The past binds me in the nightmare




第六話「さざなみ寮にて」




暗く長い廊下を、俺はただ何も考えず歩き続けていた。

浄眼を開いているのに、思念を示す靄はどこにも見えない。


当然だ。

ここにいた警備の連中は、全員殺したのだから。

死人である以上、思念など発するわけが無い。


やがて、酷く揺れの激しい、蒼い靄を見つけた。

その靄がある位置までゆっくりと歩く。

気配を殺し、扉の前に立ち、浄眼をより強く開放する。


蒼く冷たい靄に混じり、紅い、殺意を示す靄が、この扉に向けて真っ直ぐに伸びている。


―高速思考、展開―

―ターゲットまでおよそ20m、銃火器を構えている可能性97%―

―銃口の高さはおよそ120cm、これは俺の胸部とほぼ同じ高さに該当―

―通常通りに入れば、その時点で射殺される可能性92%―

―“凶蜘蛛”を使用した場合、射殺される可能性は10%以下にまで低下―

―これに現在の体力と、ターゲットの心理状態を加算した結果……任務の成功率は90%以上 ―

―高速思考、展開終了……これより、任務を遂行する―


1秒と掛からずに思考を展開、収束すると、俺は、目の前にある扉を勢いよく開いた。

直後、銃声が鳴り響くが、発射された弾丸は俺に当たらず、地を這うように進む俺の頭上を通過した。

「なんだとっ!?」

部屋の主が驚きの声を上げる間に、俺はターゲットの直ぐ傍にまで接近し、そのまま跳躍。

―閃刃・飛燕―

相手の頭上から、逆立ちのような状態でターゲットの首を目掛けて、七夜を振り下ろした。

直後、形容しがたい音と共に、彼の頚骨は粉砕され、思念の靄も消え去った。

振り切った勢いのまま空中で体勢を整え、背後に着地する。

足元を見れば、そこには首が力無く折れ曲がった、人だったモノが横たわっている。

―任務、完了……―

その光景に何の感慨も持たず、俺は、生きる者のいなくなった屋敷を後にした―――。




「―――っ!?」

声にならない悲鳴と共に、俺は目が覚めた。

よりにもよって、昔の夢を見るとは……。


溜息を1つ吐きながら体を起こすと、額から何かが落ちた。

「……タオル?」

それは、綺麗に折り畳まれた濡れタオルだ。

「なんでこんなのが……」

そう呟きながら辺りを見渡すが、俺には全く覚えの無い部屋だ。

ここ、どこだ……?


暫くして、控えめなノックの音と共に、洗面器を持った神咲さんが入ってきた。

「あ、赤夜先輩。もう起きても大丈夫なんですか?」

体を起こしている俺を見ると、神咲さんは心配そうな顔で聞いてきた。

「ああ、問題ないよ。それより大丈夫って……俺、どうかしたの?」

俺はそう尋ねると、神咲さんは少し意外そうな顔をした。

「覚えて、ないんですか……?」

「えっと……」

神咲さんの言葉に、記憶の糸をたどってみる。

なんとなく散歩に出かけて、八束神社まで行ったんだよな。

そこで神咲さんに会って、彼女が抱いている狐と目が合って……!?

「そうだっ! 神咲さん、あの子狐は!?」

急に大声を出した俺に、神咲さんは少し驚いたみたいだ。

だが、すぐに気を取り直すと、

「怪我はしていませんよ。今は、私の部屋で寝ています」

そう言った。

その答えに、俺は安心して一気に力が抜けた。

「そうか、よかった……。すいませんでした、あんな事をしてしまって...」

「いえ。久遠、あの子の名前ですけど、怪我もありませんでしたから」

「でも……」

言いよどむ俺に、神咲さんは暫く考え込んだ後、

「だったら……」

そう言った後、洗面器を置き、右手を上げて……、

パァン……!

