭の中に、一人の女の子の顔が浮かんだ。
幼いころから近所に住んでいて、ずっといっしょに遊んでいた女の子。兄妹のように育って、そんな環境が自然で、これからもそんな生活が続くと信じていた女の子。そして、いつの間にか、幼いころの友情から異性への恋心に変わってしまっていた女の子・・・・・・。
思い出した。アケミの笑い声。アケミの笑顔。すねた顔。恥らった顔・・・・・・。
すべてが愛しくて、守りたいと思った。守り続けてやると誓った。
そのアケミが死ぬ・・・・・・。俺の後を追って・・・・・・。
「そうさ、死のうとしているのは今井アケミ、十七歳。アンタが思っているように、アンタの後を追って死のうとしているのさ・・・・・・」
ミーナは俺の顔を見据えながら、言った。
何故かその顔は、俺の『何か』を確かめるような顔つきに思えたのは、俺の見間違いだったのだろうか?
しかし、彼女の表情をあれこれ考える余裕は俺にはなかった。今の俺の頭の中は、アケミのことでいっぱいだった。
クソッ!
なんでアケミが死ななきゃなんないんだよッ!?
「おそらく、今井アケミはアンタが恋い慕うように、アンタに惚れていたんだろうよ。それこそ、『死ぬ』ほどにね・・・・・・。
それなのに、ポックリとアンタは天界に来てしまった。
そうなると、彼女も後を追って自殺すると考えられないこともないよな。それが、『プログラム』に干渉するほどの意志の強さだったんなら、なおさらのことだよ」
アケミは俺のことが好きだった・・・・・・?
今まで気づかなかった。確かに俺はアケミのことが好きで、幼馴染という関係から脱したいとは思っていた。しかし振り返ってみれば、アケミ自身が俺のことを好きだったなどは一度も考えたことがなかった。
俺は、自分自身の殻の中で堂々巡りして、アケミのことをちゃんと見ることができなかったんじゃないのか?
だから、ミーナに言われるまで気がつかなくて、死んだ後にこんなにも後悔してるんじゃないのか?
「・・・・・・今井アケミは、もうすぐ天界にくるよ。アンタの後を追ってね。彼女としては本望なんじくゃないのか?大好きな彼と天界で一緒になれるんだからね」
ミーナが言葉を続ける。
確かに、アケミにとっては本望な死に方なのかもしれない。俺にとっても、天界でもアケミと一緒にいられるのならそれ以上望むものは何もない。最高の死後の世界のはずだ。
・・・・・・だが俺の気持ちは、そう、俺の出すべき結論はハナッから決まっていた。
「そんな感動的な少女の死を前にして、当の主人公はどうするんだよ?ン?」
ミーナが挑発的な目つきで俺を見つめている。
けっ!
言われなくとも、いくら俺が鈍感だろうとも、今俺がすべき事はちゃんとわかってるよッ!
「・・・・・・ミーナ、下界に未練を残してきた。ちょっくら、下界に行ってくるぞ・・・・・・」
「まったく・・・・・・。どうせそう言うと思ってたよ!
これだから『当たり』は嫌なんだよっ!!」
ミーナは左手で額を抱え天を仰ぐと、大声でそう叫んだ。
しかし、抱えた手のひらからのぞく彼女の瞳は、確かに笑っているように見えた。
「ほら、急げよこのポンコツが!」
下界の街並みをすり抜けながら、ミーナの怒鳴り声が聞こえてくる。
下界に戻って数分。言うなれば『幽霊』となった俺は、いまだ十分に『幽霊』としての感覚を掴んでいなかった。とにかく、脚が地に付いていないのだ。空を飛ぶという表現が正しいのだが、やってみるとこれも大変難儀な行為なのだ。スーパーマンやマトリックスのネオには感服する思いだ。
「オマエ、本気で時間がないぞ?
彼女と一緒に天界での暮らしを楽しみたいのか?!」
・・・・・・相変わらず、耳から入ってくるのは性悪天使の罵詈雑言。クソ、急がなきゃならないのは俺だってわかっているんだ!
