白く無機質な空間。
白いベッドに白いシーツ。
そこがあたしの終着駅だった。
悔しくて、悲しく、一人涙した。
宮本さん……あたし、間違っていたのかな……答えてよ……宮本さん……
宮本良介の死後、スバルは己が無力を嘆き、力を求めた。
宮本さんが死んだのはあたしのせいだ。
ギン姉が落ち込んでいるのはあたしのせいだ。
ティアが、なのはさんが、機動六課の皆が落ち込んでいるのはあたしのせいだ。
あたしが無力だから……無力だったから、あんな悲劇が起きてしまったんだ。
力……力が欲しかった。
もう二度とあんな悲劇は繰り返さない為に。
だから、色々な時間を削って、全ての時間を訓練に回した。
自分で言うのもおかしいけど、あたしは頑張った。死に物狂いで頑張った。
それなのに、お父さんも、なのはさんも、ティアも、なにか言いたそうな難しい顔をしているだけだった。
なんで、そんな顔をするのか分からなかった。
別に褒めて欲しいとか、認めて欲しいとか、「頑張ってるね」とか暖かい言葉が欲しかった訳ではないけど、
そんな顔をされるのは心外だった。
でも、これは罰だと思った。
宮本さんを殺してしまった罰なのだ。
もっと頑張らなくっちゃ……
強く、強くなれば、皆に笑顔が戻ってくる。宮本さんも浮かばれる。
そうでしょう……宮本さん……
それは、悲しいまでのすれ違いだった。
スバルの様子がおかしいのは誰もが分かっていた。普段なら、なのはやティアナそれにゲンヤ等が注意すればよかった。
しかしスバルは、心に大きな傷を抱えていた。
自分が宮本良介を殺した。と言って聞かなかった。
彼の死は、彼女の心に深い傷を残した。
いや、彼の死はスバル個人の問題ではなかった。
機動六課がいや、時空管理局全体が彼の死を悼んだ。
特に、なのは、フェイト、はやてといった、幼少時代から彼と過ごして来た者達の心の傷の深さは計り知れない。
それでも、彼女達は挫けなかった。挫けてしまえば、明日は我が身かもしれないからだ。いや、自分達が死ぬのは構わない。
しかし、自分のせいで部下まで死なせてしまう訳にはいかない。
自分達には、愛すべき部下がいる。
それを支えに彼女達は頑張った。
ただ、夜一人になると静かに声を殺して泣いていた。
彼女達も深く傷付いていた。
当たり前の話だが、幾ら強かろうが才能があろうが、彼女達だって人間である。楽しければ笑い、悲しければ泣く。そして限界もある。
だから、判断ミスをしてしまった。
なのは達は、スバルの異変にはすぐ気付いた。そしてその原因もすぐに突き止めた。
普段なら注意した。しかし皆、彼の死を引きずっていた。
変に引きこもるよりも動き回った方が、スバルにも部隊にもプラスになると考えた。
現になのは達もそうやって日々を過ごしていた。
その考えにゲンヤも賛成した。
相棒のティアナは、スバルに注意した方が良いのでは、となのはに意見したが、なのは達の考えを聞き、意見を下げた。
こうして、誰もスバルを注意しなくなった。
自分のせいで無くなってしまった、皆の笑顔を取り戻したいと願い、骨身を削り暴走するスバルと、スバルの為を思い暴走を苦い思いで見て見ぬ振りする仲間達。
日々、両者の溝は深くなり、それに比例するように、スバルもボロボロになっていった。
そして、なのは達がコレではマズいと思った矢先、事件は起きた。
演習中の事故だった。
診断の結果、スバルは両腕の骨折と重度の過労と診断された。
なのはは、自分の責任だと言い、激しく落ち込んだ。
ティアナは、一番の責任は相棒である私にある、と自らを責めた。
二人とも、自分が悪いと言い、自己嫌悪の深みにはまっていった。
負のスパイラル。
抜け出せない泥沼。
