The past binds me in the nightmare

第三話「日常風景」

 

喫茶『翠屋』。
ここ海鳴商店街の一角にある洋風喫茶であり、学生たちの憩いの場として知られている。
リーズナブルな値段ながら味は抜群、中でも翠屋特製シュークリームは非常に美味しいと評判である。
なにせ県外から買いに来る人もいる位なのだから、その美味しさは推して知るべし。
そして今は午後4時30分。
学校の終わった学生たちで店内は溢れており、従業員の皆さんも休む暇がないような時間帯なのだ。
・・・いや、その筈なんだが。

 

「(ニコニコニコニコ)」

俺の前に座り、思わず擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべているこの女性。
淡い栗色の髪に、整った、十分美人と言える顔立ち。
翠屋のエプロンをしているという事は、間違いなくここの従業員なんだろうけど・・・なんでここにいるんだ?

「はぁ・・・」
「あ、あははは・・・」

そしてその女性の横に座っている高町は大きく溜息を吐き、俺の隣にいる美由希ちゃんは乾いた笑みを浮かべている。
君ら、この女性の知り合いか?

「・・・母さん、いい加減仕事に戻ったらどうだ?」
「え〜、だって恭也が友達を連れてきたのよ。やっぱり母親としては気になるじゃない」

ああ、なんだ二人の母親か〜・・・ってちょっと待て。
高町達の・・・母親!?いくらなんでも若すぎるだろ!
あれか、ドッキリか?それともちょっと遅れてのエイプリルフールか!?あんたら全員で俺を嵌める気か!?
そんな混乱気味の思考をなんとかしようとしていると、その女性が俺に挨拶をしてきた。

「はじめまして、恭也と美由希の母親で、ここの店長をしてる高町桃子です」
「あ、ああ、こちらこそはじめまして。高町のクラスメートの赤夜浅人です」

にこやかに挨拶をする桃子さんに、少し慌てながらもなんとか挨拶をすると同時に、眼が蒼くならない程度に浄眼を開いた。
失礼だとは思うが、俺の混乱を収めるためなのでご容赦下さい。

軽い頭痛と共に一瞬視界が白く染まり、その直後に店内に思念を示す色が現れる。
と言ってもその多くはリラックスしている時を示す半透明なので、別に普段と大差ないが。
そして桃子さんに眼を向けると、彼女から高町と美由希ちゃんに流れている思念は、親愛を示す橙色。
その流れも緩やかで、間違いなく親子であると認識できる。

「(となると、母親ってのは間違いないか・・・。いやしかし)」

浄眼を閉じてから改めて桃子さんを見るが、どう見てもまだ20代だ。
ひょっとしたら30代前半なのかもしれないが、とても高町や美由希ちゃんのような年齢の子供がいるとは思えない。

「(実年齢が知りたいが・・・何故だ、それを聞くと世界の抑止力に消されそうな気がする)」

ちなみに俺の血も、さっきから『ヤメロ、ヤメロ、ケサレルゾ!』と叫び続けている。
・・・止めとこう。俺もまだ死にたくないし。
そんな内心の動揺を押し隠すように、俺は目の前にあるミルクティーを口に入れた。
ほのかな甘みもあるが、それでも紅茶特有の香りや僅かな苦味が失われていない。

「(相変わらず見事なものだな)」

個人的に気に入っている翠屋のミルクティーに舌鼓を打っている間、桃子さんは隣にいる高町に話しかけていた。

 

「でも、恭也が赤星君以外に友達を連れてくるなんてね〜。はあ、やっとあんたも人並みに交友関係を築けるようになったのね」
「・・・余計なお世話だ」

どうも高町の交友関係というのはかなり狭いらしいな。
ま、それは俺が言えた義理じゃないが。
しかし・・・。

「(高町の顔、どこかで見た気がするんだよなぁ。学校じゃなくて、確か写真か何かだった筈だが・・・)」

そう、確かにあいつの顔をどこかで見た筈なんだ・・・。あれは、どこだったか・・・。

「・・・?赤夜さん、どうかしたんですか?」
「ん?ああ、何でもないよ。ちょっと考え事をしてただけ」

首を傾げながら聞いてくる美由希ちゃんに、少しだけ慌てながら答える。

「それよりも、赤星って剣道部の赤星勇吾の事?」
「ええ、そうですよ。赤夜さん知ってるんですか?」
「ああ。俺、と言うよりは爺さんがあいつの親父さんがやってる寿司屋の常連だったからね。一応赤星とも面識はあるよ」
「あ、そうなんですか」
「でも、あいつと高町が友達ってのは、あんまり想像出来ないな」

