The past binds me in the nightmare

第一話「きっと平穏な始まり」

「―――ッ!?」
声にならない悲鳴と共に目を覚ました俺は、慌てて周囲を見渡した。
六畳程度の和室で、壁際には箪笥や本棚がある。
あの病的なまでに白で埋め尽くされた部屋ではなく、ここ数年俺が過ごしている、自分の部屋。
「はあ・・・最悪だ」
溜息を吐きながら枕もとの目覚まし時計を掴み、時間を確認する。
午前4時32分。
いつも起きる時間より30分近く早いが、もう一度寝るには短すぎるし、なによりそんな気分になれない。
「・・・シャワーでも浴びるか」
そう言いながら風呂場へと向かい、汗で重くなった寝巻きを脱ぐ。
ふと鏡を見ると、無数の手術痕がある自分の上半身が映った。
過去の象徴。
俺があの箱庭にいた事を思い出させる、俺を過去に縛り付ける、消えない傷痕。
暫く傷痕を見ていたが、薄く自嘲の笑みを浮かべると風呂場に入り、勢いよくシャワーの蛇口を回した。
温度調節をしていなかったせいで冷たい水が身体を打ちつけるが、今の俺にはその冷たさが心地よかった。
しばらく冷水を浴びていたが、いい加減寒くなってきたので温度を上げる。
程よい温度になったシャワーを浴びながら、今朝見た夢を思い出す。
箱庭にいた頃の夢。
ここ何年かは見ていなかった夢。
全てが白で埋め尽くされた、過去の夢。
「・・・なんで、今頃になって・・・」

それから程無くして、俺は風呂場を出た。
身体を拭き、服を変えて部屋に戻ってみれば、既に5時を過ぎていた。
どうやら随分と長くシャワーを浴びていたらしい。
俺は動きやすい服装に着替えると、50cm程の木刀を2つ持って庭先に出た。
高い塀に囲まれた庭は、鍛錬ぐらいなら余裕で行えるほどの広さを持っている。
庭に出た俺は軽く柔軟をして、それから日課の鍛錬を始めた。
筋力トレーニングと、型稽古。
俺が行っている型は、誰かから習った物ではなく、自分で造った我流の物だ。
それは剣術ではなく殺人術。
相手を欺き、死角に移動し、一撃で葬り去る暗殺術。
俺が赤夜浅人という人間ではなく、あいつらの人形だった頃の名残。
―――結局、過去は切り離せないって事か。
自嘲の笑みと共にそんな事を考えながら、俺は鍛錬を続けた。

1時間ぐらい型を続け、それから軽く走りに出る。
ここ海鳴は自然が多く、俺の様に運動を日課にする者にとっては非常に住みやすい街だ。
まだ少しだけ冷える街中を、俺はゆっくりと、それでも普通の人からすれば割と速く走り、八束神社の階段下に到着した。
この神社の階段はそこそこ長く、足腰や心肺能力を鍛えるには丁度いい。
軽く息を整え、階段を上がろうとすると、上から降りてくる人影が見えた。
俺と同い年くらいの、黒ずくめで精悍な顔立ちの男と、それより少し年下の、綺麗と可愛いの中間と言った感じの女の子。
顔立ちこそ違うが身にまとう雰囲気が似ており、恐らく兄妹なのだろう。
身体の動きなんかを見るに、なんらかの武術を修めていると思われる。
軽く会釈をすると、向こうも返してくれた。
男の方は無表情に、女の子の方はにこやかに。
「・・・随分と両極端な兄妹だな」
俺は笑みを浮べながら階段を上りきり、一番上の段に座って街を見下ろした。
そして俺は周囲に人がいない事を確認すると、ゆっくりと自分の持つ力を起動させた。

呼吸を整え、頭の中で眼を開くというイメージを作り出す。
すると、俺の視界に映る街中に無数の色が現れた。
これが、俺が生まれつき持っている特殊な力。
今の俺は、眼が蒼くなっているだろう。
この浄眼と呼ばれる眼は、本来見ることの出来ないモノを見る眼であり、俺の場合は人の思念を色で認識する事が出来る。
思念の流れや感情の起伏を認識するこの眼は、あいつらからは『認思』と呼ばれていた。