そんな中、ゲンヤのみが声を大にし、それは違う、皆で決めた事だ、誰か一人の責任ではないと慰め、力強く励ました。
年の功は伊達ではない。そして唯一の男でもある。
なんとか、彼女達を励ますことに成功した。
しかし、それが応急処置的なものであり、いつ悪化するとも分からないものであることは彼自身、一番よく理解していた。
心の内は暗澹たる思いで一杯だった。
彼女達の心の傷を癒せるのは、時の流れしかない。
しかし、どれほどの時を費やせば彼女達は癒えるのか……
その問いに答える者は誰も居ない。
病室で目を覚ましたスバルは、自分の努力の結末を知った。
ギブスで固められた両手。
やつれ果てた顔。
そして、事故で気を失うまで変えることが出来なかった、仲間達の苦い顔。
結局、笑顔を取り戻すどころか、力を得ることさえ出来なかった。
あまりにも悲しすぎる結末だった。
それから数日はあまり覚えていない。
寝たり、起きたりの繰り返し。
食事も点滴と流動食のみだった。
それでも、元来の体の頑丈さも相まって、日々、体は回復していった。
しかし、心の傷は一向に回復しなかった。
スバルにとって、入院からの数日間が一番楽だった。
心も体も衰弱しているから、余計なことは考えずに、夢うつつのでいられたから。
体が回復してしまってからは、体力が有り余ってしまい、余計なことをどんどん考えてしまった。
それが心の回復を妨げていた。
話を冒頭に戻す。
宮本さん……あたし、間違っていたのかな……答えてよ……宮本さん……
ここ数日、体が元気になってからというもの、彼女は宮本良介のことばかり考えていた。
入院してから、見舞いに来てくれたのは、父ゲンヤと姉のギンガのみであった。
姉は、もともとお喋りな方ではないが、それでも、人が変わったかのように……いや、抜け殻みたくなっていた。
ギン姉をそんな風にしてしまったのは、あたしだと思うと余計に気が滅入った。
お父さんは、なぜかギン姉と一緒に来ないで、いつも面会時間を過ぎた時間帯に来た。
お父さんは普段では考えられないくらいにおどけて、ふざけた話ばかりしていたけど、
それがとても無理をしているようで、見ているのが辛かった。
それらが彼女の極端な思考の一端を助けていた。
そう……彼女の心の中で笑顔でいる人物は、もう彼しか居なかったから。
現実は辛すぎるから……
そんなある日。
病院内で聞くはずのない音がした。
チャルメラと言うものだろうか？
とにかく、安物のラッパの音が病室いや、フロア全体に響き渡った。
そして、ボイスチェンジャーを使ってるのか、なんとも可愛らしい声で、
「え〜アイス、アイスはいりませんか〜。甘い、甘いアイスで御座います。
あまりの甘さに末期のジジイも生き返る！アイス〜アイスはいかがっすか〜」
可愛い声なのに、そのあんまりな物言いにあたしは久し振りに笑ってしまった。
それに、アイスか……
久し振りに食べたくなった自分の好物。
でも、両手を見てへこんだ。
あ〜まだ、ギブス取れてないんだ。
は〜……まっ気分だけでも味わおうかな。
この時、本人は気付いてなかったが、
この思考こそ、あの事件以来なりを潜めていた、彼女の持ち味とも呼べるべき、ポジティブシンキングだった。
廊下に出ると、ウサギの着ぐるみを着た売り子が一人で、アイスを売っていた。
ウサギさんの周りには、子供からお年寄りまで老若男女が皆集まり、アイスを買っていた。
アイスはとても美味しいらしく、皆美味しそうに食べていた。
いいな〜
しばらくすると、人だかりも消え、廊下には、あたしとウサギさんしか居なかった。
さて、帰ろうかな……
そう思った矢先、
「おい、ハチ……じゃなくて、そこの青髪、アイスは買わないのか？」
声を掛けられた。