・・・・・・アケミだけは、アケミだけは天界には来てほしくない。俺を追って自らの命を絶つなんてこと、絶対に、絶対にしてほしくない。
そう、彼女には・・・・・・。彼女には俺ができなかったいろんな事を抱えながらも、彼女の人生を生きてほしい。何気ないような毎日の積み重ねだけど、何物にも代えられない人生を彼女には生きてほしいんだ。
そのためには、俺はどうなってもいい。なんなら天界に行かなくても、無限地獄へこの魂を捧げてもいい。この極悪天使ミーナの僕として一生仕えてやってもいい。
チクショウ!
俺、もっと早く動きやがれよッッ!
精一杯飛んでいるつもりでも、それでもとても遅く感じる。何よりも一番自分自身の不甲斐なさに、誰よりも一番苛立っていた。
その時だった。俺の耳にミーナの叫ぶ声が聞こえた。
「オイ!
見えたぞッ! あのビルの一番上。見てみろ!」
俺はハッとして、ミーナが指差すビルに目を向けた。
そのビルは全二十階建てのビルで、そして、その屋上には華奢な人影―――見慣れていた、いつも見ていた、アケミの姿があった。
まだ俺のいる所からアケミのビルまでは距離がある。しかし、アケミの表情はここからでもはっきりとわかった。目じりには涙で腫らした隈が。いつもなら綺麗に整えられている髪も、まるで手が加えられている様子がない。表情にはまったく生気がなく、俺の知っているアケミの姿からは想像できないほどに衰弱しきっているのが見て取れた。
「クソッ!
もっと速く、動けよ、俺の身体ぁぁぁぁ〜〜〜・・・・・・!!」
俺は怒鳴り声を上げると、一気に飛ぶ速度を上げた。もう、俺の魂がどうなろうともかわまわない。アケミの元へと届かないと意味がないんだ。
そんな俺の努力とは裏腹に、屋上のアケミはとても頼りない足取りでビルのフェンスへと歩を進めていった。一歩一歩、歩くたびに頭が右へ左へとふらふらと揺れている。それでも彼女の眼が見ているのは一点―――ビルのフェンス、そしてその先に行く『世界』だけであった。
死ぬ思いで、死ぬ覚悟でスピードを上げつづける俺は、ぐんぐんとアケミとの距離を縮めていった。
もう少しでアケミに手が届く・・・・・・。
クソッ、あと七十メートル・・・・・・・!
アケミがビルのフェンスの前で歩みを止めた。
五十メートル・・・・・・。
アケミがフェンスに手をかける・・・・・・。
三十メートル・・・・・・!
力が出ないのか、所々足を滑らせながらも彼女は必死にフェンスを登る。
十メートル!!
アケミがフェンスを登りきった。瞳は・・・・・・虚空を、もっとどこか遠いところを見つめているようだった。
「アケミぃぃぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜!!!!」
俺は声を振り絞るかのように、力の限り彼女の名前を叫んだ。
幽霊である俺の言葉が彼女に届くかどうかなんてわからない。ただ、届くと信じる。彼女と俺のつながりがまだ残っている可能性に、すべてをかけるしかなかった。
そして、アケミへの声は―――届いた!
奇跡的とも言えるのかもしれないが、確かに彼女は俺の声に反応した。
「・・・・・・?
・・・・・・ヒロ君・・・・・・?」
フェンスのてっぺんに脚をかけた格好のまま、彼女は瞳を俺のほうへと向けた。
こうなったら、姿も彼女に見えていてほしい。そのくらいのつながりは、まだ俺と彼女の中にあってもおかしくないはずなんだ!
「ヒロ君・・・・・・。ヒロ君だよね・・・・・・?