しばらく街を見下ろしていたが、軽く頭痛がしてきたので浄眼を閉じた。
本来見ることの出来ないモノを見る以上、その情報を処理している脳に掛かる負荷は自然と大きくなる。
その為、長時間使用すれば視神経に異常をきたす恐れがあるのだ。
浄眼を開いたまま固定し、普段から使用するようにすれば自然と馴染むのだが、さすがに人の思念だらけの世界で生活したくはない。
やがて溜息を1つ吐くと、家に向かい走り出した。

家に着くとシャワーを浴びて、それから朝食の用意。
用意といっても冷凍しておいたご飯と昨晩の残り物を温め、その間に味噌汁を作るぐらいだが。
10分弱で出来上がり、居間に運んでテレビを見ながらのんびりと咀嚼する。
食べ終えたら流しに運んで食器を洗い、歯を磨いたり制服に着替えたりして学校へ行く用意をする。
用意を終えたら仏間に行き、位牌の前で手を合わせる。
爺さんが俺を拾ってくれたのは、今から4年前。
行く当ても無く山の中を彷徨っていた俺は、猟銃片手に散策に出かけていた爺さんに拾われ、そのまま息子として育てられた。
戸籍の類は爺さんの知り合い、まあ「その道」な方々の、俗に言う「親分」を勤めている人が手を回してくれた。
何度か会った事があるが、とても「その道」な方々とは思えない、気さくな人達ばかりだった。
ていうか、近所から普通におすそ分けを貰ったり、もしくはあげたりしている時点で「その道」失格な気がするが。
だがその爺さんも去年に病気で亡くなり、今ではその知り合いが俺の後見人となっている。
「それじゃ、爺さん。いってきます」
挨拶を済ませると、俺は自分の学校、風芽丘学園に向かった。

私立風芽丘学園。
海鳴中央中学と合併し、広大な敷地の中には両校の校舎に体育館がある。
ここの特徴は何と言っても、女子生徒の制服のバリエーションの豊富さだろう。
全28種の中から好きな組み合わせを選べる。
そのせいか、知らない人が見ればある意味、制服の間に合わなかった転校生だらけのような状態だ。
「やれやれ・・・いい加減統一すればいいのに・・・」
軽く溜息を吐きながら自分のクラスに向かっていたのだが、注意不足だったのか男子生徒にぶつかってしまった。
「うわっ、すみません」
「・・・いや、こちらこそ」
慌てて謝ると、向こうもすまなそうにこっちを見ていた。
ネクタイの色を見るに、俺と同じ3年のようだ。
細身だけど十分に鍛えられた身体に、感情の乏しい精悍な顔立ち。
・・・あれ、たしか今朝見たような?
「あ〜、今朝八束神社の階段で会わなかったっけ?」
「・・・そう言えば、確かに」
こんな所で会うとは思わなかったらしく、向こうも少し驚いている。
まあ、ここで会ったのも何かの縁だろう。
「それじゃ、一応自己紹介しとくよ。G組の赤夜浅人だ。よろしくな」
そう言って手を差し出すと、向こうも僅かだが笑みを浮かべながら手を差し出した。
「同じく、G組の高町恭也だ。こちらこそよろしく」
向こう―高町の挨拶が終わると、互いに握手を交わした。
鍛錬を積み重ねた事が分かる、皮が厚く、そして固くなった、俺と同じような手の平の感触。
高町もそれが分かったのか、どことなく挑戦的な笑みを浮かべている。
―――いつか手合わせしてみたいな―――
同じような事を考えながら、俺達はたわい無い話をしながら教室へ向かった。