「いえ、あたし、両手が塞がってて……」
そこでふと気付いた。
こうやって、自然に人話すのはいつぐらいだろう……
姉や父と話していてもどこか不自然さを拭いきれなかった。
久し振りの会話らしい会話。
少し、このウサギさんと話してみたくなった。
あたしのお願いにウサギさんは二つ返事で良いと言ってくれた。
病室に入れる。
きっと、ティアが見たら、だからあんたは無防備過ぎるのよ、って怒るかもしれないな……
あれっ！？今、自然にティアの事を思い出せた！！……ウサギさんと話したせいかな……まさかね……
「おいおい……のこのこ着いて来た、俺が言うのもおかしいが、お前無防備過ぎやしないか」
ウサギさんの物言いがティアの思考にダイレクトに被ってしまい、思わす笑ってしまう。
中に入っているのはティアと同属かな？
「なにが面白いんだ……ったく、実は手じゃなくて頭、痛めてるんだろう」
「あ〜酷いな！ただ、あたしは友人とウサギさんが似てると思っただけですよ」
「なっ！？おい、俺とあんなアバズ……」
「えっ！？ウサギさんあたしの友人知っているんですか！？ってアバズ…？」
「あっ！
いやっその……ほら、それより、俺をわざわざ病室に連れ込んだってことは、なにか聞いて貰いたい事でもあったんじゃねぇのか？」
「あっ、そうだ！実は……」
「ほっ……バカで助かった……」
「ん！？今何か言わなかった？」
「いや、全然」
「そっか。なら気のせいだね。」
そして、あたしは、今まで起きた事を話した。
もちろん、固有名詞を使うような事はしなかったが、それでも、ウサギさんには粗方話せたと思った。
話終わった後、また気持ちが沈んでしまった。
落ち込んでいるあたしに、ウサギさんは、はぁ〜とため息をつき、おもむろにボカンと拳骨を落とした。
「痛っ〜！？」
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、ここまで馬鹿だとはな……」
「なっ！！」
「お前の上司も親友も親父も姉貴も馬鹿だけどお前は、その中で輪を掛けて馬鹿だ！」
今までの気落ちが嘘のように、心が怒りに燃えてきた。
ギブス越しに殴ってやる。
そう思いベッドから腰を浮かせたら、タイミングを計ったかのように、ウサギは、外に出ていった。
見事にタイミングを外されてしまい、殴りそびれてしまった。
やり場のない怒りに震えていると、ウサギが戻ってきた。
「なんのようです」
先程とは打って変わって、底冷えのする声。当たり前だ。あいつはあたしの大切な人達を馬鹿にしたんだ。
「よぉ、そんな熱い視線で見るなよ。照れるじゃねぇか」
「誰がっ……」
激昂しかけたあたしを制するように、あたしの目の前にアイスを突きつけた。
また、気が削がれた。
「チャンスをやる。俺のアイスを食って不味いと思ったら殴っても良いぜ」
「……分からない人ですね。あたしの両手が見えますか」
「だから、ほら、あーん」
妙な流れになってきてるのは、自分でもよく分かる。
知らず知らずのうちにあいつの手のひらの上で転がされている。
まぁ良い、絶対に難癖付けて殴ってやるんだから……
「……アイスにはうるさいですよ」
「望むところだ」
最後に、アイスを食べれると思って、少し喜んでいる自分がいて、我ながら現金だと思った。
アイスを食べる。
えっ……この味って……
もう一口、二口、間違いない！この味は！
「どうだ、美味いか？俺様特性アイスは」
「そんな……だって……」
「だから、お前ら全員、馬鹿だっつってんだろ。
俺が少し居なくなっただけでこれだ。なのはもまだまだ、ケツに卵の殻付けてんじゃねぇのか」
「うそ……みや……もと……さん」