ヒロ君、ヒロ君っっ・・・・・・!」
アケミは俺のほうを見つめると、ぼろぼろと涙を流し始めた。
声だけに反応したんじゃない。俺の姿もちゃんと彼女には見えていた。
アケミはフェンスにまたがった姿のまま、泣きじゃくっていた。「ヒロ君、ヒロ君・・・・・・」と確認するように何度も何度もつぶやいていたが、泣き声で、嗚咽で聞き取れないほど細々とした声だった。
俺もすぐに声をかけたかった。「自殺なんか止めろっ!」、すぐにでも言いたかった。しかし全速力で飛んできた疲労は、幽霊であるはずの俺の呼吸を荒くしていた。飛ぶという行為にも体力を使うようだ。初めて知る、ムダ知識だろう。
彼女はしばらく嗚咽をあげていたが、すぐに顔を上げると潤んだ瞳を俺に向けた。
「ヒロ君・・・・・・生きてたんだ!ヒロ君が生きてた、生きてたんだ・・・・・・」
彼女は自分に言い聞かせるように、繰り返し言っていた。
「ねぇ、ヒロ君・・・・・・。私、すっごく寂しかったんだよ?ねぇ、一緒に、帰ろう?」
アケミは俺を見つめたまま、絶え間なく涙を落としながら言った。
その彼女の表情は、涙でぐちゃぐちゃだったけれど、生きる希望を見つけた、明るい表情のように一瞬見えた。
俺がそばにいてやれるだけで、アケミの心の支えとなってやれる。哀しい思いをさせて泣かせることもない。ずっと、この先もずっと彼女の笑顔を―――この明るい表情でいっぱいの人生を送らせることができるんだ。
今まで気づくことなかった彼女の気持ちを知って、そして目の前にいるアケミの表情を見たら、ふいにそんな気持ちがこみ上げてきて、彼女と共に、これからもずっと一緒に歩んでいきたいという衝動に駆られた。
・・・・・・しかし、俺には彼女の表情がひどく心に痛かった。根拠なんてどこにもない。その明るい表情が、何故か俺には、とても哀しいものに思えて仕方がなかった・・・・・・。
俺は、一体何しに下界にやってきたんだ?
彼女の涙を見たとき、瞳を見たとき、俺は、とても大切なことを思い出した。
俺の目の前に現れた超自己中天使、ミーナ。
あの世の手前で見た、見渡す限りの雲と、透き通る空。
そうなんだ。
そうなんだよ、アケミ―――。
―――俺は、もう、死んでるんだよ・・・・・・。
「アケミ・・・・・・、聞いてくれ。俺はもう死んでしまったんだ。
詳しくは話せないけれど、今の俺は特別な計らいでここに来てるんだ・・・・・・。
だから・・・・・・アケミとは・・・・・・、帰れない・・・・・・」
本当は言いたくなかった。
その言葉は、この再会が永久の別れとなる証明。最後の会話となる、その契りのしるし―――。
その言葉を言わなければ、もしかしたらこれからも彼女と共に過ごせたのかもしれない。ずっとずっと、この手で、肌で彼女を感じられたのかもしれない。
しかし、それは『偽りの関係』に過ぎないんだ。彼女の涙、言葉を聞いて改めて感じたんだ。とても大事なことを・・・・・・。
それは―――『夢』に浸るんじゃない。『真実』を真っ直ぐに突き進んでいくべきなんだってこと・・・・・・。
ここで彼女と『偽りの関係』を続けるのは、それは『夢』の続きでしかない。俺が彼女に望むのは、彼女の人生を生きること。『真実』を受け止めて、しっかりと生きていってほしいんだ。
その彼女の人生に、死者の影を残していっちゃダメなんだ。
「ゴメンな、アケミ。俺、どうやら死んじまったみたいなんだ・・・・・・。だからさ、一目お前に会いに・・・・・・」
「・・・・・・ねぇ、ヒロ君。一緒に帰ろう?これからもずっと、一緒にいてくれるんだよね?」
アケミが俺の話の途中から、割って入るように口を開いた。
彼女はうつむいたままだったので、こちらからは表情を窺い知ることはできなかった。しかし、彼女が発した声は、とても、哀しい響きだった。
それは、彼女が彼女自身にかけた言葉のように聞こえた。
「・・・・・・ねぇ、帰ろうよ・・・・・・。一緒に帰ろうよ・・・・・・」
すがるかのように、アケミは言葉を続ける。
俺は、何も言うことはできなかった。