片や全国にその名を轟かす剣道部主将にして、風芽丘学園の有名人(ファンクラブ有)。
片や(恐らく)古流剣術の使い手にして、人付き合いの苦手な寡黙な奴。
・・・いまいち接点が無いよなぁ。

「恭ちゃんと勇吾さんは、中学の時からの知り合いなんです。それに時々恭ちゃんと試合をしに来たりしますから」

そんな俺の考えに気づいたのか、美由希ちゃんが苦笑いを浮かべながら説明してくれた。
なるほど、確かに赤星とまともに打ち合える奴なんて、数えるほどしかいないよなぁ。
納得してミルクティーを飲みながら、ぼ〜っと横に座る美由希ちゃんの横顔を眺める。
なんだろう、この子もどこかで見た気がする。
あれは、やっぱり写真だった筈だ。
そうだ、爺さんが亡くなって部屋を片付けている時に、アルバムに貼られていたのを見つけたんだ。
まだ幼い高町と美由希ちゃん、それに何人かの大人が一緒に写っている写真。
あれは・・・。

 

そこまで考えた時、桃子さんが俺の顔をじ〜っと眺めているのに気が付いた。
なんですか、その「面白いもの見〜つけた」と言わんばかりの顔は。

「あの、俺の顔に何か付いてます・・・?」
「いやいや、そんな事無いわよ。ただじ〜っと美由希の顔を眺めてるから、どうしたのかな〜って思って」

・・・はっ!?
しまった、あのまま考え込んでたのか。
改めて美由希ちゃんを見れば、なんか赤くなってるし。

「いえ、大した事じゃないですよ。ただ2人をどっかで見た気がして、それで少し考え込んでいただけです」
「あら、そうなの?折角美由希にも春が来たのかな〜って思ったのに」
「・・・俺となんかじゃ釣り合わないでしょうに」
「(うわっ、恭也と同じ位鈍い!)」

なんだ、桃子さんが呆れた様な顔をしているが・・・俺、なんか変な事言ったか?

「ま、まあいいわ。それで、恭也と美由希だけど、前に会った事あるの?」
「いや、多分俺の気のせいですよ。爺さんの知り合いに、高町って性の人はいませんでしたから」
「・・・?赤夜君じゃなくて、お爺さんの知り合い?」
「ええ、爺さんの遺品を片付けている時に、高町達に良く似た子供が写っている写真を見たような気がして」
「そう・・・。恭也、あんた何か知ってる?」

俺の話を聞いていた桃子さんが、隣の高町に話を振ったのだが、

「いや。俺も赤夜と言う名前に覚えは無い」

高町も知らないみたいだ。
やっぱり、俺の気のせいみたいだな。第一、あの写真に写っていた子供は、高町みたいに無愛想じゃなかったし。

「・・・赤夜、何か失礼な事考えてないか?」
「ん?何も考えてないぞ。それとも高町は、その失礼な事とやらに、心当たりでもあるのか?」
「・・・やはりお前とは、一度ケリを付けなければいけないようだ」
「ん、何だ。やるのか?」

売り言葉に買い言葉。
きっと見る人が見れば、今の俺と高町の間には、殺気と闘気が渦巻いて見えるだろう。
そして、この翠屋において、その見えないモノを見れる数少ない一人である美由希ちゃんが止めに入った。

「あ、あああ、恭ちゃんも赤夜さんも、落ち着いて〜!!」

慌てながら俺達を止めようとする美由希ちゃん。
だが、そんな彼女の言葉を受け入れるはずも無く、俺と高町の間では、次第に殺気の方が強くなっていく。

「あ、ああああああ。か、母さんも止めてよ〜!」
「うう、恭也にもこんないい友達が出来るなんて・・・。母さん、ちょっとほろり」
「って、感動してる場合じゃないよ!」
「う〜ん、これ以上美由希をいじめたら可哀想だしね」

そう言うと、桃子さんはパンパンと手を叩いた。

「はいはい、2人とも、いい加減じゃれるのは止めなさい」
「へっ!?」

桃子さんの言葉と同時に、俺と高町の間に充満していた濃密な闘気と殺気が嘘の様に霧散し、その呆気無さに美由希ちゃんが呆けたような声を上げる。

「えっ、あれ・・・だって・・・え!?」

わたわたと俺達の顔を交互に見る美由希ちゃんの姿に、思わず込み上げて来る笑みを押し殺す。
だが完全には隠し切れなかったらしく、俺の顔に浮かんだ微かな笑みを見た美由希ちゃんが、