そのまま俺の頬を打った。

「っ痛……」

思わぬ不意打ちに呆然としたが、直ぐに頬から痛みが走った。

打たれた頬を押さえながら神咲さんに目を向けると、

「これで、許してあげます」

彼女は、にっこりと微笑みながらそう言った。

かなり強い力で打たれたらしく、頬には鈍い痛みが残っている。

だけどまぁ、これ位で許してもらえるなら、安いものかな。

「……ありがとう。それであの後、俺はどうなったの?」

「はい……。急に叫び声を上げた後、先輩は気を失ったんです」

気を失った。

間違いなく、退魔衝動の発現と、昔の記憶のフラッシュバックのせいだな。

「その後、偶然その場にいた知り合いの方に、ここ―私が住んでる寮ですけど―まで運んでもらったんです」

「そうか……。ありがとう、迷惑を掛けちゃったね」

「いえ。……それで、1つ尋ねたい事があるんですが...」

「あの時の事、かな?」

「はい。単刀直入に聞きますが、先輩は超能力所有者ですね?」

……驚いた。

まさか退魔衝動について知っているとは思わなかった。

「ああ。俺は浄眼を有してる。それにしても……よくあれが退魔衝動だって分かったね」

「これでも、退魔師ですから」

俺の質問に、にっこりと微笑みながら神咲さんが答えた。

退魔師、まさかこんな身近にいるなんてなぁ。

まあ、八束神社はこの街に広がる霊脈の拠点だ。

そこで巫女をしている子が、ただの女の子だとは思っていなかったが……。

ん、まてよ?

退魔師で『かんざき』……って事は。

「神咲さん、君の名字って、どんな漢字になる?」

「えっと、『神が咲く』で神咲ですが」

「やっぱり……退魔四家の神咲か」

昔、爺さんから聞いた事がある。

日本には幾つかの退魔の一族が存在するが、中でも規模の大きな4つの一族を総じて『退魔四家』と呼ぶ、と。

その中に、九州に本拠地を置く『神咲』という一族があり、赤夜の一族は昔からそこと交流があったらしい。

赤夜に伝わる静心のような退魔の技も、元々は神咲の技法が原型であるとも聞いている。


それを神咲さんに話すと、どこか納得したという顔をしていた。

「赤夜という名前は、祖母から聞いた事があったんです。でももう断絶したと聞いていたので、まさかとは思っていたんですが」

「まあ、間違ってはいないよ。宗家は半世紀以上前に滅んだし、俺も養子だから、血筋はもう絶えてしまっているんだからね」

「養子、ですか?」

「ああ。その、色々あって……ね」

「あ……すみません」

濁すように言った俺の言葉に、神咲さんはバツの悪そうな顔になってしまった。

気にしてないよと言ったのだが、まだ気落ちしているみたいだ。

……ほんと、優しい子なんだな。

慰めようにもどうしていいのか分からないので、とりあえず頭を撫でてみる事にした。

すると、神咲さんはあたふたとした後、顔を赤くして黙り込んでしまった。

しまった、逆効果だったか?つーかなんで顔が赤いんだ、風邪か?

う~む、分からんぞ。

あ、でも神咲さんの髪って、サラサラしてて撫で心地がいいなぁ……癖になりそうだ。




そうして暫くの間、顔を赤くしたまま黙り込んでいる神咲さんを撫で続けていたのだが、

「……君達、そういうラブコメは、ちゃんとドアを閉めてするものだよ?」

入り口から聞こえてきた、どこか呆れを含んだ声によって、俺達はふと我に返った。

声のした方を見ると、銀色の髪が印象的な小柄な女性が、何故かその手にビデオカメラを構えながら立っていた。

「り、りりりりりりリスティさんっ!!?い、いいい、いつからそこに!?」

「ん~、そこの美形君が、那美の頭を撫で始めた頃かな?いや~、ついに那美にも春が来たのか~」

めちゃくちゃどもりながら尋ねる神咲さんに、リスティと呼ばれた女性はからかうような笑みと共に答える。

……美形? 誰が……俺が?

……あの人、目が悪いのかな?

そんな事を考えている間にも、2人の会話は続いていた。

「そ、そんなのじゃないですよ!それに、その手に持ってるのは何ですか!?」

「いや、那美の成長を、映像と共に薫に知らせようと……」

「か、薫ちゃんに!!?そんな事しなくていいですってば!!」

薫……?

確か、今の神咲本家当代の名前が神咲 薫だったよな。

となると……、神咲さんのお姉さんか?