「・・・・・・ほら、一緒にさぁ・・・・・・」
アケミの肩が、小刻みに震えていた。
「・・・・・・一緒に・・・・・・」
うなだれたアケミの頭の影から、水滴が一滴流れて落ちた。
それでも、俺は・・・・・・。
「・・・・・・帰ろうよぉ・・・・・・」
俺は・・・・・・。
―――俺が望むのは、ただ一つだけなんだ。
「悪い、アケミ・・・・・・。お前と一緒にはいられなくなっちまったよ・・・・・・。多分さ、これが最後のお別れになっちまうと思う」
「・・・・・・・・・」
彼女は何も言わない。しかし、両肩はまだ震えていた。
「いきなりこんなことになって、ホントにゴメン・・・・・・。でもさ、お前には、もう一度だけちゃんと別れが言いたかったんだ」
「・・・・・・・・・」
「本当にゴメンな、アケミ・・・・・・」
「・・・・・・なんでなのよ・・・・・・」
ようやくアケミが口を開いた。
「なんでヒロ君が死ななきゃいけないの?!そんなの、そんなのないよぉ・・・・・・」
アケミはそこまで言うと、大きな瞳に涙をためた。
「・・・・・・それに、何でなの・・・・・・?何でヒロ君と一緒の『場所』に行っちゃダメなの?!
ねぇ、どうしてなのよ!?」
彼女は涙で濡れた頬を上げ、俺を見つめながらそう大声で怒鳴った。
涙で濡れた彼女の瞳は、月の光に照らされて宝石のように輝いているように見えたが、俺には哀しい光にしか見えなかった。
アユミが俺に尋ねる。
何で、天界に来ちゃいけないかだって?
そんなことも分からないのか、アケミは。本当に、バカだな。
その理由はな・・・・・・、
「・・・・・・俺が、お前のことが好きだからだよ」
アケミの肩が、大きくびくっと震えた。
「もう、好きで好きで、どーしようもないくらい大好きだからだよ」
生前、言えなかった言葉が俺の口から自然と出てきた。それは歌でも歌っているかのように、意識なんてしなくても、身体の中からこみ上げてくるような言葉達だった。
アケミが、驚いた表情で俺の顔を見つめている。いつの間にか、彼女の頬を伝う涙は止まっていた。
「今になって言うなんて、ホント馬鹿みたいなんだけどさ・・・・・・。昔から、大好きだったんだよ。アケミのことがさ・・・・・・」
俺の口から出てくる言葉、身体の中から沸いてくる感情はとどまることを知らなかった。言葉にしても、いくら思いを伝えても、伝えきれないほどの言葉や感情が次から次へと生まれてくるようだった。
「だから・・・・・・、だからアケミには絶対に死んでほしくないんだ。アケミにはアケミの人生を生きてほしい・・・・・・。
それが、惚れた女に対する、馬鹿な男の最後の望みなんだよ・・・・・・」
そこまで言うと、俺は言葉を止めて、アケミの顔を正面から見つめた。
俺の言いたいことは、すべて言い切った。生前アケミに対して言いたくても言えなかった言葉が、滑るように口にすることが出来た。
これで、もう思い残すことなんてこれっぽっちもない。
一方、突然すぎる告白をされたアケミの方は、変わらずに俺の顔を見つめていた。やや呆気にとられたような顔をしていたが、そんな表情も俺には愛しく思えた。
そして彼女は、表情を整えるとふっと視線をそらすようにした後、ポツリとつぶやいた。
「・・・・・・ひどいよ・・・・・・」
夜の空に、アケミの声が響く。
「ひどいよ、ヒロ君・・・・・・。そんなこと言われちゃったら、私、生きなきゃならなくなっちゃうじゃん・・・・・・」
そうアケミは言うと、再び俺の顔を見つめるように顔を上げた。
その顔には―――涙が一筋、流れていた。
だが、その涙はつい先ほどの涙とは別物であるのは、俺の目にもしっかりと分かった。
温かな、彼女のココロそのもの。美しくも儚い、今宵限りの宝石が光り輝いているようだった。
そして―――俺が惚れた、何物にも代えがたい、アケミの笑顔がそこにはあった。
涙に彩られてはいたが、月明かりの下、彼女の持つ最高の笑顔が、俺の目の前で映えていた。
月明かりの下、一晩の奇跡の延長。二つの影が寄り添いながら伸びていた。
「ヒロ君・・・・・・知ってた?