「ひょっとして・・・私、からかわれた?」

と言った途端、俺の我慢も限界に達した。

「くっくっく、あっはっはっは!!いや〜ごめんごめん。まさかここまで引っかかるとは思わなくて」
「くくく・・・美由希、修行が足りんぞ」

見れば、高町も感情の乏しい顔に笑みを張り付かせている。
そう、美由希ちゃんの言う通り、俺と高町は彼女をからかったのだ。
流石に俺も高町も、喫茶店の中で本気の喧嘩をやるほど馬鹿じゃない。
それに高町からすれば、ここは自分の母親が経営する店。そこの迷惑になるような事をするほど、あいつは親不孝じゃないだろう。
まあ、桃子さんが俺達が本気じゃないのに気付いたのには驚いたが、流石は母親と言うべきか。
そして、1人からかわれた美由希ちゃんは、

「う〜〜〜、家の兄も、友達もいぢめっ子・・・」

と、拗ねながらアイスコーヒーを啜っていた。
その姿が妙に幼く見えて、俺はまた笑ってしまった。

「う゛〜〜〜!赤夜さんも、そんなに笑わないで下さいよ〜!」
「はははっ、ごめん、でも、くくく・・・」
「う゛〜〜〜」

結局、俺が落ち着くまでの間、美由希ちゃんはずっと隣で「う〜う〜」と唸っていた。

 

さて、桃子さんも仕事に戻り、テーブルには俺と高町、それに美由希ちゃんの3人が残されたのだが、数分としない内に4人に増えた。
新たに俺の前に座ったのは、桃子さんと同じく、翠屋のエプロンを着け、満面の笑みを浮かべている女性。
ブルネットの髪に青い瞳。
それだけでも目を引くのだが、彼女の場合その容姿も半端じゃない。
間違いなく美人と断言できる顔立ちに、抜群のプロポーション。
それに、どこか気品すら漂う、洗練された身のこなし。

「(・・・どこかのご令嬢か何かだろうか)」

と思わず考えてしまうほど、目の前にいる女性は、綺麗な人だった。
そして高町と美由希ちゃんは、さっき桃子さんが来た時と同じように、疲れたような溜息と乾いた笑みを張り付けている。
そうか、この人も2人の知り合いなのか・・・。

「はじめまして、フィアッセ・クリステラです。2人とは・・・まあ、姉のようなものと考えて下さい」
「ああ、ご丁寧にどうも、赤夜浅人です」

その外見とは裏腹に、あまりにも流暢な日本語に、思わずごく自然と返事を返してしまった。
いや、返事を返すこと自体はいいんだが、こう・・・面食らったとでも言うのだろうか?

「・・・どうかしました?」

どうやら俺が途惑っているのに気付いたのか、少し心配そうに尋ねてきた。

「いえ、ただ日本語がお上手なので、少し驚いただけです」
「ふふっ、ありがとう。え〜と、アサト、でいいのかな?」
「ええ、かまいませんよ。それと見た感じ年上みたいですし、敬語なんかも無しでいいです」
「うん。それじゃあ、改めて。よろしくね、アサト」
「こちらこそ、よろしくお願いします、フィアッセさん」

そう言って、彼女と握手を交わした。
俺のようにゴツゴツとした手ではなく、柔らかな、暖かい掌の感触に、思わず赤面しそうになる。
そんな内心に気付かれないよう、俺は逃げるようにして手元のミルクティーを口に含んだ。

「(いや、だってしょうがないじゃないか!
今まで18年ほど生きてきたけど、こんな綺麗な人が、それも目の前にいるなんて初めてなんだYO
後見人があの人だけに強面のお兄さんは溢れるほどいたけど、女性と話す機会なんて滅多に無かったし!
それがいきなり綺麗な外人さんと握手なんかした日にゃ、やはりワタクシとしましてもですね・・・)」

・・・っ!?げふんげふん!
いや、失礼。少々取り乱したらしい。
ちなみに先ほどの思考は1秒と掛からずに展開、収束した為、傍から見れば別に動揺した様子も見られてないだろう。
しかし、クリステラねぇ。
ティオレさんと同じ名字だが・・・まさか身内じゃないよなぁ。
あの人旦那さんが英国上院議員だし、そんなとこのお嬢様が日本の喫茶店で働いてるわけないよな。
いやしかし、あの悪戯好きなあの人だ。
何をしても可笑しくはないよな・・・。

「アサト、どうしたの、急に黙り込んで・・・」
「いえ。あの、フィアッセさん。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが・・・」
「ん?何かな」
「ティオレ・クリステラって名前に、覚えはあります?」
「ママがどうかした?」

あっさりと俺の予想を肯定してくれたフィアッセさん。
そうか、あの人の娘さんか・・・。

「赤夜、お前ティオレさんを知っているのか?」
「・・・?高町、お前も面識があるのか?」
「ああ、父さんがアルバートさんのボディガードをしていてな。お前は?」
「似たようなものだよ。爺さんが若い頃に、アルバートさんの親父さんの護衛をしていたらしくてな。後は、俺の後見人になってる人が、アルバートさんの知り合いなんだよ。それで、何度かあった事があるんだ」