「まあ、那美をからかうのはこの辺にして」

不意に、リスティさんが俺の方に目を向けた。

銀色のショートヘアーに、藍色の瞳。

小柄な分、胸元を押し上げる膨らみがその存在感をやけに強調している。

改めて見ると、もの凄い美人だな……。

「はじめまして。ボクはリスティ・槙原。風芽丘の卒業生だから、君や那美の先輩に当たるね」

「こちらこそはじめまして。3年の赤夜 浅人です」

リスティさんが差し出した手を握りながら、挨拶を返す。

黒い皮のような手袋に包まれていたが、その掌はとても温かかった。

「どうしたんだい?顔が赤いよ?」

「なんでもないです。それより、俺をここに運んでくれたのは……」

「そ、ボクだよ。まったく、苦労したよ」

そう言いながら、ヤレヤレといった感じで首を振るリスティさん。

この人が運んでくれたのか?

あまり力があるようには思えないんだが……。

「まあ、運んだ方法については、企業秘密って言う事で」

どこの企業なんだろうか。

そんな事を思いながらも、あまり触れて欲しくない事なんだろうと思い、納得する。

「分かりました。それと、ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」

感謝と謝罪の意味をこめて、深々と頭を下げる。

「随分と礼儀正しいんだね。うんうん、那美、これなら薫だってとやかく言わないだろうねぇ」

「りりりり、リスティさん!だから、私と先輩はそういった仲では……!!」

「照れなくてもいいじゃないか。君……浅人でいいかな?浅人は、那美の事をどう思ってるんだい?」

なにやら神咲さんと話していたリスティさんが、俺に話を振ってきた。

神咲さんをどう思っているか?

「そうですね……。優しくて可愛らしい、素敵な女性だと思いますよ?」

「お~お~、結構言うねぇ。那美~、割と脈アリかもよ?」

「あ、あわわわわわ……せ、先輩、い、いいいい、いきなりそんな事を言われても……」

何か神咲さんが慌ててるが……俺、変な事言ったかな?

正直に言っただけなんだが……ふむ、やはり俺なんかにこんな事言われると迷惑だったか?

まあともかく、このままあたふたしている神咲さんを、放っておくわけにもいかないか。

「あ~、リスティさん?神咲さんも混乱してるみたいですし、からかうのはこれ位で止めた方が……」 

「からかうって……。那美にしても別に照れてるだけで、その内収まると思うよ?」

「いや、俺なんかに褒められても、迷惑なだけでしょうし」

「……」

俺がそう言うと、リスティさんは何か変なものを見たような顔で固まってしまった。

「浅人……君、本気で言ってる?」

「はぁ、本気ですが……それが何か?」

「……あのね。那美は、君みたいに格好いい男の子に褒められて、それで照れてるんだよ?」

「格好いい……俺が?……リスティさん、エイプリルフールはとっくに過ぎてますよ?」

「……本気(マジ)?」

「いや、こんな事で嘘つきませんって」

なんですか、その「うわ、マジかよこいつ、信じられねぇよオイ」みたいな顔は。

いやですから、そんな「King of 鈍感がここにいますよー」ってな感じの目で見ないで下さいって。

これでも殺気や敵意に関する反応速度や気配の察知には、結構自信があるんですよ?

「はぁ……。那美、苦労するだろうけど、頑張ってね」

「あぅあぅあぅ……だから、違いますって……」

どこか疲れたような表情で、リスティさんが神咲さんの肩に手を置いている。

何か疲れるような事でもあったのだろうか?

