ゼスト・グランガイツ。オーバーSランクの騎士であり、元管理局員。
自らを生きる屍と称し、ルーテシアとアギトと、友と語り合った正義を確かめるために残り少ない命を燃やし続ける男。
そして何よりも――ヤツはどこまでも武人だった。
いきなりクライマックス〜ゼスト&アギト&ドゥーエ編〜
空き巣に入られたかのような部屋の中には、自分とアギトと物言わぬ者たちと――ゼストだけ。
ほんの少し視線を逸らしてみれば、そこには破壊された壁と、ある意味オーバーSなあの女がいた。
おそらくもうすでにこと切れているのだろう。見開かれた眼はどこまでも虚ろだった。
別に親しいというわけじゃなかった。一度しか会ったことはないし、そのときも爪で脅された。底意地の悪い女だという印象しかない。
だが俺は知っている。陰険で悪魔みたいな女だが、姉妹を大切に思い、まだ見ぬ姉妹たちに会うのを楽しみにしていたことを。
妹たちのことを話すその笑顔が――とても綺麗だったことを。
胸の奥に炎が灯る。僅かな痛みと喪失感をかみ締めながら、もう一度ゼストを見る。
「これは……アンタがやったのか?」
「ああ……俺が……俺の弱さがもたらした結果だ」
そんなことを聞いてるんじゃないと叫びたかった。
おそらくドゥーエがレジアスのおっさんを殺し、ゼストがドゥーエを殺した。そんなところだろう。
ドゥーエは犯罪者だ。それには弁解の余地はない。そんなことはわかっているんだ。
だがそれでも……。
剣を下す。ゼストの横を通り過ぎて、ドゥーエのもとへと進み、しゃがみこんだ。
「……よう爪女。ひさしぶりだな」
ドゥーエは何も語らない。その虚ろな眼は、もう二度と俺を映すことはない。
胸が軋み、痛みと喪失感が強くなる。
「……たった一度の出会いが今生の別れになるとは思わなかったけどよ……けど、それもまたままならない人生ってやつだよな」
ドゥーエの腕を胸の前で組み、眼を閉じさせる。乱れた髪を手櫛で整えてやり、立ち上がる。
「安らかに眠れ――ってのは性に合わねえ。だから……妹たちのことは任せとけ」
最後に、ドゥーエの顔を眼に焼き付けた。性格が悪くて、サドで、人をからかうのが好きで……
誰よりも妹思いの女がいたってことを、いつまでも忘れないように。
「さて……またせたなゼストの兄貴」
「おまえは……いや、今は何も言うまい」
「お嬢は今頃ちびっ子たちが保護してるころだぜ。……それでも行くのか?」
「ああ……」
「なら……俺はアンタを止めなきゃならねえ」
互いに武器を構える。剣と槍。一足刀の間合いを保ちながら、にらみ合う。
ゼストと自分では、大きな実力の差があるのはわかっている。
所詮俺は剣士としては二流で、魔導師としては最低レベル。相手はオーバーSの騎士。
だがそれでも退くわけにはいかない。この男は俺が倒さなきゃならない。武の道を歩み、剣に命をかける者であるからこそ。
「「おおおおおおおお!!!」」
同時に駆け出し、刃を交える。甲高い音と火花を撒き散らし、激突する。
すぐさま側面に回りこみ、剣を突き出す。切っ先がバリアジャケットに阻まれ、弾かれる。
その隙にゼストが槍を叩きつけてくるが、咄嗟にバックステップ。腕を切り裂かれた。
血が流れてくるが、気にも留めない。もう一度突撃する。
袈裟懸けに全力で振り下ろした刃が、今度は僅かだがバリアジャケットを切り裂いた。
だが反撃に石突での刺突が腹に飛んできて、壁に叩きつけられた。咄嗟に自分から後ろに飛んだため、致命傷には至らなかった。
こみ上げてきた血混じりの胃液を吐き出して、油断なく剣を構える。
正直言って、圧倒的に不利だ。ゼストが弱っているのは、さっきの一撃でわかった。
魔力の通っていない俺の攻撃が届いたからだ。それでも俺が不利なのは変わらない。
まともに当たればやられる。
攻撃をかわしつつ、全力の一太刀を入れる。
困難だが、やるしかない。
剣を八双に構えて駆け出そうとしたその時、俺とゼストの間に割り込んでくるやつがいた。ミヤに似た妖精、主のいない融合騎、アギト。
「旦那もリョウスケもやめてくれ! 二人が戦うことなんてないじゃんかよ!!」
涙を流しながら、アギトは訴えていた。こいつは優しいから、きっと止めるだろうと思っていた。
だがそれでも……俺は、俺たちは止まれない。武人としての心と、違えた信念がそれを許さない。
「すまんなアギト……もう止まれんのだ」
「そーゆーことだ。邪魔しねーで下がっとけよ」
片手でアギトを制し、ゼストへと足を進めようとする。
だがアギトは俺の手に組み付いて、離れようとしなかった。
「やめてよ! これ以上やったらリョウスケ死んじゃうよ!」
「ああ……そうかもな」
「旦那だってもう体が!」
「ああ……もうじき俺は土に還る。ここで戦うことなど、命をかけることなど、馬鹿げているのかもしれんな」
「だったら!」
「でも意味はあるぜ」
「へっ……?」
そうだ。意味はある。戦う意味と、戦わなければならない理由が互いにある。
退けない理由と、覚悟が剣に宿っている。
「意味ならある。俺は……ゼスト・グランガイツって男を武人だと思っている。
そしておれ自身も剣を持ち、剣の道を歩む者でありたいと思っている。だからこそ許せない。
ゼスト・グランガイツってやつのブザマな姿が許せねーんだ!