さっきから会話に出ているアルバートさんと言うのは、ティオレさんの旦那さんの事だ。
そして俺の後見人である雷河爺さん、本名・藤原雷河氏は『藤原組』という由緒正しい極道の長であり、アルバートさんや爺さんとは昔からの友人らしい。
まあ極道と言っても、藤原組は近隣住民とも仲がいいし、他の組との友好関係も無問題。
おかげで、ここ百年近くはカチ込みなんて一切無い。

「そうなんだ。じゃあ、ママとも会った事あるの?」
「ええ、俺が爺さんに引き取られた頃に何回か。その度に悪戯されたというか、弄られたというか・・・」

フィアッセさんの問いに答えながら、思わず遠い目になる俺。
思い出しても恥ずかしいよ。
『蒼眼の亡霊』とまで呼ばれた暗殺人形であった筈の俺が、あそこまで弄り倒されるなんて・・・。
まあ、ティオレさんがいろいろとしてくれたおかげで、感情を取り戻せたのかもしれないが、それでもなぁ。

「あ、あの・・・赤夜さん?」

俺が過去を振り返り、弄れるだけ弄られた、他人には知られたくない思い出に浸っていると、美由希ちゃんがおずおずと呼びかけてきた。
どうやらかなり遠い目をしていたらしい。

「ああ、ごめんごめん。あの人には、散々弄られたからね・・・。高町も、身に覚えがあるんじゃないか?」
「・・・確かにな。俺の場合、父さんも一緒に弄ってくるから、その度に親子喧嘩が勃発していた」
「あ〜、確かに。それでよく美由希が、
『おとうさんもおにいちゃんも遊んでくれない』って言って、半泣きで私の部屋に駆け込んできたっけ」
「あぅ〜、フィアッセ、そんな昔の事言わないでよ〜」

ほほう、なるほど。
どうやら美由希ちゃんは、お父さんやお兄ちゃんにべったりだったみたいだな。
確かに今見ても、2人は仲がいいからな。

そうして共通の話題を見つけた俺達は、フィアッセさんの休憩時間が終わるまで、笑いながら話を続けていた。

 

翠屋を出た頃には、もう辺りが暗くなり始めていた。
携帯を見ると、液晶には18:50と表示されている。
・・・随分と長居したみたいだな。

「っと、もうこんな時間か。それじゃあ、またな」
「ああ、また明日」
「恭ちゃんと仲良くして下さいね〜って、あ痛っ!?」

2人に挨拶をして、足早に買い物を済ませると、俺は自宅へと戻った。
簡単な夕食を済ませ、ゴロゴロとしている内に時間は経ち、いつの間にか日付が変わりかけていた。

 

「さて、行くか・・・」

そう言って、俺は鍛錬の用意をする。
普段着のまま、円筒形のケースをぶら下げて裏手にある山の中へと進む。
歩く事約30分、周囲を木々に囲まれた小さな広場に出ると、俺はケースの中から相棒を取り出した。

それは、漆黒で染められた2振りの小太刀。
鍔は無く、柄先には3つの巴紋と、その間に4つの丸があしらわれた、家紋のような装飾が施されている。

これは、俺が昔使っていた相棒。
銘は刻まれていないが、俺は『七夜』と呼んでいた。
ただ頭に浮かんだだけの名前だが、それはやけにしっくりと、まるで元からその名前であったかのように、この小太刀に馴染んだ。

などと感傷に浸りながら、俺はひたすら七夜を振るい続ける。
仮想の敵を見立て、その敵を殺すべく技を振るう。

気配を殺し、死角へ移動し、背後から、上空から、時には正面から刃を振るい、ただ黙々と命を奪い続ける。

 

本当なら、こうして嘗ての技を磨く必要など無い。
赤夜浅人となったあの日に、七夜を置いて、手に取る必要なんて無かった。

だが―――
俺はまだ、この力を捨てるわけにはいかない。
そう、俺は―――

「・・・っ!ああああああぁぁぁぁああっ!!!」

―――俺は、まだ、止まるわけにはいかないんだ。




あとがき

お久しぶりです、トシです。
なんか花見イベントとか時期がかぶったら笑ってやって下さいとか言ってましたが・・・。
もうとっくに葉桜になってるYO
ああ、もう笑っちゃって下さい、存分に。

さて、次回はいつ頃完成なのか作者自身もよく分かりませんが、どうか気長にお付き合いください。
それでは。







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