私、ずーっと前からヒロ君のこと、好きだったんだよ」
あぁ、知ってるよ・・・・・・。
「ヒロ君って、本当に鈍感だね・・・・・・。死んでから私の気持ちに気づくなんて、遅すぎるよ・・・・・・」
鈍感で悪かったな。それはお互い様だろ?
「そーだね〜・・・・・・。ずっと一緒にいたのに、二人してお互いの気持ちに気が付かなかったんだもんね」
俺もアケミも、どっちも臆病だったんだ。今の関係が壊れちゃうかもしれないって思ってたんだな。
「・・・・・・うん。今思えば、もっと前から、こうして二人でいられたら良かったね・・・・・・」
まったくだな。
「・・・・・・今になって、お互いの気持ちに気づいちゃってさ。なんか、私たち、馬鹿みたいだったね・・・・・・」
そうだな。
・・・・・・でも、俺は少しでもこうしてアケミと二人で一緒にいられてさ、本当に良かったと思ってるぜ。
「・・・・・・馬鹿・・・・・・。私も・・・・・・、こうしてヒロ君と一緒に居れて、嬉しい・・・・・・」
はは。・・・・・・ハズいこと言ってるんじゃねえよ・・・・・・。
「ふふ。そうだね・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・月が、綺麗だね・・・・・・」
・・・・・・あぁ。
「最後に、ヒロ君と一緒に、綺麗な月が見れて、本当に良かったな」
俺も、こっちの世界で最後に隣にいてくれたのが、アケミで良かった。
「・・・・・・ねぇ、ヒロ君?」
ん?
なんだ?
「・・・・・・あっちに行く時間、まだ、大丈夫かな?」
・・・・・・あと、少しだけ・・・・・・。
「なら、お願いがあるんだけど・・・・・・さ」
・・・・・・最後のお願い、か。
いいよ、何でも叶えてやるよ。さぁ、言ってみな?
「あのね・・・・・・、キス、してほしいんだ・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・やっぱり、だめ?」
でも、俺は『幽霊』だしな・・・・・・。アケミに触れることが出来ないぞ?
「それでもいいの。私には、ちゃんとヒロ君が見えてるもの。それ以上、何も望まないわ」
アケミ・・・・・・。
「いいかな?
