第5話「日常」
ピピピ、と何かの電子音が聞こえる。
その正体を分かり、それに手を伸ばす。
手探りでそれを見つけ手繰り寄せると、まだ重いまぶたを開き時間を確認する。
AM8:10
確か、翠屋が開店するのは朝の7時。
桃子さんとフィアッセさんが翠屋に行くのが8時前。
俺も同じくらいに出るはずなので、この時間だと……。
「…………遅刻!?」
頭が瞬間に覚醒、急激に目が覚めて立ち上がる。
……立ち上がる?
「え? え? え?」
ホイールの付いているイスが俺の力に押し出されカラカラとなる。
その音を聞きながら、慌てて周りを見ると、そこは見知った部屋。
俺の部屋だ。
すぐさまカレンダーを見るが、3月26日(日)ではなく、現実の日付が書かれていた。
あれはやっぱり夢、だったのか?
通学路を歩きながら、俺は考えていた。
パソコンが光って、気付くと『とらいあんぐるハート3』の世界。
そこでフィアッセさんと桃子さんと出会って翠屋で一緒に働いた。
バイトが終われば晶とレンの手料理を食べて、なのはと遊んだ。
そして、高町家に泊まった。
飛ばされてすぐの絶望したときの胸の痛さも。
翠屋で楽しく交わしたあの会話も。
明日も来ていいと言われたときの感動も。
高町家での楽しい会話も。
「……全部、夢だったのかよ……」
戻ってきたかったはずの世界。
俺が本当にいるべき世界。
そこに戻ってこれたのに、なぜか俺の心は晴れてなかった。
学校の中。
教室に向かって歩く。
廊下では俺より先に学校に着いたやつらが楽しそうに会話している。
なんでそんなに楽しそうなんだよ。
昨日までは他人の笑顔を見てもどうも思わなかったはずなのに。
今は他人の笑顔をみるだけでも、むかつく。
くそっ、なんでこんな気持ちになるんだよ!!
あれは夢だ。
まやかしだ。
幻想だ。
現実的に異世界にいけるはずなんてない。
あれはただのリアルすぎる夢だったんだ。
俺は自分に言い聞かせる。
でも……。
例え、夢でも俺は一日であの世界が……。
呟きそうになり、慌てて頭を左右に振り、考えを霧散させる。
「…………教室に入ったら、とりあえずあいつをぶっとばそう」
いつも通りの俺に戻るために悪友には塵となってもらおう。
俺はいきおいよく教室の扉をひらいた。
「……遅刻ギリギリだな」
「…………えっ!?」
そこには俺の席を取り囲むように、恭也がイスに座ったまま、俺を迎えていた。
…………。
…………。
…………。
「…きろ……りく……おき……」
声が聞こえる。
「あ……だ……きろ……」
誰かが何かを言っている。
「…い……ろ……さだぞ……」
俺に向かって言っているのか……?
「………仕方がない」
「ん………」
その声が今度は、ハッキリと聞こえた。
なんだろうと思い起き上がりつつまぶたを開くと――
ん? 起き上がりつつ?
――上空から手がいきおいよく俺の顔面に向かって、急降下してきた。
「とぅぇい!?」
意味不明な叫び声を上げながら、両手で受け止める。
間一髪だったぞ、おい……。
「……おきたか」
「……ああ、それはもうスッキリ、スカッとサッパリと……」
俺は暗殺者――高町恭也を思いっきり睨みながら応える。
もう少し反応が遅れてたら死んでたんじゃないのだろうか。
よく両手で反応した俺。
「せめて、もっと優しく起こしてくれても罰は当たらないと思うんだが?」
「何度も声をかけたが、起きないお前が悪い」
「だからってなぁ……」
お前の力でやられたら、俺の命がいくつあっても足りん。
「起きたのなら、俺は行く。もうみんな待ってるから、お前も早くこい」
「…………りょーかい」
わざとらしく敬礼をする俺を見た恭也は、ゆっくりと出ていった。
俺はそれを眺めながら、考える。
夢の中で夢を見ていたのか……。
まさかこっちの世界で始めてみた夢が現実に戻った夢なんてな。
やれやれ。
俺の本心はどっちを望んでいるのか今の俺にはわからない。
ただ……っ。
深く物事を考えようとしたとき、不意に小さな痛みが頭を襲った。
それがまるで考えるなと脳が俺に忠告しているみたいに思えて……。
「……起きよう」
俺は考えるのをやめた。
念のため、時間を確認。
AM7:05
「うっしゃっ!」
自分自身に気合を飛び起きる。
今日も一日頑張りますか!
『いただきまーすっ』
もぐもぐ……うん、美味い。
昆布だしのきいた朝粥や焼き鮭に、味噌汁、おつけもの。
なんて素晴らしい、朝御飯!
晩御飯のときもそうだったが、朝飯は特に美味い!
「あ、峻さん。おかわりしますか?」
「うん、いいかな?」
「はい、どうぞ」
と言うわけで箸がすすむすすむ。
「そうだ、峻くん」
「……むぐ?」
二杯目のおかわりをしようと思ってたら桃子さんが話しかけてきた。
……おかわり禁止でしょうか?