っと、そろそろ帰らないとな。

いつまでもここにいる訳にもいかんだろうし。

「あの……俺、そろそろお暇しますんで」

「ん、もういいのかい?夕食ぐらい食べていってもいいのに」

「いえ、そこまでしていただく訳には……」

リスティさんのお誘いを断りつつ、ベットから降りた。

姿は見えないが、ここにはあの子狐もいる筈だ。

基本的に退魔衝動は、一度衝動を抑えた対象には反応しない。

だが、あの狐は、明らかに力の大半を封印した状態だった。

そして、あの手の狐……つまり『妖狐』は、人型になれば自然と発する魔の気配は弱くなるが、その分、特殊な能力が使えるようになる。

それは発火能力であったり、雷を呼んだりと様々なのだが、それらは彼らが持つ魔力を用いている。

まぁ何が言いたいかと言うと、封印の解けた状態、もしくは能力を使っているあの狐を見た場合、衝動を抑えきれる自信が無いのだ。

魔の気配が比較的弱い状態であの様だ。あれで気配が強くなっていたら……考えたくもないな。


「先輩、どうしたんですか?」

その声にふと我に返ると、何故か目の前に神咲さんが。

よほど深刻な顔をしていたらしく、神咲さんが心配そうに顔を覗き込んでいた。

……つまり今、神咲さんの整った可愛らしい顔が、俺のすぐ近くにあるわけで。

「……うわぁっ!?」

「ひゃっ! え、え、どうかしました?」

思わず大声を上げながら、後ろに仰け反った。

び、びっくりしたぁ……。

ああ、鼓動が激しい……絶対、顔が赤くなってるな、俺……。

「い、いや、何でもないデスよ?」

内心の動揺を悟られないようにしつつ、慌てて神咲さんに答えるが、彼女はまだ心配そうな顔をしている。

「でも……あ、ひょっとして、まだ頬が痛みます?」

そう言うと、神咲さんはさっき打たれた頬に、自身の掌をそっと当てた。

「……」

はっきり言おう、俺の頭の中は、現在真っ白です。

頬からは神咲さんの柔らかな掌の感触が、そして目の前には彼女の顔が。

割と距離が近いせいか、女性の持つ柔らかな香りが、鈍っている思考をさらに鈍くしていく。

「(天国の爺さん、こういう時、俺はどうすればいいのでしょうか……)」

『そんなもんお前、押し倒しちまえばいいだろう? ほれほれ、ガーッといかんかい』

「(あんたに相談した俺が馬鹿だったよ。つーかさっさと地獄に行きやがれ、この色ボケ爺)」

そんな会話をしていると、不意に俺の第六感が何かを感じ取った。

その何かを辿ると、そこにはビデオカメラを構えたリスティさんと、やけに高級そうなカメラを構えた、眼鏡を掛けた女性が。

……なんか1人増えてるし。

「……?どうしたんですか、先輩……って、真雪さん!?」

呆然としている俺の様子に気付いた神咲さんが、俺の視線の先にいる人の名前を叫ぶ。

真雪さんって言うのか。なんか、雰囲気がリスティさんに似てる。

見た目の年齢から考えるに、真雪さんにリスティさんが感化されたって感じだな。

そんな事を考えていると、入り口付近でなにやら2人して話している。

「おい、ボウズ。あの少年は、那美の何だ?」

「那美が言うにはただの先輩らしいんだけど……2人の様子を見ると、どうもねぇ」

「ふ~ん、先輩ねぇ……。まぁこっちとしては、いい資料が撮れたから満足だけどね」

……資料って何さ?

そんな事を考えつつジト目で2人を見ていると、それに気付いたのかそそくさと退散してしまった。

「えっと、その……なかなか愉快な寮ですね」

「あ、あはははは……」

俺のフォローになってない言葉に、神咲さんが乾いた笑い声を洩らした。

だって、他に言いようがないじゃないか。

「あ~、その、そろそろ帰りますんで」

「あ、そうですね。玄関までお送りします」

「そうですね……お願いします」

立ち上がってから体を軽く動かし、特に問題が無い事を確認すると、そのまま神咲さんの後に続いて玄関に向かった。

途中、リビングらしき所で出会った大柄な男性―ここの管理人さんらしい―に挨拶をして、外に出た。

辺りはもう暗くなり、少しだけ肌寒い。

「今日は本当にご迷惑をお掛けして……申し訳ありませんでした」

「いえ、もう気にしてませんから」

「そうですか……。それじゃあ、また明日に」

見送ってくれた神咲さんに頭を下げてから、帰路に着いた。

辺りの風景から考えると、国守山の中だろう。

確かこの山道を歩いていけば、八束神社に出る筈だ。

……そうだったよな?

「まぁ、いざとなったら浄眼を開いて、人がいる方に歩いていけば大丈夫だろう」

そう考えつつ、俺は山道を歩き続けた。


ちなみに、途中獣道に迷い込む事数回。

そしていい感じのハングリー加減な野犬に遭遇し、追いかけられる事2回という冒険を経て、家に着いたのは日が変わった頃だった。

……頑張れ、俺。







あとがき

どうもお久しぶりです、トシでございます。

途中でネタに詰まったり別のSSを書いたりしつつ、ようやく完成しました。

次回でようやくお花見に突入です。

花見……最後にしたのはいつだったかなぁ……。



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