「やっと気付いたか、だから、お前は輪を掛けて馬鹿なんだよ、ハチマキ娘」
着ぐるみを脱ぎ捨てる。中から表れてたのは、死んだと思っていたあの人物。
「宮本さん！嘘じゃ嘘じゃないですよね！」
「ああ、しっかり生きてるぜ。ほら足もちゃんと……」
「宮本さん！うわぁぁぁん」
それからしばらくの間、宮本さんに抱きついて泣いていた。
……
…
「落ち着いたか」
「はい、でも久し振りに泣いてスッキリしちゃいました」
「そうか、なら良かったな」
「ねぇ、宮本さん」
「なんだ」
「もう一回、あーんってしてくれませんか」
「甘ったれんな。俺はそんなに優しくねーぞ。してほしかったら、メロンを用意するんだな」
「……ギン姉に宮本さんに泣かされた〜ってチクちゃいますよ〜」
「くっ……それは……」
「ほらほら、はやく〜」
「分かったよ、分かった。ほら」
「駄目です。ちゃんと、あーんって言わないと」
「くっ……あっあ〜ん」
「あ〜ん♪」
あたしは差し出されたアイスを満面の笑みで食べる。
こんなにも美味しいと思うものを食べるのは久し振り。
こんなにも笑顔でいるなんて久し振り。
こんなにも心が軽いのも久し振り。
なにもかもが久し振り。
そして今までの悩みが全部ちっぽけに思えてきた。
あたしが泣きついた時、宮本さんは優しく言ってくれた。
「お前の悩みなんてのは、一人相撲みたいもんだよ。なのは達と腹割って喋ってみな。案外簡単に解決するぜ」
なんとも、重みのある言葉だと思った。
退院したら、そうしようと思った。
ティアやなのはさんを始め色々な人に迷惑掛けてしまったから。
きっと、あたしの望んでいた笑顔も戻って来るに違いない。
でも、今だけは……
宮本さんと二人っきり居たいと思った。
もっと二人で……
そうだ！
良いこと閃いた。
「宮本さん、喉渇きません？」
さり気なく、とはいかないまでも、話をそらす。
「ん、ああそうだな、この着ぐるみ思ってた以上に暑かったしな」
「でもよく、病院でチャルメラ吹いたり、アイス販売出来ましたね」
「ああ、この病院はよく世話になってる病院でな、ここの院長とは飲み友達なんだよ」
なんとも、宮本さんらしい話だと思った。
「へ〜そうなんですか」
「おう、そうなんだよ。で、喉が渇いてんだけど、それがどうした？」
「あっ、宮本さん、アイスもう一口良いですか」
「ぐっ……むっ……あ〜ん」
あたしはその問いに答えず、差し出されていたアイスを食べて……
キスをした。
「むっむぐ」
アイスを流し込む。
「ぷはぁ、どうですか、喉潤いましたか」
「ばっ、おまっ、なっなぁ」
アハハ、テンパってる。テンパってる。
でも、あたしもドキドキしている。
だって、初めてなんだもの。
でも、ここで追撃の手を緩めない。
一気に押し切る。
「宮本さん……あたし、宮本さんの事が好きなんです」
なんのひねりもなしにストレートに自分らしく。
間髪入れずに、もう一度キスをする。
しばらくはされるがままだった宮本さんも、だんだんと正気を取り戻し、あたしを抱きしめてキスをしてきてくれた。
それがとても嬉しくて……
今だに、六課の皆が落ち込んでいるのは知っている。
早く宮本さんの生存を知らせてあげた方が良いに決まってる。
でも……今だけは、この甘い一時だけは誰にも邪魔されたくなかった。
「ねぇ、宮本さん……アイスのおかわり良いですか♪」
ども、名無しASです。今回はタイトルを見て分かるように、糖分強めどころか、リンディ茶を作っている心境でした。
途中なんども死にかけました。
死んだザフィーラの気持ちがよく分かりました。
次回予告。
甘い夢……
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