宮本良介の死後、ギンガとスバルは仕事にのめり込んだ。
いや、逃げた。と言う方が正しかった。
スバルは、自分が弱かったせいで彼が死んでしまったと思いこみ、強くならなければならないと考え、寝る間も惜しんで訓練漬けの日々を送った。
相棒のティアナはそんなスバルの状態を以前の自分と照らし合わせて危惧していたが、なのははもとより、はやてもゲンヤも何も言わなかった。
変に引きこもって落ち込んでいるより、無茶でも良いから体を動かしていた方が彼女の為だと考え、あえて黙殺していた。
いずれ落ち着くだろう、そう考えて。
しかしそれは甘い考えであった。
訓練に次ぐ訓練。スバルの体はボロボロになっていた。それでも、心が彼女を攻め立てる。
ある日の訓練中、スバルは自分のミスから怪我を負い病院に運ばれた。
全治1ヶ月と診断され、入院した。
ギンガは、スバルのように無茶はせず、たんたんと仕事をこなしていた。
その姿を見て、ゲンヤは安心していた。
しかしそれは表面上の事であった。
クラナガンのとある公園。
ここで無許可に露天営業をしている人を取り締まっている最中、一人の絵描きがギンガに噛みついてきた。
普段なら冷静に対処するはずなのだが、
この時ばかりは違っていた。
思いっきり殴りつけてしまった。
絵描きはただ文句を言っただけ。
手に凶器を持っていたわけでもなければ、暴れているわけでもなかった。
いくら管理局であっても許される事ではなかった。
停職1ヶ月。
それがギンガに下された罰だった。
二人は、彼の死を割り切れていなかった。
目が覚めた。
あれだけ重かった瞼や体が嘘のように軽くなっていた。
胸を見る。
胸に穴は空いたまま。しかし痛みはない。
変な気分だ。
そして理解した。自分が死んでいることを。
「ってことは、ここはあの世か……しかし、ここは天国なのか地獄なのか……よくわかんねぇな」
そう、一人ごちる。
地獄に堕ちるほどの悪行を積んだ覚えはないが、天国に行けるほどの善行を積んだ覚えもない。
生きている時、半端者だという自覚はあったが、まさかあの世でも半端者になるとは……
よほど孤独の神とやらにに愛されているのか……
まったく、ここまで来ると笑いがこみ上げてくる。
「なに笑っているの?」
懐かしい、そして心の底からもう一度聴きたいと願ったお袋の声。
「よぉ、久し振りだな。元気だったか」
「なに言ってるの。元気じゃなくなったから、こっちに来たのよ」
「そりゃそうだ」
言いたかったことは沢山あった筈なのに、本人を前にして何一つ言えなかった。
出てくる言葉はいつも通りの軽口。
そんな不器用な息子を良く知っている彼女は軽口で返した。
二人笑い声が辺りに響く。
「しかし、クイントが案内人とはな」
「こら、お母さんと呼びなさい」
「だから、何度も言っただろ、息子になるつもりはないって。ったく馬鹿は死ななきゃ治らないって、ありゃ嘘だな」
「お母さんになんて口の効き方をするの」
ゴチンと音をたてて拳骨が振ってきた。
懐かしい痛み。
「痛ぇ!って、なに笑ってやがる」
「あら、良介君も笑っているわよ」
昔、彼女に追いかけまわされた時を思い出す。
「うるせぇよ。それより早く俺を天国に案内しろよ」
「散々悪さばっかりしてて、ちゃっかり天国に行くつもり?随分神経太いわね」
「日本の昔話でな、『蜘蛛の糸』って話があるんだ。その話によると、どんな悪党でも良いことすりゃ天国に行けるかもしれないって大変ありがたい話があるんだよ」
「なんですそれは。随分と都合の良い話ね」
ああ違いない、そう言ってまた二人で笑いあう。
やっと自分のペースが掴めてきた。
今なら、言える。
心の中でカウントする。
3
2
1
「お袋……約束は果たしたぞ」
「良介君……」
「ギンガは正気に戻ったよ」
「でも……」
「クイントがお袋なら、ギンガとスバルは妹だ。妹の尻拭いは兄貴の役目だぜ。
さあ、いつまでもこんなとこで立ち話してないで、早く天国に……」
脳裏に浮かぶ、ギンガとスバルの泣き顔……
最後の最後でヘマして泣かせちまった。
「いや、地獄に案内してくれ」
あんな顔みた後でとてもじゃないが天国になんぞ逝けない。
「あら、どうしたの?いきなり地獄に案内してくれなんて?」
「あいつらなら死後確実に天国に来るだろ。死んだ後まで、追いかけ回されちゃたまんねぇよ。それよか、地獄で鬼に追いかけ回されてる方がよっぽど気楽でいいや」
「ふふ……あの子達が聞いたらそれこそ鬼のように追いかけてきそうよ」
「おう、だからとっとと……」
「でも、駄目よ良介君。私はどっちにも案内しないわ」
「はぁ!?」
「約束を破ってきた馬鹿息子をどうして案内しなきゃいけないの」
「おいおい、約束は……」