俺の意思が、剣が、魂がアンタを止めろって叫んでんだよ!!」
俺の心は届いただろうか?
いや、届いたはずだ。武器を下ろすことなく、口元に僅かに笑みを浮かべている相手の顔を見ればわかる。
だから俺にもゼストの心がわかる。武人として、戦いの中で正々堂々と散ることがあいつの願い。故に俺も剣を下ろさない。
「わかったよ……わかんねーけどわかったよ!
旦那が……騎士ゼストが武人として戦うことを望んでいるなら、アタシはそれを邪魔しない」
「……ありがとな」
「でもな! アタシはリョウスケが死ぬのも嫌なんだ!
やっと……やっと見つけたアタシのロードなんだ! 死なせるもんか!」
「おまえ……」
「だからアタシとユニゾンしろ」
「な、……何言ってんだオマエは!」
「リョウスケだけじゃ旦那を止められねーって言ってんだよ!
だからアタシとユニゾンしろ! いいよな旦那?」
「構わん。二人でかかってくるがいい」
いやいやいや待てや!? それでいいのか!?
俺としてはあくまで一対一でケリをつけたい。だがしかしアギトの気持ちも……。
「ミヤモト・リョウスケ!!」
「!!」
「今更何を迷う! 俺を止めるのだろう!?
アギトはおまえの剣になろうというのだ。剣を取るのに何をためらう必要がある?」
突然の声に思考の海から引き上げられる。
魔力を迸らせ、槍を突きつけてくるゼストと、俺を見つめるアギト。アギトの瞳には、もう涙はない。
俺は……この期に及んでまだ揺らいでやがったのか。戦うと決めたのに。大口を叩いても結局このザマだ。
昔から変わっちゃいない、俺の弱さ。
だが今は違うんだ。俺の弱さを吹き飛ばしてくれる、戦うべき相手がいる。俺の弱さを補ってくれる、優しい妖精がいる。
ただそれだけで、俺は何度だって前を向いて進んでいける!!
「アギト! ユニゾンだ!!」
「おう!!」
「「ユニゾン、イン!!」」
燃え盛る炎に抱かれ、俺は剣を手にする。俺の信念と、アギトの決意。決して折れない不敗の剣が、この手の中に。
眼前には槍を構え、魔力を迸らせるゼスト。
さあ終焉だ。目の前の男に、哀れな武人の魂に、願った終わりをくれてやる!
「行くぞ……アギト」
<おうよ! アタシの力、全部リョウスケに預ける!!>
剣から炎が迸る。誰かの願いを叶える奇跡の力、法術。その奇跡の発露が、虹色の炎となって剣に宿る。
「さあ来い! 俺を倒して見せろ!! ミヤモト・リョウスケ!!!」
槍を振り上げ迫りくるゼスト。剣を振り上げ、駆け出す。
一撃で決める。一撃で終わりにする!
言葉にせずとも、アギトには伝わっているだろう。
その証拠に、剣から溢れ出る虹色の炎はよりいっそう輝きを強くする。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
<やああああああああああああああああ!!>
「ぬうううううううううううううあああ!!」
槍と剣がぶつかり合い、まばゆい光が広がっていく。
一撃で終わらせると決めた。故に後のことは考えない。
ただ真っ直ぐに、己の全力とアギトの力全てを一刀、一撃に込めて振り下ろした。
そして――その一太刀は槍を砕き、確かにゼストを斬り裂いた。
壁に背を預け、座り込むゼストと、剣を下ろして立つ俺とアギト。すでに融合は解除している。
静寂だけが舞い降りる。
その時ゼストの胸元から赤い結晶が抜け落ちて、色を失って崩れてゆく……。
あの時確かに切り裂いたはずのゼストには、傷ひとつなかった。
バリアジャケットが斬り裂かれているところをみると、俺が斬ったのは――
推測でしかないが、俺の力、法術が「誰か」の願いを叶えた結果なんだろう。
ゼストを止めたいと願ったアギトと、止まりたいと願ったゼストの……。
だからゼストは解放されたんだろう。仮初の命と、それを縛る赤い結晶から。
だがそれは同時に――ゼストの死をも意味する。
「俺の……俺たちの勝ちだ」
「ああ……そうだな。もう動けん。そして……もうすぐ俺の命は土に還る」
「旦那ぁ! ごめん、アタシは……アタシが!!」
ゼストにすがりつき、涙を流すアギト。それを優しく、もうほとんど動かない腕で抱いてやるゼスト。
きっと、俺にはわからない絆がこいつらにはある。融合したときに、ほんの少しだが垣間見ることができた。
ゼストはアギトを使いこなせなかった。アギトはゼストの力になることができなかった。
だがそれでもこいつらの間には確かな絆があった。それは主従を超えた絆。家族の絆。
