To a you side
外伝 カリムルート〜預言者の騎士〜
彼女のことを気にかけるようになったのはいつのころからだろうか?
自分とさして変わらない年齢でありながら、次元世界最大の宗教組織、聖王教会の教会騎士でありその中でも要職を勤め、同時に管理局にも理事官として籍を置いている。
所謂お偉いさんというところだが、全く偉ぶることはない。俺のようなダメなやつのことをお兄様と呼び、本当の家族のように接してくれる。
慈愛に満ちた瞳とその優しげな美貌で、誰からも好かれる彼女。
彼女の持つレアスキルと、その信頼性の高さから彼女はこう呼ばれている。
――預言者、と。
「この通りだ。俺に、力を貸してくれ!!」
次元航行艦クラウディア――その艦長室で今俺は土下座している。年を追うごとにその動作が洗練されていくのは、我がことながら情けない限りだと思う。
しかしながら今度ばかりは本気だ。本気土下座だ。
むしろ土下座の究極進化系である土下寝したいぐらいの心意気だ。
だがいかんせん相手は管理局内真面目堅物ランキングで常に上位にランクインする男、クロノ・ハラオウンだ。冗談どころかからかっていると思われかねん。
とりあえず土下座パワーで首尾よく情報をせしめなければ!
「さっぱり話が見えないんだが……アポ無しでいきなり乗り込んできたことは不問に――というかいつものことだからまぁよしとするから、とりあえず頭を上げてくれないか?」
「うむ、正直俺もヒザが痺れてきたところだ」
うん、最新鋭艦の床がここまで硬いとはさすがの俺も予想外だったんだよ。
とりあえず土下座をやめてソファーに座る。クロノはまだ困惑した顔でこちらを見ている。
「話というのはだな……つまりは、あー、その、カリムの……ことなんだが」
言いにくい。その一言に尽きる。
俺にはこういった相談が出来る相手は少ない。俺自身がこのテの話題に疎いということもあるが、そもそも男の知り合いは少ないのだ。
加えて言えば、クロノとこのテの話題で話す、というのがまたキツイ。
――こいつとはエイミィの件で色々あったからなぁ……。
「騎士カリムのことでか?
君が何を話したいのかわからないんだが……まさかまた何かやったのか?!」「俺の信用0ですね!?
何もしてねーよ! っつーかそんなに毎度毎度問題起こしてねーっつーの」「……君がこの艦に来るときは大体問題を起こして逃げ込んでくるときじゃないか……」
「うぐぐっ……否定できん。
っじゃなくてカリムの話だよ!」「はぁ……それで、騎士カリムの話だったか?」
「あ、あぁ……その……な、おまえってカリムとけっこう仲がいいだろ?
だからカリムの好みとか、まあ色々と知ってるかなーっと思ってな」「……ふむ。つまりは、なんだ、君は騎士カリムに好意を抱いている……ということでいいのか?」
「ぐあっ!
や、やっぱりバレるか……っつーかわかっても口に出すなよ!? 察しろよ!? 恥ずかしいだろ!?」
他人に、ましてこの男にすらバレるとは……俺はそんなにわかりやすいやつなんだろうか?
恥ずい。恥ずかしすぎる。顔から火が出るとはよく言ったもんだ。ってゆーか察しろよこのヤロウ。あんまり面と向って言われると……その……照れる。
「い、いや、落ち着いてくれ!
すまなかった。まさかそこまで動揺するとは思わなかったというか君からそんな相談を受けるとは思ってなくてな……正直僕も動揺している」「おまえに相談している俺ですら自分が信じられんわ……」
「しかしだな……自慢じゃないが僕はこういった話には疎い。こういった相談は僕以上に騎士カリムを知っているシスター・シャッハやヴェロッサにしたほうがいいんじゃないか?」
「あの暴力シスターに相談したらその足でカリムに言いに行きかねん。ヴェロッサにはもう相談したんだが……アテにならんかった」
「そうなのか?
ヴェロッサはあの通り女性の扱いには慣れていると思ったんだが……」「いや、話は聴いたんだ。だが……セリフがな、臭かったんだ……」
「……そうか……臭かったのか……」
「ああ、とても素面では言えないようなセリフをアドバイスされてな……」
思い当たることがあるのだろう、クロノも渋い顔をして黙り込んでしまった。
あれは一種の拷問だった……今思い出しても鳥肌が立つ。つーかあんなセリフ俺が言えるわけねえだろ!?
あまりにもバカバカしい意味で沈痛な空気が流れる艦長室。
その空気を破ったのは――その空気を作った元凶である緑の伊達男だった。
「やあお二人さん。どうしたんだい?
そんなお通夜みたいな空気出しちゃって?」
誰のせいだと思ってやがるこのヤロウ……こいつのニヤけ顔を見ていると、フツフツと怒りが沸いてきた。それは対面に座るクロノも同様のようで、殺意すら感じられる瞳で睨んでいる。
「お、おいおい、そんなに睨まないでくれよ。
ところで二人は何してたんだい? 何だか深刻な話のようだったけど」「あぁ、それがな、騎士カリムのことでミヤモトから相談を受けていてだな……」
そしてその過程でおまえへの日頃の怒りを沸きあがらせて、たった今殺意に昇華しそうになっているところだよ。
「何だ、まだ悩んでたのかい?