「ギンガとスバルは心に深い傷を負ったわ」
「あいつらなら、自分の力で立ち上がるさ」
「ええ、あの娘達なら自分で立ち上がる強さはあるわ……でもね」
「でも?」
「それは昔の話よ。今のあの娘達は、心の中にあなたがいるわ」
「……」
「だからこそ、良介君に側で支えて欲しいの」
「クイント……お前の言ってる事は分かるが、俺はもう死んじまったんだよ」
ギンガとスバルを支えてやりたい気持ちはある。しかし、死人にはなにも出来ない。
「鈍いわね。だから私が来たんじゃない。ほら、さっさと生き返りなさい」
しかし、そんな悩みを吹き飛ばす、とんでもない一言。
「はぁ!?無茶言うんじゃねぇ!生き返るなんて、そんな奇跡みたいなこと出きるわけ……」
「起こせるでしょ。奇跡」
「法術のこと言ってんのか」
「そうよ。だから私がここに来たのよ。息子の尻拭いは親の役目よ」
「馬鹿言うな、ミヤも居ないし、いくら法術だって、死人を生き返らせるなんて……」
「あら、やって見なくちゃ分からないでしょ。それとも、何の手も打たず、諦めちゃうわけ」
「わかったよ、わかった」
他者の思いを具現化する奇跡、法術。ただし、そう易々と発動出来る代物ではない。
それでも、意識を集中させる。
辺りに虹色の魔力光が浮かび上がる。
胸の風穴はいつの間にか消えていた。
こんなにも簡単に法術が発動したことなんてなかった。あまりにも異常過ぎた。
「成功したみたいね。良介君はよっぽど皆から好かれているみたいね」
「どういうことだ」
「そのまんまの意味よ。皆の思いが強ければ強いほど、法術は強力になるわ。それに、ここはあの世よ。神様の近くにいるなら、奇跡も起こりやすいわよ」
戸惑う良介にあっけらかんと答える。
「んな、アホな……」
あまりのことに絶句する。
「良介君はあんまり賢くないんだから、深く考えちゃだめよ。それに、そろそろお別れみたいね」
「えっ」
だんだんと周りの景色がぼやけてきた。
「おい、これは一体……」
「ここは死者が来る所よ。生者は居られないわ。ところで良介君、私の書いた遺書の内容、覚えてる?」
「あっああ、確か、俺を息子にしたい。ギンガとスバルを守ってくれ。後は……そう、俺に幸せになれって」
「そう、正解。それでね、その三つを叶える方法を思いついたの」
嫌な、とても嫌な予感がする。
「良介君、ギンガかスバルのどっちか貰ってくれない」
やっぱり……ったく、こいつは、
「馬鹿か、あいつらと一緒になったら、俺が不幸になっちまうよ」
軽口で返す。最後くらい自分らしく終わらせたかった。
「失礼ね〜」
そう言う彼女も分かっているのか、口元には笑顔が浮かんでいる。
彼女の輪郭がぼやけ始めてきた。
「ねぇ」
彼女が真っ白い光に包まれ始める。
「お母さんって呼んでくれないかな。さっきのお袋も良いんだけど、一度で良いから、お母さんって呼ばれたいのよ」
真摯な瞳で見詰められる。きっと彼女の願いであり、未練なのだろう。
「……最初で最後の大サービスだからな」
「ええ、ありがとう」
たぶん、次にかける言葉か最後になるだろう。
「お母さん」
万感の思いを込めて言った。
彼女は、とても嬉しそうに笑って、光の彼方へ消えていった。
その笑顔が余りにも綺麗だったので、不覚にも見取れてしまった。
………
……
…
目が醒めた。
十字架が乱立する寂しげな場所。
墓場で目が醒めたってことは、どうやら、さっきのアレは夢じゃないみたいだな。
胸の傷もなくなっていた。試しに、手を当ててみると、トクトクと心臓の音が聞こえてきた。
それにしても、まさか、服や刀までご丁寧に着けてるとは……
ご都合主義も此処まで来ると感心してしまう。
思わず笑ってしまう。
太陽が昇り始めてきた。
夜の闇と朝の光が混じり合う、幻想的な時間帯。
黒から紫、紫から青へとゆっくりと色が変わってゆく。
その色が二人の女性を思い出させる。
無性に彼女達に会いたくなってきた。
自身の心境に驚くも、
クイントが、余計な事言ったせいで、変に意識しちまったよ。
と相変わらずの天の邪鬼ぶり。
「取り敢えず、これはもういらねぇな」
そう呟き、抜き打ちで斬る。
「しかし、誰が供えたか分からねぇけど、あいつら分かってるじゃないか」
お供え物のメロンを頬張ながらり、ゆっくりと墓地を後にする。
「さて、どっちから会いに行くかな」
空は快晴、雲一つ無く、良い天気。
ズズ……
石と石が擦れ合う音。
ズズ、ズズ、ズザー、バタン!
十字架が真っ二つに斬られた。
斬られた十字架には、宮本良介此処に眠る、と彫られていた。
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