「今日の予定は決まったかしら?」
「あ、はい。とりあえず服を買いに行こうかと思いまして」
一着だけしかないからな俺の服。
風呂上りとは言え、長袖長ズボンでよかった……。
もし半袖だったら風邪をひいてたかもしれない。
自分の気まぐれが役に立ってよかった。
とりあえず服は1980円とかで良いだろう。
ズボンと下着と靴下も合わせたら、ギリギリ昨日のバイト代で足りるはずだ。
「それじゃ、はいこれ」
そう言って渡されたのは一万円札。
「えっと、なんででしょうか?」
貰う理由がないので聞いてみる。
「おこづかいに決まってるじゃない。服を買うなら昨日のバイト代だけじゃ足りないでしょ?」
「それはそうですけど、でも悪いですし……」
「遠慮はいらないわ。だから、はい」
「……ありがとうございます」
桃子さんは正直、神様じゃないのかと思った。
朝食が終わり、それぞれ行動を開始。
恭也や美由希さんが道案内しようか? と聞いてきたが断った。
案内してもらっても良かったのがさすがにそれは悪いと思ったし、なにより……。
知らない道を自分で歩いて知ることが面白い!
……まぁ、小さい頃これで何度か迷子になったのは内緒だ。
「よし、到着!」
神社へ向かう山道と長い石段を超えた先にある八束神社。
……鍛錬のつもりで走ったら軽く疲れた。
さすが恭也や美由希さんや晶が鍛錬の場として使ってるだけはある。
少し汗をかいたが、3月と言う冬から春に変わる風が心地いい。
俺は石段に座り、空を見上げる。
雲はところどころに見えるが綺麗な青空。
雲が流れ、風が吹き、草が音を立てて揺れる。
空気も澄んでいて、見渡しも良い。
ちょっとした田舎気分が味わっている感じだ。
……決して海鳴が田舎っぽいと思ったわけではない。
「ん?」
近くでがさりと草が揺れる音が聞こえた。
風で揺れてる音かと思ったけど、違うらしい。
なんだ? と思ってその揺れた場所を見てみる。
「…………」
茂みから出てきたのは小さな子狐。
……って、久遠?
金色の鈴を付けて、八束神社にいる子狐と言えば久遠しかいないはず。
とてとてと俺に気付いてないのか、こちらに向かってきている久遠。
選択肢、選択肢……ってあるわけないか。
きっと逃げられると思う。
……いや、ここはあえて逃げないとか……。
「……!!」
俺が居ることに気付いた久遠は素晴らしい速度で出てきた茂みに隠れていった。
「…………」
いや、予想はしてたけどさ……。
けど、なぁ?
「まぁ、仕方ないか……そろそろ買い物に……っ!?」
突然、背後に射抜かれるような視線を感じた。
「誰だ!!」
叫びながら後ろを振り向くが……誰も居ない。
……気のせいか?
いや、だけど今の気配は……って待て。
何を言ってるんだ、俺は。
気配? 背後から視線?
そんなのわかるわけないだろ。
プロの選手だって背後から狙われたら素人にも負けるに決まってる。
……だけど、今のは……。
頭を振って考えるのをやめる。
気にしたってしょうがない。
もう一度周りを見てみるけど、誰もいない。
気になった背後を目を凝らしてじっくり見ても誰もいない。
ここは、頭を切り替えることにしよう。
「よし、買い物に行こう!」
振り払うかのように声に出して、俺は買い物に行くことにした。
…………。
………。
……。
「ふふっ、今のを気付くとは……これは楽しめそうですねぇ……」
「さて、色々買えたな」
格安で色んな衣服を購入できた。
やっぱり服を選ぶ基準は肌触りと安さ、そして動きやすいだよな。
ファッション?
そんなのカッコイイ奴だけやってれば良いんだよ。
友人にはもっとファッションに気をつけろとか服に金をかけろと言われたけど、そんなの買うなら趣味に使う。
しかし、服を買うついでに本とかCDとかゲームとか見てきたけど……まったくわからなかった。
CDに関してはSEENAがお勧めと言われてもな……。
こう言うところは本当、現実世界と違うんだなって思う。
晶や恭也たちが行ってたゲーセンのゲームも知らないゲームだったしな。
「……そう言えば、最近ゲーセン行ってないな」
自分で言っておきながら思い出した。
現実世界に居た時も行ってなかったしな、丁度良い。
ふむ……時間もあるし金も余ってるし、行ってみるか、海鳴のゲーセンに。
その前に一回荷物を高町家に置きに帰るかな。
「到着」
荷物を置いたあと、少し迷ったが、ようやくゲームセンターに到着。
多分、ここが恭也とか晶とか忍が通ってるゲーセンなのだろう。
50円じゃないのが残念だが、仕方がない……少しくらい楽しむとしよう。
えーと……どこだ?
お目当てのゲーム台を探す……左側か?