僕はてっきりもう気持ちを伝えたものだと思っていたんだが……もしや僕の教えた必勝テクニックでも失敗したのかい!?」「言えるかあんな臭いセリフ!?
俺のキャラに全く合わんわ!! っつーかいくつかは試したわ! 花束とか茶とか翠屋の菓子とかな!」「何だ、意外に色々とアプローチしてるんじゃないか。それで、結果はどうだったんだ?」
「あの女…花束は聖堂に飾って、茶と菓子はシャッハと他のやつらに振舞ってたぞ……」
「そういえば僕とクロノ君もおよばれしたなぁ」
「あげくにあの女、それら全部が教会への差し入れだと思ってやがるし……」
あの女言うに事欠いてシャッハや他の者もきっと喜びます、とか言いやがった……さすがの俺もあれはヘコんだぞ……。
「あー、姉さんはあれで自分に対する好意には壊滅的に鈍感だからねぇ……」
「さすがにあれはねぇよ……思わずスカリエッティに相談しに行こうと思うほどに落ち込んだぞ……」
「い、いや、それはさすがに……まさか……本当に会いに行ったのかい?」
「さすがにそれは思いとどまったよ……ギリギリでな」
本当にギリギリだった。あの時久遠の電気ショックがなかったら俺左手はドリルになって天元突破していただろうさ……。
「しかし君も大変な人を好きになったもんだね……前々から君が誰を選ぶのか気になっていたんだけど……まさか姉さんだとはねぇ」
「……僕としてはミヤモトにはフェイトを選んで欲しかったんだが……ところでミヤモト。なぜ君は騎士カリムのことを?」
「それは僕もきいてみたかったんだ。正直君は姉さんのようなタイプは苦手だと思っていたんだが……」
ヴェロッサの言う通り、俺はあの女、カリムのことが苦手だった。
というか桃子やリンディのように、母親を感じさせるような女は苦手だった。
――母親どころか親の愛情ってもんを向けられたことがない俺は、その無償の愛情を向けられることが苦手で……怖かった。
「苦手だったさ。けどな……シャッハとはやてからあいつの話をきいてな……あいつは、カリムはすげえよ。俺とたいして歳も変わらねーのに自分の力と、その役割を享受してる。きっと、未来を知るってのはツライことなんだと思う。知りたくねーことまで知っちまうんだろうしな……」
「まさかとは思うけど……姉さんに同情して、それから好きになったと?」
「もしそうなら僕とロッサは君を止めるぞ。それは騎士カリムに対しての侮辱に他ならない」
「そんなんじゃねえ!!
……あいつは、自分の力と運命と戦ってる。自分を削ってまでな……スカリエッティの事件のときも、あいつがどれだけ苦労したのかも知ってる!」
そう、知っている。たくさんの命が失われることを、破滅の未来が迫っていることを、あいつは誰よりも先に知ってしまったんだ。そしてそんな未来を変えるために、誰よりもがんばってたんだ。
予言を変えること、それはつまり自らの力を否定するということ。生まれ持った力は、己を形作る大切な要素だ。それを否定することは、並大抵のことじゃない。
そしてあいつは、自分を省みず、ただ未来を憂う。破滅が待つ未来で、失われる命を想って心を痛めている。
そして、それでも――
「それでもあいつは、顔を上げて前に進んで行くんだ。自分の運命に抗って、前だけ向いて歩いて行くんだ――その姿に憧れたんだ。そして、そんなあいつの傍にいたいと思った。傍にいて、護ってやりたいと思ったんだ」
さっきまでの恥ずかしさはすでに吹き飛んでいた。
クロノもヴェロッサも、真剣な表情で聴いている。
正直ここまで本心を話すつもりはなかった。
だがいざ口にすると、止まらなかった。
俺の想い。俺が、ただの剣士でしかない俺が、剣を捧げたいと思ったその理由。
何のことはない。あいつは、カリムはいい女だ。惚れがいがある。
ただそれだけでいい。それだけの単純な理由で、俺はあいつに惚れている。
「驚いたな……まさかそこまで……」
「同感だ……だが、君の想いはわかった。それならば喜んで応援しようじゃないか」
「ああ!
もちろんだとも!! 大事な友人の恋路だ、応援するに決まってるさ!!」「お、おまえら……おまえらなんていいやつらなんだ!!」
思わず涙が出そうになってきた。俺は、意気込んで激励してくるクロノとヴェロッサ――いや、二人の友の手を握り、心のままに叫んだ。
「よーし、今日は飲むぞ!
無論朝までだ!!」「よし、僕も付き合おう。友人の一世一代の大舞台だ。壮行会といこうじゃないか!」
「よおおおし、おまえら!
準備はいいか!?」「「勿論だ!!」」
「んじゃ、いくぜヤローどもぉぉぉ!!!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
その時の俺たちは、明らかにテンションがおかしかった。何せ三人で肩を組んで大合唱しながら飲み屋へと行進していたぐらいだ。
冷静になって考えてみると、周りからはアホにしか見えなかっただろう。
そしてまさかこのことが、事態を大きく動かすことになるとは、誰も予想できなかった。