「気に病むことはない。おまえは俺の願いを、真のロード足り得ない不器用な武人の最期の願いを聞き届けてくれたのだ。感謝しているよ」
「旦那ぁ……」
「だがこれからはその力、おまえの真のロードのために使うがいい。なに、あの男は存外優しい男だ。
その力を正しく使ってくれるだろう」
「勝手に決めてくれやがって……俺は管理局員でも正義の味方でもねーんだ。……保証はしねーからな」
「ふっ……構わんさ。――聞け、ミヤモト・リョウスケ。おまえは弱い。
アギトやもう一騎の融合騎がいなければ魔法を使うことも出来ず、剣の腕もまだまだ未熟だ」
「………………」
「だがそれ故におまえの心は、強い。孤独を知り、誰よりも愛するおまえだからこそ……ふっ……クイントが入れ込むわけだ。
いつのまにか俺も……おまえの未来に期待せずにはいられんようだ」
「クイントって……アンタあいつのこと!?」
「だから、立ち止まるな。ただ前を見て、己の心と信念の赴くままに剣を振るえ。決して、俺のように、大切なものを見失うな!」
熱いものが、こみ上げてきた。剣を交わした武人の、友からの忠告。いや、遺言。
ゼスト・グランガイツという男はどこまでも武人だった。死の淵にあってもなお武人だった。
その姿に、その生き様に俺は――理想を重ねた。
「約束はしねーって言ったぞ。……だが、アンタを斬ったことは忘れねえ。忘れずに、背負って生きてくよ」
「ああ……それでいい。それでこそおまえは――孤独の剣士だ」
安らかな笑みを浮かべたゼストは、最期に……窓の外を見やった。
友と交わした約束、守ると誓った青い空を。――約束の空を。
「そろそろ……か。アギト」
「旦那……」
「おまえと、ルーテシアと過ごした日々は……仮初とはいえ、そう悪いものではなかった。……達者で暮らせ」
「うう……旦那ぁ」
「そして、ミヤモト・リョウスケよ」
「おう、ゼストの兄貴」
「ふっ……こんな俺をまだ兄と呼んでくれるか。ならば不甲斐ない兄貴分の最期の願いだ。――生きろ。生きて剣を振り続けろ。
それが……それこそが俺たちの――」
――それこそが俺たちの歩む道だ、か。
ゼスト・グランガイツは、眠るように逝った。その顔は安らかで、満たされていたといえる。俺は、そう思いたい。
悲しみも、喪失感もある。だがそれ以上に俺は大きなものを受け取った。一人の武人から受け取った、その生き様。
それを心に刻みつけ、友の亡骸に背を向けた。
「行くぞ、アギト」
「…………」
「俺たちは託されたんだ。でっけえ荷物をな。だから――こんなとこで立ち止まってらんねえんだよ」
「…………」
「俺一人じゃ重くて持てそうにねえ。だから、おまえも手伝え」
「――!」
「おまえが必要だ。だから――一緒に来いアギト」
「……そう……だよな。アタシたちは旦那を止めたんだ。旦那の願いを叶えて、その思いを託されたんだ!
一緒に行くよ! それが、旦那の最期の願いだから!!」
アギトを肩に乗せて、歩き出す。託されたもの、託された願いがある。
故にまだ涙は流さない。やるべきことが、なすべきことがあるかぎり。
最期に、一度だけ振り返る。
――じゃあな、兄貴。
――孤独の剣士は歩みを止めない。それが己の信念であり、刃を交わした友から受け継いだ、武人の生き様だから。
――この道を歩むと決めたときから変わらないその信念を手にした刃に秘め、おのれの優しき半身とともに、駆け出していった――
あとがき
なにぶんこういったものを書くのは初めてで……といったお決まりの文句は言いません。
だが正直一人称と三人称の使い分けがどうにも……
さて、中身に関してですが、これはぶっちゃけて言ってしまうと
「長編書くと途中でダレそうだし、正直書きたいシーンをすぐにでも書きたい。
だからゼストと戦うのをシグナムではなく良介にして、短編で書いてみました。
その過程でゼストメインのはずがなぜかドゥーエさんが前半のメインになっちゃいました。アギトはものすごく空気になっちゃいました」
といった感じです。
なるべくリョウさんの書くキャラクターに近づけてみようとは思ったものの……いやあ、小説書くのって難しいですね。って感じです。
また、これ以外にも書いてみたいシーンがあるので、熱意が続けばまた書きたいと思ってます。
最後に、感想いただけると幸いです。
自分でも、アレ微妙じゃね?とおもってるところがなきにしもあらずなので、どんどん指摘していただけるとものすごく助かります。
ではまたどこかで。
追伸、エピローグ(ゼスト・アギト・ナンバーズ・クイント編)も書こうと思ったけど蛇足になりそうだから辞めといたんだぜ!