そこには人間の醜さのすべてがあった。
おおよそ考えられる醜悪さを煮詰めて固めて焼いて
溶かしてドロドロのヘドロみたいにした環境だった。

未来に希望はなく、今には絶望しかなく。
ただ過去の暖かさに縋ってヘドロの海を息継ぐまもなく泳いでいた。

そんな日々。そんな日々。

嗚呼、無常なるかなそんな日々。
一番悲しむべきは、その日常を「そんな日々」と呼べてしまう我が壊れた心か。

そこにいたのは、家族のいない者たち。

あるいは殺され、

あるいは奪われ

あるいは捨てられた者たち。


湿った壁の地下牢。そこにいるのは奴隷たち。ただの労働力。
錆びた鎖は錆びてなお奴隷たちを苦しめた。

きれいな鉄格子の白い部屋。そこにいるのは娼婦たち。主の金を稼ぐためだけに体を開かされる。
金を持つ者と咽る様な香の匂いは彼女たちの心を侵す。


そして“私”はお人形、館の主のお人形。男でもなく女でもなく。ただの子供です。
“私”に与えられた部屋は、白くきれいで、やわらかい色の木のドアがあって。
ふんわりしたレースのカーテン、ふかふかのベット、
母の匂いのような柔らかい匂いの御香。

おいしい食事、決して痩せる事の無いように、太ることの無いように。
おつきのメイドの笑顔は柔らかで、執事は私に頭を下げる。


――――だが、その部屋は奴隷や娼婦の部屋となんら変わらない。
“私”を縛るための、ワタノオリ。


月が昇れば、ふかふかのベットは吐き気のする異臭を放つゴミ溜めに。
柔らかな匂いは主の獣欲を高めるためのものでしかなく。
おいしい食事のせいで私は餓え死ぬことも許されず。
おつきのメイドは柔らかな笑顔のまま醜悪な体の主に私を差し出し。
執事は頭を下げて部屋を出て行く。

だから私の未来に希望はなく、ほんもののやすらぎは過去にあった。



「っ!?」
いやな夢。
それは悪夢だ。二十年近くたっても“あの子”を苛み続ける。

食道を駆け上がって来る迸り、口を押さえながら洗面所へ行き

「おっっぐぅっ…ぅぇぇっ!」

言葉にならない呪詛とともに吐き出した。


水道の蛇口をひねって吐瀉物を洗い流す。
ここ数日はいつもこうだ。

この必要最低限のものしかない、きれい過ぎる部屋は過去の牢獄を想起させる。
あの「綿の檻」を。

早く、このまっさらな部屋を「自分」で埋め尽くさなければならない。


「弱い…な」
洗面所の鏡を見ながらつぶやく。
それだけで喉の奥から酸っぱい物がこみ上げてくるようだった。

何たる弱さ、何たる惨め。

「俺は…ぅっ」
その惨めさを自覚したとたん、また、吐く。吐くたびに涙が出そうなほど惨めになる。
あの地獄からあの子を救えない自分は、どれほど弱いのか。

「…挙げ句…救世主に縋って…裏切られて」
かつて、救世主に縋った。
だが、彼女らはあの子を救えなかった。
あまつさえ、悲劇を生んだあの子を捕らえ・殺そうとした。
それが、歪んだ救世主候補たち。
歪んだ世界は歪んだ救世者たちを生んだ。

「それでも、流した血と涙は、無駄じゃなかった」

光は差した。まだ幼かった王女と、突然現れた、導き手。

王女はあの子をどん底から引き上げ、導き手は歪んだ世界を正し始めた。

それでもなお世界は歪んでいる。

彼女たちの正そうとした世界、照らそうとしたこの世界は変わろうとしない。

「ヒトよ、『イマ』の世界を呪え、そして。『イマ』から『未来』を生み出せ」

そのために、俺がお前たちの勘違いを正してやる。
そのために俺はここまで来た。

「そのために…」

俺は、お前たちの世界を…

「ぶっ壊してやる」


嗚呼、世界に呪われたものよ。
世界を呪い壊し、そして許し、生み出す礎となれ。
お前こそヒトのための破滅。破滅とヒトの間を渡る最高の道化。
踏み外す無かれ。お前の一歩は世界を変えるための地面を作る。
今はただ、大地を作る礎に。時が来れば人の世界はお前を選ぶ。

Cosmology breaker next starge...






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