POWERED−HEARTS。
あった、これだ。
とりあえずこれをやるためにここに来たと行っても過言ではない。
……なんかただの韓国ドラマのロケ地を観光してる人に見たいになってるが気にしたら負けだ。
と言うわけで、早速、千円札を両替して、イスに座る。
……あれ?
どうやれば恭也に似ている黒衣の騎士が出るんだっけか?
あ、なんだ説明と一緒に載ってた。
載ってるなら最初からコマンド入力しなくても良いようにしとけよ……。
文句を言いながらたどだとしくコマンドを入れる。
『アクション ネオ・ファイター……ダーク・ナイト!!』
「えっと……これが弱パンチでこっちが弱キック……投げは弱を二つ同時押しと強を二つ同時押しの二つあるのか……」
最低限のコマンドを確認しつつ、俺は戦闘体勢に入った。
目指せ、ワンコインクリア!
初戦の相手は薙刀使いの巫女。
一応、薙刀は男性用の『静型』と女性用の『巴型』ってのがあるんだが……。
どうもこう言う格闘ゲームでは薙刀=女性=巫女なんだよなぁ……。
最後にワイヤーを使って引き寄せ斬る。
楽々撃破、初戦だからさすがに弱い。
二戦目の相手は……忍者で忍者刀を逆手で持っている。
……いずな落としって頑張れば外せそうだよな。
とりあえず一勝っと。
こう言う格闘ゲームは本当最初は楽だな……って乱入者?
画面に英語で文字が出て、キャラ選択画面になった。
……入ってくるならあと一戦は待ってほしかったのに。
たまに乱入されると自分もキャラ変えれるかも?って思うのが悲しい。
「……おいおい、そのキャラかよ」
相手が選らんだのはナハト……俺が選んだキャラの女版みたいな奴だ。
誰だか知らないが、倒してやる。
ビギナーズラックって言うのを見せてやる!
『ラウンド1……ファイトッ!!』
さぁ……楽しもう。
『YOU LOSE』
無理でした。
結果は惨敗。
攻撃してもガードされるし、的確に攻撃してくる。
一戦目はボコボコにされて、二戦目はかなり粘った。
相手の行動を読んで、1撃与えたら防御、1撃与えたら防御の繰り返し。
それで勝てると思ったんだが……ガード弾きって卑怯だ……。
あそこで敵がタメ攻撃するのはおかしいと思ったんだが、時既に遅し。
ガードが弾かれたあとは超必殺技を決められて負けてしまった。
ゲームの腕が全国クラスってどの世界にも居るんだなぁと思った。
……とりあえずトイレに行くついでに誰か確認するか。
座っていたイスから立ち上がり、反対側を見に行く。
「さてさて、どんな強者やら……って!?」
本当、唐突って言うのはこう言うことを言うのだろう。
俺と戦った相手は男ではなく女。
まさかこんな所で会うとは思わなかった……。
俺を倒した相手は……月村忍だった。
……そりゃ強いわけだな。
つーか、勝てるわけないだろうが。
そもそもなんでここに居るんだ……ってゲーセンに遊びに来てるのか。
「…………ん?」
「……っと」
目が合いそうになったので、そのまま視線を逸らして通り過ぎる。
……っと、通りすぎたついでにこのままトイレ行くか。
「ふぅ……」
手を洗いながらさっきのことを思い出す。
あのとき話しかけていれば、もしかしたら仲良くなれたかもしれない。
だけどなぁ……。
どう話しかけてもいいのかわからないし、普通話しかけないだろ。
『負けました強いですね〜』 『あ、さっきの対戦相手ですか〜』
……なんかナンパみたいだな。
それにゲームのイベントじゃあるまいし、そう簡単に仲良くなれるわけがない。
むしろ警戒されそうだ。
「……帰るか」
このまま居ても多分、意識してゲームどころじゃない思う……。
ある意味、芸能人が近くに居る感じだからな。
しかも半端なく美人だから目で追いそうなんだよなぁ……。
……って、落ち着け俺。
手についた水で少し顔を洗い、腕で拭う……よし。
気を取り直して、俺は帰ることにした。
そのままトイレから出て、もう一度、月村忍のゲームの腕をしばらく見て、俺はゲーセンから出た。
当然、ゲームの世界とは言え、そうそうイベントが起きるわけでもない。
むしろゲームがおかしいのであって、これが普通だ。
……どうやら俺も相当ゲーム好きのようだ。
ヒロインと会う=イベントとか思うなんてな。
期待……してたんだろうか?
……あほらし。
「……腹減ったし、どこかに食べに行くかな」
気分を切り替えるために、わざと声をだし、俺は飯屋を探しに行った。
あとがき
えー、なんといいますか……投稿が遅れて申し訳ありませんorz
最近、物凄くスランプです……。
話などは考えれるものの、文字にして書くことができない日々が続いております。
更新速度は大幅に遅れておりますが、ゆっくりゆっくりと進んで行こうと思います。
ヒロインと出会う=イベント開始! と言う定義を覆してみました。
では、次回に、お会いしましょう。
コメント返信。
※陸奥さん此れからも頑張るのだ〜♪
>ありがとうございます。頑張ります〜。
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、