カノジョからの、最初で最後のおねだりなんだケドな」
・・・・・・眼、つぶってくれよ。
「・・・・・・ん」
「まったく、お熱いこったねぇ・・・・・・。あの鈍感君も」
下界には不釣合いな、純白の羽を持った少女が誰に言うともなくつぶやいた。
彼女の視線の先には、別れのキスを惜しむかのような、男女がいた。
天使317号、通称『ミーナ』。
現在、彼女はクライアントである少年の意向により、下界に出向している最中である。
ちなみに、彼女のクライアント。その彼は、彼女の視線の先にいる、『お楽しみ中』の男のほうであった。
「キスかぁ・・・・・・。あたしも最近、仕事が忙しいもんな〜・・・・・・」
なにやら、今度はぶつぶつと独り言を言い始める彼女。
ちなみに、天使職と言うのは天界の中でもエリートクラスのみが就くことのできる、言わば特権階級である。もちろんその職に就くには並々ならない試験をパスしなければいけないのだが、実はそれから先が大変なのだ。下界から天界にやってくる人たちは、年中無休、ひっきりなしにやってくるのだ。いくら手があっても足りないのが現状というもの。
「合コンも行ってないし、カレシなんて作ってる時間もないしな・・・・・・」
・・・・・・天界には、合コンもあるらしい。まぁ、彼女の容姿だ。整った顔立ちをしているのだが、生まれつきの目つきの悪さや雰囲気で、男性が寄り付いてくるかどうかは少し疑問に思うところだ・・・・・・。
「ま、この仕事が終わったら貯まってる有給使って、旅行でも行くかな?」
ミーナはそう言うと、身体のコリをほぐすかのように大きく背伸びをした。身体のあちこちからポキポキという音がした。
「それにしても、あの鈍感君。凄かったね・・・・・・。、あんなに速く下界に降りた人は初めてだったわ・・・・・・」
彼女はそう言うと、それまでと比べていくぶん優しい目―――それでもまだ、やや厳つい目つきなのだが―――で、ビルの屋上で永久の別れを惜しむ青年を見つめた。
「こんな家業してるとね、いろんな魂を扱うことがあるのよ・・・・・・。救われない魂、どうしても未練が断ち切れないでいる可哀相な魂たち・・・・・・」
彼女は誰かに言い聞かせるように、口を開いた。
その顔に浮かんでいるのは疲れたような微笑みと、これまで自分が扱ってきて救われなかった魂に対する申し訳ない表情・・・・・・。
「特に可哀相なのが、未練が残っているにもかかわらず、それに気がつかない魂・・・・・・」
ミーナは、聞くものがいないにもかかわらず、続けた。
そして彼女は語るのを一時止めると、右手を口に持ってゆくと、大きく指笛を吹いた。
その指笛の音は、確かに大きな音がした。しかし、その音域は人間の耳には届かない波長の音であった。
刹那、彼女の肩に一匹の鳥が留まった。
・・・・・・青年が見た、漆黒の翼を持ったツバメだった。
「そんな可哀相な魂たちを、何の未練もなくエスコートしてあげるのが、あたし達天使の仕事なのよ・・・・・・」
ミーナはそう呟くと、肩に泊まっているツバメを優しくなでた。
「今回もアンタ、ご苦労様。毎度毎度、ありがとね」
ツバメは、そんな彼女の言葉が分かるのか分からないのか、ただ一言「ピィ」とだけ鳴いた。
「では、あの鈍感君を天界へご案内するとしましょうかね・・・・・・」
美しい金色の髪を隠すかのようなニット帽。そして、人当たりの悪そうな三角眼。
神々しき天使は、今日も『最後の思い出』を誰かに見せているのかもしれない。
fin
あとがき
皆様、はじめまして。
このたび、初投稿させていただきました『紫』です。
つたない小説でしたが、読んでいただきありがとうございました。
そして・・・、この『あとがき』まで読んでくださっている、あなたっ!
感謝感激雨あられ、本当にありがとうございます☆
さて、今回の『思い出の作り方』についてしばし解説を。
実はこの小説、私の通う高校の文化祭用に作成したものでした。
徹夜すること2日間。眠気と極限までに追い込まれた状況で書き上げた作品であります。
(製作日数が2日間だから、ただ単にサボってたわけなのですが・・・)
しかし卒業記念に書いたこの小説ですが、出版の際に意見の違いが出てしまいまして、出版中止。いわゆる発禁処分(?)になっちゃいました。
このたび、リュウさんの『生まれたての風』にて日の目を浴びることが出来たわけです。
読んでくださった皆様、そしてリョウさんには心より感謝しております。ありがとうございました。
ではでは、私のぼやきもこの辺で・・・(笑)
この小説を読まれた感想などありましたら、こちらにお願いいたします。
えせ小説家であります私にとっては、何よりも嬉しい宝物となりますので・・・。
送っていただいた方には、もれることなく返信いたします。
どしどし、お気軽にメールしてくださいませ (笑)
それでは、
また機会がございましたら小説を寄稿させていただきます。
そのときもまた、温かい目で読んでいただけると嬉しいです。
では・・・。
紫