教室に入り、黒板に張り出されている席に向かう。
窓際の一番後ろから2番目。ふむ・・・昼寝には丁度いい場所だな。
高町は俺の斜め後ろのようだ。
席に着いてからぼんやりと外を眺めていたが、急に軽い頭痛がした。
浄眼は閉じたままだが、動悸は激しくなり、頭痛も酷くなっていく。
―――コロセ―――
静かな、それでいて殺意に満ちた声が響く。
―――コロセ―――
自分の声とは思えないほど、殺意と憎悪に満ちた声。
―――マヲ、コロセ―――
「っ!?」
魔を殺せ。そう声が響いた瞬間、動悸は緩やかになり、霞のかかっていた思考がクリアになる。
いつの間にか開いていた浄眼を閉じて、教室を見渡す。
周囲の生徒達は友人とのおしゃべりに興じており、気付いた様子は無い。
高町は気付いていたらしく、訝しげな視線を向けている。
「ふぅ・・・」
大きく溜息を吐いて椅子に凭れ掛かっていると、後ろの席から視線を感じた。
気になって後ろを向くと、そこにいたのは1人の女子生徒。
長く艶やかな紫色の髪に、綺麗だけど、どことなく冷たい印象を与える顔立ち。
そして俺に向けられている視線には、ほんの僅かだが警戒心が込められている。
・・・俺、この娘に何かしたかな?
「あの・・・俺に何か用でも?」
「あ、いえ・・・。少し調子が悪そうだったから」
そう尋ねると、向こうは少しだけ慌てながら答えた。
「いや、今日は夢見が悪くてね。少し寝不足なだけだよ」
嘘は言っていない。少なくとも、夢見が悪かった、むしろ最悪だったのは本当だ。
すると向こうも納得したらしく、「そうですか・・・」と言って顔を背けた。
俺も再び窓の外を眺めつつ、一眠りしよう・・・と思ったのだが、背後からの警戒心が消えてくれない。
思えば、俺の様子を心配してくれたのなら、今の様に警戒心を向けたりはしないはずだ。
「(どういう事だ?なんで見ず知らずの女の子に、ここまで警戒されないといけないんだ?)」
そこで俺はこの疑問を解消するべく、1人思考の海に潜って行った。

俺の持つ浄眼は、言うなれば超能力の一種だ。
超能力というのは、人にあらざる者、つまりは吸血鬼や霊障といった魔に対する抑止力の事だ。
退魔師と呼ばれる者達の様に法術や霊力を用いるのではなく、その身に宿った異能を以て魔を滅ぼす力。
とは言っても、単体で魔を滅ぼせるような能力なんて聞いた事は無いが。
俺の浄眼にしても思念が見えるだけで、霊障に対する攻撃手段なんぞ持っていない。
だが元々魔への抑止力としての力なので、超能力を持つ者はある特殊な性質を持っている。
それは、退魔衝動だ。
魔に属する者を感じ取ると、それに対して異常なまでの殺意を抱くと言う代物。
この衝動に流されると、身体の限界を無視した動きで魔に襲い掛かり、対象を滅ぼすまで止まらなくなる。
世界一の平和主義者を自負する俺としては、非常に迷惑な話だが。

さて、ここまで整理した時点で、さっきの行動について考えよう。
@、俺の退魔衝動が発現した際に、彼女は俺の後ろにいた。
A、退魔衝動が発現するまでは、俺の後ろに人はいなかった。
B、彼女は俺の衝動を感じ取っていた節がある。
なるほど、つまり彼女は魔に属する者―恐らく「夜の一族」辺り―なので、超能力を持つ俺を警戒している、という事か。

・・・困ったな。
俺としては彼女に危害を加えるつもりはないし、席も近いからできれば仲良くしたい。
でも向こうは俺を警戒していらっしゃる。
しかも非常に整った顔立ちをしているだけに、その警戒した表情がちょっと怖い。
まあ向こうからすれば、自分達の天敵である超能力者が近くにいるのだ。あまりいい気分ではないだろう。
仕方ない・・・時間が解決してくれる事を願おう。
そう結論を出すと、再び窓の外を眺めながら、HRまで仮眠を取る事にした。
・・・後ろからの視線は・・・気にしたら負け、だよね?

 

あとがき

はじめまして、トシと申します。
この度は「The past binds me in the nightmare」第一話を読んでいただき、ありがとうございます。
オリキャラ主人公の再構成物。
ペースは遅いかもしれませんが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
ちなみにこの主人公、あるゲームのキャラがモチーフになっています。
さて、誰でしょうか?(笑)

 













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